環境のお話し

日頃から環境環境言ってますが…

理想の環境があれば、それに越したことはないのだけど
やはり、正解とか絶対のようなものは無いわけで。

大事なのは、完成した完璧な環境があることではなく
まして、それを求めることでもなく
今より良い環境を作ろうとしている状態そのものだったりするわけで

そのために努力していたり
その場に身を置いている時こそが
最高の環境なのだろうな
と思いました。

もちろん教員に限らず、学生もですよ。

先人の努力によって便利な世の中を生きている我々は
とかく「できあがったもの」を受け取り、消費することに慣れていて
当事者意識を持てなかったりします。

その結果、提供されたものが気に入らないと文句を言ったりしがちだけど
文句を言ったところで、そう簡単には環境は変わらなかったりしますし
自分もハッピーではなかったりするわけですよ。

それに、受け身に回っていると、飽めることに慣れちゃうのですよね。
だって、そう簡単に理想的な状態にならないし
自分で変えられるとも思えなければ諦めるしかないですものね。

というわけで
理想の環境にいることよりも
より良くしようとチャレンジしている環境そのものが大事なのではないかな?
というお話しでした。

良い子のジレンマ

良い子は言うことをよく聞きます。

これ、一見問題無さそうです。
しかし、何事も一長一短あるわけで、その辺を掘ってみましょう。

ちょっとひねくれているようですが、実はこの辺が我が国の教育の問題なのではないかな、と思うので。

単に、「人の話を良く聞く」ってのは、単純にとても良いことなのですけどね。
ここで言っているのは、「言われたことをやる」という意味です。

「言うこと」を聞く
つまり、ゴールは他から与えられるものであって、自分で決める必要が無いということ。

考えてゴールを決めるってのは、とてもタフで大事なことです。
「何のために?」と「どうすべきか」を決めるということですから。
価値の根源と言っても良い。

でも、それらがすでに決まっていて、単にやるだけとなると…
楽ちんだけど、美味しいところは無いのですよね。

そして
「言うことをよく聞く」
つまりこれは、主体性が必要無いということです。

さらに言うなら
誰の助けも借りずに、誰も助けずに
言われたことを、ちゃんとやる
学校で、これをキッチリできると100点がもらえます。
完璧ということです。
そんな能力があっても良いのかもしれません。

しかし、皆がそうなってしまったら、全く面白くない、困った世の中になるでしょう。

チャンスを与えて
「何か面白いこと / 凄いことをやってみな」
と言ったら、何か起きるでしょうか?

もちろん、彼らは既存の環境に適合しただけです。
そして、その環境は彼らが作ったものではありません。
しかし、「誰のせい?」とか言ったところで、何も解決しません。

では、どうしましょうか?

楽しみながら、既存の価値観をひっくり返すひっくり返す必要があります。
面白くもないことなんて、やってもたかがしれているのですから。

健全に生きるためには

ウェルビーイングは、心身共に健全であるとか、その持続とか、そういったことを重視します。
自身のメリットにフォーカスしていくことになるでしょう。

これは大事なことなのですが、極端なところにいっちゃうと、まだ仕事が終わってないのに帰宅するとか、利己的な方向に向かって、組織における自分の立場や存在価値を危うくする可能性もある。

一方、仕事となると、いかに価値を生み出すか。その価値が収益に繋がり、収益によって継続ができるようになる。
収益は他人から得られるものなので、この場合は自分の外側にフォーカスしていくことになります。

これも極端なところにいっちゃうと、犠牲的な精神によって心身の健全が…
みたいなことになるかもしれません。
特に、やらされマインドだと。

一方
好きなことをやってるんだから、好きなだけやりたい
というようなマインドであれば、それほど心配は要りません。

だって、好きなことを好きなだけやりたいのだから、持続可能にするための工夫もするでしょうから。
そこにウェルビーイングが必要になってくるのでしょう。

そんなことを考えていると
他人のためでなければ価値にはならないし
価値を生まなければ継続できないわけで

好きなことをやって、世のお役に立てるのが幸せなのだろうなぁ
と思うのです。

世のお役に立てることをやって、それを好きになる
ってのもアリですが。

収入だの何だのは、後から付いてくるものです。

こういう内容については、とかく極端かつゼロヒャクでとらえられがちでではないですか?

そんなに仕事してたら過労死するとか
ウェルビーイングなんて甘っちょろいとか

でも、全員に対する最適解なんて無いわけで
自分のマインドにあった仕事をするとか
仕事にあったやり方を模索していくとか
ってのが重要なわけで…

そのための材料づくりとしての経験が学校でできると良いのですけどね。
一律に同じような人間に仕上げるのでは無く。

健全に生きていくには
正解が出せるようになるより
チャレンジによるトライアンドエラーの経験が大事だと思うのです。