カギは「貢献」だ

他のために価値を発揮すれば
つまり、他に貢献すれば
幸福感を感じられたり
結果として欲しいものが得られたり
するのは当然ですよね。

何もモノとかカネとか
そういう限られたことでは無いですよ。
広い意味で、ということです。

皆がそんなふうにやっていけば
皆が気持ちよく共存できるわけで。

他のために頑張って
その成果を提供して
喜んでもらえたら
そりゃぁこっちも嬉しいってものでしょう。
当然でしょう?

その気持ちが純粋で大きければ
より価値を感じられますよね。

その喜びが原動力になって
色々頑張れると健全な世の中
ということになるのではないかな。

そういうのに必要なのが
道徳観
ということになるのでしょうね。

以前、小学校で道徳の授業がどうとかこうとか
そんな話があったと思うのですが
今はどうなっているのでしょうね。

他との価値や喜びのキャッチボールがうまくいっていれば
自らの存在意義や存在価値を感じられたりするし
仕事の本質はそこなのだから
結局は、道徳観を養わないと
色々うまくいかなくなるのは当然でしょう。

自分が得したり
報酬を得ることばかり考えちゃって
「他に貢献」なんて言うと
あたかも無償の奉仕で損しちゃう
みたいな理解をしがちで

できるだけ他に貢献したくない
といった意識が働いちゃったりしませんか?

とはいえ、そうなっていたとしても
それは無意識だったりするので
そんな価値観が「普通」になっていると
自覚するのは難しいかもしれないのだけど

それが色々うまくいかなかったり
迷ったり悩んだりの根源になるわけで

詰まるところ
他に貢献する気持ちも無いのに
仕事がうまくいくはず無いわけです。

さて

今回はなぜこんな内容にしたかというと
世界中で色々大変なことが起きているわけです。

ウクライナへのロシアの侵攻とか
よりによって、そんな情況でトルコとシリアの大地震とか。
他にもあちこちで紛争が起きています。

そんな情況に対して
果たして自分は何をどれだけ貢献できるのかな?
なんて考えていたのです。

現実的なアクションとしては
せいぜい寄付をすることくらいなので
それは即座にやりましたが。

ちなみに
お金が無いから寄付できない
というのは
どうやら違うようですよ。

ハテナを付けよう

大した経験も無い学生が
色々できるようになる過程を見ていると
気付くことがあります。

大学に入ったばかりの学生は
まるっきり消費者のマインドです。
当たり前ですが。

目にしたもの
感じた事は
その場で完結します。

「美味しいな」
「カッコいいな」
「楽しいな」

そんなふうに心が動いたら
それでおしまい。

消費者にはハテナは要りません。
受け止めて消費するのが役割だから
それで良いのです。

でも、そこから先に行くには
つまり
自分が作って供給する側に回るためには
ハテナ
が必要です。

「凄いな」

と思ったら

「何が?」
「なぜ?」

それが

「どうしたらいいのだろう?」

「やってみよう!」

に繋がるといいですね。

こんなプロセスを回せるのなら
自分で学べるし、色々できるようになります。

その過程で
感じた事、思ったことをアウトプットして
それをチームで磨いていけたらいいですね。

念のため言っておきますが
ただ感じるだけ
思っているだけ
知っているだけ
では、何も起きませんし
それが良いか悪いかすら分かりません。

でも、いつかそのうち…?

そんな時は来ません。

今ですよ。

ちっちゃいこととでっかいこと

レーシングカーをつくるとして
まずは、どんなクルマにしたいのか
というところからスタートするわけですが
いざやるとなると
どうにも小さいところから見ていくという
そんな癖が付いていたりすることが多いのです。

これは個人の志向なのでしょうけど
環境による影響で
そんなアプローチの仕方が癖になっちゃってるわけです。

それについては
考え方が逆シリーズで何度もネタにしているのですが
今回は、そういうアプローチではうまくいかないどころか
モチベーションが低下しちゃうよね
というお話しです。

まぁ、全然難しい話でも何でもないのですが
細かい小さいところからスタートしたり
小さい領域ばかりやっていたりすると
やる気が起きないのです。

何ででしょう?

それは、全体が見えなくて面白くないからです。
そんな面白くないことは一所懸命できないのです。

学校の授業も同じじゃないですか?

ナントカの公式とか定理とか
歴史の年号とか
そういうのが何の役に立つのか
ビジョンが見えないのです。

そういうのを一所懸命やって
できるようになれ!
なんて、無茶な話だと思うのですよ。

むしろそういうアプローチで
できちゃってる人は凄いですね。
理由がなくてもできちゃう人。

というか、アレか。
そういうやり方でできちゃってる人が
先生になっているケースが多いのかな?


「何でお前らできないんだ!?」
ということ?

いやいや、何でもなにも
そりゃあなたが特殊なんですよ。
という話じゃないですか?

自分が関わっている部分とか部品とか
それを形にするタスクに対してベストを尽くせるのは
最終形態のマシンがどうなるか
というビジョンがあってこそなのです。

学校のお勉強だって
それが何の役に立つのか?
最終的にどうなるのか?
そういうビジョンが自分の価値観と合致すれば
学生達は教員がビックリするような成果を挙げます。
これは何度も目撃しているので間違いない。

でも、よーく思い起こしてみると
そういう学生を評価してくれる先生って
もの凄く少なかったなぁ。

自分の価値観と相容れないのだから当然か。

私はそういうの大好きなんですけどね。
面白そうだしカッコイイもんね。

というわけで
遠慮なく、でっかいところを考えてていきましょう。
そうすれば、ちっちゃいところもうまくいきますよ。

まずは小さいことからコツコツ…
なんてのは、大抵うまくいかないのです。

かといって
でっかいことが、いきなりうまくいくわけも無い。

なので、こうしましょう。

  • まずはデッカイ夢を見てやってみる
  • 大抵うまくいかないし
    行き詰まったり迷走したりする
  • 何が足りないか考える
  • 分かった小さいことをやる

どうでしょう。