未来のために今がある

そんなの当然なのですけどね、
今回言いたいことを、クルマを運転するときを例にとってお話ししましょう。

前職でクルマの開発をしていたとき、基本的には設計が主業務だったのですが、他にも色々やっていたので、テストドライバーのライセンスも取らせてもらえました。

当時、テストドライバーのライセンスを取るために一週間サーキットに缶詰で訓練を受けました。
その時の訓練の一つに、反応時間を見るものがありました。

これ、どんな内容かというと…
時速40kmだったか50kmだったか、そのくらいのスピードで直線路を走行して、前方の分岐路にあるシグナルが、ある地点に差し掛かったときにパッと点灯します。その点灯色によって右側か左側のコースに速やかに進路変更するというものでした。
で、そのシグナル点灯から進路変更までの時間を計測します。

こういうの、どれくらいの時間が必要だと思いますか?
反射神経だから1秒以下?

いやいや、ランプが点灯したら手を挙げる、のようなものならそんなところでしょう。
しかしこれは「見る」から「クルマが動く」までです。

そのプロセスは

  • 見る
  • 判断する
  • 操作する(ハンドルへの操舵入力)
  • 一連の部品が動作して、ホイールの向きが変わってタイヤが変形する
  • クルマが動く

という流れです。

私の訓練時の数字は1.5秒くらいでした。
まぁ、単純な直線走行でのテストですから、結構いいタイムが出ました。

さて、皆さんは普段クルマを運転しているときにどこを見ていますか?
クルマの数メートル前方ではないですか?

しかし
時速100kmでは1秒間に約28m進みます。
2秒前方は約56mです。

時速60kmなら、2秒前方は約33m

時速40kmなら、2秒前方は約22mです。

なので、車体の数メートル先で何かが起きても、視覚的に認識できるけれど、判断して危険回避するようなことは間に合いません。

一般道で車間を詰めて走っている人が結構いますが、前走車の急ブレーキのような思考不要な単純操作には対応できるでしょうが、何か予想外のことが起きて回避運動が必要になった場合は十中八九対応不可能でしょうね。

もっとも、前走車と同速度で走行しているのであれば、対処に対する余裕時間は多少長くなるとは思いますが。

サーキットを走るレーシングドライバーでもレース中での車体を含めた反応は2秒程度だそうです。
なので、レーシングドライバーは走行中に、特にコーナーでは、かなり先の方を見ています。
で、その先の方でどうありたいかを考えて、今すべき操作をするのです。

そう、タダやってるだけじゃダメなのです。
先の方でどうなっていたいのか
そのために今どうするべきなのか
それを考えて行動しましょうってことです。

ただ、どうせそんなことを考えてやってみたところで、成長過程ではうまくいかないことの方が多いはずです。
でも良いのです。
というか、それが良いのですよ。

「あのコーナーの先で、こうなっていると良いな」と操作をしたところで、ビギナーはスピンしたりコースアウトしたりするのです。
でも、その経験によって「あぁ、これをやるとこうなるのね」と引き出しが増えていって、「こうするとこうなるはずだ」と予測が付くようになるのです。

そういうのって、ネットで調べたり本を読んだりも良いのですが、すぐに限界が来ます。
だって、アドバンテージを持つためのチャレンジなら、そのための答えは人目に着くところには転がっていませんから。

「こうなったらいいなー」と、未来のありたい姿を想像しながら、そのためのことを考えて、自分でやってみるしかないのです。

安全率のお話し

それほど専門的なお話しではありません。

今、調子よく動いている機械などを見て

「今まで壊れなかったのだから
今後も壊れないだろう」

と思うことがあったりします。

これ、ある意味当然で、ある意味危ない。

確かに、今までの使い方に対して、大きく余裕を持った設計になっているなら、今後も壊れないかもしれません。

でも、そうでもない場合。例えば…
一般的には、かかる力とかの負荷に対する余裕を持った設計をします。
この余裕の大きさを安全率と呼びますが、これを小さく設定した場合は、想定した力の大きさとか、使用期間とかに対して余裕が小さくなります。
なので、想定以上の使われ方をすると壊れやすくなります。

なので

「今まで壊れなかったけど(壊れなかったからこそ)
ボチボチ壊れるかもしれないね」

ということになります。

「なんだよ!そんな危なっかしいことしないで
ちゃんと大きく余裕を持った設計にしろよ!」

と思いますか?

でも、そうすると

性能が低下したり
コストが増大したり

といったことになります。

なので、高性能なレーシングマシンは安全率を小さく取ります。
想定された使われ方に対して余裕を小さく取って性能を向上させるわけです。

そういう設計をしてあるので、ちょっとイレギュラーなことがあると壊れちゃうのは当然のことです。

ちなみに、レーシングマシンにおいては、安全率をいくつに設定するかによって性能が大きく左右されるので、機密情報扱いです。

さて、我々の生活においても似たようなことがありませんか?
「一応」とか、「念のため」なんて考えることがあるでしょう?

それをやっておくにも労力や時間など、色々とリソースが必要になるわけで、そのために何かが犠牲になるのです。
「一応」とか、「念のため」をやり過ぎると、強みになる武器がなくなります。

自分にとって大事なものは何なのか

そこにフォーカスして強みを伸ばす
これも設計の安全率と似たような考え方ですよね。

ご参考:
零戦を設計した堀越次郎さんの本に書いてあった、主翼の外板の安全率の考え方が面白かったのを思い出しました。

軍部から出された零戦の要求性能を満たすためには、とにかく軽い機体にしなければならなくて、主翼の外板を薄く、低い安全率にしたかったのだけど、そうすると高負荷をかけた飛行の際に、引張り方向には耐えるけど、圧縮方向では表面にシワが寄ってしまう。
一般的に材料は圧縮に弱いですから。

でも、圧縮が収まれば、再度ピンと張るから良いじゃないか、と。
もちろんそこで喧々諤々の議論となるのだけど、結局はそのアイデアが実現して、零戦は当時としては驚異的な性能を手に入れたわけです。

鈴鹿8耐

鈴鹿サーキットで行われる日本最大のオートバイのレース
鈴鹿8時間耐久ロードレースのことです。

今日、8月6日が決勝でした。

夢工房からは5名の1年生が、元世界GPライダーの上田昇さんが監督を務めるTEAM FRONTIERのクルーとして参加させて頂きました。
プロのレーシングチームでのインターンシップ、つまりレースの修行ということです。

前列と左の方の5人が夢工房の学生達
一番右が上田昇さん

鈴鹿8耐は、コロナ禍によって2021年、2022年と2年連続で中止となり、昨年は開催されたものの、外国人ライダーの入国ができず、外国人ライダーを擁するTEAM FRONTIERは出場できませんでした。

夢工房からは、上田さんとのお付き合いが始まった当初から、学生達をチームクルーとして加えて頂いて、プロのレースの現場での経験を積ませて頂いています。

これによって学生達は、単に憧れているだけではどうにもならんという現実と、勝つためにはいかに考え、いかに動くべきかという基本を学んで、それらを夢工房で展開・共有するということになります。

鈴鹿8耐には、メーカー系のいわゆるワークスチームなども出場していますが、TEAM FRONTIERはプライベーターではトップクラスの実力を持ちます。

今年は満を持してニューマシンを投入しての参戦となりましたが、少々残念な結果となってしまったようです。
ただ、ラップチャートを見る限り、かなり高いポテンシャルを持っていることは明かなので、来年以降はマシンも熟成されて、かなり良い結果を期待できそうな気がします。