見えない壁と天井と

やりたいことをやったらいいよ
ってなことをさんざん言ってきました。
実際そう思います。

でもまあ、腹を決められるならね。

我々の生活には
日々色々な制限が掛かります。

なので
なんでもかんでも好きなように
とはいきませんし

皆がそんなことをやり始めたら
カオス状態になるでしょう。

でも、自分が信じていることをやるのは大事。
夢を実現するならなおさらです。

で、制限の話です。

良くある話に
虫の「ノミ」と魚の話があります。

ピョンピョン跳ねるノミに
ガラスのコップをかぶせます。

最初、跳ねたノミは
透明の天井にぶつかります。
何度も。

でもそのうち
天井見ぶつかるほどジャンプするのをやめてしまう。

そして
コップを取り去っても
高いジャンプをしなくなる。

魚が入った水槽があります。
その水槽の中央に
ガラス板の仕切りを入れます。

魚は見えない壁にぶつかって
行動範囲を制限されます。

最初は何度かぶつかりますが
そのう中央より向こう側に行こうとしなくなる。

その後、仕切りを取り除いても
魚の行動範囲は以前のまま。

と、こんな話を聞いたことありますか?
制限が掛かった習慣の威力です。

このように
人も同じように制限によって作られた習慣に従う
と。

一般的には、話はここで終わります。
しかし恐らく
ノミや魚は行動範囲を取り戻ると思います。
しかもほとんどの個体が。

彼らにとって
行動範囲の制限はデメリットでしか無いから。
それが彼らの生存すら制限してしまうから。

しかし人はどうでしょう?

最初は制限を掛けられて
ストレスを感じるけど
それが習慣化します。

そして
その後に制限が取り除かれるとどうなるか?

狭い範囲にあえて収まっていたい
そう思う場合が結構多いのではないでしょうか?

狭い範囲に閉じ込めるのは
色々理由があるでしょう。

大抵は
コントロール下に置くため
というのが理由だったりしますが。

コントロールされ
自由を奪われ
行動を制限される。

そういった状況が
完全に不幸でネガティブかというと
そうでもなかったりします。

楽チンで
リスクが少ないから。

なので
自ら望んで見えない天井と壁をセットしたままにする
そういうケースが意外と多いのではないかと思います。

若いうちは無限の可能性を持っているのに
実にもったいないことです。

皆がそんなことをやり始めたら
カオス状態になる

無条件に全方位を解放したらそうなるでしょう。

なので道徳観とかが大事なのですよね。
仕事観とか価値観とかも。
そのうえで自分でゴールをセットする
そうありたいものです。

「面倒」の扱い方

若いうちは
何もできないと言ったら言い過ぎだけど
これから色々できるようになる過程なのだから
色々やらなきゃいけない。

やりたいことも
やらされることも

そりゃ面倒に感じることも多いだろうと思う。

でも、自分のゴールを決めて
自分には何が必要かを考えれば
面倒という感覚は低減されるでしょう。

そしてそれが
どうしても必要だ・欲しい
となれば
面倒という感覚は消滅します。

そのように
面倒なものを欲しいものに変えてしまうことこそが
学びと成長の効率を向上させるはずです。

一般的に言われる「必要であろうこと」に関しても
考え無しに受入れるのではなく

自ら取捨選別をして
強みをつくる・伸ばす

というのが
これからは戦略としては重要となってくる
と思っています。

そんなふうにやっていれば
勘違いとか間違い、失敗はあるだろうけど
リスクを払わずに価値を構築するのは不可能です。

その辺は腹を決める必要があるでしょう。

効率の功罪2

効率の向上自体は
悪いことでは無いばかりか
技術の発展とは切り離せず
重要で歓迎すべきことです。

なので学校では
効率良く高効率に欠かせないことを教えます。

が!
教わる方は、その価値は十分理解していないことがほとんど。

当然です。
その手段(知識)だけを教わるからです。
何に対して何が良いのか分かりません。

大工仕事を知らない人に
ノミやカンナを渡しても
どうしたら良いか分からないでしょう。

そんな状態で
何のために理解し
覚える必要があるのかというと
それは
試験に合格するためです。

なので動機としてはちょっと弱い。
試験という一時的なもののためだから。

本当に大事なのは
彼ら自身が効率を向上したいと思うこと。

必要なのは
そう思うための経験でしょう。

そんなことを考えていると
好きな事をとにかくやってみる
という経験が必要なことが理解できます。

もっと効率良くやりたい
もっと良くしたい
と思えるから。

効率良く高効率に欠かせないことを
試験という一時的なことのために習得すると
実用的な知識として残らず

結果として
効率の悪い経験となってしまうのではなかろうか
なんて思うのです。