「勉強できない」って才能かも

それは言い過ぎ?
そうかもしれませんね。

言いたいのはこういうことです。

「勉強しなさい」
と“言われて”やるのはイヤだ。
そういう場合があります。
というか、そういう人もいます。

言われたことをやらされるのがイヤ。

特に
なぜそれが必要か分からないのに、やらなければいけない
ってのが苦手。
なので、やる気が起きない。
ということです。

でも反面、やりたいことや腹に落ちたことはできる
ということだったりもします。

しかし、この「やりたいこと」に対して
他から否定され続けてきた
とか
自信が無くて踏み出せなかった
なんて経験ばかりだと
当然ながら「やりたいこと」は、できないままになっています。

言われたことはやりたくない。
そして
やりたいことはできていない。

それはもう、単純に
「できない」状態であって
そういうのは当然自覚できるわけです。

なので、本当は興味があることがあるのに
封印されていたりすることも多いかと。

勉強できない人で
どうしたら良いか分からない人は
こういうケースも多いのではないかと思います。

で、中には「できないまま」ではイヤだ
となる人がいます。

その結果

「できない」未来に不安を感じて悩んでしまって
小さく狭い領域に入っていく人

我慢できなくなって
外に向かって踏み出す人

もしくは
そのままの人

色々でしょうね。

もちろん興味深いというか
期待が持てるのは

我慢できなくなって
外に向かって踏み出す人
です。

そういう状態になったなら
勇気を伴う行動力があって
自身の変化に対して腹が決まっていたりするので
意外と面白い成長をしたりするのです。

言われたことをやるのは苦手・できない
でも反面
言われてもいないことができる
それが人一倍できるなら
それはもう「才能」と言っても良いレベルになるかもしれません。

そういうので成功した人は
意外なほど沢山います。

開発者は、そんな人多いですよ。
「変態」と言ったら聞こえが悪いですが
変わった人多いですから。
楽しい職場です。

ところで
勉強できる人って
周囲から「勉強しろ」とか言われてないケースが多いようです。
無理強いされてないから、嫌う理由が無いんでしょうね。

まぁ大抵は、無理強いされたら嫌になりますものね。

理由も無いのに勉強できる人や
無理強いされてもできる人がいますけど

すげぇなぁ、と思います。
私は、そういうの無理ですから。

でもね
そもそも「勉強」って何なのさ?
とも思うんですよ。

うまくいかない…その時は?

うまくいかないことについて記事を書くわけですけど、別に行き詰まっているわけではありません。

どうもうまくいかないな
と思うとき
一体何が起きているのだろうな
と、ふと思ったのです。

そもそも「うまくいく」って何だ?
という話もあるのですが

うまくいっていない時って
手元の手段とか短期的なことばかりにフォーカスしていたり

長期的に見れば何かの役に立つ経験をしていたりするにも関わらず、あまり前向きではない考え方をしていたり

我欲に基づく考え方をしていることも多いかも

先送りにしていたものから逃げ切れなくなった状況でもそうなりがち

とまぁ、色々考えようと思ったら、いくらでも出てきそうなのですが
結局、コレというものが無かったりもするよなぁ、とも思います。
あったりもするのでしょうけど。

でもね
そもそも、うまくいかないことってダメなことで、損失なのか?
というと、決してそうでは無いわけで。

「なんでうまくいかないんだろう?」と考えて
原因が分かれば修正にトライしてみれば良いし

分からないなら分からないで
何か違う考え方、やり方をしてみれば良い。

どうせ我々は、不確定な未来に向かって
日々新しいことをやっているのですから
分からなくて当たり前
うまくいかなくて当たり前なのです。

マズイのは、うまくいかないことではなくて
その状況にとどまり続けることだったりします。

その辺の価値観の入れ替えをしてみれば
意外とスッキリするものです。

とはいうものの
「現状から変える」というのが
一番難しいことなのかもしれませんけどね。

同じようで結構違う

何が成長の根源かと言ったら
やはり「やりたい」という気持ちだよなぁ、というお話しです。

やりたいことをやるとするでしょう。

すると大抵は、困難に遭遇します。
そこで、どうしようかと考えて
何とかしたいと思う。

この「何とかしたい」の中身が問題かつ重要。

では、やりたいわけでもないことをやるとするでしょう。
分かりやすいところで言えば、学校の課題とか。

で、やはり同じように困難に遭遇します。
「うむむ、分からん」とか。

でも、やらなきゃいけないことなので
何とかしたいと思う。

似たような「何とかしたい」ですが
結構違いますよね。

こっちは義務感っぽい感じです。
「他から課された」って感じ。

やりたいことをやっているなら
「何とかしたい」
と思ったら
狙っていたことを達成するにはどうしたら良いかを考えるでしょう。
つまり「やる」方向で考えます。

で、工夫したりして
やらないと分からないことを得る。
これが成長。

でも、やりたいことでもないなら
手を抜く方向で考えたり
「やらない」方向で考える。
そんなことになりませんか?
私の学生時分はそうでしたけどね。

まぁ、そういう経験も必要だとは思うので
「そんな意味の無いことはやめてしまえ」
ということではなくて

ここで言いたいのは

自発的なもの

課されたもの
では
得られるもの
つまり成長の度合いがだいぶ違いますよね
ということです。

字面では似ている2つの「何とかしたい」ですが、中身は結構違うでしょう?

やりたいことでもない「何とかしたい」の経験ばかりだと
いざ、やりたいことに向き合って遭遇した困難に発生する「何とかしたい」も
やりたいことでもない場合と同じ考え方になってしまいがちです。
人によって程度は違うでしょうけどね。

そんなことは無いだろうって?
いえいえ、習慣ってそんなものです。

学生のうちは言われたことばかりやって
社会に出たらクリエイティブなことをやりたい?

無理じゃないのかもしれないけど
難しいでしょうね。

その理由を分かって欲しくて、今回記事にしてみました。