形式知と実践知

日本で「ものづくり」の重要性が叫ばれていたのはいつ頃だったでしょう。
確か20年くらい前だったかな?
その重要性は今も変わらないんですけどね。

なぜ、ものづくりが重要なのでしょう。

そもそも、日本は資源を産出できないので、輸入した資源を加工して、それを海外に売ることによって…と言うのは当たり前の話なのですが。

そんな日本は、優秀なエンジニアがたくさん必要なわけです。
そのための教育が学校で行われているわけですが、その内容は、教室で伝授される知識が中心で、その知識があれば良い開発ができるかというと、そういうわけにはいきません。

文章や口頭で伝達できる知識を形式知、やらないと分からない知識を実践知(暗黙知)と言いますが、実践知は言葉や文章ではなかなか伝わらないのです。

よく自転車の運転を例にとって説明されたりしますね。
本で運転の仕方を勉強しても、実際に乗れるようになるわけではないと。
つまり実践知は教科書にできない。

「溶接」という作業を例に取りましょう。
製品の製造には良く登場する作業です。
ですので、溶接を必要とする製品の設計をする場合、これを分かっていないと良い設計ができないのは当然です。

授業で溶接についての知識を習ったとしましょう。
それで溶接ができるようになるかというと、そんなことはありませんね。

運が良ければ溶接の実習の授業も受けられるかもしれません。
で、多少の溶接ができるようになると。
でも、それだけで信頼性が高い美しい溶接ができるかというとそんなことはありません。
やはりやらないと分からないことは多いのです。
そもそも「美しい加工」なんて概念は普通の学校では教えませんけどね。

大きな構造体を溶接すると何が起きるかとか、逆に細かい物を溶接すると何が起きるとか、肉厚や材質の違いによってどうしたら良いのかとか、力を加えると何が起きるかとか…実践的な内容はやってみないと分かりません。

もちろん知識を知っているのは大事なことですが、「知っている」と「できる」は違います。やったことがある人じゃないと分からないことは山ほどあります。
というか、世の中そんなことばかりです。

将来開発の仕事をするなら、実践的な知識を持っていることは非常に重要なことです。
会社に入って設計の部署に配属されてから、それらを学ぶにしても限度があります。
まぁ、大抵は無理ではないかな。

模擬惑星探査機やレーシングカーのつくりかたなどは教科書で学べるものではありません。
小さいながらもそれらを作って性能を出すとなると、自ら調べて、考えて、作って、試して…あげくは海外に行って大会に参加。
それはもう凄い量の実践知が手に入るわけです。

「格好いい」「美しい」「凄い」のためには何が必要かということを学生のうちから知っておいても良いのではないでしょうか。

我が東京電機大学が大事にしている「実学尊重」、これは何物にも代えがたい強みだと思っています。

最近のバイク CRF450R

とは言っても競技車両ですが。

これはホンダのCRF450R、2020年モデルです。
モトクロッサー、つまりオフロードの競技専用車両ですね。

新車で買うと100万円以上するのですが、本学Formula SAEチームを支援して下さっている本田技研工業様からご提供頂きました。ありがたいことです。

いずれはエンジンを摘出して、今設計している新しいレーシングカーに搭載する予定ですが、その前に色々と特性を計測しています。

最新のバイクを見ると色々と発見があります。
昔の燃料タンクは樹脂製でしたが、今どきのタンクはチタン製なんですね。
もちろん、この外側には樹脂製のカバーが付くのですが、写真では外しています。

プレスされたタンクの合わせ部はこんな感じに溶接されています。レーザー溶接なのかな。
※2020年12月8日追記:シーム溶接だそうです。旧来の手法ですね。

他にも色々と発見があったりしますが、それは後ほど。

Formula SAEのはじまり

世界中の工科系の大学生が手作りのレーシングカーで競い合うFormula SAE
日本では「全日本学生フォーミュラ」という名称で2003年にスタートして、国内には現時点で90チームほどが活動しています。

東京電機大学チームは、2002年のオーストラリア大会参戦を皮切りに、現在に至るまで毎年海外大会を中心に参戦してきました。

本学チームは2002年のオーストラリア大会から参戦スタート
翌2003年には初めてアメリカ大会に出場(会場のミシガン州ポンティアック・シルバードームにて)

このイベントは、1979年にアメリカのヒューストン大学を会場として「ミニ・インディ」という名前でイベントがスタートしました。

「インディ」とは、100年の伝統を持つアメリカのレースからきています。
F1のようなレーシングカーによる時速300kmを超えるハイスピードレースで、アメリカでは絶大な人気を誇ります。

最初は木製の車体に5馬力の芝刈り機のエンジンを搭載したもので、手作りのゴーカートを持ち寄った大会のような形だったのではないでしょうか。

始まりは、ヒューストン大学の教授が、ポピュラーメカニクスという科学雑誌のHow-to記事に触発されたことがきっかけだそうです。
ちなみにこの雑誌はまだ現存しています。How-to記事は相変わらず面白いですね。

ここに大事なポイントがあります。
レースを題材にすれば、車好きの学生達が自発的に、しかも全力で取り組む強力な動機ができるということです。
自動車大国アメリカに限らず、自動車好きの学生が手作りのレーシングカーイベントに惹かれるのは必然です。

このイベントによる学びは、教室での授業で「与えられたものを覚える」というスタイルではなく、自発的で効果的な学びとなります。
これは頭で考えるだけの学習よりはるかに効果的なのは言うまでもありませんよね。

さらに、レースで勝とうと思うなら、先端の技術やアイディア、これをハンドリングするモチベーションが必要とされます。

イベントはより広がりを見せていくかと思いきや、なんと翌年には主催する者が現れずに頓挫してしまいます。

しかし、最初の大会から2年後の1981年に、より自由な規則やエンジニアリング的な要素を取り入れて、Formula SAEとして再スタートします。

その大会の参加車両がこちら。

Formua SAE 2002パンフレットより
Formua SAE 2002パンフレットより

この1980年初頭は、アメリカで日本車が台頭して、いわゆるジャパンバッシングがあった時期です。
当時のアメリカでは、安くて信頼性の高い日本車が市場を席巻し始めたころで、現地の自動車メーカーは深刻な危機に陥っていました。
日本のテレビでは、デトロイトの街中で日本車をハンマーでたたき壊すデモンストレーションをしていた映像が流れていたのを覚えいています。

実はFormula SAEは、優秀なエンジニアを実践の場で鍛えることにより、アメリカの自動社産業を再生するためのツールでもあったわけです。
現に現在のアメリカ車は、多くのFormula SAE経験者により、性能はもちろん信頼性も品質も向上しています。

その後、イベントはイギリス、オーストラリア、ドイツなど、先進各国を中心として多くの国で開催されて現在に至ります。