「自分が播いた種だ」
などと言いますね。
これは、どちらかというと
ネガティブな表現ですが
ポジティブ、ネガティブ問わず言えることです。
播いた種から芽が出る
種を播けば必ず芽が出る
つまり
自分の行いによって未来が変わる
ということです。
「自分は大したことはできないから」
いいじゃないですか
大したことじゃなくても。
小さいことだって
コツコツやっていったり
皆でやっていけば
何かしら良いことに繋がっていったり
楽しくなったりしますよ。
「やることが正しいとは限らないから」
「失敗するかもしれないから」
いいじゃないですか
どんな立派な人だって
経験が十分じゃないうちは
しょうもないことをやってたりするものです。
やりながら最適化すれば良いですよ。
大事なことは
「発する側」
になっていること
そういう意識を持っていること
なのだと思います。
そうではなく
もし一方的に受け止める側になっているとしたら
それは大変残念なことです。
だって、面白くなっていかないから。
学生を見ていると
彼らの課題はもちろん
自分に対しての課題も次々に見えてきます。
それらはそんなに簡単にはできないことばかり。
でも、自分にできていないからといって
学生に課題を投げかけないわけにはいかないと思っています。
(具体的な「ああしろ、こうしろ」ではなく)
なので
「じゃぁ、あんたはできてんのか?」
と言われれば
答えは簡単で
「できてないよ」
なのです。
できていないからといって
やろうとしないのは
面白くならないし
未来に対して無責任です。
その未来は
自分の未来ではなく
皆の未来なのですね。
なので
「みんなでジタバタやっていこうぜ!」
ってことです。
端から受け止める側に立場を固定してしまっているより百倍面白いですよ。