問題は「変化できるか」だ

我々は、常に不十分で不完全で
現状に満足がいっていない。

なので成長が必要。
現状から
どう変化するかということ。

知識やスキルの量ではない。

知識やスキルをたくさん持っていることは
素晴らしいことだし
必要なことだけど
それだけでは何も起きない。

それらをどう使うか
それが価値を生み出す。

どう使うかは考え方によるし
やるかやらないかは
思いの強さによる。

知識を使って問題を解決するとか
創造性を使って新しいアイデアを生み出すとか

それらが知識やスキルだけで為されるかというと
決してそんなことはない。

問題が解決できないとか
アイデアが出ない

そこから脱出できないとしたら
それは
考え方とやり方を変えないから。

考え方とやり方が同じなら
結果は変わらない。

そんなことは当然なのだけど…

変える事自体が
勇気が必要で
難しいことなんだよね。

その根源にあるのは
自分が価値を感じているものがあって
それを変えたくないから。

それは本当に大事なものなのか?
満足いかない現状を変えるより大事なのか?

そんなことを考えて
価値観の入れ替えができたら
きっと問題は解決。

でもきっと
すぐに次の問題が現れるけどね。

でもまぁ、人生ってそんなもので
それを楽しめたら良いんじゃないの?
なんて思うのでした。

夢を、理想を語ろう

「できもしないことを言うな」

そんなことを言う人がいます。
まぁ、そう言いたくなる場合もあるでしょう。

でも
今できないことを
理想を実現するのがチャレンジです。

なので
できないことを言えないなら
チャレンジする
なんて言えなくなってしまいます。

そんなの面白くありませんね。

それに
人は言ったことを実行しようとするそうです。
自分の言葉に責任を感じるからでしょうか。
「言ったからにはやらなきゃ」
と思いますものね。

言わなければやる必要はありません。

なので
理想を語ろう
夢を語ろう
できなくても言ってみよう

言ったこと全てを完璧になんてできないでしょう。
でも、言ったからには
多少なりともやろうとするのではないかな。

やろうとしないことが
できるわけはありません。

それに
理想を追求して
何が悪いのでしょうか。

このブログなんて
まさにそうです。

偉そうなことを書いていますが
私は全く完璧ではありません。

でも
夢や理想が無かったら
何のために生きているのか分からない
そう思うのです。

迷ったり悩んだり の根源

迷ったり悩んだりする時
大抵の場合
それは自分の損得のためじゃないだろうか?

自分が損せずに得できるように
自分が傷付かないように
自分が楽できるように

結局、自分の損得ってことは
他人の損得には関係ないこと。

相手に得をさせるのが仕事でしょう。
それが価値の大きさでしょう。

自分が得するために悩むって
気持ちは分かるし
誰しも経験することだろうけど

自分の損得ベースで考えたら
悩むのは当然で

本質から外れてるから
解決しません。

もっとも
事業は継続しなければならないので
収益とかコストとか
そういったことを考えなければいけないのですけど

その収益は
相手の満足あってのことです。

ともかく迷ったら
ゴール到達にフォーカスして
自分の欲得を捨ててしまう
ってのはどうでしょうか?

勇気が要りますけど
迷いは無くなります。

即効性は無いけど
きっと大きな何かが得られます。

「…あんな命も金も名(名誉)もいらぬ人間は始末に困る。
しかしこの始末に困る人でないと、ともに天下の大事を語るわけにもまいりませぬ…」

幕末に西郷隆盛が語った名言として有名なセリフですが
これは西郷隆盛のことではなく
幕府方の交渉役として西郷隆盛に対峙した山岡鉄舟を語った言葉です。

かくありたいものです。