リスクや問題は「悪」ではないって知ってた?

リスクや問題

それらが発生すること自体は悪いことではありません。
隠したり、無視したりする事が本当のネガティブな事態を引き起こすのです。

リスクや問題を解決したりコントロールしたりすれば、パフォーマンスは向上する

それは当然のことです。
そう考えるとリスクや問題は成長の材料となることが分かります。

というか、そういったことによってしか成長はしないと言っても良いし
そもそも価値の本質はそこにあるのです。

なのでリスクや問題の発生は、むしろチャンスと言っても良い。

人類がどうやって文明を発展させてきたかを考えれば、そんなのは当たり前。
例えば、技術の進化・発展なんてのは分かりやすいです。

もっと便利に、安全に、などといったことのために変化を遂げてきたということは
裏を返せば、元の状態は安全でも便利でも無かったということ。

しかし、その状態を「問題」や「リスク」として見ることができるか?
それを改善するのは自分だという立場に立てるのか?

どうも我々は、消費者マインドというか…提供されたものに乗っかる側である、のような思い込みというか、習慣がある。
なので、目の前に現れたものが気に入らなければ、簡単に文句を言うし、欲しいものが無ければ考えること無しに諦める。

本来、こういうことはギブ・アンド・テイクであって
自分の得意なリスクコントロールや問題解決を
他と相互に提供しあうことによって世の中は成り立っているのだけど…

リスクを取るのは他人
恩恵を得るのは自分

のようなことになっているというか
それが理想だ
というよりむしろ
それが普通だ
といったような価値観になっているとしたら、ちょっと危うい。

でも、それも文明の発展における一つの局面なのでしょうね。
恐らくそれによって、強烈な二極化が起きそうな気がしますが。

発展や成長を妨げるのは簡単で
リスクを回避・排除したり
問題を解決してあげて
自分で解決する機会を奪って
満足する環境を与えれば良いのです。
そうすれば、成長はピタッと止まります。
しかも当人は快適になるので、簡単にその環境から抜け出すことはできない。

常に問題は
ここからどうするか
です。

そう考えると、チャンスは足元に転がっていることに気付くでしょう。

考えてあげると考えられなくなる というお話し その1

目的は動機であり、行動する上では最も重要なことです。

大事なことだから
間違えてはいけない
失敗してはいけない
だから立派な人が代わりに目的を考えてあげて提供するのだ

という状態になっていたらどうでしょう?

立派な人が考えてくれた、ありがたい目的を授けてもらえるなんて
良かった良かった!
という見方があるでしょう。

一方
最も大事なことを他人に決められてしまったら
そういうことを自分で考えて決める機会が無いじゃないか!
という見方もあります。

まぁ、こういうのって一括りにはできないでしょうし
ものごとにもよるとは思いますけど
自分の志向はどちらか?
というのはありますよね。

目的は他人から与えられるもの
という習慣・環境になっているなら、当然ながら目的を考える必要は無い。
するともちろん、自らゴールをセットすることはできなくなります。
当然です。

これ、「何のためなのか?」が考えられないってことです。

それが考えられないのは致命的ですが
実はこれまた一長一短です。

何のためかが明確でなくてもやることができる
というのは
指示されたことをやる
には向いています。
反面、創造的な仕事には向いていません。

何のためなのかが明確でないとできない
とか
何のためかを自分で決めないと気が済まない
というのは
指示されたとおりにやらない場合があります。
反面、創造的な思考ができる場合が多い。

この二つを比べると
”優劣”で考えてしまうことが多いですが
良いとか悪いとかではなく、単なる資質の違いです。
世の中は、両方以内と回りません。

そして、これら二つの資質は
勉強ができるとかできないとか
そういうものでは決まりません。

自分がどうありたいか
という話であったりするのですが

そもそも、そういう風に考えるか否かは
環境によって決まると思います。

つづく

完璧主義だとできない理由

「正解主義」と言っても良いかもしれませんが。
そういう考え方をしていると、いつになってもできないのですよ、という話しです。

これは、ものを作るとよく分かります。

完璧にやるため(正解を導き出すため)に、「考える」プロセスの結果に対してハードルを上げてしまう。
その結果、実際に作る前に考えるプロセスが長期化する。

なので、実施に「やる」部分が先送りになり、その結果、できなくなる。
先送りしたものの多くは忘れ去られるか、心の奥底に沈殿して、動かないものになります。

勉学による知識の習得の経験しかないと正解を導き出すことがゴールとなるので、そうなりがちです。

完璧など求めずに、「やるべきだ」と思ったらすぐやる。
その結果は甘んじて受け入れ、その現状を評価して、次のアクションを決めれば良いのです。

なのですが…
「結果は甘んじて受け入れ」が難しいのです。
だって、これまでの経験上、不正解だと点数にならないことが身に染みついていますから。

失敗を避けて、経験の数を最少にする
一見、効率が良さそうですが、価値は最小化します。

やってみて得た結果と、その経験こそ価値があるのです。

「やるべきだ」と思って、思い通りの結果が得られるかは分からないけど、先送りにしてできなくなるよりはずっと良いはずです。
先送りにするということは、機会を、チャンスを逃がすということですから。
そうして、人生は「ツイていない」ものになるのです。

チャレンジしましょう。