失った文化の話 その2

良い物が安く作れるようになる
これは結構なことです。

技能を要する製造工程を
コストの低い他国へ移管してしまう

沢山、安く作りたいから

基本的に
物は沢山作れば単価を下げられます。
「量産効果」ってヤツです。

原材料は、沢山仕入れれば安くなるし
製造に要する型や工具の費用も
それによって作られる製品の数が増えれば
製品1個あたりに乗せるコストは下がる。

しかもそれを
人件費の安い国でやれば
かなりコストは抑えられます。

なんたって
物を作る上でもっとも効いてくるのは
人件費ですから。

ただ、品質を確保しなければならないので
どこの国でも良い
というわけにはいきませんが。

日本もかつて人件費が低かった時代に
世界の工場
と呼ばれた時期がありました。

今、世界の工場は
中国ですね。

賃金上昇や地政学リスクを理由に
ベトナム、インド、タイ、インドネシア、メキシコ
などへ分散しているようですが
いまだに圧倒的に中国が強くて
これはしばらく続きそうです。

さて、一体どこが「失った文化」の話なのでしょう。
まだ続きます。

失った文化の話 その1

アメリカのアップル社で
一躍有名になったビジネス手法に
ファブレス
というものがあります。

これは
ファブリケーション・レス
つまり社内で製品そのものを
製造しないということです。

企画と設計、販売はします。
でも、製造は外部に委託する。
なので製品には
Designed by Apple in California
と表示されています。

で、どこで作られたかは
Assembled in China
Assembled in Vietnam
Assembled in India
とあります。

「Assembled」は最終組立地です。
製品を構成する細かい部品単位で見ると
それはもう様々な国で作られているわけです。

ファブレスのビジネスでは
企画・研究開発 → 設計 → 部品製造 → 組立 → 流通・販売 → マーケティング・サービス
と、いわゆるバリューチェーンの上流から
下流に行くに従って付加価値や
利益率の大きさをが変化します。
このようにグラフで表すとU字型になっていて
「スマイルカーブ」と呼ばれます。
ニッコリした口のようだからですね。

ファブレス企業は、このバリューチェーンのうち
利益が大きい上流の企画、設計
下流の販売以降を握っています。

で、中流部分は
人件費の低い国に任せる。

すると、良いものが
お安くできて
利益率も向上します。

従来は、一つの国の社内で
全ての工程を持っているのが普通でした。

それを初めて変えたのがアップル
というわけではありませんが
有名にして、その流れを主導したのが
アップルと言って良いのかもしれません。

人件費の安い他国に依存して効率を向上させるのは
ビジネス的には正解なのでしょう。
今や多くの会社が
そういうスタイルで仕事をしています。

しかし…です。

続く

価値はどこにあるのか その5

価値を作るスタート地点は

そのために何を
どこまで払うか
それを自分で決めること

そういうことなのだと思う。

とはいうものの
それらに対して許容できる
ボーダーラインがあるでしょう。
それは人によって様々。

何をやるかだけでなく
どこまで踏み込めるか
それが価値の大きさを決める
そんな側面もあるということです。

戦争の時代を生きてきた人達は
死へのボーダーラインを知っています。
なので
しんどいことに対しても
「死ぬわけじゃあるまい」
と言えます。

私の親や子供の頃の先生は
戦争を経験した世代です。

艦上機からの機銃掃射で
友達が撃たれて死んだ
とか
空襲で近所の人が皆死んでしまった
とか
そういう世代です。

皆が同じ方向に逃げたがめに
爆撃で皆が一度に死んでしまったとか

そういった経験を元に
ボーダーラインを決めていたり
皆と同じことをしない
という価値観を持っていたりします。

なので
リアルな感覚を元に
「生死」を基準にできます。
もちろん人にもよりますが。

私が子供の頃は
喧嘩や体罰が
さほど珍しくありませんでした。
それは私のデキが悪かったから
というのもありますが。

ともかく
「肉体的な苦痛」が身近で
それを基準とできる。
もちろん人によります。

今は、肉体的な攻撃はもちろん
言葉ですら気を遣う必要がある
そんな世の中です。

なので
「精神的な苦痛」に敏感です。
もちろんこれも人によります。

結局、人それぞれなのですが
各世代が持つ
大まかな基準があります。

そういった世代間の価値観や認識の違いが
ジェネレーションギャップです。

世代が離れれば離れるほど
相互の理解が難しくなります。

今の若い世代に
「生死を基準にものを考えろ」
と言っても難しいでしょう。

ともあれ
「怖い」
「もう無理だ」
と感じるボーダーラインは
生まれつき固定されているわけではありません。

経験によって、その線は動き
どこまで頑張れるか
というボーダーラインが決まる。

そのボーダーラインによって
同じことをやったとしても
パフォーマンスが
成果が
価値が決まってくるのです。

限界まで行ったことがなければ
自分の限界がどこにあるのかは分からない。

そして
その限界の向こう側に
他人が簡単にはつくれない価値があるのです。

…と、言うのは簡単ですが
やるとなるとこれがなかなか…。

人生は修行ですね。

でも、どうせやるなら
自ら好んでやる修行にしたいものです。