仕事が教育なもんで
教育について考えちゃうのは当然なのですが
こんなこと考えても1円にもならないのが現実。
でも考えちゃうのは、この仕事が好きだからなのかな。
学校が今のようなスタイルで教育するようになって
150年くらいでしょうか?
もちろん、その利点もあるけど
欠点もあるわけで
これがベストだ!
なんて答えはいまだに無いわけですが
最近の傾向として懸念しているのは
正解・不正解
みたいに、二元論的な考え方が蔓延していることです。
蔓延というより、そればっかり。
これ、学校に限ったことではないでしょうけどね。
学校がそうなっているってことは
社会もそうなっているわけで
その逆もしかりでしょう。
確かに、学校で机の上での勉強をしている限り
正解とか不正解とか
そんな風にバッサリやっちゃった方が
色々都合が良いでしょうね。
これが正しくて
これが間違ってるんだ
とやった方が面倒が無くて評価しやすいし
学生にとっても
正解を覚えれば良いのだから楽ですよ。
それ以上考える必要は無いですから。
ただ、これをやると
「正しいのかどうか良く分からない」
そんなことについて考えなくなります。
もちろん良く分からないことについては
興味を持つことは無くなる傾向になるでしょうね。
だって、そんなの考えても
何一つ良いこと起きませんから。
つまり
未知なものに対する興味を失うってことかな。
あれ?
それって、学びの根源にある
大事なものを失うってことじゃないのか?
あら、これは大変!
とはいうものの
そんなの授業でどうやってやるんだ?
ということになるでしょう。
そういうわけで
夢工房では学生が興味を持つものを
一所懸命やるわけです。
で、もちろん
うまくいかないことは山ほど出てきますが
そんなのを見ながら
「これが問題なのか?」
「こうすると良くなるのでは?」
というネタを発見して
学生達と色々試しているわけです。
技術的なことに日々向き合いながら
焦点を合わせているのは
主に考え方やメンタル面です。
それによって「もの」が作られるのですから。
これ、言うほど簡単ではありません。
人間はロボットではないですからね。
言ったらできる訳ではないし
言われたことをやるだけでは
そもそも価値がありません。
皆が同じになってしまっても
価値が無いし面白くありません。
もちろん、簡単ではないだけに
面白さとか、やり甲斐があったりするわけです。