見えないものの価値を取りに行けない理由

見えないものは信じない?

まあ、そういう考え方もあるでしょう。

でも、そこにこそ価値がある
と言う考え方もあります。

アイデアの源は
思いとか考え方
それらは目に見えません。

目に見えないので
見えないものは信じない人
は狙いにいきません。

点数とか資格とか
知識とかロジックとかは
定量化・定型化できるので
手っ取り早くそういったものを手に入れると
何となく安心できたりします。

でも、よーく考えてみると
我々の周囲に溢れている
物体やサービスのほとんどは
人が作ったもの。

それらはどうやって作られたか?

ずーっと源流を辿ると
人の「思い」が終着点になります。

そこから発する
想像力とか
行動力とか

そういったものは
思いの強さによって発動するのです。

もちろん
定量化・定型化できる諸々を
手に入れるか否かも同様です。

幸いなことに
思いの強さなんてものは
自分で好き勝手に設定して良いのです。
誰の許可も資格も要りません。

でも、そいつを解放するとどうなるか?

「普通」じゃなくなるのですよ。

すると
普通じゃないことによるメリットと同時に
何かしらのリスクが発生するのです。

そこで

前に進めるか
腰が引けてしまうか

どちらになるかは価値観の問題なのでしょうね。

「悪目立ちしたくない」…で?

この件、ずっと前からネタにしたいと思っていたのですけど、忘れてました。
で、今日、学生と話していて思い出したのでネタにしました。

「悪目立ちしたくない」

意味するところは分かりますし
言いたいことも分かります。

けどね
やってみないと
その結果がどうかなんて分かりません。

「悪く」目立ってしまうか
「良く」目立ってしまうか

なので
「悪目立ちしたくない」
のための最善のアクションとしては

やらない

に落ち着くでしょう。

目立つことはしない
ということです。

ノートライ・ノーエラー
です。

トライしなけりゃ
エラーも起きない。

つまり
チャレンジできない
ということです。

仮にレースをするなら
勝たない
ということです。

だって、優勝したら目立っちゃうから。

そもそも、優勝狙ってヘマしたら
それこそ「悪目立ち」でしょうし。

なので
皆と同じことをする。

そうすると目立ちません。

が、レースで前走車と同じ走行ラインを走っていたら
一生抜けません。
オカマを掘るのが関の山です。

目立ちたくないけど
個性が欲しい

目立ちたくないけど
優位性が欲しい

目立ちたくないけど
成果が欲しい

気持ちは分からなくもないけど…
いや、分からないな。

でもまあ
失敗したくない
ってことなんでしょうね。

失敗して目立ちたくない
成功だけ欲しい
と。

だとしたら
凄く難しい
天才的なレベルを狙ってるのですね。

いやー、それは大変だ。
というか、そんなの無理だ。

というのも
レースやってれば
ごく普通に分かることなんですけどね。

普通に、皆と同じような日常を過ごして
就職活動の時だけ
エントリーシートにスペシャルなことを書きたくなる

気持ちは分からなくは無いけど
そりゃ無理ってもんだ。

結局のところ
ヘマして目立っちゃうかもしれない
というリスクと
チャレンジして何かを手に入れる
ってのは
トレードオフの関係なのですよ。

なので、腹を決めてやっちゃえば
必ず何かが手に入るのです。

しかもそれは
多くがやりたがらないことなので
やればやるほどライバルが減っていく。

そういうことです。

レースが流行らないのはなぜか?

我が国の恵まれた環境にも関わらず
なぜモータースポーツが流行らないのか
というか、文化として定着しないのか

それは
少子化に原因があるのではなかろうか
と思いました。

ただし、少子化でもモータースポーツが一定の地位を得ている国もあるのですけどね。
ドイツ
イタリア
スペイン
など。

アメリカやオーストラリアなどを加えても良いかもしれません。

さて
この場合、少子化そのものよりも
「少子化によって社会がどう変化したか」
が重要でしょう。

少子化になると
リスクを取ることができなくなるのです。
数少ない子供が死んでしまったら大変ですから。

人口が増えている社会は

  • 挑戦する人
  • 失敗する人
  • 変わった人

が一定数いても全体が回る。

ところが人口が減る少子化の社会では
一人の子供にかける期待や投資が大きくなると同時に
「失敗させない」方向に社会が動く。

そしてリスクを回避するために

  • 安全志向
  • 効率志向
  • コスパ志向

が強くなる。
当然と言えば当然かもしれません。

モータースポーツは本質的にその逆です。

  • 非効率
  • お金がかかる
  • リスクがある
  • 手間がかかる

それでも、やりたいからやる世界です。

  • 人が感動するもの
  • 人生を変えるもの
  • 熱狂するもの

そういったものは大抵効率が悪いもの。
当たれば
ハマれば
高い価値を発揮するけど
リスクを伴う。

レースはリスクが高いかもしれません。
というか、高い。

しかし、死にたくてやっているわけではありません。
死んだら勝てませんから。
でも、リスクが大きいのは確かです。

しかし、そこからしか得られないもの・学べないことがあるのも確かです。
そしてそれは、定量化できない・言語化しにくいものです。

極限状態におけるリスクマネージメントなんかは
経験の中から学ぶしかないことの一つでしょう。

でも、リスクを取れない
となると
そういったものごとは手に入りません。

この話の結論は
「だからしょうがないよね」
ではありません。

皆がやりたがらない
しかしそこには価値や意味がある

多くの人が避ける場所には
競争相手も少ないわけで

皆がやりたがらないからこそ
そこで挑戦する価値があるのです。

そしてそれは
定量化できない
言語化しにくいもの
であるために
やった者にしか分からない・得られない世界です。

であれば
そこにはチャンスがあるということです。