いつやるか?

「やりたいこと」が「やるべきこと」になったらスタートしよう。

いつかそのうちやろう
なんて思うかもしれないけど、きっとそんな時は来ない。

自分がやりたいことをやったことがある人の話は参考になるかもしれないけど、当然ながら、やったことも無い人の話は参考にならない。

他人のアドバイスはありがたいかもしれないけど、自分と他人は違うのだ、という前提を忘れないように。

結局のところ、自分が信じたものが一番大事だということ。

やりたいことをやった結果、後悔するかどうかは分からないけど、きっと成長する。
やるとわかること、やらないと分からないことがあるから。
その経験はきっと活きる。

やりたいことをやらなかった後悔は、絶対にどうにもならない。
やらないことによって得られることは無い。

創造的って何なのだ?

新しいものを作るなら、創造性は大事です。

でも、そもそも創造って何だ?
という話なのです。

最初に、色々考えた末の私なりの結論は

想像したもの、つまり抽象的な概念を、具体的にする行為
ではないかと。

簡単に言うと
「こんなのあったらいいのになー」を形にするプロセスだろう、と。

で、創造性の対になるものは何だ?
と考えると、何かアイデア浮かぶかな?
と思って考えてみました。。

まず、既存の知識を用いるってのは、創造的ではない…ような気がします。

しかし、既存の知識をどう使うかにも創造性を活かせるわけで。
なので、既存知識の適用は、非創造的とは言えませんね。

どうやら知識の問題では無いようです。

「思考停止した適用」は創造的ではないですね。

  • 考えずに使う
  • 考えずに従う
  • 意味を考えずに守る

これらは知識とか能力の問題ではなく、姿勢の問題です。
価値観かもしれません。
そして単なる習慣かもしれません。

どうやら

  • 考えたくない
  • 楽したい

の優先度が高いとダメなんですね。

そしてもちろん

  • 間違えないこと
  • 怒られないこと
  • 前例から外れないこと

のように、ゴールが無難な方に向いているものは創造的で無かったりします。

でも
「どうしても楽したい!
一体どうしたら良いのだ!!」
と必死に考えて、工夫する領域まで行けば別でしょうが。
技術の発展なんて、そんなのが根底にあるものもあります。実は。

さて、話を戻して
「創造」とは
抽象的な概念を、具体的にする行為
であるとすると、創造性は、その行為が起きやすい在り方とも言えるかもしれませんね。

絵が描ける人が創造的とか、アイデアがポンポン出る人が創造的なんて思われがちです。
しかし、本質はむしろ
「これって本当にそうか?」
「他の見方はないのか?」
と疑ったり、立ち止まることができたり
「うまくいかない理由」
を面白がったり
そんなふうに、自分の外の世界への向き合い方だったりしませんかね。

創造的な人の特長って

  • 変な疑問を持っていたり
  • どう表現すべきか分からない違和感を放置しなかったり
  • 皆がスルーするところで立ち止まったり

そんな感じではないですか?

ともかく、総じて個性的で主体的という気がします。そして自由。
そんなの学校でどう教えたら良いのでしょうね。

…教えちゃダメなのかもしれませんよ。
教えたら、そうなれないでしょうから。

低成長の裏側で 3 チャンスの受け取り方

さてさて、では
どうやったらチャンスを受け取れるか
というお話しです。

まぁ、これといった正解なんて無いわけですが…というのを先に言っておきます。

とは言うものの、欲しければ
自ら受け取りに行かなければならない
これは必須です。

その環境に飛び込むとか
人に会いに行くとか。

当然ながら
アクティブ
つまり、積極性が絶対条件で、多かれ少なかれ、勇気や労力が必要です。

積極性が不要で、誰でも受け取れるものなら、それはチャンスではありません。
そして、大きなチャンスが欲しければ、相応のコスト(この場合は各種のリソースとかリスク)を払う必要があります。

自分は積極的な性格じゃないから…

そう思うこともあるでしょう。
その際の選択肢は2つです。

諦めるか
これからどうするかだ
と思うかです。

そして、これが最も重要なことだと思うのは

相手がチャンスを手渡したくなること
です。

イケる気がするか
コイツならこのチャンスを、うまく転がしてくれるだろう
と期待できるか
です。

定量化された能力なんかも参考にはなるでしょうが、実はそれだけではありません。

チャンスとピンチはワンセットなので、土壇場で逃げるとか、思考停止するとか
そんなのが気になるところ。
あと、元気無いとかね。

なので
今の自分は相手からどう見えるか(どう感じるか)
恐らくこれが最も重要。

視座を変えて、自身を確認してみて下さい。

完璧である必要はありませんが
腹が決まっている必要はあるでしょうね。

もちろん、そのために偽ってはいけません。
そうしたら、次はありません。