いかに立ち位置を変えるか

与えられたものを受け取る

そんな機会ばかりだと
リアクションの人になります。

そうなると、想像力は必要無くなるわけで
新たな価値を創造するのは難しくなります。

学生達は、受け取る側(消費者)の人で、与えられる側として20年くらい訓練されています。
なので、価値判断など思考は、それを前提に構成されます。
ですが、ほんの数年後には供給する側に回らなくてはなりません。

リアクション側から、アクションする側に突然配置換えされるわけです。
そりゃぁ戸惑うでしょうね。

その異なる立ち位置にソフトランディングできると良いのですが…
そういったチャンスはなかなかありません。
そして、その機会は早ければ早いほど良い。

アルバイトなどは良い機会ではあります。
確かに社会との接点を得ることができるし、やらないよりは良いでしょう。

しかし、想像力、創造性を磨いたり
供給する側のマインドを身に付けるには、ちょっと弱い。

何も商売しろとはいいませんが、クリエイティブな思考、実践のチャンスが欲しいところ。

大学在学中は最後のチャンス。
そこで何を見つけて、何にチャレンジできるか。

昨年から世の中が大きく変わってきているのは皆さん感じているとおり。
あまりのんびりしている時間は無い気がします。

続・AIとのお付き合い 「その先のこと」

「作業」はAIにお任せ。
人間は「その先のこと」をやりましょう。

で、「その先のこと」って何なのよ?
というお話しなのですが…

それが分かったら苦労しません。
未来なんてどうなるか分からないから。

なので、ここで具体的な内容について明確にするつもりもありません。

どうなるか分からないけど、予測をして、やるしかない。
「こうなって欲しい」という希望はあるだろうし…
無ければ考えれば良い。
それを実現しないと面白くなりません。

「その先のこと」については、あまり難しく考える必要は無いと思ってます。
もちろん、難しく考えて、先を明確にできる人なら考えたら良いですけどね。
そうでなければ考えても仕方ない。

経験の無い者が難しく考えても、考えるばかりで実践が先送りになって、結局は形にならないということになりがちです。

なので、手早く考えて、手数を打って、その中から分かることで、また考えて…

そんなので良いのですよ。
ベストを尽くすのが大事です。

正解とか不正解では無く、その経験こそが未来を作るのですから。

続・AIとのお付き合い

まぁ皆さん、すでに気付いていることかと思いますが…

知識ベースのタスクは、AIに敵わないことが多いですよね。
なので、そういったものはAIにお任せしちゃうことになっていくでしょう。

「AIに聞けば、すぐに答えてくれるのに、なんでそんなの覚えている必要があるの?」
ってことになるのは必然ですね。

となると、仕事も学校も
もちろん、いわゆる「学び」が変わってきます。

今までは主に、言われたことをやるとか、覚えるとかが学びである
とされてきました。

いや、一応言っておきますが、それも大事なことなのですよ。
ただそれは、学びの中の一部に過ぎないのですけどね。
でも、それが学校教育の全てと言っても良いくらいでした。

で、これからはこれらが変わります。

コンピューターに任せられることは任せちゃって、その先のことをやろうよ

となるでしょう。
そのように省力化と価値の創造をしないと先はありませんしね。

で、「その先のこと」って何?
というのが大事なところではあるのですが
今回は「任せられることは任せちゃって」というところにフォーカスしてみましょう。

「任せる」と言っても
じゃ、どうやって任せるの?
ということになるのですよ。

基本的にコンピューターは命令しないとやってくれません。

LLM(大規模言語モデル)と呼ばれるAIの凄いところは、曖昧なプロンプト(命令)でも、それなりに反応してくれるところです。

とはいえ、よりレベルの高いことをやらせようとなれば、それなりの指示内容が必要です。
専門性の高いものならなおさらですね。

となると、そこに求められるものは何でしょう?

多くの知識を持つ人は有利でしょう。
反面、深くなくても良いから、色々知ってる人も。

とか、とかく知識にフォーカスしがちですが、もっと大事なことがあります。

思考内容を整理できたり
思っていることを上手にアウトプットできる人
です。

それができないとAIは仕事をしてくれません。
こういうのもコミュニケーション能力が関係してきそうです。
他には、ロジカルな思考とか、空間認識能力とかですかね。
これが無いと、自分はどういう状態で、これからどうすべきか、なんてことが考えられませんから。

というわけで、教育の現場も「AI使っちゃダメ!」では済まされなくなって、新しい学びについて考えざるを得ない状況になるでしょう。