成長には何が必要なのだろう

学生を宿題で一杯いっぱいにしてしまうと、勉強はできるようになるかもしれません。
「かもしれません」というのは、私ならそうはならんかな、と思ったからです。

どうも今の価値観としては、色々知ってることが成長していることだ、という捉え方をしている気がしてならんのですが、そんなことはないでしょうというお話しです。

仮に、宿題をいっぱい出されて、出された課題をひたすらやって、つまり言われたことをやるだけで時間を使い果たしてしまうと何が起きるのでしょうか。

知識としては、そこそこ得られるでしょうけど、それで良いのか?と思います。

というのも、沢山ものごとを知っていると、それはすなわち価値があるということなのか?ということなんですけどね。
これ、以前もネタにしたはずですが。

まぁ、自分がいくらものごとを知っていたところで、それを何かの役に立つようにアウトプットしない限り、それは価値に変換されることはありません。
つまり、自分も他人もハッピーにはならないということです。

日本の子供達は、すごく勉強していると思います。
量的にも、質的にも。
だって、小学生で英語とかやってるんでしょう?

で、どれだけ彼らがハッピーになっているのかってのが凄く疑問なんです。

本当に大事なのは、学んだことを利用してみる経験ではないでしょうか。
頭の中にとどまっていた知識が、何かに利用できると分かった瞬間って楽しいと思うのです。

その経験ができなければ、皆が同じようなことを「知る」レベルに留まって、均質化していくしかないでしょう。

行き着く先は、「知っただけ」でどうなるか分からない不安から逃れるために、安心を求めるために、もっと勉強するのだけど、結局は皆で同じことをやっているわけで、アドバンテージを感じられなくて、不安の連鎖に入っていく…
そんなことになりませんか?

知った!やった!できた!
というのを小刻みにやって、どんどん大きく回していくようなのって、ダイナミックで面白いと思うのですよね。

それを見た者が
「へー。じゃ、オレはこんな風にしちゃおう!」
みたいな連鎖反応があったら面白いですよね。

若い連中には、彼らが自ら進んで何かをやるための機会とか時間とかが、もっと必要なのではないかな。

賢い方法なんてやめようよ ってのも方法だ

…と思った、というお話しです。

暇なとき、YouTube見たりしますよね。
色んな情報が手に入るし、色んな人がいて面白いなぁ、なんて思います。
大変勉強にもなりますしね。
もちろん、どうでもいい情報も見ます。

で、今日思ったのは…
凄く頭の良い人が情報発信していて、「すげぇなぁ、この人」と思うわけですよ。
その後に「とても敵わないなぁ」とも。

でもね、「とても敵わないなぁ」というところに執着したままになると、相対的に自分のダメさ加減をしんみりと味わうことになっちゃうわけで、これはヤバいぞ、と思いました。

YouTubeなんかで情報発信している人は、その分野に特化して優れている場合が多いので、そこだけ見て、自分と比較して優劣を判断しても意味ないのです。

むしろ、その「優れた人」のやり方じゃない方法で、何かやりようがないだろうか?というのがポイントじゃないかと。

頭の良い他人と同じ方法でやろうなんてのが、そもそもうまくいかないやり方の始まりなわけで、それで同じように成功しようなんて難しいに決まってる。

そんなことができない自分でも、うまくいく方法を考えようよ、ってのが今日言いたかったことです。

変化の時は容赦なくやってくる で、どうする?

好むと好まざるとにかかわらず、変化の時はやってきます。
今や、なんとなく多くが気付いているでしょう。
現状維持はいつまでも続けられない。

社会的な生きものである我々人間は、社会からの影響を受けるし、グローバルな環境にある日本は、国内だけで完結できないので、他からの影響を受けます。

この先、どのように変化するかは分からないけど、我々にできる主なアプローチ法は二つではないかと。

  • どう変わっていくかを待って、流れに乗る(もしくは流される)
  • どう変わるか分からないから、思いつきで行動してみる

一般的にはそんなところでしょう。
中には、「自分が流れを作って世界を変える!」なんて人もいるでしょうけど。

さて、上に挙げた一般的な二択ですが、リスクを取りたくないなら「流れに乗る」という選択になるかと思います。

でも、お勧めしたいのは「思いつきで行動する」です。

なんで?

それは、一見アホっぽいけど、理由があります。

一つは、「思いつき」とは言うものの、先を想像するトレーニングになるということ。
これは、時代の変化があろうと無かろうと大事なことです。

そして、現状から変化するトレーニングができるということ。
人は変化に抵抗しがちです。
それは生存本能に根ざしているので当然なのですが。

しかし、流れが大きく変わるときは、変化せざるを得ません。
だったら、外力で変化させられるのではなく、自分の意思で変化するのが得策です。

なぜかというと、変化させられるというのは当然ながら自分の意思ではないので、思った通りにいかないし、どうなろうと自分のせいではない(と思ったりする)ので、自分で何とかしようと思うはずが無くて、成長できないのです。

「自分のせいじゃないから」とか言っても、時代は責任を取ってくれません。
そんなのグダグダ言ってても、全く面白くなくて、時間の無駄です。
そう、全く面白くないのです。

だったら、思いつきだろうが思い込みだろうが、自分で何か考えてやってみた方が良いのです。
その経験は、後にきっと役に立ちますから。