主体性の育み方4

現状のシステムの問題点の話をしましょう。

結論から言ってしまうと
正しい正解を効率よく出せるように育成するシステム
それ自体に問題があると思っています。

効率を求めるシステムからすると
低い効率は「悪」です。

しかし皮肉なことに
正解を求めようとすればするほど
不正解にもフォーカスされます。

「不正解は出したくない」
しかし、そう思えば思うほど
人は恐怖にフォーカスしてしまう。

これはバイクに乗っている人なら良く分かるかもしれません。
行きたくないところを見ると、そこに行ってしまう。
人の心理ってそういうものです。

バイクの場合はどうするか?
行きたいところを見るのです。
これ、大きなヒントですね。

さて
正解を先に探すというのは裏返すと
「間違えたくない」が先に立っている状態です。
だから動く前に止まってしまう。
「まずやってみよう」
とはなれない。

もちろんその状態では
評価の軸から外れてみる
とか
試してみる
という行動が合理的ではなく見えてしまう。
というか、できれば避けたい。

この状態は
チャレンジしたくない
という状態で
主体的にやりたくない
ということです。

つまり
正解を効率よく出すことに最適化された教育の構造が
間違えるコスト(リスク)を大きく見せ
結果として主体性を削ぐのではないか
というのが私の見方です。

正解主義が失敗への恐怖を生み
結果として主体性はリスクとなる]]。

教育システム自体が
主体性を削いでいる可能性がある
ということです。

もっとも、こういうシステムに上手に適合して
効率よく成果を出せる人もいるわけで
「全員が」というわけでも無い
ということも言っておきます。

もうちょっと続く

主体性の育み方3

全然「育み方」に到達しませんが
もう少々お付き合いください。

「やったことがないからできない」
「教わらないとできない」

これは

経験があることならやる
どうするか言ってくれたらやる

というようなことであって
つまり、ある意味
価値の創造を放棄している
とも言えます。

誰もやったことがないこと
どこにも無いもの
そういうのはやらない
と言っているわけで
独自性や新規性を捨てているから。
大変もったいないことです。

自ら道は作れない
他人が作った道しか歩かない
ということ。
確かに高効率でリスクは少ないです。

何度も同じようなことを言いますが
そういうのを選ぶ人がいても良いのです。
そういう人「だけ」では困るのです。

でも
経験があることしかやらないのであれば
一生成長できないじゃないか
分かってる?
と言いたいのですが

この状況は
別に本人が意識してそうなったわけではありません。
環境に適合して
いつの間にかそうなっちゃったのです。

次回はそのシステムの話をしましょう。

続く

主体性の育み方2

結論から言ってしまうと
プライオリティが
「高効率であること」

つまり
「失敗しないこと」

となっていると
主体性は発動しにくい。

「失敗」とは
何に対する失敗なのか?

学校では
他人に課されたタスクに対する実行結果です。

当然、ゴールは
すでに決められています。
自分で決めたり探したりはできない。

結果は
合っているか
間違えているか
のいずれかとなる。

それはすなわち
できるか
できないか
ということでしょう。

間違える可能性があるなら、それは
できない
に分類されやすい。
というか、そうなる可能性が高い。

そんな風に考えると

「やったことがないからできない」
「教わらないとできない」

というのも理解できます。

初めてやることはできない
教わらないとできない
となるでしょうね。

そう判断した方が無難だし
効率が良いですから。

続く