
将来の希望はあった方が良い。
もしエンジニアになりたいなら、それを実践する機会を掴んでおいた方が絶対に良い。
これは経験上確信しています。
一つ明確に言えるのは
おぼろげながらでも何かしらの希望があるなら、それが叶う可能性は大小あるだろうけど、そのためのことをやった方が良い
ということ。
そのフィールドに身を置いて諦めずに継続すれば、きっと大きなものが得られます。
自分が何をやりたいか分からない?
そういった場合、周囲と同じように具体的な業種とか企業とかを決めないといけない、と思っていませんか?
でも、具体的なゴールでなく、何かしら得たい感覚みたいなものがあると思うのです。
そのために何かをやったら良いと思う。
人に言われたからとか、皆がやっているから、なんて動機でやることなんて、大して役に立たない気がするのだけど、どうなのだろう?
これまた経験上思うことだけど。
だってね、景品開発だってサービスだって、大抵の仕事はそうだと思うのだけど、皆がやってることなんて「普通」であって、商品としての魅力は無いんじゃないの?
まぁ「普通」を理解しておくことは大事なのかもしれないけどね。
そもそも「普通」をキッチリやるのは大事かもしれないのだけど、普通を目指して普通のことをやるのと、その先を目指して普通を通過点とするのは大きく異なります。
生真面目な普通の人は、キッチリ段階を踏むのだろうけど、そんなのまどろっこしくてやってられない、って人もいるわけで、そんな場合は一足飛びでその先の理想にチャレンジして良いと思うのです。
で、「ありゃ?何か足りないぞ」と思ったら、後戻りしたって良い。
そういうのって一見無駄なようだけど、実はそうでもない。
というのも、「ありゃ?何か足りないぞ」と思っていると言うことは、その足りないものを欲しているということ。
そう、その足りないものを欲する動機があるということです。
対して、ゴールが不明確なまま段階を踏んでいるうちは動機が弱いので、その過程で掴んだものをうまく利用できなかったりします。
ペーパーテストなんかはうまいことやるのでしょうけどね。
動機が弱いまま、普通のことを着実にやっていくやり方はあっても良いのかもしれないし、そういう人も必要なのかもしれない。
でも、そうじゃない道があっても良いと思うのですよ。
え?そんなやり方でうまくいく保証はあるのかって?
いやいや、着実な方法でうまくいく保証も無いのですよ。
キミの感性は何て言ってる?