ボチボチ変え時では?

学校では
言われたことをやる
決められたことをやる
これも必要だろう。

特に義務教育レベルの内容は。
理解する
伝える
といった能力は基本的に重要だから。

そのためには
「これはできるようになっておきなさい」
というのは必要でしょう。

でも、その先が問題。

新しいことをやる
新しいものを作る
となったらどうするのか?

言われたことをやる環境では
「間違い」はダメ
「失敗」はダメ
なので、間違えないように、失敗しないように
それらのリスクを回避することが重要です。

でも、新しいことにチャレンジするのであれば
想像して、やってみる
というプロセスの結果
大抵は失敗が起きるわけで

そもそも、やる前から失敗が起きることは明白です。

そこからどうするか
が大事なのですよ。

さらに
学校では、言われたことができると評価される
一方、言われてもいないことをいくらやっても評価されない。

言われてもいない余計なことをやると
怒られたりもします。

ここで
言われたことをやる人

言われてもいないことができる人
の岐路ができるわけだけど

ただ、ヘタなチャレンジなんかせずに
リスクを冒さずに
余計なことをしない方が
教える方は楽ですけどね。
親御さんも安心でしょう。

でも、チャレンジできないのであれば
新しい価値を生み出すことができないのは確定です。

リスク回避指向でチャレンジできない若者が
開発者を志しているとしたら
笑っちゃうというか、困っちゃうというか…

そんなことを考えていると
今の教育のシステムって
一体何のためなのだろう?
と思ってしまうのですよ。

何のために? 4

日本の若者は
「社会をよくしたい」
という志が低いのだそうです。

なるほどなるほど
それはよく理解できます。

かつての自分を振り返っても
今の教育現場を見ても
さもありなんという感じです。

では、何にフォーカスしているかと言えば…
それは「自分の利益」でしょう。

つまり
自分さえ良ければ
という状態になっている。

つまり利己的なわけだ。

「社会を良くしたい」
と聞くとどう思うか?

理想は大事だけど
単なる”きれいごと”と感じる?

そんな大それたことはできない?
皆がちょっとずつやればいいし
自分が100%やる必要は無い。

何のために学ぶのか?
それは
自分の将来の安定のために
良い会社に入りたいから。
つまり
自分が得するために
です。

では質問。

あなたは
自分が得すればいい
と思っている人を
得させたいと思いますか?

ってなことを考えると
相手のことを考えずに
自分は得したい
という発想はおかしい
ということに気付くはず。

相手に得をさせないのに
経済が回らないのは当然だろう。

経済が回らなければ
不景気になるのも当然なわけで
利己的な社会ってのは
ロクなもんじゃないわけですよ。

最近では
ボランティア活動に興味を持つ学生も
多少増えている気がするわけで
まんざら捨てたものではないのかも。

そんなことを考えていると
「自分の」将来が安定するために仕事をする
というのは最低限必要なのかもしれないけど
それはどうなのかな?
とも思うのです。

飛行機では
自分が酸素マスクを付けた後に
他人の酸素マスクを付けましょう
ってのもありますね。
そりゃもっともなのですが
どうなのでしょうね。

二極化の件 自信を持っていこう

自信とは
未来の自分を信じるということです。

前に進むための姿勢は、後天的に獲得できます。
つまり自分で決められる・選べる手段です。

何度も記事にしていますが
高いハードルをセットして
ゴリゴリいっちゃったら良いと思います。
結果がどう出ようと
長い目で見れば損失はありませんから。

でも
一気に、ダイナミックにやれないなら

小さく選んで
小さく動いて
小さく失敗して
小さく直す。

それを凄いスピードで繰り返したらどうでしょう?
きっと凄いことが起きますよ。

今、自信がない
今、積極的ではない
今、専門外に手を出すのが怖い

そんなのはどうでも良いことです。
これから変えていくのだから。

でも、そのためには
前向きの姿勢が必須です。

前向きなら何とかなります。