成長は変化すること 3

前回の記事からちょうど1年です。

基本的には考えは変わっていません。
しかし、我々を囲む環境は
混沌として予測不可能になってきています。

となると
ますます変化できることが重要になってきます。
いわゆる柔軟性ですね。

安定した時代には
与えられた環境の中で
効率よく成果を出す人が強かった。

偏差値、資格、大企業、専門分野、標準プロセスなどなど
そういったワードにまつわる能力が重宝される。
そういう価値観でした。

もちろん今も
そして今後も
そういったものは大事なのかもしれません。

ところがこれからは
それだけでは足りない。
というか弱い。

ルールそのものが変わったり
ヘタするとルールそのものが
消え去ったりするかもしれない。

その環境に対して
いかに反応・変化できるか
そういったことが求められるでしょう。

さて、では
そういった資質を身に付けるには
どういう経験が必要か?

かつて重視されていた
正解を覚えるような効率の良い教育

ではなく

全く反対の
効率の悪い
考えたらとにかくやってみる的な
そういう経験がものを言う時代になるはずだ
と思っています。

そういう経験が無いと
いわゆる「引き出し」が増えないし
知恵が使えない。

変化に対する
即興力も柔軟性も
そういったところから来るはずだから。

正解を暗記するだけでは
変化の激しい社会で生き残るため
自身が変化することができない。

創造力が枯渇して
思考が停止するのですよ。

というわけで今後は

価値観はもちろん
学び方も変化できるのか?
その辺が問われるでしょうね。

知っていても使えない

知っている

できる
は違います。全く違う。
というお話しです。

分かっているけど
できない

それがよく分かるのが
ピンチの時です。

そんなときに
パニック状態や思考停止になってしまったら
それらを使うことはできません。

それは
知識しかり
道徳観しかりです。

パフォーマンスを伸ばすには
実際にやってみて
追い詰められて
限界に接近したり
限界を突破したり
といった経験が必要でしょう。

その結果を評価して
次のアクションを決めて
再度やってみる。

その繰り返しにより
深層心理に定着して
考えずともできるようになる。

それがトレーニングです。

そんなことを考えていると
いくら授業で知識を身に付けたところで
それが使えるわけでは無いし

実際に使わないと
どのような知識が
どの程度必要なのかも分からない。

さらに言うなら
単に知っているだけでは無く
知識を自分で使う前提として
「自分ごと」
になっているか

チャレンジして
自分を追い込めるか

そんなことも大事です。

それが無いと
知恵も工夫も生まれてきませんから。

でもそれ
好きなことじゃないと無理だよなぁ。

主体性にまつわる矛盾

学校教育で
「主体性を育む…」
なんてことを聞くことがありますか?

まあ、それができたら理想的です。

ですが
多くの場合は
「自発性」と「主体性」を
取り違えているのでは?
と思っています。

言われなくてもやる
というのは
自発性です。

言われなくても宿題やれよ
とかね。

主体性は
ゴールを自分で決めることです。

それ、学校でやったらダメでしょ。
あくまでも今のシステムで
ということですが。

今のシステムは
やることは全て事前に決められています。

それをやらせるのが教育である
という前提があるでしょう?
学校に限らず
ヘタすれば家庭でも。

つまり
ゴールは他人が決めるもの
という前提です。

ゴールを自分で決めたら
怒られたり
心配されたりします。

何のために何をするのか

それを
自分で考えさせない
自分で決めさせない
というのが
学びの構造に組み込まれています。

そんなことやっていれば
「自分が何をしたいのか分からない」
なんてことになるのは当然でしょうね。

「自分が何をしたいのか分からない」

今のご時世
これは別に珍しくもないでしょう?

でも、よく考えてみて下さい。

「あいつが」
なら分かりますが

「自分が」
何をしたいのか分からない
のですよ。

大丈夫かよ?
って感じですが
多くがそうなっていれば
それが「普通」なわけで
別に問題だとは感じないかもしれません。

大問題ですけどね。

当然ながら
そうなってしまう原因は
本人にはありません。

そうなってしまう環境に
適合した結果に過ぎません。

それが「良い子」です。

誰かがゴールを決めてくれる
そんな環境にいるうちは
それで良いのかもしれません。

でも、その先はどうなるのでしょう?

ゴールの設定を他に依存したツケは
未来に先送りされているだけなので
きっと後に襲いかかってきます。

でも、誰もその責任は取ってくれません。

だって
そのやり方が良いのだ
と思っているからこうなっているわけですから
それをケアする構造もありません。

その状態からどうするかは本人次第です。

さて、キミはどうする?