良い環境を作らねば 2

学校で、塾で、言われたことばかりやって
家に帰ればゲームで…

ゲームね、好きなことをやっているような気がするけど、結局は設計通りに動かされてるだけですよ。
シナリオやプログラムの範囲内から出ることはないわけですから。
まぁ、楽しいのが救いというか、楽しいから逆に困っちゃうというか。

ま、いずれにせよ、言われたことばかりやっていたら、チャレンジなんてする気は起きないでしょう。
で、それが習慣になっちゃうと、言われてやる人になるのは当然。
もちろん、やる内容は最低限。

こういう未来はどうなのでしょう。
面白くないでしょうね。
というか、もっと面白くしたいのです。

どうしたら良いのでしょう?

恐らく環境が変わることが最重要。
彼らだって好き好んでそうなるわけではないでしょうし、そういった環境は作られたもので、それに順応しているだけでしょう。

だったら新しい環境を作れば良いのです。

それは、シナリオが決められた世界ではなく、自分の力を使って意外性や発見の中で立ち回っていく、そんな環境。
そういうのを楽しめる環境。

まず、言われたことをやって、失敗したら怒られる
のようなの環境を変える必要があるでしょう。

失敗を許容する、失敗を楽しめる、そこに発見がある、その経験を未来に活かせる
そういった環境。
そういうのを皆で作る必要がある。
もちろん、教員、学生の双方の努力が必要でしょう。

環境を変えられなければ、「挑戦しろ!」とか言ったところで、「何言ってんだか」となるでしょうね。
そもそもそれじゃぁ、「言われたことをやる」という本質的な部分は何ら変わらない。

と、そんなことを言ったところで、なかなか難しいのですよ。
でも、だからこそ、ですよ。

アイデアを出すために

良いアイデアはどんなときに出るでしょう?

何も考えていないときに突然やってきたりしませんか?
それは業務時間外であることが多い。
というか、大抵は業務時間外。

もちろん前提条件としては、その対象に入れ込んでいて、それなりに前提の知識や情報が入っていて、モチベーションやらボルテージやらが上がっていることが前提だったりします。
で、スッっと緩んだ瞬間に、ポッと浮かんできたりして。

なもんで、職場に行ってアイデアが出るか?といったらそうでもなくて、普段から考えていないとダメなんですよ。
良いアイデアは職場の外で出たりします。
で、業務時間にそれをまとめたり形にしたり、そんなものです。

なので私は、プライベートとオンデューティーの境目が曖昧です。
そもそもそれらを明確に分けたいとも思ってません。

好きなことを仕事にするとか、どうせやるなら仕事を楽しく変えていくとか、そういったことが大事だと思っているので。

業務時間以外は仕事のことを考えたくない?
それだと良いアイデア出ないと思うんだけど、どうなんでしょうね。

良いアイデア出なければ仕事は面白くならないだろうし
仕事が面白くなければ良いアイデア出ないだろうし

仕事が面白くなければプライベートも楽しくできないし
プライベートが楽しくなければ仕事も面白くできない

そんな風に思ってるんですけど、どうなんでしょうね。

AIの時代に向けて その2

AIの発展と台頭に伴って、教育がどうなるかというのは気になるところ。

AIによる適切なプログラムや内容、もしくは対応などで教育の質が向上する
なんてことを聞いた覚えがあります。

義務教育のようなレベルで知識を得るのであれば、そういったやり方は効果的…
かどうかは分かりません。
言われたことをやる、という姿勢が強化されちゃったら残念ですし。

というか、知識を与え、それを得るのが教育であり学びかというと、ちょっと疑問。

もちろん知識を得るのがダメってことではありません。大事なことです。

知識を得るのは、凄く広範にわたる学びの中の一部であって、まして定型的なものであれば、それは知識の中のごく一部に過ぎないだろう、ってことです。

そこだけに特化して「効率の良い学びを…」とかいう状態になっているとしたら、ちょっと恐ろしい。

学ぶべき対象って、それこそ無限で、目指すべきゴールや戦略によって、もしくは個性によって変わるべきで、個々のそれぞれが独自のやり方を模索するような機会があって良いと思うのです。

そうしたら、もっと尖って、もっと面白くなるでしょう。

でもそういうのって、きっと効率が悪いことになると思います。
でも、効率が悪い中から生まれること、気付くこともあるわけで、その辺はAIにはできないことなのではないかな。