戦争から学ぶ 戦略的思考の構造の一例

私みたいに暗記が苦手というか嫌いな人は、ビジュアル的に考えると良いのです。
ものごとの順番とか強弱とか大小とかの関係を、です。

なぜ戦争を例に考えるかというと
考え方の「構造」が分かりやすいからです。

以下、素人の私がが分かりやすく解説してみます。

戦闘における攻撃手段は、鉄砲やらミサイルやらがあります。
ですが、あくまでこれらは「手段」です。
何も鉄砲やらミサイルやらをぶっ放すことが目的ではありません。

目の前の的を沈黙させるためなのか、相手の国力を低下させて戦闘できなくするのかなど、相対的に有利となるために、適切と思われる手段を選択して使用します。

実際にドンパチやるのは戦闘で、その他にも情報戦、経済戦などがあって、それらは戦争の一部です。
有利な状態で戦争を終結させることが目的であれば、なにも戦闘で有利にならなくても良いのです。

さて、戦闘における「手段」の話です。
飛行機による戦闘の歴史を簡単に紹介してみましょう。

昔々、飛行機が実用化されるようになった時の役割は、戦場における偵察です。
ライト兄弟などの飛行機野郎達が、ヨーロッパの軍隊に売り込みに行っていました。
飛行機は、見晴らしの良い高いところを飛べるし、鉄砲の弾にも当たりにくいので好都合です。

あるとき、偵察のついでに飛行機から攻撃することを考えた人がいました。
その時に取った手段は「敵兵めがけてレンガを落とす」です。

飛行機の利便性が各国に認められると、戦場の空には飛行機が増えてきます。
しかし、そう易々と偵察をされたくないので、敵国の飛行機を排除したくなります。
その時にパイロットが取った手段は「相手を拳銃で撃つ」です。

飛行機はどんどん増えてきますので、攻撃力を強化したくなります。
そこで、飛行機に機関銃を搭載します。
こうして空中でのドッグファイトが行われるようになります。

速いスピードで重いものを運べるようにして、爆弾を落としたり、ミサイルを発射ししたりできるようになって、能力を拡大していきます。
より遠くまで行くために、空中で給油すらできるようになります。

さて、このような進化の過程には何があったのでしょうか?

初期の頃の「レンガを落とす」とか「拳銃で撃つ」は、簡単に思い付きそうなものだし、ハードウェアには特段の工夫は必要ありません。

しかし、その後の発展は、たまたま既存のものを利用してみた…ではできません。
目的を思い付き、そのための手段であるハードウェアを開発する必要があります。

ゴールを設定し、そのための手段を考えたはずです。

例えば、飛行機に機関銃を搭載して、ドッグファイトの機動に耐える機体にする、なんてのも、たまたまではできません。

そもそも、飛行機には強度的な余裕を過剰に持たせるはずはないので、重い機関銃を搭載したり、激しい機動に耐える丈夫な機体であったはずはありません。

なので
「飛行機を作ったら、機関銃を搭載できちゃって、ドッグファイトもできちゃった」
なんてことはないはずです。

「こんなことできる飛行機があったらいいなぁ」
という「想像」をゴールとしているはずなのです。
そして
「そのためにはどうしたらいいのかなぁ」
と手段を考えて、チャレンジしたはずです。

手段ありきで考えていたら、既存の結果しか出ませんから。

戦争から学ぶ 非対称戦という戦い方

本当に言いたかったことはこちらかもしれません。

小国が大国と
ゲリラが正規軍と
というような、圧倒的な戦力差があるような場合によく使われる戦略です。

近年では、ウクライナ対ロシアの戦争で見ることができます。
ミサイルや大軍で攻めてくる敵に対して、ドローンや機動チームで対向するやり方です。
圧倒的な戦力差や、経済規模に差があったりする場合に有効なのですが、大事なのは考え方です。

その本質は
「相手の土俵で戦わない」
です。

恐らくこれ、現代の日本人には苦手なのではないかと思います。
というのも、あらかじめ決められたやり方や、様式に従うようにトレーニングされているからです。

正々堂々と相手と同じ土俵に立って、真正面からぶつかる
というような、一本調子のやり方をしてしまいがちではないですか?
もしくは
突拍子もない手段を使ってくる相手に対しては、「飛び道具とは卑怯なり」みたいな感覚になりませんか?

あらかじめやり方を決められたフィールドで指示に従う
みたいは経験ばかりしていると、習慣でそうなるでしょう。
考えずに自然とそうしてしまう。

そんなのが習慣になっていると、皆がやっていると、自然と自分もそうしてしまう。
考えずに環境に流されるというか、そんな風になりがちではないでしょうか。

管理する側からすると、その方が都合が良いのです。
面倒が無い。
公平で平等で平和で均一で均質な状態は管理が楽です。

そういうのは習慣というか、基本的な価値観に基づくもので、なかなか修正が難しい。

今の世代に比べれば、私の子供の頃なんてカオス状態です。
ジャイアンみたいなヤツの魔の手から、いかに逃れて、安全なポジション、ことによったら優位なポジションを確保できるか。日々そんなことばかり考えてました。
うーん今思い出してみると、リアルドラエモンでしたね。

で、そんな環境によって、非対称戦を自然と学んだような気がします。
でも、私より前の世代では、もっとカオスだったではないかな。
まぁ、昭和の子供なんて、大方そんなものでしょう。

やられたらやり返せ
でも、真っ向からいったら結果は目に見えているので、どうするか?
そんな感じです。

今は、そうはいかないでしょう。
やられてやり返したら問題だろうし
非対称な手段を使ったら、これまた問題でしょう。
でも、平和ですね。

これ、まさにトレードオフですね。

さて、夢工房の学生の活動はどうなっているか?

彼らは比較的小規模なチームです。
一般的に、人数が少ないことは「不利」とされます。

そかしそれは、人数が多いチームと同じことを同じようにやろうとした場合です。
人数が少ない場合、それによるメリットを武器にするのが非対称戦です。

ここで中途半端なことをやると、逆にドツボにはまります。
なので、いかに極端なことをやるかがカギになったりします。
そうなると、能力よりも勇気とかスピードが重要だったりします。

そう、能力で戦おうとする相手に、勇気で立ち向かう、のようなことになる。
これは極端な例ですけどね。
もちろん能力ゼロでは話になりませんから。

また別のケース。

あるトップチームが特定の技術を使っている場合、それが上位陣の、もしくは全体の技術トレンドとなりがちです。
多くがその技術を使い、より性能を向上させようとします。

ここで考えるべき事は、いかにその技術を使わずに優位に立つか、です。
例えば…
何事にもトレードオフが効いているはずなので、その特定技術を使うことによって失うものや、できないことを自チームの強みにするとか。

とにかく、決して同じ土俵には立たない。

同じ土俵に立つと、後追いのチームは経験が短い分、常に不利な状態に立たされる可能性が高い。
それに、オリジナルを見た目だけ真似たところで、目に見えない本質の部分は掴みにくいので、その間は不利であり続け、そうしているうちにオリジナルのチームは逃げ切ってしまう可能性がある。

色々言ってきましたが、実はここで言っていることは、なにも特殊な方法ではなかったりするのです。

本田宗一郎さん、コリン・チャップマン、歴史に名を残したチャレンジャー達、特にアイデアマンと呼ばれた人達は、大体こんな戦略を使っています。

普通にやったら何も起きませんよ。


戦略的思考…について考える

「戦略的思考」というと、何やら難しそうですが、実はそうでもありません。

「何のために、どうするの?」
ということですから。

何のために=ゴール
どうやって=手段
です。

ゴールを決めて
そのための手段を考えましょうよ
ということです。

しつこいですか?
でも、我々日本人は、これが苦手です。
そのことによるメリットもあるにはあるのですが、それは後ほど。

そもそも、ゴールも決まってい状態で何かをやったところで、それをどこまで、どのようにやったら良いかなんて分からないし決められないのです。

でも、そういうケース、多くないですか?

なんで大学に来たの?
夢は何?
という問いに、どれだけが明確に答えられるでしょうか?

これは、そもそも日本人はそういう気質を持っていた…
わけではないでしょう。
いくら周囲を海に囲まれた島国だと言っても。

そもそも、海洋国家が戦略的な思考が不要なのかというと、決してそんなことはありません。

海洋国家は、多くのリソースを輸入に頼っているため、シーレーンを封鎖されると即死します。
なので、戦略的思考が無いと、お先真っ暗です。

では、なぜ現在のような戦略無し状態になっているのか?

これには原因があります。

まず一つは戦後の日本の状態。
それと学校教育。

戦後、我が国は日米安保条約によって、戦力を捨て、アメリカに守ってもらうことになりました。
お陰で経済、産業に注力することができて大成功!となりました。

自らを守ることを考えなくても良いなんて、普通はあり得ない状態です。
国にとって、もっとも大きなリスクについて考えなくても良いのですから。
でも、それが実現したわけです。

自らの国を守る必要は無くなって、それについて考える必要も無くなり、戦略について語ることすらタブーとなりました。

お陰で、何かに忠誠を誓うようなことはもちろん、何か一つのことに向かって皆で…
というようなことは軍国主義を思い起こさせるのか、同じくタブーになっています。
特に学校では。

企業なんかだと、一つの目標に向かって皆で力を合わせないと仕事になりませんし、戦略的に考えないと大したことはできません。
なので、学校とのギャップは巨大です。

でも、会社に入ったら目が覚めるから大丈夫!
とはいきません。
これは年々強化されてきました。自然に、自動的に。

そりゃそうです。
同じやり方で教育を継続していけば、それは世代を重ねて強化されていきます。
学校と社会のギャップはどんどん大きくなって行く。
破綻するまでは。

この状態について、他国の陰謀がとか、そんなことを言うつもりはありません。
誰かのせいにしても、なにも変わらないからです。

この状態を認識して、「ではどうするか?」
それがこれから考えるべき事です。

その前に「どうしたいか?」ですけどね。