安心が欲しいですか?

やっぱりね
みんな向上心はあるんだな。

ただやはり
心が安心を求める傾向が強いかな。

まぁ分かるな。

学校で働いているので気付いたことだけど
若者を取り囲む多くの人達
多くの先生とか親は
成功を望んでいるんですよね。
うまくいくことを望んでます。
うん、当然だ。

いつ、うまく行けば良いのだろう?

-今だね。

いつまで?

-ずっとだね。

つまり、失敗せずに
ずっとうまくいって欲しい。
そう!
失敗させたくないのね。

なので
「こうしなさい」
って言いますね。

言われたほうは
それを聞いて
覚えます。
知識が付いたってことです。

何でそうしなければいけないかとか
何が起きるかなんてことは二の次です。
言われたようにしようとしますよ。
失敗したくないものね。
なので
失敗を乗り越える知恵は手に入りません。

すると何が起きるか。

みんな似たようなことを知っていて
みんな言われたことをやる
そんな風になってきますね。
そりゃ当然だ。
そして、それが良い子だ。

基本ができてる!
凄いぞ!
完璧だ!
100点だ!

でもそこには
個性や創造性はありません。

だって言われたことだから。

なので
この100点は
実社会ではあまり価値が無かったりします。

言われたことがちゃんとできる人は必要でしょうけど
同時に個性や創造性を求めるなんて
無茶なことを言ってはイカンでしょう
と思うのですよ。

ちなみに周囲が
失敗して欲しくない
失敗させたくない
と思うと
そう思われているほうは
失敗したくない
と思うわけで
何を求めるかというと「安心」です。

なので
なにかアイデアが必要になると
安心な領域に向かっていきます。

どこから?

下の領域からです。
一歩一歩
やり過ぎないように。

あたかも
目隠しをされて
崖に向かって歩いて行って
ギリギリの縁で止まりなさい
みたいなことになる。

なので大抵は時間切れになりますね。

言われたことをキッチリ覚えて
キッチリやるようなことは
得意な人に任せておけば良いんです。

ただし、そういう人が間違えて
クリエイティビティが求められるフィールドに行っちゃうと

「で、お前、何ができるんだ?」

って言われちゃいますけどね。

なので
「あー、自分は言われたことをキッチリやるなんて
向いてないぞ」
と思ったら

細かいこと言ってないで
個性を発揮して
ドーンと行っちゃった方がいいんですよ。

そんな時に
「自分は何ができるんだろう?
何に向いているんだろう?」
なんて
行動せずに考え始めると
ドツボにはまることが多いのでご注意を。

そうそう
学校にいる限り
言われたことを最低限はできてないとマズイのですが
ドーンと行っちゃって
何かがうまく行き始めると
連鎖的に色々できるようになるってのはありますね。

結構前から
「安心・安全」
って、やたら言われるようになったでしょう?

「安心・安全」が大事なのは当然で
それをことさら言うようになるなんて変だな
と嫌な予感がしてたのですが
案の定ですよ。

「安心・安全」が欲しいなら追求するのも良いですが
皆が同じじゃバランスが取れない。

さぁ、これからどんな世の中になっていくのかな?

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