2026 MotoGP観戦 予選

昨日の夜に宿で合流した卒業生1名を加えて、3名で向かいます。

常陸太田の宿からサーキットまでは約1時間。

途中、北海道最強のコンビニ、セイコーマートで買い出し。

うまい棒は茨城産だそうですよ。

モビリティリゾートもてぎ
なんかしっくりきません。

かつての「ツインリンクもてぎ」の方がカッコよかったなあ
なんて思うのですが
今やオーバルトラックが震災の影響で稼働できなくなっちゃったので仕方ないのでしょうね。

実は私、このサーキットを造成次に立ち会って見学させてもらっているのですよ。もちろん仕事で。
で、誕生時から見てきた身としては、なんか複雑な気分。

着きました。

予選だとタカを括っていたら、ちょっと渋滞していて驚きました。

どうやら今回は、小椋選手効果で来場者がかなり多いようですね。
ちびっこに限らず、老いも若きも、どこもかしこも「79」だらけ。

そうこうしているうちに、卒業生の大橋君合流。

大橋君、バイク跨り放題

そんなことをしつつ、予選とスプリントを…

いや、待ってくれ。
そもそもMotoGPってスプリントレースじゃなかったんか?「スプリント」というセッションがあるのはどういうこと?
とか思いつつ、最後のMoto4まで観戦。

予選トップはマルケス兄。
小椋選手は11番グリッドからのスタートとなりました。

宿に戻ったら居酒屋で夕食。

という感じで、今日は終了。

明日はいよいよ決勝です。

2026 MotoGP観戦 プラクティス

今日はモビリティリゾートもてぎでMotoGPの観戦です。
金曜で初日の今日はプラクティス。
公式練習走行日です。

一番大きい排気量のプレミアクラスで
久々に日本人(小椋選手)が大活躍しているので
ぜひ見なければ!応援しなければ!
と思った次第。

現地に来て気付いたのだけど
お金を払ってレースを観戦に来たのは初めてではなかろうか?
という事実。

今まで、レースは
やるものであって
見るものでは無い
という感じでしたから

それに、見るだけなら
TVの方が全体を掴めていいじゃん
と思っていたし。

でも、MotoGPのマシンは
ウチの卒業生や知人が開発していたり
日頃お世話になっている会社がサプライヤーだったりするわけで
彼らの成果も見たいし
前職の同僚がコースマーシャルやってたりして
これは外せないイベントなのではなかろうか?
なんて今さら思ったりして。

まあ、なんだかんだ言っても
やはり現場の空気感は良いですね。
プラクティスは空いていてなお良い!

シートも良い!
今回のお供はお馴染み卒業生の梶山君。

プラクティスは小さいクラスのMoto3から始まって
Moto2、MotoGPと進行。
小椋選手はメインストレート走行時にマシントラブルがあったりしたけど
その後はスペアマシンで走行。
今日はタイム的には15番手だったかな?
明日の予選に期待しましょう。

その後は宿に移動です。
栃木県内の宿は、どこもかしこも満杯だったので、常陸太田に泊まりました。
ここがまた面白い。
コンテナを使ったトレーラーが部屋です。

タイヤもナンバーも付いてます。
1ナンバーなので、貨物トレーラーに一時的に上物を載せてるって解釈ですね。

中は結構広いです。

明日の予選、どうなることやらお楽しみ。
小椋選手には、是非頑張ってもらいたいところ。

今夜から明日にかけて卒業生達が合流予定。
それも楽しみです。

価値はどこにあるのか その4

「価値をつくる」
ということは

失敗
面倒
苦労
恐怖
悔しさ

などを感じるリスクを
「他人のため」に
どこまで背負えるか
ということでもある。

「自分のため」では
他から見たら価値は無いですから…

と思っているのですが
そんな話をすると

そのために
悲壮な覚悟や
犠牲的な行動が…

と思ってしまいませんか?

そうではありません。

悲壮な
とか
犠牲的な
なんて奴隷的な感情では
継続は難しいし
大きな価値も生み出しにくい。

しかし、なぜそう思ってしまうか?

それは日頃から
やらされる行動ばかりだから
ではないかな?

でも、そうではなくて

様々なリスクは
「自ら望むこと」
つまり
「やりたいこと」の中に
含まれているのが理想です。

好きなことでも
突き詰めていけば
必ず壁にぶつかる

そういうものですし
そういうレベルまでチャレンジしてこそ
価値になるのです。

そして
その結果
相手が喜んで
自分も喜ぶ。

そうじゃないとやってられません。

もちろん
何に対して「快」を感じるか
というのも重要なポイント。

他人が恐怖や不快感を感じているものに対しても
自分はそうでなかったりするし
むしろ楽しかったりするなら

それは独自性であり、優位性であり
価値の「入り口」です。

なのでむしろ、そういうのは
他人と異なっていた方が理想的。

やりたいことにチャレンジする
でも
いずれ壁にぶち当たる

そこで感じるのが
冒頭の
失敗
面倒
苦労
恐怖
悔しさ
であれば
それは決してネガティブなことではなく
何かを失っているわけでもありません。

そういう経験そのものが
次に価値を生み出すための
自分を作るのは確かでしょう。

それが成長であり学びです。