手段と目的 その2

何かをやろう、となったら
こうしましょう!
というお話しです。
前回はこちら

社会人にとっては常識ではあるのですが
学生には難しいことの一つです。

というか、学生は普通に過ごしていたら
全く必要無いことでしょうね。
あくまでも、学生のうちは。

  • ゴールを決める
  • 戦略を考える
  • 手段を考える
  • 実行する

大抵は、こういう手順を踏みます。
別に何かルールがあるわけではありませんが
この順番じゃないと成果を出すのは難しくなります。

ゴール無しでは戦略は立ちませんし
戦略無しで手段は決められません
まぁ、当然なことです。

…なのですが!

学校ってのは、なかなか厄介な場所でして
これらのプロセスを成立しにくくする構造になっています。
いや、それは学校に限らないか…。

どういうことか?

まず
ゴールは自分で決めるものでは無く
教員から提示されるものだったりします。
授業などでは100%そうなっていますよね。
学生が勝手に決めたら怒られます。

なので
「やるべきこと」は他人から提示されるもの
そんな風になりがちです。

なので「自由」とは
その関係から解放されること
となりがちです。

「自由」とは自分で決めること
なのですけどね。

おっと、脱線しそうになりました。

ともかく、そういう環境では
ゴールをセットする機会は得られません。

戦略は、未来を想像して
「どうすべきか」を立案すべきものですが
自分でやってみる機会はほとんどありません。

ヘタすりゃ、これも他から提示されるもの
となりがちです。
自由な戦略が評価される機会はありません。

なので、想像力を育む機会はなかなか得られません。

手段は戦略を成立させてゴールに到達するために
多くの中から選択して
時には自ら創造して
自由に採用すべきものです。

ところが
なぜか最小限で最低限の手段を実行したくなったりします。

最小限の手数で、効率よくやりたいからです。
それを「面倒だから」とも言います。
「コスパがいい」とか「タイパがいい」とか
そう言っても良いかもしれません。

でも、この効率云々は
周囲の環境がそのように設計されているので
学生達がそこを狙っていくのは当然とも言えます。

それに、色々やらされる経験が多いと
「できればやりたくない」
となるのは当然で
最低限でチャチャッと済ませたくなるのは当然でしょう。

なので、経験の数が最低限になります。

ちなみに
知識は手段です。

さらに言うなら
学校に行くのも手段です。

もっと言うなら
会社に入るのも手段です。

戦略を成立させるための手段のはずですが
戦略無しで
ヘタすりゃゴール無しで
戦略から行動を組み立てようとしたりします。

だって、そうするように訓練されるから。

  • 基本の知識を身に付けて
  • 次に応用に移行して
    (本来「応用」は、実戦することであって
    難易度の高い次のステップに移行することではありません。
    そもそも、ここがおかしいのでは?)

とやるでしょう?
そんなプロセスでやったら
「次から次へと難易度の高いことを積み上げていったら
何か良いことが起きるんじゃないだろうか?」
となって当然かな、と思います。

でも、それは逆です。
まったく逆です。

ゴールがあるから到達のための戦略が必要となる。
戦略が成立するためには手段が必要になる。
そして、手段は自由なのです。

目的を決めずに手段ばかり教えているから思考の順番が逆になって
とても不自由になります。
目的が決められなくなるか、手段によって制限かがかかった状態になる。

そういう考え方を手に入れるチャンス
学校にはなかなか無いですよね。

キミは何とかできるか?

学生達を失敗しないように守ろう

守りすぎると、彼らは失敗に弱くなる。

やるべきことから曖昧さを取り除き、明確化しよう

明確化しすぎると、あいまいな現実に適応できなくなる。

迷走しないように、正しい地図を与えよう

正しい地図があると、自分の足で地形を読む力が育たなくなる。

失敗させたくない
遠回りさせたくない
傷つかせたくない
良い学校に入れて、良い会社に入れて、安定した人生を歩ませたい

そういった外的動機でコントロールしてあげれば
果たして幸福になるのだろうか?
面白い人生になるのだろうか?
そもそも、生きる力が手に入るのだろうか?

まぁ、聞くまでもないでしょう。

失敗しても壊れない
むしろその経験を使って強くなる

正解が無い曖昧な状況でも
仮説を立てて動き出す駆動力

他人の指示ではなく、自分の判断で行動し、修正する力
摩擦の中から、自分の動機を発見して、ゴールを設定する力

そんな力を手に入れて欲しいのです。

難しいのは、そのために
考えてあげて
与えてあげて…
とすることで無いのは当然として

かといって
放任すれば良いということでもない
ということ。

厳然たる正解があるわけでは無いのだけど
魅力ある、本物の目標・目的があり
そのためにリスクをコントロールしながら
本気でチャレンジできること。

その経験が学生達を成長させるのは間違いありません。
そしてそれは、卒業後も数十年に渡って彼らの武器となることも間違い無い。

夢工房で育成すべきなのは
よくできるいわゆる「良い子」
ではなく
「何とかする人」
です。

続 今必要な教育は? 今はチャンスだ

どうやらこれからはチャレンジャーの時代となりそうな気がします。
というか、考えたら当たり前なのですけどね。

現状主流の
「言われたことをやる」
に主眼を置いた教育によって形成された
受動的な姿勢から生み出される価値には限界があるでしょう。

ゴールの設定はもちろん
主体的な思考とか
決断して実行する勇気とか
スピードのもたらす価値とか
チームワークや独立心とか
リスクのレベル判定とか
トレードオフの理解とか…

そういったものは手に入りにくくなっています。
日頃必要とされないのだから当然ですが。
もちろんそれは、社会のニーズから乖離しています。

チームワークや独立心の両方が弱くなっているなんて
滑稽で興味深いですが
面白がっている場合ではありませんね。

さて、多くがこのような状態になっているとしたら
それはそれで心配な状態ではありますが
チャンスでもあります。

もちろん、勇気を持ってチャレンジする者にとっては
より独自性や優位性を得やすく
チャンスを獲得しやすい環境となる可能性があるのですが

このままどうしようもない状態に突入して
行き詰まりの中で崩れ落ち
そこからより強靱になって立ち上がる
そういうチャンスということです。