ゴールが無ければ疑問も無いよ

将来何をしたら良いか分からない
というのが悩みだったりする人が結構多かったりするのかな?

これ、色んな思惑というか、理由がありますよね。

本当は好きなことをやってみたいけど…

本当にできるかな?
とか
収入はどうかな?
とか
必要な能力は手に入るかな?
とか
色々心配なことがあったりするでしょう。

加えて
周囲の人の評価や反応に左右されたり
そんなこともあるでしょう。

でもね、そんなに色々とバランス良くなんて
そもそも無理ですよ。


ゴールを、目的を決めるから
そのためにどうしたら良いのだろう?
と疑問が生じるわけですが…

多くは逆に考えているのではないかな。

分からないからゴールを設定できない
つまり
疑問があるからゴールを設定できない
と。

これ、逆ですね。

早々にゴールを決めて
一点突破!
くらいのつもりでやってみたら
ものごとシンプルになって
結構うまくいくものです。

強みって、そうやってできていくのではないかな。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ その2

このビスマルクの言葉ですが…

そもそも経験が無かったら
歴史から学んだものは使えないのでは?
なんて思っちゃいました。

だって、いくら知っていたって
それができるわけじゃないものね。

なので
ある程度の経験があって
未経験のことでも類似の経験から
それをやるとどうなるか
というある程度の予測ができるなら
そういう想像力を持ち合わせているなら
という前提になりますよね。

例えば、教える方にはる程度の経験があって
未経験者に対して
「そんなの考えりゃ分かるだろ」
と言うのは通用しないわけですよ。

不便な世の中で
色々工夫して
作ったり壊したり
そんな経験がある人と

リスクを排除された環境で
言われたことばかりやってきた人

そんな風に経験が異なる人に
同じ知識を与えたところで
同じことは起きないのは当然です。

じゃ、どうしましょう?

経験の有無によってギャップがあるのは致し方ないとしても
やはり何かしらやってみると
感覚的に理解できる範囲が広がったりするわけで

やるとやらないとでは
想像力にかなりの差が出るはずで

やはりいつの世も
ものを言うのは実践の数だろう
なんて思うのでした。

自由の話

以前に何度か記事にしましたが
「自由」とは、「自分に由る(よる)」ということ。

つまり
「自分で決める」ということ。
そういう状態であるということですね。

なのですが
どうもこれ、人によってかなり差があるのですね。

自分で「決める」に当たっての基本的なスタンスというか、考え方というか。
ちょっと思い付くところを並べてみましょう。

1.衝動というか、感情というか、生理的で本能的なレベル
楽したい
イヤだ
面白そう
といったもの。

2.他人の目を気にするレベル
評価されたい
普通は…
といった他人の価値観に準じたもの。

3.信念的、内的なもの
自分はこうしたい
これは大事
という意思によるものなど。

4.客観的な、いわゆるメタ認知的なもの
自分は流されているな
これは本当に自分の意思なのか?
といった高い視座によるもの。

ざっとこんなものでしょうか。

人は結構、無意識で色々選択していたりするのですが
意外と「何のために?」が自分でも分かっていなかったりするのですよね。

こんなことを考えてみると
日頃自分はどういう価値観に沿って動いているか
が分かるのではないかと思います。

まぁ、どれが良いとか悪いとかは無いのかもしれませんが
どういうレベルでものごとを判断しているかによって
行動の内容や、得られる結果は変わってくるわけで…

たまには、こういったことを考えて
確認やら点検してみるのも良いのではないかな
と思ったりするのです。