EVの話 最速の電動バイクの話

実は、私の研究室では2011年頃に電動バイクの研究をしていました。
とは言っても、ただのバイクではなく、最高速チャレンジ用のレーシングマシンです。

アメリカのユタ州にあるボンネビル・ソルトフラッツという広大な乾塩湖で毎年夏に行われる最高速チャレンジのイベントがあります。そこに電動バイクで出場して速度記録を更新することを目標に開発を進めていました。

ちゃんと現地視察に行ってたりして

この時は、別に電動車両に未来を感じたとか、特別な思い入れがあったわけでは無いのです。
速度記録のイベントは、排気量や車体の形態ごとにクラスが分かれており、それぞれのクラスで記録を競うのですが、電動クラスは出場者が少なかったので記録を狙いやすいかな、と思ったのです。
あとは、やはりインパクトですね。「電動のマシンで世界一」なんて目立つこと間違いなし!

私は、お師匠様である佐野彰一先生の教え「最初に最高を目指すんだよ」に従って、こういうことをやる時は、どうやって一番を取るかを考えることにしてます。

でもたぶん、私はこの教えを曲解しています。佐野先生はそこまで極端なことは言っていなかったと思います。
「最初に小さいことをやっても誰も注目してくれないから、その先が続かなくなっちゃうんだよ」というようなニュアンスだったと思います。
人のせいにしちゃいけませんね。
でも、日本で最初にF1マシンを開発して一等賞になった方が仰ったのだし、単純に最高を目指した方が面白いので、そういうことにしています。
その方がワクワクするでしょう?

確か当時の電動クラスの記録は時速280kmくらいだったと思います。
で、色々検討してみたら、どうやらこれを50キロくらい上回ることは可能だぞ、世界一を獲るぞ!ということになったわけです。

速度記録のマシンに要求されるものは、簡単に言うと小さな空気抵抗と大きな馬力です。
時速300キロを優に超える領域では、空気抵抗が凄く重要です。

空気抵抗を小さくするために必要なことは、前面投影面積と呼ばれるマシンを前から見たときの面積をいかに小さくするか。それがまず一つ。
そして空気抵抗係数です。この係数はマシンの形で決まります。車体の後ろで空気が渦を巻かないかとか、そういうことです。ドラッグって呼ばれますね。
これらが基本的なところ。

エンジンで走るマシンは、空気抵抗を考える上でエンジン自体の大きさがネックになってきます。
一般的なバイクの場合、ライダーがエンジンに覆い被さるように乗るので、必然的に前面投影面積が大きくなるのです。これはもうどうしようもない。

電動車両の良いところは、まずモーターが小さいことと、バッテリーは小さなバッテリーの集合体なので、搭載時の形に自由度があるので、低く細く配置できます。
つまり、前面投影面積をかなり小さく抑えられる可能性があるぞ、と。

車体の主要部品などをどのように配置するかというのを「パッケージング」と言いますが、EVはその自由度が凄く高い。ここが最大のポイントでした。
エンジンのマシンでは不可能なレベルのパッケージングが可能なのです。

あと、こういう開発をやる場合、ただ設計して作っただけではダメで、最も重要なことの一つが完成後のテストなのですが、エンジンのマシンでは国内で十分にテストするのは難しいことは分かっていました。
そして、イベントが行われるのは標高1200mくらいで空気が薄いので、エンジンであればセッティングの変更が必要になるはずです。
ただでさえ現地に行ってからやることは多いはずで、調整作業が多いマシンでは、時間に限りがある学生達には手に負えなくなる可能性がある。
EVであれば、海抜0mでも1200mでもさほど変わらないので、国内で動力試験をした結果がそのまま現地で再現できるだろうし、むしろ空気が薄ければ空気抵抗が減るので有利になるという考えがありました。
であれば、現地で問題になる可能性があるのは操縦安定性くらいだろうから、何とかなるかもしれんな。と。
まぁ、そここそが最も難しいところだと思うのですが、問題を絞り込めるのはありがたいことです。

じゃぁ、早速デカいパワーの発生源を探そう、ということになって、必要なコンポーネントを探したら、某国製のモーターで、直径300ミリくらいで200馬力とか出ちゃうのを発見しました。

この時残念に思ったのは、日本製は無いんですよね。
実は国内のあるモーターのメーカーに連絡を取ってみたわけです。
「世界最速の電動バイクを作るので、モーターを開発してくれませんか?」
と仕様を提示してみました。
そうしたら
「そんなの無理だ。モーターの直径は2メートルくらいになる」
という返事でした。オールジャパンでいきたかったので、ちょっと残念でしたね。
まぁ、うさんくさいし、お金にならないから断っちゃえってことだったのだと思いますが。

なので、残念でしたがパワーソースのモーターは輸入することにしました。
凄いバッテリーも日本製は無かったので、これまた世界最強の某国製を選定しました。

その後、色々検討していたら、問題になってくるのはパワーだけじゃなくて、高速域での操縦安定性だぞということが分かりました。
安定しないマシンは高い速度では走れません。ライダーの技術がどうこうではないのです。
オートバイに限らず、車体の捻りとか曲げとかの剛性はバネみたいなもので、速度に応じて共振が起こります。これが高い速度域で発生しちゃうと致命的なことが起きます。突然転倒しちゃうとか。

その特性は計算で出すことができます。ですが超難易度が高いのです。
でも、ウチの学部4年生がやっちゃいました。
で、シミュレーションをしたら、これはいけるぞ!と。

3Dモデルまでできてました
クレイモデルも作ったのですけどね

ここまで色々検討した結果、EVって結構計算通りに性能を出せるんじゃないか、と分かってきました。
「やってみないと分からん」という領域がエンジンよりも少ない気がします。
とはいえ最終的には、やはりやってみないと分からんのですけどね。

マシン全体を見渡しても、技術的にできない部分は見当たりませんでした。
なので、あとはとにかく作ってみて、やってみないと分からん部分を潰し込むだけです。

ただ、他にも問題はあって…
現地でどうやって充電するかとか
車体が重いので、タイヤが負荷に耐えるだろうかとか
モーターもバッテリーもお金がかかりすぎるとか

そんな難問も協力者が現れたりして、一つずつ解決していったところで、東日本大震災が起きたのです。

当然ですが、マシンを作るどころではなくなり、計画は中止となりました。
この時の学生達は、さぞ大変だったと思います。
メンタル面の負荷は、コロナ禍の比ではなかったでしょう。

でもこれは、とても良い経験になりました。
学生でもやればできるという見通しが立ったし。

…でも、まだ完全に終わったとは思ってなかったりして。

ある伝説

私には何人かのお師匠様がいます
まずはホンダF1の最初の設計者である
佐野彰一先生ですが
佐野先生との間を取り持ってくれた恩人が
森久男さんという方です。

森さんは、ホンダの研究所の試作の人で
ゴッドハンド達を束ねていた親方でした。
ホンダがアメリカに工場を建てる際に
英語もできないのに単身現地に乗り込んで
用地の選定から工場の立ち上げまでをやった人でもあります。
叩き上げの職人さんって感じの人なのですが
凄い人です。

佐野先生は設計者でしたが
森さんは、そのマシンを作った側の人です。
製作側の苦労話とかノウハウを色々聞かせてもらえました。

なので私は、ホンダF1の設計者と製作者の両方にお師匠様がいるという
大変幸運な立場なのですね。
私にとっては、お二人ともレジェンドです。

その幸運な立ち位置に相応しいことができているのかというと
どうにもこうにも申し訳ない感じがするのですが
それはここでは置いておいて。

昔々、ホンダの売り上げが低迷していて
とある自動車会社に吸収合併になるのでは
という噂すらあったような時代
「ミニバン」なんて言葉すらなかった時代の話です。

試作の親方、森さんの発案により現場主導で
温泉車(おんせんぐるま)と呼ぶ車が作られました。

通常、車の企画は「上から」落ちてくるものなので
試作の現場主導で作られるなんてことは業務フロー上ありえません。
なので、業務終了後に密かに試作車を製作したそうです。

完成後、社長に見せたらGOサインが出て、量産化となり
当時空前のヒットとなったオデッセイとなりました。
これがいわゆるミニバンの「走り」です。
(「ミニバンの元祖」とかいうと諸説あるようですが)

お陰で命じられていたリストラもせずに済み
業績が回復したそうです。

そんなクルマを企画して作っちゃう現場もカッコイイですが
それに対してGOサインを出す社長もカッコイイです。
この時のホンダの社長は川本さんです。
幸運にも一度お会いしてお話しさせて頂いたことがありますが
本当にカッコイイ人でした。

私の世代は、そんな人達の活躍を目にしながら仕事をしていました。
「あぁ、凄いなぁ。オレもいつかあんな仕事したいな」
なんて思いながら。

なので、そんな森さんから頼まれた仕事は断れませんでした。
凄い短納期で、見たことも聞いたこともないような仕事が来るのです。
それ、普通にやったら絶対に終わらんぞ
みたいのが。

でも、私が率いていた特殊部隊は逆に気合いが入って
「森のオヤジからの仕事なんだから、何がなんでも何とかしてやる!」
という感じでした。
なので、徹夜して仕上げる
なんてのもたまにありましたね。

今はもちろん当時だって
労働組合が徹夜でやっつけるなんてのを許してくれるはずもないので
ボスが調整役になってくれました。

自分としては、そういう仕事こそが
自分にとっても組織にとっても大事な未来に繋がる
という確信があったので
「組合がガタガタ言うなら、いっそ組合辞めてやる!」
なんて大口叩いていましたが
ボスや組合の役員は
「まぁまぁ。そんなこと言うなよ」
なんてなだめながら、結局やらせてくれました。
みなさん大人でしたね(笑)

でも、お陰で凄く成長できました。
満足感も凄かったし、自信も持てた。
こういう仕事が今に繋がっているという明確な確信があります。

そして、普段は自覚が無かったりしますが
こうして思い出すと、いかに人間関係に恵まれていたことか。
本当にラッキーでした。

最近では「働き方改革」なんて言いますが
本当にそんなことしていて大丈夫なのかと心配になります。

「仕事は嫌なものなのだから最少にして効率を上げましょうね」
みたいな単一の価値観に縛られている気がしてなりません。

業務効率上げて生産性向上とか
そういうことに意味はあるでしょうけど
それ以前にパッションのある本当に面白い仕事はできるのでしょうか?
魂の入った仕事じゃないと価値は生み出せないと思うのです。

かのイーロン・マスクだって
テスラの生産立ち上げの時は
工場に泊まり込んで仕事をしていたそうですし
大きな変化点を乗り切る時って
大抵は強烈なパッションで流れを作っているはずです。

やりたいヤツに制限を掛ける必要なんて無くて
すぐにブラックだの何だの言う
やりたくないヤツに逃げ道を作ってあげればいいじゃないか
と思うのですけどね。

「頑張りたいヤツに頑張らせると世の中が二極化しちゃうから
みんなで仲良く貧しくなりましょうよ」
みたいな感じなのかな。
よく分かりませんが。

と、そんな愚痴を言っている暇があったら
頑張らないといけません。

「小平さんよぉ、ただやってるだけじゃダメなんだぜ。
知恵を絞るんだよ。知恵をよ」

森さんが亡くなってもうすぐ5年。
まだまだ不十分で修行中です。

日本刀から学ぶ

今日は刀匠の方のお話を伺ってきました。

刀匠とは刀鍛冶
日本刀を作る人です。

日本刀に関するある程度の知識は
本やネットで手に入りますし
博物館に行けば色々見られるのですが
実際につくっている人に聞かないと分からないこともあるし
作るための環境を見ないと分からないこともあります。

それに「技術は人なり」ですので
その人と話すことによって感じられること
それが重要だったりもします。

ここで日本刀に関する技術的なことを詳しく話してもどうかな
というところなのですが
異分野のエキスパートの話は大変参考になりました。

まぁ、異分野とはいっても
金属を使ってものを作るということでは
同業と言えなくもないと思っているのですが
あちらは技術レベルが非常に高いことに加えて
伝統的かつ芸術に近い世界なので
かなり次元が違いますけどね。

まぁ、そんなこんなで
色々強させてもらえました。

日本刀は鉄でできていますが
そのつくり方の説明は簡単ではありません。

でも、あえて簡単に言うと…
一口に鉄と言っても色々あるわけで
複数の性質の違う鉄の素材から
理想的な素材に調合するところから始まって
それらを重ねて接合して、成形して、熱処理(焼き入れ)して、研いで作ります。

あの大きさで、あの精度と品質、そして性能
難しいのは当然で、大変面倒な仕事です。

その各工程で、何のために、どんな道具を使って、どんなことをしているのか
そんなことを見たり聞いたりすると
文字にするのは難しいですが(文才が無いから)
何となく我々日本人の持つ強みというか基本特性というか
そんな感じのことが見えてきたりします。

「あぁ、こんな方向性に行けば…
こんな考え方、やり方をすればいいのかな」
という大筋です。

というのも
日本刀の文化は
つくり方の大筋決まってから
数百年間継続しています。
いや、日本刀の起源とも言われますので
ヘタしたら1500年くらいかもしれません。

その間、もちろん工夫したり改良したりはあるでしょう。
でも、大筋は変えずに守って
常により良いものをつくる努力を継続している。

これは凄いことです。

この中には、とても文字にできない
というか
文字になんてしたらキリがない膨大な情報が
しかも目に見えない情報
いわゆる暗黙知が大量に含まれています。

刀匠の世界には
当然ノウハウはありますが
教科書やマニュアルはありません。
日本刀に限らず
伝統工芸の世界はそんなもんですが。

恐らくこれ
現在の教育ではあり得ないやり方でしょう。

現在の教育方法は
せいぜい150年程度の実績しかありませんが
日本刀の技術継承は1500年です。

そこから学べないはずがないでしょう。

とはいえ、これを学校の中に適用しようと思っても
それをそのまま使えるわけではないので
どうしたもんかな
というところなんですけどね。

ま、色々トライアンドエラーしてみます。