人の役に立つように

ものごとの価値って何なんでしょうね。

オレは価値があるぞ!
って自分で決めるのはあり得ません。

何で?

価値は自分以外の他人が決めるものだからです。

ああ、これがあって良かったなぁ
こんな人がいてくれて良かったなぁ

こんな感覚が価値ですよね。感謝に値する感覚。
自分以外のことばかりでしょう。

だから
人の役に立たないと価値は無いんですよね。

どのくらい人の役に立つか
どれくらい多くの人の役に立つのか
そんなのが価値の大きさなんでしょうね。

その価値の大きさに応じて対価を払う
受け取った対価を他の価値に払う
これが社会の循環です。

でも、成長過程においては色々と悩むことがありますよね。

他のためにやっても失敗するんじゃないか
誰も分かってくれないんじゃないか
怒られるんじゃないか
バカにされるんじゃないか

うん、そういうのを乗り越えるには勇気が要りますね。

「自分ことを全く考えずに、他人のためのことを100%やったらどうなんですか?」
って心配して聞いてくる学生がたまに現れます。
まぁ、反論なんでしょうけど。

できるもんならやったらいいけど、それができたら神様って呼ばれるんじゃないの?

Team NOBBYの8耐マシンとCRF450R
人をワクワクさせるって凄いことだよね

素直さの威力

フォーミュラSAEのチームには多くの1年生が入ってくれています。
日頃から彼らと接する機会が多いわけですが
結構人数がいるだけに、色々と違いが見えてきて興味深い。

もちろん人によっての違いはあるんですが、興味深いのはどんな子が伸びるのかってところですね。

色々とあるにはあるんですが、まずは一つ。

素直であること

これ、とても重要なのですが
素直さって何なのでしょう。
結構難しかったりします。

では反対に、素直じゃないってどういうことなんでしょう。
これまた定義づけは難しかったりしますが
大抵は自分を守るための言動を反射的にしてしまうケースがほとんどですね。

「自分を守って何が悪い?」

まぁ悪いかどうかは置いておいて、簡単に言うと自分を守るのは自分のためでしょう。
自分のためってことは、他からすると別にどうでも良いことですよね。
斜に構えて物事を見たところで自分の価値が高まるわけでなし。

話を戻して素直な人。
深く勘ぐったりせずに、思ったことをやる、言う人かな。
出た結果に対して受け入れて、変えるべきと思ったら変える。
こんなところ?

こういう姿勢は可能性を感じますよね。
可能性が見えると色んなものが集まってくる。
いざやろうとすると結構勇気要りますけどね。
だからこそ、そこに価値があるのでしょうね。

素直なのか曲がっているのか

学びのゴールは何なのよ

学校は学ぶところです。

学ぶって何だ?
学ぶのゴールは何だろう?

正しい答えを出せるようになること?

正しい理論を覚えること?

まぁ、そういうのも大事ですけど、結局は「できるかどうか?」に尽きるのではないでしょうか。

とか、そういうことを言うと、「学生レベルで何かを完璧にできるようにはならない」という意見もあるでしょうね。

そもそも「完璧」って何?ってのはありますが
完璧な必要あるの?
とも思ってしまいます。

そりゃ完璧になれば理想でしょうけど、完璧じゃないとダメだというプレッシャーが失敗に対する恐怖を助長して「やれなく」なっている傾向が強くなっている気がします。

なもんで、失敗しないようによ~く考えて…いるうちに時間切れになったり、そもそも失敗することを避けるために諦めたりってことになる。

ノートライ・ノーエラーです。
コロナ禍でなおさらなのかな。

正しい答えを覚えて、それをやる

って、一見良いように見えますね。
でも、何が「良い」の?
「良い」って、そもそも相対的なものじゃないの?
一個の答えで良いって言っちゃって良いの?

何かしらやってみて、色々分かったほうが良いですよ。
やらないから分からないよりずっと良い。

うちの学生達はチャレンジしてますよー。
トライの数が多いので、当然失敗も多いですけど、めげないのが良いですねー。

諦めずに頑張り続けるって成功の必須要件でしょ。

チャレンジの残骸
諦めるな!!