新しい技術は奇妙だったりする 4

前回は高高度偵察機U-2のお話をしました。
この飛行機、ミサイルが届かない高度を飛べば、そこにいると分かっていても撃墜されず、悠々と偵察できるだろうというコンセプトでした。
でも、撃墜されてしまった。
で、どうしたか?

ミサイルより速ければいいじゃん

そして生まれたのがSR-71 ブラックバードです。
これも変で奇妙な飛行機です。

WIKIPEDIA “SR-71”

実際には、この前身となるA-12というのがあるのですが、運用が短かったし、やはりインパクトとしてはSR-71が圧倒的です。

このSR-71、初飛行は1964年なので、今から60年くらい前です。
その当時で、レーダーに映りにくいステルス性を持っていて、最高速度はマッハ3以上で、巡航高度は25,000m以上。
U-2より高いところを飛べて、その当時のミサイルの速度の2倍くらい速いのです。

速度も高度も、この飛行機を超えるものは2023年の現在も存在しません。
そんな飛行機を作ろうってのも凄いのですが、この飛行機にまつわる逸話も興味深いです。

速いスピードで飛ぶ戦闘機などは、機体がアルミ合金製なのですが、限界速度はマッハ2ちょっとです。
なぜかというと、断熱圧縮という現象によって温度が上昇してしまい、それ以上の速度では機体の強度が低下してしまうからです。
アルミの融点は650度くらいですが、構造材の強度を保てるのは200度くらいまでと言われています。
なのでSR-71は、熱に強いチタン合金でできています。

ところが、チタンの主な産出国はソ連です。
この飛行機の目的は、そのソ連を偵察すること。
では、どうやって材料を手に入れたのか?

ダミー会社を作って、バーベキューグリルを作る材料という名目で輸入したそうです。

ちなみに、高速で飛行中は当然機内の温度も上がるので、パイロットは耐熱で冷却機能を装備した宇宙服のようなスーツを着ます。
長時間の飛行では、機内で食事をとるのですが、その食料はコックピットのスクリーン(窓)に押し当てて加熱したとか。

そして、そんな高温に達する飛行機にはメカ的にも難しいところがあります。
部品が熱膨張してしまうのです。

温度が上昇する前の状態を「冷間」と言いますが、その状態でキッチリ作ってしまうと、飛行時には熱膨張によって破壊してしまうことがあります。
なのでSR-71は、冷間では燃料が漏れてしまうが、高速飛行で温度が上がると部品が膨張して漏れが止まるという設計だったそうです。

そんなSR-71も1990年代には退役します。現役の期間は30年くらい。
この後に登場したステルス機が最初に紹介したF-117です。

参考までに、当時、偵察機はどうやって敵地の情報を得ていたかというと、フィルムのカメラによる写真撮影です。
上空で、パシャパシャ撮って、基地に帰ってから現像します。

U-2が撃墜されてからは、偵察衛星の開発が本格化したそうなのですが、果たしてどうやって衛星が撮影した画像を手に入れていたのでしょうか?
当時はデジカメなんてありませんので、当然フィルムカメラです。

撮影が済むと、ドラム缶くらいのカプセルに入ったフィルムを投下するのです。
それがパラシュート降下している間に、飛行機で引っかけて回収したのだそうです。

繰り返しますが、私はミリタリーオタクではありません。
軍事系の技術はレベルが高いのはもちろんですが、「そんなのアリか!?」というアイデアが沢山盛り込まれています。多くの命がかかった仕事なので、当然と言えば当然ですが。
そこから学べることは実に多い。

戦争なんかまっぴらですが、そこから生まれた有用なものは利用しない手はありません。
それが技術であれ考え方であれ、使いようによっては、我々の暮らしを豊かにしたり、人を喜ばせたり、安全を確保したりできるのですから。

ロッキードのスカンクワークスは、今回紹介してきたような様々な特殊な仕事をしてきたわけですが、それは単に知識や経験だけに基づくものではないのは容易に想像できるでしょう。
一番気になるのは、一体どんな考え方をしていたのか、です。

おおよそは、スカンク・ワークスを率いてきた初代のボス、ケリー・ジョンソン、その後を継いでF-117を誕生させたベン・リッチを紹介した書籍を読んだりすると分かります。
ここでは彼らの基本原則を紹介しておきましょう。

スカンクワークス 14の基本原則

1.スカンクワークスのプログラム・マネージャーは、そのプログラムを代表し、あらゆる事項を掌握するとともに、技術、予算、生産の諸問題に関して即決の権限を有する。

2.管理機能は軍・民ともに強力で小さなものとする。

3.プロジェクトに関与する人員をできるだけ少なくし、有能な人材を充てる。

4.図面管理は変更が容易な、単純で融通の効くシステムとし、失敗した際の回復が素早く行えるようにする。

5.報告書の数は最小限とするが、主要な結果は必ず記録に残す。

6.実際に使った費用のみならず、プロジェクト終了までの見込み額も毎月見直す。この整理の遅れによる超過費用で、いきなり顧客を驚かすことのないように。

7.下請けやベンダー(部品供給業者)は、我々が自由に選択できる。

8.空・海軍に認められているスカンクワークスの検査システムは、軍の規格に合致し、新しいプロジェクトにも適応される。なるべく下請けやベンダーに検査を任せ、二重の検査は避ける。

9.我々に最終製品の飛行試験を行う責任があり、且つ最初にこれを行う。

10.部品に適用される基準は、全て事前に合意されたものとする。

11.政府の予算執行は時機にかなっていること。この遅れのために我々が銀行に走らなければならないなどということの無いように。

12.我々と軍の計画担当者は深い信頼関係を保ち、誤解や不用な文書のやりとりを極力抑えるため、日々の連絡調整を緊密に行う。

13.外部からの干渉は極力排除する。

14.少数精鋭でいくためには、評価は部下の数ではなく、成果で行う。

新しい技術は奇妙だったりする 3

前回、F-117の初飛行が1981年とお伝えしましたが、議会の承認を得たのが1978年ですので、この飛行機は実質3年もかからずに完成させたことになります。
まるで量産の乗用車のような開発スピードです。

開発したのは、かのロッキード社です。今はロッキード・マーティンですね。
そこにはスカンク・ワークスという機密度の高い仕事を超特急でやっつける部署があります。F-117は大変興味深い飛行機ですが、実はこのスカンク・ワークスの方が興味深かったりします。
実際、スカンク・ワークスを紹介した書籍を手に入れた際、F-117を良く分かっていなかったくらいですから。

スカンク・ワークスが生み出した機体をいくつか紹介しましょう。

有名どころでは、まずは高高度偵察機のU-2 ドラゴン・レディです。
1号機が飛んだのが1955年ですから、誕生してから実に70年近くが経過しているのですが、今だに現役です。

WIKIPEDIA “U-2”

先頃のアメリカ本土上空を飛んだ中国の気球を撮影したのはU-2です。(写真はその時の機体ではないと思いますが)

偵察気球は、普通の飛行機では飛べないような高高度を飛んでくるのです。
そこで旅客機の2倍以上の飛行高度である21,000m以上の成層圏を飛べるU-2の出番となったのでしょうね。

奇しくも、このU-2の開発コンセプトも同様なのでした。
ミサイルが届かない高い高度で敵国上空に侵入すれば打ち落とされることは無いだろう、というわけです。最終的にはミサイル技術も向上して打ち落とされてしまい、偵察機としての利用頻度は下がるわけですが。

この他に類を見ない高高度を飛行するための技術は大いに学べるポイントなのですが、スカンク・ワークスの場合、やはりアイデアこそが学ぶべきポイントです。

例えば、この飛行機の降着装置(車輪)は、機体の前後に1カ所ずつ、そして両翼の端末に1カ所ずつあるのですが、翼にある車輪は、離陸時に外れてしまうのです。そうすれば飛行時はその分軽くなりますし、機体の構造側も軽量に作れます。

常識的な感覚からすれば
「え?そんなのアリなの?」
と思うでしょうが、それがアイデアというものです。

こういうヒントに触れることで
「え?そんなのアリなの?」
のレベルを変化させたければ、スカンク・ワークスの実績は大変参考になります。

ちなみにこのU-2、現在では空軍の他にNASAが各種観測などに使用しているそうです。

新しい技術は奇妙だったりする 2

WIKIPEDIA “F-117”

奇妙でカッコイイので冒頭に持ってきてみました。

前回はバイ・ワイヤ技術のお話をしましたが、その続きです。

この技術の利用で分かりやすいのは
クルマのアクセルですかね。

従来のやり方は
ドライバーがアクセルペダルを踏むと
コントロールワイヤー(この場合は電線ではなく、細い針金を束ねて撚ったものです)が引かれて
エンジンの吸入空気量を調整するスロットルバルブを開いて
エンジンが発生する力が増大して
結果として速度が増します。

つまり、ドライバーは
アクセルペダルを踏むことによって
エンジンが発生する力を調整して
クルマの走行速度を
「これくらいでいいかな?」
と調整しているのです。

もちろんこのやり方だと
「あ、ちょっと足りなかったな」
とアクセルペダルを踏み増すことや
「あ、踏み過ぎちゃった」
とアクセルペダルを戻すことがあって
ドライバーはそういうことを繰り返しながら
スピードメーターに現れた結果を見ながら調整しているのです。

この方式で、超絶に凶暴なエンジンを搭載している場合
アクセルペダルをちょとだけ踏んでも
凄い勢いで加速してしまって速度調整が難しくなります。

でも、バイ・ワイヤ技術を使って
アクセルペダルには開度のセンサーを組み込んで
エンジン側はスロットルバルブをモーターで開閉するようにして
それらの関係をコンピューターで制御すれば
ドライバーがどんなに急激にアクセルペダルを踏み込んでも
エンジンの出力は、ゆーっくり変化するようにできて
まるで非力な軽自動車のように走らせることも可能です。

こんな風に、アクセルの制御に使うバイ・ワイヤ技術を
スロットル・バイ・ワイヤ
といいます。

もちろん技術的にはアクセルだけでなく
ハンドルやブレーキなどにも適用は可能で
その場合は
ステア・バイ・ワイヤ
ブレーキ・バイ・ワイヤ
といいます。

そんな風にバイ・ワイヤ技術を使って自動車を制御するのを
ドライブ・バイ・ワイヤ
といいます。

飛行機の場合は
フライ・バイ・ワイヤ
です。

さて、このバイ・ワイヤ技術ですが
単にコンピューターを介在させて
各種調整の特製を変えられるだけではありません。
操縦の概念を根本から変えることができるのです。

上で例に挙げたアクセル操作などは分かりやすい例ですが
旧来のシステムにおいて
ドライバーが調整するのは走行速度ではありません。
エンジンが発生する力とか回転数です。
その変化によって、速度を変化させています。

分かりにくいですか?

ドライバーは、直接速度をコントロールしているわけでなく
「40キロで走りたいなー。じゃぁ、このくらい踏んだら、こんな風になるだろうな」
「あ、踏みすぎた。ちょっと戻そう」
みたいなことをやっているのです。

アクセルペダルの開度を入力(手段)として
エンジンの力を調節して
欲しい速度(目的)になるように制御しているわけで
直接速度を制御しているわけではありません。

目的を直接制御しているわけでは無いということです。

分かりにくいですね。
でも、そういうことをやっているのです。

現状のスロットル・バイ・ワイヤのクルマは
機構をコンピューター制御に置き換えただけなので
運転の方法自体は昔ながらの方法と変わりませんが
実はこんなことも可能です。

ドライバーが走行速度と加速の特性をセットしておいて
ボタンを押すと
決められた加速度で加速して
設定された速度に到達したら
その速度で巡航する。

こんなのはやり過ぎでしょうけど
説明としては分かりやすいかと思います。

この場合は、ドライバーが望む速度を直接的にコントロールできます。
目的の直接制御です。

さて、飛行機に話を戻しましょう。
制御の話はこの方が分かりやすいから。

我が国の航空自衛隊が使用しているF-2という戦闘機がありますが
これにはフライ・バイ・ワイヤが採用されています。

この飛行機、操縦桿は機械的に接続されてガチャガチャ動くものではなく
パイロットの入力をセンシングする電子的なコントローラーです。

一定速度で飛行中に操縦桿から手を離す
つまり操縦桿に何も入力しなければどうなるか?

これはコンピューターに「このまま飛べ」という命令をしたことになります。
この場合「コックピットの床方向に1Gの重力がかかったままにしろ」
という結果を指示したということになって
上昇も下降もせず
ロール(横方向への回転)もしません。
飛行機は、そうなるようにジタバタ補助翼を動かしたりして頑張ります。

フライ・バイ・ワイヤ制御はそういうものなのです。

で、冒頭のF-117も似たようなことをしているはずで
あんな変な形をしていても
コンピューターが頑張って飛べるようにしているのです。

ただ、ステルス最優先のために変な形になっちゃっているので
燃費は最悪で速度も出ないと思いますが。

ここまで話しておいて何ですが
最も違和感があるというか、奇妙に感じるのは
このF-117が初飛行したのが1981年なわけで
今から40年以上も前だということです。

なんか目眩がする思いです。時空が捻れてるんじゃないか、と。
「ステルス」や「バイ・ワイヤ」なんて言葉を聞くようになったのって、それほど昔じゃ無い気がするのですが…。

1981年の出来事をネットやYouTubeで調べてから、冒頭のF-117の画像を見て下さい。
「これ作ったの宇宙人だろ」
って思いますよ。

日本では、近藤真彦が「ギンギラギンにさりげなく」なんて歌って、日本経済がバブルでギンギラギンだった頃に、すでにレーダーに映らないフライ・バイ・ワイヤの飛行機が飛んでいたなんて…

そんな歌知らないって?
まぁそうでしょうね。