彼らは、なぜものを作るのか

夢工房の学生たちは何をしているかというと

企画する
設計する
加工する
組み立てる
走らせる
壊す
直す
また走らせる
そして遠征に行き、競い、帰ってくる

そんなことの繰り返しです。
それは何のためなのか。

クルマを完成させるためなのか
大会で勝つためなのか

技術を身につけるためなのか

就職に役立てるためなのか

それらは全部正しい。

でも、もっと先にある
メンバー共通のゴールは
自身の価値を向上させること。

日々ものを作るのは
そのための手段です。

恐らく学生に
自身の価値を問う
みたいなことは
普通はアンタッチャブルなのかもしれません。
アプローチによっては
人格否定みたいな捉え方をされるかもしれない。

でも、それはとても大事なことなのです。
だって、そもそも彼らは
自身の価値を高めるために大学に来ているのですから。

難しい理論を理解したり覚えたり
問題を解けるようになったり
それは数ある「手段」のごく一部であって
本質ではないのです。

やっていることは
何のためなのか
誰のためなのか
価値があるか無いか
それはどれだけのものなのか

そういったことは
定量化はできませんが
ものを作るなら

見れば分かる
触れば分かる
走らせれば分かる

それによって何が起きるか
誰がどれだけ驚き、喜ぶか
勝つか、負けるか

そんな結果の中に
彼らの価値の断片が現れるのです。

なので、「もの」を作ること本質ではない。
作られた「もの」も本質ではない。
その「もの」がもたらす価値
いかにその価値を作り出せるようになるか
それこそが本質なのです。

動機は何だ

動機というか
行動原理というか
思考の癖というか
何のために?という話ですが
大きく分けると

ポジティブな動機

ネガティブな動機

のいずれかに寄るでしょう。
もちろん、対象にもよると思いますが。

どちらも構造はシンプルで

ポジティブな動機は
やりたいことをやる

ネガティブな動機は
ヤバイからやる
もしくは
ヤバイ状態になりたくないからやる

もちろん
ポジティブな動機の方が成果は出やすい。
そして
ネガティブな動機は成果が出にくい。

なので、成果を出したいことに対しては
ポジティブな動機・思考で
積極的に事に当たる
というのが理想です。

が!
日頃の思考には「癖」があって
例え
ポジティブで行きたい!
と思っていても
考え方がネガティブで受け身で
狭い視野で最低限に…
となりがちです。

これ、癖だから仕方ないのだけど
なんかもったいないなぁ
と思うことが多いのです。

他人は変えられないので
外的な動機で何とかするのは大変難しい。

自身の現状を変えたければ
内的な動機で何とかするしかないわけで
これは価値観の上書きのようなことが必要です。

そして
性格は変わらない
とか言いますよね。

要は、かなり手強いことの一つなのですが
自身の経験上、不可能ではないとは思っています。

でも、それはどうやって?
というのが問題で
自分で経験していながら
どうしたら良いのかよく分からんのですよ。

経験によって気付きを得る
ってのが必要なのだろうとは思うけど

どうもそれじゃぁ
その「経験」とやらにコンタクトするには
そもそもポジティブな動機が必要なんじゃないのか?
となって

鶏が先か卵が先か状態。

結局は表層心理ではなく、深層心理のレベルで何を望んでいるか
というような話になりそうだけど…

困りました。

けど、興味深くて面白そうなテーマなのですよね。

学び方について

例えば
大学の機械科というと
理工系の中でもかなり絞られた専門的な内容を学ぶような印象がありますが
結構幅広く、機械全般に関して学びます。

最近では、4力(よんりき)が大事だとか言います。
「材料力学」
「流体力学」
「熱力学」
「機械力学」
の4つの力学のことです。

ちなみに、私が学生の頃には、そんなことを聞いたことはありませんでした。
アホだったから記憶に残らなかったのか?

疑問に思うのは
それら全部をバランス良くできなければいけないのか?
ということです。

もちろんそれでも良いでしょうし
そうしたければすれば良い。

でも、もっと絞り込んで先鋭化しても良い気がします。
というか、そういうやり方があっても良いのでは?

というのも
「4力をバランス良く…」
というのは、今やあまりに汎用的で
いくらバランス良くても
特に何かができるようには思えないからです。

色々な分野で潰しが利くのかもしれません…
いや、どうかな。

勉強ができても仕事ができるとは限らない
というか
勉強ができるイコール仕事ができる
じゃないからなぁ。

正直なところ
大学のテストをクリアできるレベルの学力を
バランス良く維持し続けているエンジニアは
ほとんどいないと言っても良いでしょう。

なので
もっと何かに特化しても良い気がします。

だって、社会に出れば
色んな分野の専門家がいて
相互に力を提供しあうのは当然だからです。

それに
仮に、もっと何かに特化したら
他の分野に対応できないのかというと
そうでもなかったりするのではないかと思います。

何かに特化して
自ら学べるようになっていれば
同じように必要な周辺知識は自分で獲得できるでしょう。

社会人はそうやって学ぶのですから。

自分が本当に専門としたいところを押さえたら
他は概念だけ分かっていれば良い
そんなやり方があっても良いと思うのです。

それよりもむしろ
実際に手を動かして
創出のプロセスの経験とか
チャレンジの経験とか
改善の経験とか

そういったことに絡めて色々学べば
定型的なもの以外にも経験知とか
それこと考え方、受け止め方
などなど
色んな事が手に入るのですけどね。

色々できないと心配だ
というなら
リソースを広く分散したやり方をすれば良い。

本当にやりたいことを仕事にしたいなら
本当に必要なことにリソースを集中できる環境があっても良いのでは?
と思うのです。