違いをつくるのは常に少数派

夢工房の学生達、卒業生達は
違いを生み出すエンジニアになって欲しい。

一見個性的な量産品を購入するのとは訳が違う。
自分達で価値をつくる側なのだから。

ヨソと同じことをやっていたら
それは「価値」にはならない。

ヨソと違うものをつくるには
ヨソと違う考え方が必要で…

しかし我々は幼少の頃から
「なんで皆と同じことしないの!?」
と言われて育ってきていたりするわけで
これはなかなか難しい。

そして当然
違いを生むと
結果として少数派になる。

孤独であるが
孤立は避けたい

それは本能的なものなのだろうし
孤立すると継続できなくなるのだから
そんな気持ちが邪魔をするのは当然かもしれない。

チームじゃないとできないことをやっているのだから
孤独を恐れず
むやみに孤立せず
強いチームを作る必要がある。
もちろん理解者・協力者も必要。
となれば、コミュニケーションが重要。

なんか矛盾しているようだけど
その辺のバランスが大事なのだと思います。

でも、そういうのは授業じゃ手に入らないのですよね。

変化の兆し…なのか?

今日はオープンキャンパスでした。

夢工房には多くの高校生が来てくれて
彼らの様子を見たり話をしたりできました。

で、感じたのは
世代による変化でしょうけど

未来に対する捉え方とか
価値観とかが
何となく変わりつつあるのかな?
ということです。

まだ、ちょっぴりですけどね。

さらに言うなら
全体が変化しているというより
「二極化してきている」
ということです。

  • 周囲に迎合せずに自身の価値観を構築しようとしている
  • ゴールを定められずに(心が)漂流状態にある

という「二極」です。

一方は、より尖って
一方は、より普通に
といった感じでしょうか。

ただし、この
「ゴールを定められずに…」
がダメなのかというと
決してそんなことはありません。

自らのゴールを定めず
周囲の言うことに従う

一般的にそれは
模範的な良い子ですから。

恐らく多くの教員は好印象を持つのではないかな。
「扱いやすい良い子だ」と。

ただし、恐らくその評価は
社会に出ると一変します。

自らのゴールを定められず
周囲から言われないとできない
と。

若いうちは色々な刺激を受けて変化するものなので
何がきっかけになって
どう変化するかなんて分からないのですけどね。

とはいえ
考え方や価値観を変えるってのは難しいことです。

一方の尖った価値観を持ちつつある人達が
多数派になることは無いでしょう。

しかし、彼らが一歩踏み込むと
世の中は面白い方向に変わりそうな気がします。

「おもてなし」についての気付き

まあ、確かに大事なのでしょうけど
「おもてなし」という字面を見て
何か違和感を感じていたのですよね。

空々しいというか、何というか。
おもてなしの心が不十分な私が
偉そうなことを言ってるわけですが。

で、今朝、唐突に思い付いてしまいました。

おもてなしは大事だぞ!と。
いやまぁ、そもそも大事だというのは分かってはいるのですけど
腹落ちしなかったわけで。

おもてなしには準備が必要です。
行き当たりばったりではダメ
あらかじめ形(かた)を作っておく必要がある。

「形」は、まさに形式であり
そのための準備は
いわゆる段取り。

それがちゃんとできていれば
仕事もうまく行くよなぁ
なんて思ったのです。

ただし
形にとらわれて中身が伴っていない状態
で満足してしまったら先は無いわけで
やはり工夫が必要です。

形は繰り返すことで無意識下に落とし込まれます。
そうなってしまえば、意識無しの自動実行。

そこから意識的に工夫を積み上げていけば
改善のループが回せます。

なので
まずは形を決めて繰り返す
これが大事なのですね。

言われたことを意味も分からず繰り返す(繰り返させられる)
とやってしまうと
本末転倒です。

だって、そんなのいずれ嫌になるでしょう?

なので
自らのゴールを設定して
必要なこと(段取り)を考えて実行する
そしてそれを繰り返し
ダメなら変えて
足りなければ足し
余計なら引く
そうして工夫を積み上げていく

そういうのが大事なんだよなぁ
なんて、当たり前のことが腹落ちしたのでした。