ツーリングネタ やってみたいこと

MotoGpのオランダラウンド
小椋選手が、フロントロー、2番手からのスタートで優勝しました。
素晴らしいですね。
前回のチェコでは2位だし、彼は本当に速い。
久々にMotoGPが楽しみになってきました。

さて、日曜日なので息抜きにツーリングネタでいってみましょう。

たまに時間ができると考えるわけですよ。
面白いルート無いかな
と。

私の場合、観光とかはどうでもいいので
面白い…というか
バカバカしいルートを考えてしまうのが悪い癖。

で、今回考えたのは

大洗-苫小牧(フェリー)
苫小牧-仙台経由で名古屋
舞鶴か敦賀から小樽か苫小牧東
苫小牧-大洗

と、フェリーばかり乗ってグルグルする。

または、そこに

鹿児島ー沖縄

を加えるのもアリかな
とか。

他には、そうだなぁ…

24時間で何キロ走れるか?
というか
24時間走り続けることは可能なのか?

これはさすがに危ないか。

そうそう
オーストラリア横断もやらないとね。

モンゴルツーリングに行った卒業生の大橋君の話を聞いて
モンゴルも良いなあ
バイクじゃなくて、馬でツーリングってのはどうかな?
とか考えてしまうのでした。

とまぁ、妄想は尽きないのだけど
夢工房の連中が、自身の夢を叶えてくれるのが最優先ですな。

今後の教育について考えてみた

そもそもゴール無しで
つまり動機無しで学ぶってのは
ボチボチ限界なのではないだろうか。
これ、何度も言ってますが。

学びにはゴールはありません。

「○○ができるようになりましょうね」
みたいな目標はあるでしょうけど。

でも、それが「何のためなのか」は、無い。
むしろあったら困る。

それは他人から与えられるものでは無い。
自分で考えて
自分で決めるべきことだから。

そう。
学校にはゴールは無い。

学びはゴールに到達するために必要な
「手段」

…なのだけど

ゴール無しの状態で手段を提示されて
それができないとダメ
ってことになると

当然ながら手段が目的になります。

単位を取るために勉強する
って、そういうことでしょう?

手段が目的化してしまう
ってのを軽視してはいけません。
考え方が逆になってしまうからです。

最高のクルマを作るために
最高のボルトの構想からスタートしていたら
いつになってもクルマはできません。

何かをやるにしても
「何のため?」が無いと

ただやればいい
とか
むやみにやる
とかいうことになって
落としどころがありません。

そんなの面白いわけありません。
面白くもないことが
うまくいくはずありません。

そして
「単位を取るために勉強する」
なんてことになっていると
問題を解くために脳ミソを使ってはいるけど
一番大事な
「何のため?」
「で、どうする?」
を自分で考えられなくなる。

ゴールの設定と
そのための手段の発想や選定が
できなくなるということです。

これはとても残念なことです。

でも
学びにゴールがないことが
問題なのではないと思っています。

ゴールを持たないまま学ぶことを
教育の中心に据え続けていることが
問題なのではないでしょうか。

そして

ゴールを与える教育ではなく
ゴールをセットしたくなる環境を作る

これが今後の課題ではないだろうか
なんて思ったりしています。

求められる人材像…はどうなる?

教育とは
「言われたことができるようになることである」
というのが現在に続く主流のスタイル。

確かに今までは良かったのですが
これからますます予測の付かない時代に突入するわけで…

となると
言われたことができる
ばかりでは
なかなかうまくいかなくなります。

仮に
カリスマ超人のボスがいたとして
その人がアイデアを出して
仕事を組み立てて

部下に、いちいち
「言って」「やらせる」
なんてことをしていたら
仕事のレベルは上がっていきません。

ボスは、あっという間に疲弊して
限界に達してしまいます。

そのやりかたでは
ボス個人の限界が組織の限界
になってしまいます。

受動的な下々の者が
工夫もせず
言われたことをやる
という状況では
そうならざるを得ない。

今の学校のやり方に順応した
「良い子」が
そのようになるのは
今までもあったことですが

これからはAIがボスを助けて
仕事を回すために活躍するようになるでしょう。

すると、下々の者の受動的なやり方にブーストが掛かって
ますます受動的なマインドを加速するかもしれません。

一応言っておきますが
受動的ってのは
基本的に消極的みたいなもの。
どう考えても積極的ではない。

組織があったら
そこには複数の脳ミソがあるわけで
いかにそれを主体的に発動するようにするか
というのが今後の課題になるでしょうね。

というか、すでになってるのか!?

いずれにせよ、そんな課題を
バリバリゴリゴリ解決できる人財が求められる
そういう世の中になっていく気がしています。

そういう人はいつの世も必要でしょうけど
昨今は少ないですからね。