循環させるべきもの

「循環型社会」と聞くと
一般的には、資源やらエネルギーやらを指しますよね。

でも、それ以前に循環させるべきものがあるのではないか
というのが今回のお話し。

経済の低迷
情勢不安
などなど
色々あって
なんかしっくりこないというか
ザワザワするというか…

それらの根底に共通の原因があるような気がしなくもない。

それは
利己的な社会になってきているから
ではなかろうか?

これは
価値の循環が止まるとうまくいかないのではなかろうか
ということなのですけどね。

ここで言いたい
というか
このブログで言っている「価値」とは
お金(マネー)に限らず
もっと根源的なものです。

本来
創造して提供した価値の大きさに応じて対価が払われ
受け取った対価を他の価値に払う
そうやって価値が循環して社会は回るもの。
まるで体内の血液の流れのように。

ところが
その流れを構成する一部が
恐怖とか欲得とか
はたまた怠惰とか
何かしらの理由で利己的になり
自分の手元で価値の流れを止める

流れが滞ることにより不健全になり
それによって恐怖とか欲得とかが増幅・増殖して
ますます流れが滞る

そういったことが起きているのではないだろうか。

本来、我々の社会は
相互に依存しないと成立しないのだけど…

物質的に豊かになって
便利になって
他に依存せずとも生きられるような(気がする)
かつては「理想」とされた状況になって

「社会に価値を提供する共同体」だったはずの企業が
いつの間にか「利益を最大化する装置」となり

個人も
「社会に何を提供できるか」より
「自分が何を得られるか」
を優先できるようになって

価値を循環させるのではなく
手元に貯め込むことが優先されている。

それはもちろん
循環させなくても、すぐには破綻しないから。

であれば、そうなるのは当然なのかもしれない。

でも、じっくり破綻に向かっている気がする。

それらを一挙解決!とはいかないまでも
状況をちょっとだけでも改善できないだろうか
と思うのです。

そんなことを考えながら感じているのは
恐怖でも怒りでも絶望でも無く…

こりゃ面白いことになってきたぞ

だったりするのは不謹慎でしょうか。

学びの本質

そもそも
「何のために学ぶか」がズレているのではないか
と思っています。

本来、学習は成長そのものであるのが理想でしょう。
「成長」とは学力でしょうか?
学力が含まれていても良いと思いますが、イコールでは無いはずです。
現実世界の課題を解決するために学んでいるのですから。

その「課題」とは
将来の職業であったり、スキルであったり、具体的な能力だったり…
それらを実現するのがゴールです。

なので学習は
それらの課題を解決し
ゴールに到達するためのものである必要があります。

エンジニアを育成するのであれば
現場で、現実で、現物で
役に立つ知識や経験が重要でしょう。

しかし、実際はどうなっているかというと
学習は単位取得の手段です。
学校では、どんなに実践力を持っていても
ペーパーテストの点数が良くなければダメです。

与えられたから学ぶ
学んだことは、いつか使うだろう(その多くは使わないけど)
ではなく

必要に迫られて学ぶ
課題を解決するために学ぶ
やってみて、分からないから学ぶ
そして、自分で決めて動く

これでしょう。

なので、魅力的なゴールが重要なのですよね。

未来を決める「積極性」

熱量は当然として…
「積極性」は思いのほか重要です
というのが今回のお話し。

旧来の「真面目さ」には価値が無い
というのは言い過ぎかもしれないけど
これからは急激に価値が低下していくと思います。

「~がこう言ったから」
「みんなそうしているから」

他の情報を参考にするのは良いことでしょうし
言いつけを守るのも大事でしょう。

しかしこれは
外発的な行動原理や動機によって
自らの行動が決定されていて
受け身で消極的な
考えられない
決められない
状態です。

主体性が無い状態
と言っても良いかもしれません。

でも、それでも大丈夫かもしれません。

というのも、これからは
あなたの代わりに
AIが考えて決めてくれるからです。

その方が自分で考えて決めるより
正確かもしれませんし
何より楽です。

でもそれは
誰でもできることです。

なので
価値は低いかもしれません。

しかし
多くがそうなら
それは「普通」であって
だったら別に問題無い
と思うかもしれません。

そんなことを考えていると
これからの世の中は大きく二極化するのだろう
と思います。

「積極」と「消極」
「発信する側」と「受け止める側」
といったように。

どちらに属するかは自由ですし
消極には全く価値が無いとも言い切れません。

言われたことをやる真面目さ
それが必要とされるシーンは常にあるからです。

しかし
新しい価値の創造や発信に関しては
消極には期待できない
と言っても良いでしょう。

それは当然で
消極は
発信する側では無く受け止める側
だからです。

消極的になるのには理由があって

アウトプットへの評価を恐れる
批判、否定を恐れる
目立つことを恐れる

といったように
「恐れ」が行動原理になっている守りの反応。

リスクを取ってアウトプットするより
黙ってインプットする方が安全です。

先の見えない昨今において
守りに入るのは正常な反応かもしれませんし
それが大多数となるのは当然かもしれません。

となると
二極化のうち「積極」の方へ向かう者にとっては
今がチャンスなのです。

だって、多くが流される方とは逆方向なので
希少性とか優位性とか
価値の根源となるものが
ほぼ間違いなく手に入るのですから。

積極的に行きましょう!