面倒の向こう側にあるもの

魅力あるもの、価値あるものの入口には
大抵面倒なものがあります。

何かを始めるとき
最初から楽しいことばかりではありません。

分からない、できない、うまくいかない。
人に聞かなければならないし
自分の未熟さにも向き合わなければならない。

でも、本当に面白いものや
本当の価値は、その先にあります。

面倒が無く、楽しいものには気を付けましょう。
それはただ
「消費させられているだけ」
かもしれません。

面倒は、単なる障害ではなく
自分を変えるための入口でもあります。

できないことに向き合うから、考え方が変わる。
失敗するから、工夫する。
人とぶつかるから、伝え方を覚える。
思い通りにいかないから、目的を問い直す。

面倒だと感じる場面には
自分が変われるチャンスが隠されています。

もちろん、面倒なら何でも良いわけではありません。
無意味な手間や、価値につながらない苦労は減らした方が良いでしょう。

とはいえ
それらは無意味さや価値につながらないことを
教えてくれたりもするですけどね。

けど、ビギナーには良く分からない事も多いでしょう。
なので最初は
「面倒だから価値がある」
と思っても良い。
その経験から学ぶ事自体に価値があるのだから。

でも、スピードを重視するなら
便利な道具や仕組みは可能性を広げてくれるので利用するのも良いでしょう。

しかし、便利さによって消してはいけない面倒もあります。
それは、成長や創造や信頼に必要なもの。
多くの場合は、人と関わるものです。

そう
結局は「人」に行き当たるのです。

価値を提供する相手は人
仲間もライバルも人

人との関わりに伴う面倒をスキップすると
ロクな事はありません。

トラブルの原因になるし
自分も成長できない。
そもそも価値を生み出せなくなることや
価値を手渡せなくなることが多い。

面倒を避けることができる時代になりました。
だからこそ、我々は考える必要があります。

この面倒は
ただの無駄なのか。
それとも
その向こう側に行くための入口なのか。

面倒の向こう側には
成果だけがあるのではありません。

そこには、変化した(成長した)自分がいます。
その変化こそが、魅力や価値を創造するために必要なものなのです。

正解は無いけど、責任はある

社会に出るとそんな状態になります。

まぁ、社会人にしたら当たり前で
当たり前すぎて意識すらしていない人も多いかもしれませんが
そういうことです。

でも、学校では

正解があって、責任は無い

そんな状態です。
社会に出た際の変化が急すぎます。

このギャップを今の教育システムの中にいる学生から見ると…

「正解は無い」
これは困惑するでしょう。
だって、自分が組織でやることって、誰かが決めたことを指示されて
やらされることで、そこには常に隠された「正解」があったのだから。
それを「当てる」のが「やる」ということ。

もちろん仕事に対する印象は
上司が決めたことを命令されて
言われたことをやる
そういうイメージを持っているでしょう。
確かに業務命令はありますけどね。

「責任がある」
これは「責任を取らされる」とか「失敗は許されない」とか
ネガティブなイメージに満ちている印象があるでしょう。

ものごとは捉え方一つなので
どう考えるかは人それぞれなのですが
本質的には

正解は無い
=自由である、自分で決められる

責任がある
=意味がある、価値がある

と、こういうことです。

これを実感できることを
学生のうちにやるとやらないとでは
社会に出てから大違いでしょうね。

気掛かりなのは
この「捉え方」のギャップが
どんどん大きくなっているのではないか
ということです。

それはなんで?

それは
人と関わる経験が少ない
とか
失敗した経験も少ない
とか
そもそも
やらされる経験ばかりだったりすることが原因なのかもしれません。

でも、学生達は
クリエイティブな仕事に憧れていたりします。
そこに価値があることも分かっています。

しかし、そのために必要な経験を積むには
正解が無いことをやらなければなりません。
責任を要求されることも必要でしょう。
当然です。

そこには労力が必要で
一定のリスクを払う必要があります。

というわけで
なかなか手を出せないのでしょうね。

ますます自由が大事になる

自由であること
それは
自分で決めること。

その結果がどうあれ
仮に望まない結果が出たとしても
そこから学べば良いのです。

知識はゴール到達のために
道具や材料のようには使うべきで
ペーパーテストで良い点数を取るためではない。

今や
ペーパーテストで良い点を取れる
というのと
仕事で高い能力を発揮できそうなポテンシャルを持っている
というのはイコールではないでしょう。

そもそも
ペーパーテストで良い点を取る
というのはどういうことか?

何をやるべきかは他人が決める
ということ。

これは
やるべき事は自分で決める必要がない
ということでもあって
自分のことを自分で決められない
ということでもあります。

これでは
これからの予想の付かない不確定な未来に対応できるとは思えないわけです。

なので
リスクを負って自由を取る
これがとても重要な時代になっていく気がしています。

この件については、もうちょっと深掘りが必要だと思っています。