学生の能力評価 価値ってなんだ?

今も昔も
学校では既存の成績表に表された数字や記号で
学生を評価しています。
いわゆる定量的な評価ってヤツです。

この数字のもとになっているのは
授業における勉学の成果
主にテストやレポートの点数です。

ではそれが
社会における評価に直結するのか?
言うまでもなくノーでしょう。

この勉学における学力の高さは
言われたことを
決められたやり方で実行するタスクにおいては
とても有効かもしれません。

たぶん
高度成長期の日本の産業界などは
そういう仕事も多かったのではないでしょうか。

かつては日本の人件費は安かったので
ドバドバ作りまくって
ガンガン売りまくるようなやり方で利益を得ていました。

そういうやり方をする場合
ある一定以上の
特定の能力を持った者が
大量に必要になります。
それが利益に直結するからです。

でも今は違うし
これからも違う。

現に
経団連の新卒者採用に関するアンケートの
「選考に当たって重視した点」
では
10年も前から(それ以上前から?)
コミュニケーション能力
主体性
チャレンジ精神

などが上位に並んでいます。

各種の学力や出身校なんて
ずーっと下位に沈んだままです。

でもランキング上位に並ぶ重要な項目を
学校で身に付けられるような教育は実施されていません。

だってそういうのって
定量化して評価できないし
そういうのをノウハウ化するのも大変。

結局のところ
人の能力とか価値なんて
定量的に評価なんてできないんですよね。

誤解のないよう言っておきますが
学力大事です
でもそれは
能力を構成する一部にすぎません。

仮に
コミュニケーション能力
主体性
チャレンジ精神
などを評価しようとするとどうなるか

それは主観的な評価になってしまうでしょう。
誰が見ても同様に評価できるような定量的な
いわゆる公平な評価にはならない。

でも
そもそも世の中そんなもんでしょう。

スマホや車だって好き嫌いがあって
個人の主観で良いだの悪いだのって話になる。

数値的な性能が高くても
価値が高いとは限らない。
価値が高い製品が
高い数値持っているケースはありますが。

民主主義だって
投票とか数値化されて動いているように見えるけど
実はやはり選挙の結果とかなんて
好きだの嫌いだのの集合体でしょう?

ちょっと乱暴で極端なことを言わせてもらうなら

成績表なんて
やめちゃうのもアリなのかも

と思います。
評価のオプションとして学業の成績は
参考になるとは思うけど。

正直なところ
もっと多様性があっていいと思うんです。

「自分は勉学のみで行く!」
と決めたらそれでも良いだろうし
「クリエイティブなことで勝負したい!」
でも良いだろうし。

学校では
言われたことをやることだけが評価されて
社会に出ると
言われてもいないことをやるのが評価される
この逆転現象は
どうにかならんものかと思います。

大学と言わず
学校組織は
まだまだ工夫できるんじゃないかな
と思います。

チャレンジして
その結果で人を
ワクワクさせたり
安心させたり感心させたりできたら
それこそが価値でしょう?

どれだけ人の心を動かせるかが
その人の持つ価値の大きさ
なのではないかと思うのです。

なので
就活だったら
学生によるチャレンジの成果を外に向けて発信して

「あ、キミいいね!
うちにおいでよ。一緒にやろうぜ!」

というような採用が行われるようになったら
世の中もっと良くなるんじゃないでしょうか?

アメリカを始め先進諸国のFormula SAEの
大会会場はそういう場になってますけど
日本では難しいのかもしれません。
でも変わっていくといいな。

一応、念のために言っておきます。
(よく誤解されるので何度も言ってます)
勉学が不要とは決して言いません。
人の心を動かす材料の一つとして重要です。
ですが
決してそれが主役ではありません。

私の前の仕事でのお話をしましょう。
設計の現場で
ある新人君が先輩に怒られていました。
学歴を笠に着るような
先輩の気に障る言動をしちゃったんでしょうね。

「おめぇ、東大出てんだってな?
だからどうしたってんだよ!?
で、おめぇ何ができんだよ!?」

それを聞いて私は
拳を握りしめて感動していました。
30年近く前のことですが
今でも鮮明に覚えています。

「おぉ!学歴関係ないのか!
できれば認めてくれるのか!
こりゃ面白ぇことになってきたぞ!」

そこから仕事に気合いが入って
一層面白くなって
結果が残せたのは言うまでもありません。
ごめんね東大君。

一応言っておきますが
東大が嫌いなわけでも
馬鹿にしているわけでもありません。
(むしろバカは私です)
例として引き合いに出す場合に
分かりやすいんです(笑)
あしからず。

ただ、自分のところの学生には
何か東大生にも負けないことを
身に付けて欲しいとは思ってますけどね。

もちろん
それは数値化できないことです!

我が東京電機大学はそういうのは強いんだぜ!

「技術は人なり」

シンクロニシティ…なのか?

最近
飲食店などのお客さんで
良い感じの人をよく見かけます。

人当たりが柔らかい人
礼儀正しい人
明るい人
そんな人が増えてきた気がします。

潜在的に
良い空気感を積極的に作りたい人は
結構いるのではないかな
と思っています。

今まで感じが悪い人が目に付いていたのは
自分の心が汚れていたから
そういうのばかりが見えていたのか(笑)
そうかも。

まぁ、いずれにせよ良いことです。

みんながそんなふうになってくると
人とコミュニケーションを取るのが楽しくなりますよね。

心が明るく前向きになる工夫は大事です。

もちろん自身のためでもありますし
環境が良くなれば
組織力も高まるし
大きな成果が出せるようになります。

ちょっとしたことなんですが
とても大事なことです。

即効性はないのですが
日々気にとめて工夫していきたいものです。

Real Deadline 本当の締め切り

どんなクルマにするか考える

狙ったとおりになるように考えて設計する

狙ったとおりになるように作る

狙った性能が出るように実走行でセッティングする

こんなプロセスで学生達はレーシングカーを作っていますが
完成したクルマはもちろん
それぞれのプロセスにおいても
何が起きるか分かりません。

だって十分な経験がないのだから
それは当然です。

解析や強度計算がうまくできると
部品単品としては思った通りになるかもしれません。

しかし
それらを組み合わせて
実際に使う(走る)と何が起きるか分からない。

それは
作っている人間の
想像の領域の外のこと
イレギュラーなことが起きるからです。

いくら勉強しても
いくら慎重に設計しても
そういうことは起きます。

現実の世界では
イレギュラーなことは
常に起きる可能性がある。
要因は無数にあります。

授業ではそういうことは起こりません。
時間内に予定されたことを
学べるように考えられているからです。

たとえば
実験の授業では
どんな結果が得られるかは
最初に決まっています。
イレギュラーな結果が出てしまったら
授業が終わらないからです。

本来は
何が起きるか分からないから
「実験」するのであって
最初に何が起きるか分かっていることを
やるのは本来の「実験」ではありません。

でも、授業では「実験」と称して
本当の実験をやるときに
必要なことを学ぶのです。
決して無駄ではありません。

さて
設計の際に
狙ったとおりのことが起きるようなマシンにするために
よーく勉強して
すっごく慎重に設計して
あらゆるイレギュラーな事象を想像して
設計すると何が起きるか。

間に合わなくなります。
レースに。

勝つためのクルマを作っているはずなのに
そもそもレースに間に合わなくなります。

特に学生の活動の場合
時間的にカツカツですから。

なので
今の自分たちには
どんなやり方が効果的なのかを考えて
チームの方針を定める必要があって
その重要性を全メンバーに落とし込む必要があります。
こういうのは授業では学べません。

最近はあまり聞かなくなりましたが
Formula SAEの重要なことの一つに

Real Deadline

があります。

直訳すると
「本当の締め切り」
です。

レースには色々な締め切りがあります。

大会へのエントリー
自分たちの開発スケジュール
レースのスタート時刻
などなど

これらの「本当の締め切り」を守っていかないと
自分たちのミッションは果たせません。

なので
最も効果的なやり方で
開発を進める必要があるのです。

設計段階で
色々考えすぎて時間を使ってしまうと
実走行による最適化のための時間を失っていきます。

いくらよーく考えてマシンを作ったところで
完成したときに得られる性能は
当初の想定よりずっと低いはずです。
大抵はガッカリします。

そして
そこから性能を上げていくのです。
それこそが学びです。

そうやって学んだことは
決して忘れません。

プロでもそんなもんです。
なので「試作車」が必要なのです。
走らせてみないと
実際にやってみないと
分からないからです。

チャレンジしている学生達には
やると
分かる
その面白さを味わって欲しいものです。

色々経験していくと
「やらなくても分かる」領域が拡大していきます。
そうなると
やることのレベルをどんどん上げていけます。

そのループに乗せられれば
ますます面白くなってくるでしょうね。

分かっていることを積み上げていけば安心だし
そういうやり方が必要な世界もあるでしょう。

別にどちらが偉くて
どちらが劣っている
なんてことはないですが

もしチャレンジできる環境にいるのであれば
とにかく色々やってみて
起きる事象に対応する度に試されて
その度に学んで成長していく
そんな毎日も良いのではないでしょうか。

学生生活なんて
迷ってるうちに終わっちゃいますよ。