できる・できない は現在のことではない

仕事のフィールドにおいて
「これ、できる?」
と聞かれたら
それは未来のことで
可能性のことです。

自分が
「これ、できるかな?」
と考えるのは
未来の可能性のことです。

よく言う
できるコ
できないコ

というのは
未来ではなく
現時点のパフォーマンスを指していますよね。

たぶん学校で言う
できる・できない
というのは
そのニュアンスで使われることが多いのではないかな?

それ、どうでもいいことです。

できる・できない

可能か、不可能か
ということなので
つまり可能性のこと。
未来のことです。

その可能性を決めるのは自分です。

さらに言うなら

可能性のことなのであれば
それはチャレンジのこと。

うまくいくかどうかは
やってみなけりゃ分からない。

だったら
うまくいくように頑張ってみればいいだけの話で

できるか
できないか
で迷うなら

「できる」
と思いながらやる方が
うまくいくに決まってます。

「うまくいかない」「できない」
と思いながらやって
うまくいくはずないでしょう。

きっとうまくいく
きっとできる

と思うこと
自分を信じることが自信であって

うまくいくか否かは
自信に大きく左右されます。

過去の実績イコール自信ではないですよ。
まぁ、それがあれば自信が付いたりもするでしょうけどね。

やったことがないことでも
できるはずだ!
と思うのは自由です。

学ぶということ

一口に「学ぶ」といっても
色々なニュアンスがあります。

これ、英語だと分かりやすい。

お馴染みのstudy
何か対象に向き合って、調べたり考えたりする「行為」です。
これはいわゆるお勉強のイメージですね。
領域を絞って打ち込む、といった感じ。

あまり聞かないlearn
知識・技能・理解を、自分の中に獲得する「変化・成果」です。
これはスキルを獲得するようなのが代表的で
知識はもちろん技能も獲得すること。
単に何かを獲得するだけで無く
本人の中に何かしらの変化が生じるところがポイント。
経験知などはこの領域です。

そして、これまたお馴染みのtraining
特定のことができるように、反復して能力を形成する「訓練・養成」です。
そもそも語源には「引きずる」という意味合いがあるそうで
一つの方向に整えるとか、一定の行動ができる余にする
といった感じです。
経験の回数を重ねることにより
その状況に適応するとか
考えずともできるようになるってのはこれです。

どうも我が国の「学び」というと
study一本槍って感じですが
learn

training

もっと重視すべきだと思うのです。

そうしないとバランスが悪い。

勉強することは大切です。
でも
勉強は目的ではありません。

studyは手段で
learnが目的

そして

そのためには
trainingも必要になる。

そんな感じですね。

AIが苦手なこと

「AIの台頭によって仕事が奪われる」
なんて意見があったりします。

「奪われる」というか
AIか代わりに面倒なことをやってくれるわけで
そんなのを我々がやっても価値が無いってことでしょう。

逆に、AIにできないことの価値は高まるでしょうから
こういうの、すでに皆さんお分かりかとは思いますが
改めて生成AIに、自身が得意なことと苦手なことを白状させてみました。

まずAIが得意なのは

  • 情報の検索と整理
  • 大量データの比較
  • 文章や案の生成
  • パターンの発見
  • 条件を与えられた中での最適化
  • 人間の思考の叩き台を作ること

です。
なるほど。
そりゃそうでしょう。

では、苦手なのは?

色々出ましたけど
そりゃ当たり前だろ
確かにそうなってるな
というのがこれら。

  • 現実を直接確かめること
  • 情報が不足した状態で、責任を負って決断すること
  • 身体を使って世界に働きかけること
  • 自分の誤りに気づくこと

特に興味深いのは以下。

  • 本当の目的を決めること
  • 暗黙知を扱うこと
  • まったく新しい状況への対応
  • 長期間、一貫して行動すること

AIが特に苦手なのは、
不完全な現実の中で、何を目指すかを自分で決め、身体を使って行動し、結果に責任を負うこと
ですって。

これ、言ってみればこういうことです。

主体的に考えてアクティブに行動しろ
腹を決めてチャレンジしろ

ま、そうでしょうな。

授業では身に付かないことばかりですね。
面白くなってきたぞ!!