価値を作るスタート地点は
そのために何を
どこまで払うか
それを自分で決めること
そういうことなのだと思う。
とはいうものの
それらに対して許容できる
ボーダーラインがあるでしょう。
それは人によって様々。
何をやるかだけでなく
どこまで踏み込めるか
それが価値の大きさを決める
そんな側面もあるということです。
戦争の時代を生きてきた人達は
死へのボーダーラインを知っています。
なので
しんどいことに対しても
「死ぬわけじゃあるまい」
と言えます。
私の親や子供の頃の先生は
戦争を経験した世代です。
艦上機からの機銃掃射で
友達が撃たれて死んだ
とか
空襲で近所の人が皆死んでしまった
とか
そういう世代です。
皆が同じ方向に逃げたがめに
爆撃で皆が一度に死んでしまったとか
そういった経験を元に
ボーダーラインを決めていたり
皆と同じことをしない
という価値観を持っていたりします。
なので
リアルな感覚を元に
「生死」を基準にできます。
もちろん人にもよりますが。
私が子供の頃は
喧嘩や体罰が
さほど珍しくありませんでした。
それは私のデキが悪かったから
というのもありますが。
ともかく
「肉体的な苦痛」が身近で
それを基準とできる。
もちろん人によります。
今は、肉体的な攻撃はもちろん
言葉ですら気を遣う必要がある
そんな世の中です。
なので
「精神的な苦痛」に敏感です。
もちろんこれも人によります。
結局、人それぞれなのですが
各世代が持つ
大まかな基準があります。
そういった世代間の価値観や認識の違いが
ジェネレーションギャップです。
世代が離れれば離れるほど
相互の理解が難しくなります。
今の若い世代に
「生死を基準にものを考えろ」
と言っても難しいでしょう。
ともあれ
「怖い」
「もう無理だ」
と感じるボーダーラインは
生まれつき固定されているわけではありません。
経験によって、その線は動き
どこまで頑張れるか
というボーダーラインが決まる。
そのボーダーラインによって
同じことをやったとしても
パフォーマンスが
成果が
価値が決まってくるのです。
限界まで行ったことがなければ
自分の限界がどこにあるのかは分からない。
そして
その限界の向こう側に
他人が簡単にはつくれない価値があるのです。
…と、言うのは簡単ですが
やるとなるとこれがなかなか…。
人生は修行ですね。
でも、どうせやるなら
自ら好んでやる修行にしたいものです。
