「価値」について

このブログで、さんざん「価値」について語っていますが
一体価値って何だろう?
というお話しです。

自分で価値は決められない
とも言いました。

そりゃそうです。
他から評価されてナンボです。
でも、学校の成績ってのは違いそうです。
学校の中では「価値がある」ってことになるのかもしれませんが
それは極めてローカルな価値で期間限定です。

そしてそれが
他から必要とされてナンボです。

でも、その本質は何だろう?
というと…

結局は
他に提供するもの
なのでしょうね。

一体何を提供できるのか?
それがどれだけ必要とされるのか?

そのために必要なことを身に付けるのが
勉強で
学びで
修行で
ということなのでしょう。

なので
他に必要とされるもの

発信できるようにする
というのが基本的に大事なこと。

さて、これはもうちょっと深掘りしても良さそうですね。

「価値をつくる」という価値

そう、彼らは
「価値をつくり出せる」
という価値を身に付けるために
日々頑張っているわけです。

で、その価値を形づくるものは何なのか?

エンジニアリングをするなら
他に提供する「もの」です。
それは物体かもしれないし
ソフトウェアのような
形の無いものかもしれない。

「もの」
と、平仮名で書くのはそういうことです。
物体とは限らないってこと。

ともかく
良い「もの」を提供できるように頑張るのだけど

実は、相手が求めるものは「もの」そのものではなく
それを受け取った時の「感情」だったりします。
それを得るために「もの」を求める。

とまぁ、その辺の細かいところはともかく
要点は
相手が求めるもの
相手が感じること
その辺を想像できないと
何をどうしたら良いか分からないということ。

ということは
想像力とか
視座とか
そんなことが大事なのだということです。

知識やらスキルやら
さらに言うなら
メンタルとかマインドは
それを実現するために必要な手段です。

もちろんそれらは
実践しながら得られるなら
それが一番。

やってみて
不足を感じて
そのギャップを埋める
それが学びではないかな。

彼らは、なぜものを作るのか

夢工房の学生たちは何をしているかというと

企画する
設計する
加工する
組み立てる
走らせる
壊す
直す
また走らせる
そして遠征に行き、競い、帰ってくる

そんなことの繰り返しです。
それは何のためなのか。

クルマを完成させるためなのか
大会で勝つためなのか

技術を身につけるためなのか

就職に役立てるためなのか

それらは全部正しい。

でも、もっと先にある
メンバー共通のゴールは
自身の価値を向上させること。

日々ものを作るのは
そのための手段です。

恐らく学生に
自身の価値を問う
みたいなことは
普通はアンタッチャブルなのかもしれません。
アプローチによっては
人格否定みたいな捉え方をされるかもしれない。

でも、それはとても大事なことなのです。
だって、そもそも彼らは
自身の価値を高めるために大学に来ているのですから。

難しい理論を理解したり覚えたり
問題を解けるようになったり
それは数ある「手段」のごく一部であって
本質ではないのです。

やっていることは
何のためなのか
誰のためなのか
価値があるか無いか
それはどれだけのものなのか

そういったことは
定量化はできませんが
ものを作るなら

見れば分かる
触れば分かる
走らせれば分かる

それによって何が起きるか
誰がどれだけ驚き、喜ぶか
勝つか、負けるか

そんな結果の中に
彼らの価値の断片が現れるのです。

なので、「もの」を作ること本質ではない。
作られた「もの」も本質ではない。
その「もの」がもたらす価値
いかにその価値を作り出せるようになるか
それこそが本質なのです。