教育の新しい形を模索しないとね

大層なタイトルですが、中身はシンプルです。
ニュージーランド視察に行って、少しずつ整理できてきた気がします。

教育はなぜ必要か?

それは
生きる術を手に入れるため

それに尽きるでしょう。

そこにはもちろん
知識やらスキルやら、もちろんウェルビーイングなども含まれてくるわけですが。

知識や経験を
自己の十分な動機無しに、他者から突っ込まれる
それも教育でしょう。

しかし、もっとも身に付くのは
内的な動機によって、自ら掴みに行く
当然ですが、これです。

そして、最も難しいのが
そのためにはどうしたら良いか?

「内的な動機によって、自ら掴みに行け!」
と言ってしまったら、その時点でそれは外的動機で、本末転倒です。

言い方が悪いかもしれませんが、我々日本人にとって学校は、知識を突っ込まれる所です。
「やらされる」と言ったら良いでしょうか。

先生が、決まったテーマの知識を伝達し、それを受け取って理解する

という特定のスタイルだけが存在します。

それが合っている人もいるでしょうし、それを望む人もいるでしょう。
なので、完全に否定するつもりはありません。

ただ、この単一の手段しかないために、力を発揮できなかったりする人は多いと思っています。

最近、不登校が多いと聞くでしょう?
恐らくこれも根源の一つとなっていそうな気がします。

自ら掴みに行く、チャレンジする「場」があっても良いと思います。
そして、知識を実践まで繋げる「場」。

人は、必要性を感じたときに一番よく学ぶのですから。
それに、目の前で形になっていく学びは面白い。

社会人なら皆分かっています。
業務上、必要性を感じて自ら学ぶ時って、凄く身に付く
ということを。

だったら学校に、ずっと必要性を感じていられるような環境があったら良いと思うのです。
もちろん学校なので、サポートは必要でしょう。
その役目が教員。

そこに、日本ならではのエッセンスを加えていき、オリジナルの形を作っていく。
そんな工夫が必要なのではないでしょうか。

ニュージーランド視察を終えて その3

今回は、ニュージーランドの教育現場を視察して見つけた特徴的なものを、ちょっとだけ紹介してみましょう。

少人数制

小学校から高校まで、多くが少人数制の授業を実施していました。
少なければ5人、多くても15人に満たなかった気がします。
生徒は「やってる感」が出ますよね。居眠りできないし。
私も、しっかりコミュニケーションを取りながら授業をするのであれば、10名くらいが最適だと思います。
教員数やコストを考えると、難しいのは理解できますが、教育の質を向上するなら多人数性にメリットはありません。

教室の工夫

外から教室内が見える構造になっている場合が多いです。
出入り口の窓が大きかったり、場合によっては壁がガラスでできていて、中が丸見えだったりします。
これは、「見られている」という緊張感を利用しているそうです。
それは、先生、生徒双方への効果を狙っています。
学校によっては、教室の出入り口は、前方に1カ所だけしかなかったりします。これは遅刻を防ぐ工夫だそうです。

グループ分け

複数の学年を含む大きなグループだったり、それをさらに小さなグループで構成したり…
多くの学校が学校内にグルーを作り、組織への帰属意識とか、助け合いや貢献とか、異なる年齢間でのコミュニケーションとかを醸成しています。
彼らはいずれ社会に出るのは間違いないので、コミュニティ内での振る舞い方を経験しておくのは重要です。

教え方

詰め込み教育によって心を挫くことをしない。
幼少期から内的動機付けを行うような環境作りをしている。
自身の内的な動機が高まったところで、より高レベルな教育にシフトしていく。
選択科目が多く、その内容は文化や芸術、スポーツなどなど。実に多種多様。
しかも、科目単品で学ぶばかりでは無く、様々な内容を組み合わせたりしている。
午前中に、モーニングティーの時間がある。つまり間食。
これによって脳へのエネルギー補給をするとのこと。

とまぁ、こんな感じでしょうかね。
お勉強はもちろんだけど、生き方の基本も学んでいる感じでした。
なんか総じて日本と逆の気がしませんか?

他にも特長だらけなのですけど、今日はこのくらいにしておきましょう。

ニュージーランド視察を終えて その2

今回、視察したほとんどの学校が、ウェルビーイングを大事にしていました。
これは、ニュージーランドの教育の理念でもあります。

ウェルビーイング、最近は我が国でも多少は耳にする機会が増えたのでは無いでしょうか。
Well-being = well(良い)+ being(在り方)で
直訳するなら「よく在ること」というか、「良い生き方」というか
まぁ、そんなところですね。
心身共に健全で安定している状態というか、そういう感じです。

日本ではウェルビーイングというと
甘やかすとか、ぬるいとか、そういった手法でストレスを低減させるようなイメージがあるかもしれません。
少なくとも私は、そのような誤解を多少なりともしていたのは確かで、今回の視察によって、以前に比べれば正しい理解ができたと思います。

現地ののカリキュラムは、学力よりも

  • 心理的な安全・安定
  • 自己肯定感
  • 文化的アイデンティティ(もちろん多文化の)
  • 他者とのつながり(異文化の尊重も含む)

が重視されていると感じました。
決して、甘やかしてユルユルではありません。

ほとんど全ての学校は、指定の制服があり
身だしなみの規則は日本より厳しかったりするし
学校内ではグループ分けをして、相互に競わせたりする
そして、異なる文化を持つ者や、異なる年齢層との交流や協力によってチームワークを養う

そういった環境によって、自身の所属する組織に対する帰属意識を醸成しながら、主体的に、かつ安心してチャレンジできる環境が作られています。

先生も
「失敗から学ぶのよ」
という姿勢でした。

そうそう!訪問した各学校で、子供達に「卒業したら何したいの?」と聞いてみたのですよ。
そうしたら何と、聞いた全員が1秒も待たずに明確な目標を即答しました。
これにはビックリしました。

もちろんそうなるために、多くの選択科目によって早期専門化がなされて、主体性が活きる構造になっています。
結果として、子供達は明確な目標を持って、楽しそうに日々学んでいるのです。

結果として、かなり尖った特性を持つことになるでしょうね。
これで、Formula SAEのオーストラリア大会に参加しているニュージーランドチームが、かなりイケている理由が分かりました。

と、こんなことを書くと、ニュージーランドの教育が優れているのだから、それを採用すれば…
となりそうですが、話はそう簡単ではありません。

この環境は、主体性を持てなければ「落ちこぼれ」となるでしょう。
でも、万能で完璧な方法はありませんから、これは仕方ない。

それに、国民性とか、果ては地政学的には、とか、色々事情がありますから、そのまま無改造で適用するのが良いはずがありません。

つまり、今回の視察によって得た知見を元に、いかに日本オリジナルの形を作るか、というのが今後の課題なわけです。

とはいえ、日本の教育システムを変えましょう、ってのは無理だと思います。
行き詰まったら話は別でしょうけど。

なので、もちろん夢工房で展開することが前提なのですが…
よくよく考えてみたら、夢工房における学生の育成・成長の過程は、20年を超える紆余曲折とブラッシュアップによって結構良い線いっていて…というか、良い方向を向いています。
レベル的には、まだまだだと思いますが。
で、視察しながら「うんうん、これで良いんだよな」と確認できたというのが正直なところでもあります。
同時に、改善の余地はまだまだある、とも思った次第です。

たぶん続く