やはり日本は技術の国だった

ご存じの通り
日本は現存する世界最古の国家です。
成立してから2,000年以上。

さらに

世界最古の土器は日本で出土しています。
16,300年前のものだそうです。

さらに

世界最古の磨製石器も日本で出土しています。
これは38,000年前のもの。
この磨製石器の話は、竹田恒泰さんのYouTubeで知りました。
これまで全く気にしていなかったけどビックリです。

どうも日本は、国の成り立ちはもちろん
ものづくりの面でもぶっちぎりに歴史が長いのですね。
磨製石器について言えば、他国に対して20,000年も早いそうです。
200年や2,000年じゃないですよ。
二万年です。

個人的に技術の発展については興味があって
以前から色々調べていたんですが
海外の技術に着目していたので
日本の石器については盲点で、目が覚めた思いです。

ちなみに
土器の存在がいかに人間の生活に大きな変化を与えるか
いかに凄いことかというのは調べてみると面白いですよ。

さてさて、技術が発展するのには何が必要でしょう?

これ、日本も他国も同じなのですが
「余裕」
が必要なのです。

なぜかというと
道具を作って発展させるのには時間が必要です。

人が生きるのに必要な根源的なものは「食料」ですが
これを得るために多くの時間を使っていると
道具を作ったり発達させたりする暇はないのです。
逆に、道具を作っている間は食料を探すことはできません。
当たり前ですね。

昔々、農耕の前に狩猟や採取をして人が生きていた頃は
食べるものが少ない土地に住んでいると
食料を探すことに日々の時間の多くを使うわけで
道具を作っている場合ではありません。

なので、狩猟・採取の時代で道具が生まれたり発達するには
自然豊かな土地が必要なのですね。
食料が容易に手に入る土地であれば
時間的な余裕があるので道具を作ったり発達させたりできます。

というわけで
磨製石器や土器がかなり早い時期に日本で作られたのは
日本の国土が他国に比べてかなり豊かな土地だったということですね。

もちろん、他の国にも山とか川とか海はありますが
日本のようなそれらが接近した好条件にはなっていません。
(これは竹田さんのYouTubeで気付きました)

さて、ここで思いました。

以前、日本人は技術でめっぽう強いという記事を書きましたが
そりゃまぁ当然だなぁ
と思ったりするわけです。

技術を生み出して発達させる面ではむちゃくちゃ優れているのは
数万年レベルで先に行っていた実績があるからではないでしょうか。

反面、環境に恵まれていたという利点があった反面
戦略的な思考が必要なかったとも言えるのではないでしょうか。

そんなことを考えていたら
戦艦大和や零戦は作れるけど、戦争に負けちゃうのはしょうがないのかもなぁ
なんて不謹慎なことを思ってしまうのでした。

というわけで
夢工房の戦略立案に
新たな要素を入れる必要がありそうです。

新しい戦略のピラミッドをデザインしなければならないかもしれません。
そんなことできるのかな。

学生の近未来像

学生達の成長を願って
日々色々やってる
…と言うより
日々色々やってる学生達を見守っているのが正確なところか(笑)

いずれにせよ
これからの世の中に必要とされる若いエンジニア像を想像しながら
学生達に付き合っています。

社会情勢とか
多くの一般的な学生の傾向なんかを見て考えて
そんな日々で見えてきたことを書いてみましょう。

工科系の学生というと
技術に関する勉強が中心なわけです。
当然、限られた領域を深掘りする傾向があります。

ここ数年の傾向と
コロナ禍での変化を併せて
どのような変化をしてきたかというと
限られた領域の深掘りではなく、浅くなってきているな
という気がします。

これ、仕方ないことでもあるのですが
手を動かす機会が減ってきて
さらに
フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションの機会が減ったことにより
対人、対物のリアルな感覚や、スキルレベルが下がっているな
という印象を受けます。

なもんで
物を触っても
人と対峙しても
こりゃ、うまくいかんでしょうなぁ
という残念な感じになってきた気がします。

残念な、というより
かなりマズイと言った方が良いかもしれません。

しかし、マズイマズイ言っていても何も変わらないし
私ごときにはこの流れは変えられるはずもないので
当然ですが、自分の守備範囲で可能な限りやらせてもらいますよ
という感じでやってきました。

現時点で、学生達の思い通りに大学には来られないものの
かなり登校の機会が増えているので
以前に比べれば「人」「もの」に触れる機会はともに増大しました。

以前の自粛期間においては
オンラインでかなり深いコミュニケーションを取っていたので
その辺は、夢工房の連中は比較的高いレベルを維持できています。

加えて、オンラインでの設計アドバイスも高頻度でやっていたので
実際に物体に触れずとも、それに代わるものづくりの知識習得や
企画から設計までの経験は積んでいます。

さて、これからどうするか。

短期的には
経験知の習得によって
直観的な判断と
スピーディーなアクションができるように
ものに触れる機会を増やして
スキルの習得を加速させて
とにかく経験の数を増やす。

さらに
チャレンジする心を強化すると同時に
それを支えるチームの体制強化
といったところでしょう。

中期的に考えるなら
技術の深掘り…なんてのはヨソに任せて
ジェネラリストを育成すべきだろうな
と思ってます。

なんと言ってもこれからは少子高齢化ですので
単純に考えてエンジニア一人あたりの守備範囲が広がるはずで
広範囲にわたって色んなものをマネージできる人材が必要になるはず。

もちろん全体的な傾向としては
コミュニケーションが苦手な人が増えてきているので
強いチーム作りに貢献できる人材とか

定型的知識の記憶より、むしろ経験知の習得と利用に強かったり
クリティカルシンキングができて臨機応変の対応ができる人材とか

この辺が目標かと思っています。

もちろん、他に対する競争力
というのもありますが
これで世のお役に立てるはず。

チャレンジする学生達が
海外大会で頑張る!
なんてことをやっていると
この辺のことは大抵手に入るはずです。
もちろん、単に「やっているだけ」ではいけません。

学生達は、より高い成果を残すために
より本気でチャレンジし続けるための工夫を毎日しています。

今日は、午前10時から午後5時まで
20人を超えるメンバーが
これからどうやっていくかというミーティングをしてました。
長い時間話し合えば良いってもんじゃないのは分かっていますが
学生が自発的にこれだけ頑張れるというのは凄いことだな
と思うのです。

戦略の階層

日本は「技術立国」だ
と言いますね。

確かにそうだと思います。
技術は凄く強いと思います。
世界的に見て
めっぽう強いです。

反面、戦略的な思考がめっぽう弱い。
恐らく技術に力が集約されているからだと思います。
偉そうにこんなこと言ってる私も
めっぽう弱いんですが(笑)
でも何とかしようと頑張ってます。

一体何言ってんだ?
と思った方は
「戦略の階層」
と検索してみてください。

この用語を使い始めたのは地政学をやられている
奥山真司氏ではないかと思います。
この方が書いた
「世界を変えたいなら一度”武器”を捨ててしまおう」
という本、ずいぶん前に読みましたが
面白かったですよ。

この戦略の階層の概念が
色々やる上で
とても分かりやすくて参考になります。
というか基本ですので
ちょっと紹介しておきましょう。

ピラミッドの頂点から下へ

世界観 Vision
政策 Policy
戦略 Strategy
作戦 Operation
戦術 Tactics
技術 Technology

と階層化して表されています。

もちろん上から考えていって
そのために下の階層のものが決まっていきます。

上の方が目的で
下の方が手段です。

上の方が長期的かつ抽象的で
下の方が短期的かつ具体的です。

要は、ビジョンを成立させるために色々考えていって
最終的に最下層のテクノロジーが決定されるわけです。
用いる技術は最後に決まるってことです。
その時点で、欲しい技術がなければ開発する必要がある
ってことですね。

こういう言い方もできます

ある日突然、新しい技術が生み出されると
過去の技術が一瞬で要無しになることもある。
ビジョンを達成できるなら
手段は何でも良いのです。

学校で教えるのは
最下層の技術に相当するもの
もしくは
技術を形作る要素の一部です。

そりゃまぁ仕方ないのですが
もうちょっと上の
いや
欲を言えば
最上位の階層からの考え方
から教えた方が良いのでは
と思います。

そうしないと
何かをやる時に
まず用いる「技術」を決めてしまったりして
これに手足を縛られて
どうにもならなくなる。

手段を最初に決めてしまったら
それによってできることが限定されてしまうのだから
ビジョンを達成できる可能性が制限されてしまいます。
ヘタしたら、最初に「無理」が決定されてしまう。

というか
多くがこうしてしまうでしょう?
無意識のうちに。
そんなことないですか?

だからこそ最近の学校では
PBL (Project Based Learning)
なんてのを頑張ってるんですよね。
課題解決型授業とか言って。

日本人は
技術に特化した優れた能力を持つが故に
戦略の上位階層の概念が掴めないのだと思います。
「何のために」
という考え方が無いのです。

裏を返せば
「何のために」
が無くてもやっていける。

もっと言うなら
「何のために」は
時間的に短くて
範囲的に小さいものに向いていることが多い。

たとえば
「今、自分のために」
とか。
価値が最小化されしまっています。
もったいない。

ただ
その技術レベルがぶち抜けてしまっているので
世界でも特異な立ち位置にいる気もします。

とはいえ、やはり上位概念を理解すべきです。
与えられたタスクを高いレベルでこなすだけなら
それでも良いのですが
今や「世界の工場」の地位は中国ですし。

それに
「何のために」が無いと
頑張っても
あまりハッピーにならないんじゃないかな。

というわけで
夢工房の活動は
こういう概念で進めているのですよ
という紹介でした。

もっと頑張らないとな!