再起動のカギ その2

前回では、アウトプットのスキルに着目しました。
今回は、コレが問題の本質の一つであり、解決のカギともなるだろうというお話です。
夢工房でものづくりをする学生達をモデルケースとして話を進めます。

彼らは、狙ったゴールへの到達することが目的な訳ですが、到達したことのないゴールなのだから、どうしたらいいか分からないわけです。

なので、どうしたら良いか考える・実行する、というのを繰り返すわけです。
ゴールに到達するまで。

ゴールに至るまでは、選択の連続です。まるで木の根のように、根幹から次々と枝分かれして、その先端に向かいます。

その過程にあるのは、選択と実行なのですが、そのいずれも知識やスキル、想像力などの要素というか、能力が要求されます。

当然、それらを磨いていかないと先端へは向かうことはできません。
スタート時点に持っている能力では、ゴールへは到達不可能です。
不足している能力をどうするかという問題が発生します。
チャレンジって、そういうものですけどね。

不足が発生したらどうしましょう?
考えてダメなら「調べてみる」ですね。
自分の頭の中で解決できなければ、当然やるべきことでしょう。

ここで、自分の外側のリソースに向かって手を伸ばすわけです。

まずはどうしましょう?
もちろん最初は「ネットで」ですかね。

まぁ、それも良いでしょう。
でも、ネットにあるのは誰かの過去の経験の一部だけ。しかもいわゆる形式知に限定されています。
さらに言うなら、情報の正確性やレベルもよく分からなかったりするかもしれませんね。

じゃぁ、書籍か?
それも良いですね。ある程度、情報の確度は高いでしょうし。
そんなふうに頑張って調べるのは大事です。

チームの仲間に聞く?
それも大事かもしれませんが、自分と同等の経験しか持っていない者に聞いて、求めるレベルの情報が得られるのでしょうか?

ここまででも選択肢の数としては、そこそこあるわけですが、それでも分からなかったり解決しなかったりすることも多いはずです。

さぁ、どうする?

どうなるとおもいます?

そのまま密かにレベルの低いことをやって黙っている。
そして締め切りを向かえる。時間切れです。

そういうケースが増えてきています。
本人はベストを尽くしたつもりかもしれませんが、これ、何度繰り返しても大してレベルは上がりません。
「自分的に」今できることをやっただけだから。

これ、どういうことになっているかというと、木の根で例えるなら、根幹からあさっての方向に向かっていることに気付かずに、次々に楽な選択肢を選んだ結果、遠いとおい所にたどり着いちゃった、というような状況です。
もう「振り出し」にもどる時間も残っていません。

では、どうするべきだったのか?

とにかくアウトプットしまくれば良かったのです。
思っていること、決めたこと、やっている現状などなど。
企業で言うところの、いわゆる報連相です。

それができていれば、仮にあさっての方向を向いたとしても、すぐに修正の必要性に気付けるでしょうし、選択肢が出現した際の選択のセンスも磨けたでしょう。

相手はチームでも良いでしょうし、開発者として活躍している卒業生でも良いでしょう。
それに、私はそういう時のためのアドバイザーなのです。

でも、それができずに到達したのが今の状態です。

ただでさえ学校ではインプット専門の訓練をされていることに加えて、コロナ禍の自粛でそれが強化されたために、アウトプットする能力はかなり低下していると思います。
私自身も、それを感知する能力が低下している気がしています。
これを何とかしなければなりません。

正直なところを言っておくと、この「アウトプット能力の不足」は、ずいぶん前から気付いていました。
でも、手を付けにくいところなのです。

この状況に対して「指示してやらせる」をやってしまうと、彼らは「言われたことをする人」になります。
これは避けたかった。

なので、彼らのやり方でやらせてみて、結果がどうなるかを実感して、そこから再起動して欲しかったのです。
そうこうしていたら、そこにコロナがストライクしたわけです。

続く

再起動のカギ その1

何度か言っていますが、基本的に夢工房の活動は、教員である私の命令に従って活動する、というやり方ではありません。
学生は自主的に活動する。これが前提です。

夢工房の場合、現在進行中の全てのアクティビティはコンペティションですから、やはり皆、勝ちたいわけです。じゃないと、やっている意味が無い。

コロナの自粛が終わって、学生達は頑張って、やりたいことをやれば良いのかもしれないけど、チームとしてのゴールは厳然として存在するわけで、そこへは「自分的」にやってみても到達はできなかったわけです。

そして今は希望が叶う状態では無い。
それが現状です。

では、現状からの変化が必要です。
今のままの考え方、やり方では、今のままだから。当たり前です。
原因が変わらなければ、結果は変わりません。

この現状を変えなければならない。

色々と考えられることはあるのだけど、圧倒的に重要なことに気付きました。
これは、コロナの自粛云々もあるのですが、基本的に不足しているというか、組織で成果を出す際はもちろん、彼らが成長する上で圧倒的に重要なことです。

それは、アウトプットのスキルが大幅に低下していることです。
それを含めたコミュニケーションスキルと言っても良いかもしれませんが。

これは思いのほか手強いです。
何せ習慣化してしまっていますから、自分でも気付きにくい。
もちろん、私もそういった学生や状況に慣れてきてしまったので、気付きにくかったというものあります。言い訳じみていますが。

さて、ではそういった状況で一体どのようなことが起きるでしょう。
そして、どうしたら良いのでしょう。
これが今の課題です。

続く

オーストラリア大会の見通しと意義

昨日の記事では、今回のオーストラリアは散々な結果となるといったような内容を書きました。

今までのチームの歴史から考えた理想像と、コロナ禍の自粛によるダメージを受けた現状のギャップがあまりに大きいと感じています。
恐らく、周囲の期待に対するギャップも大きいでしょう。

開発の初期段階でそのシーズンの内容がほぼ決まっていますので、これは今さらどうにもならないこと。
とはいえ、準備も含め、遠征ではベストを尽くすべきです。

学生達にしてみれば、3年に及ぶ何もできない期間によって、本来得られる機会を逃し、自分の意に反した状況に置かれたということで、チームの歴史がどうこう言っていられる状況では無かったでしょう。

この状況に至るには様々な原因があることが分かっていました。それは学生達のみならず、アドバイザーの私にも。

で、今はどういう心境なのかというと…
もう腹が決まっていて、今後に向けて今回の遠征の経験をどう活かすか、といったところに目が向いています。

色々な問題や原因を頭で理解はしていたのですが、どうも腹落ちしていなかったということを自覚してきたのが最近のことです。
頭では分かっているけどできない状況だったと言ったら良いのでしょうか。

今まで色々ありましたが、底を打ってしまえばあとは上がるだけです。
ある意味、我々のコロナ禍がやっと終わったと言って良いのかもしれません。

学生達のモチベーションが高い状態で遠征に望めれば、世界的にもレベルの高いオーストラリア大会で様々な経験をして、価値観のレベルを大幅に上げてくるはずです。
そういう意味では、我々の来シーズンはすでに始まっているということになります。

この状況を支えてくれて、彼らにチャンスを与えてくれている関係者やスポンサーの皆さんには感謝するばかりです。

ところでこの状態、これは恐らく我々だけの問題では無く、かなり広範囲に同様の状態になっているようです。
他チームの学生達も、きっと苦労が多いことでしょう。
彼らも何とか現状を克服してくれることを祈っています。