19世紀末から20世紀初頭には、今度は自動車が登場します。
1830年代のイギリスで
蒸気バス(steam carriage)が公道で営業運転を始めました。
しかし当時の道路は基本的に馬車のためのもので
都市交通には
馬車、馬車鉄道、厩舎、飼料、蹄鉄、馬具、御者など
馬を中心とした巨大な産業エコシステムが存在していました。
そこへ、重く、騒音や蒸気を発し、馬を驚かせる危険があった大型蒸気車が現れました。
当然、最初の自動車は万能ではありません。
高価、故障する、道路が整備されていない、騒音も出す。
もちろん燃料供給網もありません。
そして、道路が未整備で、蒸気車は重くて舗装を壊す。
当初は「馬の方が実用的」という場面も多かったようですが
当時は鉄道が急速に発達した時期だったため
公道を自由に走れる蒸気車は鉄道や馬車事業にとって競争相手になり得ました。
蒸気自動車 vs 馬車・鉄道という既存産業の利害対立もあった。
という諸々の事情で
赤旗法
という法律ができました。
大筋はこんな感じでした。
機械駆動車を走らせる際には
1人が運転し、1人が車両を管理し
さらに1人が車両の前方を歩いて、接近を人や馬に知らせる
という3人以上の要員を必要とする。
速度も厳しく制限
市街地:2 mph(約3.2 km/h)
市街地以外:4 mph(約6.4 km/h)
つまり自動車なのに、人が前を歩かなければならない
という、現代から見るとかなり奇妙な制度でした。
昼間には赤旗を持つことが求められたため
「Red Flag Act」(赤旗法)と呼ばれるようになります。

この法律は、1861年に制定されてから
複数年にわたって厳格化されたり変更されたりして
1896年には自動車時代への転換点を迎えて大幅に緩和されます。
その間、実に35年です。
イギリスは蒸気機関を生み、蒸気自動車も早期に実用化した国だった
にもかかわらず
自動車の発展には不利な環境を作ってしまいました。
一方、1880年代になるとドイツでは
ベンツやダイムラーによるガソリンエンジン車の開発が進みます。
そして1890年代にはフランスも自動車産業で先行します。
というわけで
イギリスは蒸気車で先行したものの
赤旗法によって
ドイツとフランスの先行を許すことになってしまったわけです。
その後、20世紀には
アメリカのフォードによる大量生産を経て
自動車は誰でも乗れる交通システムへと変貌を遂げていくわけです。
全体としてみれば
この時に起きたことは
「馬を扱う産業」から「移動システムを作る産業」への変換・発展
といったところでしょうか。

