安定は継続できない…ではどうする?

多くの人は「安定」を求めますよね。
それは生存本能から来るものだったりするでしょうし
特に昨今のような不安定で先の見えない世の中ならなおさらでしょう。

では、安定を求める時、我々は何をするのでしょう?

今の状態を保ちたいのだから、何もしない?
理想の状態にたどり着いて、それを保ちたい?

いずれにせよ、最終的には上がりも下がりもしない状態
つまり静的な、安定状態にしたいと思うのではないでしょうか。

何もせずとも済む状態
とか
同じことを繰り返せば良い状態
そういったところに持っていきたいのでは?

しかし!

状態を安定させるためには何もしなくて良いのか
というと
決してそんなことはありません。

一見安定した状態でも、全く何もないわけではない。

多くが忘れがちなのは
外乱があるということでしょう。

イレギュラーは起きる
想定外は起きる
自分に変化が無くても、外部が変化して、相対的な状態が変わる
そんなことは必ず起きます。

加えて、我々人間は一人では生きられないので
相互に依存する必要があります。
そんな環境で
「自分は安定したいから
他のことは知らん」
とかやっちゃうと
途端に色んなことがうまくいかなくなったりします。

そんなことを考えていると
一口に「安定」とは言っても
なかなか難しいことだよなぁ
なんて思うのです。
特に利己的なケースは。

そう。皮肉なのは
自分のことばかり考えていたりすると
自分すら生きづらい状態になりがち
ということ。

ならば、逆をやれば良いってことなのです。

考えてあげると考えられなくなる というお話し その4

「言ってやらせる」
これを一般的に”トップダウン”と言いますね。

それだけでは、成長に限度があるし
言われたことをやる人ばかりでは
多様性が無く、将来が危うい。

「言われたこと」をやりたい人
そういうことに向いている人はそれで良いでしょう。
しかし、そうでないクリエイティブな人も必要で
そういう人が成長する機会も必要です。

では、どうしたら良いか?
単に、指示しなければ良いのか?
では、答えは「放置」か?

そんな極端である必要は無いでしょう。

やりたいことをやらせる
「やらせる」と言っても
外的動機で「やらせる」ではありません。

あくまで内的動機が大事。
なので、「任せる」に近いでしょうね。

で、それを放置…
ではなく、

やりたいことをやってみて
結果を評価して改善する
そういうプロセスが必要です。

そのためには「そうせい!」とトップダウンで指示するのではなく
自ら「そうしたい」と思う環境が必要です。

そして、外部評価も大事です。
Formula SAEでは、イベントでの成果そのものが外部評価です。
そして、Faculty Adviserですね。
私の役回りです。

この外部評価抜きでやっちゃうと…

やりたいことをやってみるけど
結果に対して甘く妥協した評価をして、改善しない
となります。

好きなことをやってるのだから、そんなことにならないだろうって?

なりますよ。
多くは。

だって、幼少の頃から
楽することが良い人生で
失敗するのはダメなこと
そういう価値観が構築されていたりするのです。
そして
言われたことばかりやらされてるから
心の片隅に常に「できればやりたくない」がある。

なので、本人が望んでいることがあっても
気を抜くとすぐ以前の価値観が自動的に発動します。
自分で望んでもいないのに。
で、中途半端な成果を繰り返すことになります。

そんなの面白いはずないでしょう。

先天的に強烈なパッションを持っている人は問題無いのです。
環境すら自ら作ってしまったりするから。

で、古い習慣をひっくり返す新しい習慣を自ら作って
上書きするのが夢工房の使命の一つだと思っています。

一度新しい習慣が身に付いてしまったら強いですよ。
「成功の自動実行」のような事が起きますからね。

つづく…かも。

考えてあげると考えられなくなる というお話し その3

結局
考えてあげて
言ってやらせる
というのは、相手の思考を奪うことになりかねないということです。

リスクや失敗を避ける
そもそも、これをゴールとしてしたいのは、指示する側だったりします。

そう。「そもそも」です。

というのも、子供だって失敗はしたくないでしょうけど
それよりも彼らは、「やりたい」のです。

その結果、「やらかす」ことも多いわけで
ケアする側は面倒です。

それに加えて
ケアする側は
言われたこと(だけ)を忠実にやっていれば
場合によっては
言われたことを死ぬほどパワフルにやっていれば良かった
そういうことを経験した世代だったりもします。

なので、自分が正しいと思ったことをやらせる。
しかも失敗しないように。

学校はもちろん、家庭や、教育のシステム自体が

言われたことをやる良い子
言われたことしかしない良い子
言われないとできない良い子

をつくる環境を作っています。

言われたことができる
というのは大事なことなのですけどね。

けど、それだけじゃ行き詰まります。
特に先が見えない、今のような世の中では。

指示されてもいないのにやる
指示されていないことをやる
学校では、そんなことをする必要はありません。
点数がもらえるわけではないし、効率が悪いし、ヘタすれば怒られる。

でも、そういう人も必要です。
特に先が見えない、今のような世の中では
そういうチャレンジャーが未来を切り拓くのですから。

では、「言ってやらせる」こと無しに、放置すれば良いのか?

そういうわけでもありません。

つづく