忘年会でした

年の瀬もいよいよ押し迫ってきましたね。
というわけで、今日は夢工房の忘年会でした。

昨日に引き続き、今回も様々な業種に就く多くの卒業生が集まってくれて、ありがたい限り。
現役メンバー達は貴重な話を聞けたようです。

このところ、より多くの卒業生達が次々に来訪してくれるのは、やはり今回のオーストラリア遠征をやり遂げたことがあったのではないかな。

内容や結果は卒業生達の望むレベルではありませんでしたが、彼らも再起動の気配を感じてくれているのでしょう。
そして何より卒業生自身も、現役の時に思い通りにいかなかった経験を持っており、今はその時の思いや経験を元に日々業務に励んでいるわけです。
まさに今、思い通りにいかない現役生達にアドバイスをするには最適な立場にいるわけです。

それにしても新ためて思うのは、夢工房の卒業生達、皆が良い仕事をしてくれているということです。
彼らが学生のうちに積んだ経験は、決して普通ではなく、タフで、独自の存在意義や価値を生み出すものだったのでしょう。

活動を始めてから、早24年。
来年で四分の一世紀が経過します。
果たしてこの先どこまで行けるのか、楽しみです。

写真は忘年会の一卓の様子。
他のテーブルは撮り忘れました。

何のために? 3

何事にも結果を出すには動機が重要です。
が、裏を返せば、動機が不十分では結果は出せないということでもあります。

「失われたウン十年」とか言われる我が国ですが、これを政治とかのせいにするのは簡単ですが、我々自身はどうでしょう?

我々自身にも原因があるとか、そういった責任の所在について言っているわけではありません。
責任を追及したところであまり意味は無いと思うから。

現状の環境の中で、我々自身はどういう状態になっているでしょうか?

もし、特に日常生活に困窮しているわけでも、不便を感じているわけでも無くて、変化に対する欲求が無ければ、現状を変える動機は発生しない。

「このままではイカン!」
「こうしたい!」
という感情が無ければ動機なんて必要無いわけで、現状に甘んじて、ぬるま湯に浸かっていれば、そのままでいたいのは当然かもしれない。

いわゆる「茹でガエル」状態ですね。
もっとも、自身がそういう状態にあるなら、ぬるま湯に浸かって自覚は無かったりするだろうけど。

で、ですね
先日のFormula SAE オーストラリア遠征ですが、何度も言っているように、我がチームにとっては再起を賭けた参戦でした。

準備は不十分でした。
これは、その大会に相応しい準備に対する動機が十分に無かったから。

「このままではイカン!」
「こうしたい!」
という気持ちが十分では無かったから、そうなったのは間違いないでしょう。
つまり、本番の環境に対する想像ができなかったからでもあります。

動機が十分で無ければ、参戦する意味とか価値が無いかというと、実はそうでも無かったりします。

自分達が本当に望むものがそこにある
どうしてもそれを手に入れたい

と本気で思わないと、何をやってもうまくいかないものです。

なので、ダメを承知で参戦しました。
これは賭けでもありました。

オーストラリア大会は、小規模ながら粒が揃ったレベルの高い大会です。
そこに身を置いて

「ダメだこりゃ」
となって萎むのか
「ここに欲しいものがある!」
となるのか
そういう賭けです。

正直なところ、これでダメなら、もうやめちゃうしかないな
と思っていました。

いや、やめるかどうかを決めるのは彼らなので、アドバイザーである私の場合は、「このままなら、もう付き合ってられない」というところでした。

結果、彼らは危機意識と願望を手に入れてくれたのでした。
なので、危機的状況もまんざら悪くない。
というか、むしろ茹でガエル状態には、そういった刺激が必要なのです。

何のために? 2

何をゴールとして設定するのかは大事です。
それによって、何をどうすべきかを決められるから。

それは何のためなのか?
そう考えたときに、最上流になるのは何でしょう?

独自性とか優位性とかが欲しい?
そういったものがあると良いことがあるでしょう。
では、それは何のため?

それが何にせよ、労力をはじめ、色々必要です。

なのですが

それらの色々を発動するための根源は「動機」ですね。
何のために?です。

それを明確にすることによって、何をどうするかが決まります。
これを逆にやっちゃうとうまくいきません。

細々とした何かをやることによってゴールが決まるわけではありませんから。

意外と逆になっちゃってることが多いものですよ。
気を付けましょう。