久々のEVの話

久しぶりにEVの話をしてみましょう。

ウクライナとロシア間の戦争の影響で、エネルギー価格が高騰しています。
幸いにして日本の消費者は欧米並みの深刻な打撃は受けていませんが。

ヨーロッパでは、EV化の動きが鈍っていると聞きます。

結局、電池を作るのもかなりの電力が要りますし、充電するための電力にしたって化石燃料への依存度は大きいですから。

EVは効率が良いと言われますが、電力の元となる原油の採掘から走行までの最終的な効率を考えると、エンジンの車に比べても、その差は大して大きくないのですね。

さらに生産に必要なエネルギーを考えると、EVのエネルギー消費がエンジンの車を上回るのは、相当な距離を走った後、ということになります。
まぁ、そうなるでしょうね。
とはいえ、電動化の流れは消えることはないでしょう。

国内では小型EVの実証実験など、色々やっているようですね。
機会があったらぜひ体験してみたいものです。

ブログの記事としては久々のEVネタなのですが、日頃から色々考えてはいるのですよ。
将来はどんなふうに発展していくのかな?
とか
構造とかコストとか使い勝手がどう変わるのかな?
とか。

個人的には、どっちが良いとか悪いとか、好きとか嫌いとかは無いのです。
どっちも面白いんじゃないかな、と思っていますし、情報収集もボチボチやってます。

とはいえ、現状ではエンジンかモーターかというパワーソースよりも、車体そのものに対する興味の方が大きいのです。

「”電機大学”なのだからEVやらないの?」とはよく言われますが、そういう部分的な技術は、ソレ専門の人達が頑張ってやってくれていますからお任せしましょう。
で、良いものができたら使わせてもらいましょう。

続く

同じじゃない方が良いのですよ

「できない」と思っちゃうと
劣等感に苛まれて自己を肯定できません。

そうなっちゃうと
色んなことがうまくいかなくなったりします。
そもそもやる気が起きないでしょう。

それが避けられないものであれば
頑張って何とかする必要があります。

多数の正統派は頑張って何とかしようとします。

それでもどうにもうまく行くと思えない。
そんなこともあります。

で、ここからが大事なところ。

じゃどうするの?

まずこの情況を変える必要があります。

その情況とは
「できない自分」ではなく
できないことにフォーカスしちゃっている現状です。
そしてそれを「正攻法で何とかしなければならない」という思い込みです。

私なんかは大して勉強ができなかったクチなので
うまくいかないことがあると、すぐに
別の方法は無いかな
なんて考えを巡らせちゃうタイプなんですよね。

別にね、皆と同じように同じことをやらなくても良いと思うんですよ。

できちゃう人とか
そういうのが性に合ってる人はいいですけどね。

我々は、人と違ったことをすると
怒られたり心配されたり
そんな環境で成長していきますけど

人と同じことをやって評価されるのって
学生のうちだけですから。

社会に出て
こと、ものをつくることを仕事にした場合
ヨソと同じことをやったら

「なんだ、同じことしかできねぇのか」

って言われるわけですよ。
他社と同じ製品を作って価値が認められることなんて無いですから。

もちろん知識とかスキルは大事なんですけど
(これ何度も言ってますけど)
うまくいくかどうか分からないけどやっちゃう
とか
皆はやってないけどやっちゃう
とか
そういう勇気があれば
別に皆と同じじゃなくても全く問題無いと思います。

むしろ同じじゃなければ、それは
アイデア
と呼ばれます。
価値の源泉です。

とはいえ
そういうアクションができる動機が必要なわけで

それにはやはり
好きなことにのめり込めないと難しい気がします。
どれだけのめり込めるかが勝負で
それは才能と言っても良い気がします。

しかしですよ
我々はよく言われたりしました

「好きなことばっかりやってないで…」

まぁ、言う人の気持ちも分かるのですけどね。

でも、往々にして世間一般と逆のことの中に
何かしらチャンスがあったりもするものです。

さて、どうしますか?

大学生なら18才以上なわけで大人です。

自分のことは自分で決めていいのですよ。
これを「自由」というのです。

本当の面白さは、その中にあります。

迷ったときには

これから人生を構築していく若者にとって
経験者の持つセオリーは
一見もっともなのですが
実は何の保証も無いことです。
偉そうなことを語っているこのブログもしかりですが。

そういうのを鵜呑みにしたところで
誰も責任を取ってくれないわけですが
参考にはなるでしょう。

さて
皆さん、何か目標を持って日々頑張っていることかと思いますが
その結果、「どうなりたいか」とか「どうしたいか」とか
考えていることと思います。

短期的なものとか長期的なものとか
具体性があったり無かったりするでしょうけど。

明確な目標があれば
それに越したことはないかもしれませんが
無い場合もあるでしょう。

そんなときには二択で行きましょう。

  • 普通で良いのか
  • 普通じゃ嫌か

もちろん仕事の内容にもよるかもしれませんが
最初にこれを決めておけば
仕事をしていて次々に現れる課題に対して
どんな方向で対処すれば良いかが決められます。

  • 普通で良いなら、皆がやるように対処すればいいでしょう
  • 普通が嫌なら、勇気とか労力、手間が必要なやり方を取りましょう

これ、簡単なことで

  • 普通にやったら、最大限うまくいっても普通の結果しか出ない
  • 普通じゃないやり方でやったら、普通じゃない結果が出る

そういうことです。

当たり前なのですが
実は意外と意識されていないことだと思います。
どうですか?そんなことありませんか?

既存の価値観に乗っかって頑張ったところで
生じる優位性は無いわけで

普通じゃないやり方は大変かもしれませんが
当然ながら普通じゃない成果が得られます。

もちろん普通じゃないやり方をしていると
「本当にこれで良いのだろうか?」
と不安になることもあるでしょうし
うまくいかないこともあるし
時として、そのやり方ではどうしようもなくて
方向転換が必要なこともあるでしょう。

でも、その過程で得られることは意外と大きくて
後に必ず活かすことができます。
特にピンチに陥ったときに。

普通の選択肢を取り続けていると
いざイレギュラーなことが発生したり
特別なことをやろうと思ったときに
ネタが無くて、手も足も出ません。
これまた当然のことです。