夢が実現したら…どうなった?

AIで生成した可能性があるレポートを
どのように評価して
どのように点を付けるか?

そんなことに悩んでいる教員は
結構いるのではないかな?
と思ってます。

レポートの作成に生成AIを使っているか否かを
生成AIで判定する

それも不可能ではないとは思いますが
明確な判定は難しいでしょうね。
実際にやってみて、そう思いました。

ところで
毎日更新しているこのブログ
AIでは生成できないのですよ。

全くできないわけではないし
AIで生成した方が万人受けする
マトモな文章になっている気がしなくもないけど
どうも気に入らない。
なので、できない。
というか、やりたくない。

ともかく、今やすでに
宿題としてのレポートの意味
というか価値は
すでに大幅に低下しているということです。
全く意味が無いということはないでしょうけど。

「AI使いたければ使ったらいいじゃん!
そんなことして結局、何も手に入らないんだから
そんなの自己責任だ」
という考え方もあるでしょう。

まぁ、それはそうなのですけど
若いうちは、とかく楽をしたくなっちゃうもので
この状態に突入する多くを放置するのも良くないでしょう。

でもね、レポートの点数うんぬんではないのですよ。問題は。

文章を考えて構成していく能力って
ものごとを構成する能力とイコールなのではないかな
と思ったり

自分が作ったものに対して
視座を変えて自己評価する
なんていう能力は
確実に低下していくのだろうな
と思ったり。

だって、AIに生成させたものに対して
疑いの目を向けるのは面倒だし
そもそも、AIが生成したものを
評価するスキルが無かったりするのだから。

でも、これがテクノロジーの進化で
夢の実現です。

自分の能力を超えるアウトプットを
簡単にできてしまうのだから。

違いをつくるのは常に少数派

夢工房の学生達、卒業生達は
違いを生み出すエンジニアになって欲しい。

一見個性的な量産品を購入するのとは訳が違う。
自分達で価値をつくる側なのだから。

ヨソと同じことをやっていたら
それは「価値」にはならない。

ヨソと違うものをつくるには
ヨソと違う考え方が必要で…

しかし我々は幼少の頃から
「なんで皆と同じことしないの!?」
と言われて育ってきていたりするわけで
これはなかなか難しい。

そして当然
違いを生むと
結果として少数派になる。

孤独であるが
孤立は避けたい

それは本能的なものなのだろうし
孤立すると継続できなくなるのだから
そんな気持ちが邪魔をするのは当然かもしれない。

チームじゃないとできないことをやっているのだから
孤独を恐れず
むやみに孤立せず
強いチームを作る必要がある。
もちろん理解者・協力者も必要。
となれば、コミュニケーションが重要。

なんか矛盾しているようだけど
その辺のバランスが大事なのだと思います。

でも、そういうのは授業じゃ手に入らないのですよね。

変化の兆し…なのか?

今日はオープンキャンパスでした。

夢工房には多くの高校生が来てくれて
彼らの様子を見たり話をしたりできました。

で、感じたのは
世代による変化でしょうけど

未来に対する捉え方とか
価値観とかが
何となく変わりつつあるのかな?
ということです。

まだ、ちょっぴりですけどね。

さらに言うなら
全体が変化しているというより
「二極化してきている」
ということです。

  • 周囲に迎合せずに自身の価値観を構築しようとしている
  • ゴールを定められずに(心が)漂流状態にある

という「二極」です。

一方は、より尖って
一方は、より普通に
といった感じでしょうか。

ただし、この
「ゴールを定められずに…」
がダメなのかというと
決してそんなことはありません。

自らのゴールを定めず
周囲の言うことに従う

一般的にそれは
模範的な良い子ですから。

恐らく多くの教員は好印象を持つのではないかな。
「扱いやすい良い子だ」と。

ただし、恐らくその評価は
社会に出ると一変します。

自らのゴールを定められず
周囲から言われないとできない
と。

若いうちは色々な刺激を受けて変化するものなので
何がきっかけになって
どう変化するかなんて分からないのですけどね。

とはいえ
考え方や価値観を変えるってのは難しいことです。

一方の尖った価値観を持ちつつある人達が
多数派になることは無いでしょう。

しかし、彼らが一歩踏み込むと
世の中は面白い方向に変わりそうな気がします。