なぜ縄文か?

なぜ縄文の遺物を見に行くのか?

別に昔から考古ファンだったわけではありません。
ものづくりを昔へ辿っていったらたどり着いただけです。

我々のものづくりの根源には何があるのかを知りたかったのです。
ルーツを探れば、今後我々が活かすべき特異性が見えてくるのではなかろうか、と。

石器時代だと、作り手の意思が伝わらなさすぎるので、その次の縄文を見てやろうと思ったのですが…

「縄文」といえば、縄をコロコロ転がして模様を付けた土器でしょ?
と当初は思っていたのですが、そんなに単純なものではありませんでした。

甘かった。
そんなに簡単に理解できるシロモノではありません。
我々の先人が作ったのに、何が言いたかったのか、さっぱり分かりません。

何か言いたかったわけでなかったにしても、これは普通ではありません。

ただ、凄いってのは伝わります。
凄すぎる。
こんなの作れない。

この細かい模様は爪で付けたようです。

多くに共通するモチーフは、グルグルの渦巻き模様。
これは縄文の女神の頭部。
渦巻き模様は、各地の土器に共通するモチーフだと思いますが、それはなぜ?
それに、そもそも自然界で渦巻きを目にすることは、ほとんど無い気がするのです。

あまりにも繊細だったりもします。

この躍動感は一体何なのでしょう?
実用性があるようには見えません。

かと思えば、異常に滑らかで、精緻なものがあったり。
これは急須状の土器ですが、口の部分の真円度は大したものです。

写実的という概念が無かったのか?

そうでもないのか?

ともかく、見れば見るほど謎は深まるばかりです。

今日は縄文ツーリング

今日は卒業生とツーリングです。
今回のテーマは縄文の遺物。
山梨から長野にかけて博物館を回ります。

目的地は
山梨県内では
釈迦堂遺跡博物館
山梨県立考古博物館
北杜市考古資料館

長野県に入って
茅野市尖石縄文考古館
といったところ。
全部回るのはは無理かな。

高速道路は渋滞しているでしょうから、下道のワインディングでトータル400kmくらい。
これはなかなかタフなツーリングになりそうです。

結果として、こんな感じのルートになりました。

今回のお供は、卒業生の大橋君。
とある産業機械の開発で、世界征服を狙う男。
普段は兵庫にいますが、この連休で実家に帰ってきており、そのタイミングでの同行となりました。

大学集合で、朝7時に出発。
中央道は渋滞してるでしょうから、奥多摩経由で山梨に抜けます。

まずは釈迦堂遺跡博物館。
ここは、中央道の工事の際に、広大な縄文の遺跡が出てきちゃったので、その時発掘された遺物を収蔵しています。
数も質も凄まじいです。
一口に縄文の遺物とは言っても、多種多様なだけでなく、大変レベルの高いものがあってビックリです。

続いて、長野に北上して、茅野市尖石縄文考古館。
ここは国宝級の遺物がたくさんありました。
当然ここも凄い。

帰りは国道299号を通って埼玉へ。
「酷道299号」と言われるだけあって、なかなかタフな山道でした。
その後は秩父の林道を抜けて、トータル393kmで帰宅。

今日一日で
埼玉
東京
山梨
長野
群馬
そして埼玉
山梨-長野間だけ60kmほど高速を使いましたが、他は全て下道…どころか、舗装の林道でした。
いやー、疲れました。

チャレンジは非対称性を持つ

失敗は皆の嫌われ者。
だけど、多くが失敗を理解していないというお話しです。

一般的に
チャレンジして、成功すればプラス側にカウントされる。

では、失敗すると逆に何かが奪われてしまうのか?

実は何も奪われることはない。

すでに持っているものを奪われるようなことはないし
今できていることができなくなるわけでもない。

新しい知見が得られるという意味では
成功しようが失敗しようがプラスにカウントできる。

成功すれば得られる
失敗すれば失う
のであれば、それは
対称性を持つ
ということになるのだけど

チャレンジの実際では
やれば得られる
失敗しても失うわけではない
むしろ、それでも何かを得られる
というように
非対称
なのですね。

ただし失敗した時に
ネガティブな見方をしてしまうと
得られるはずのものも見えなくなってしまう
という点には注意が必要です。

要は、受け止め方次第
つまり、自分次第ということです。

ちなみに
チャレンジしなければ失うものはありません。
しかし、得られるものは何もない
ということになります。