仕事選びに思う

日々思うのですよ。
今の日本は、面白くもないことをやらせすぎじゃないかって。

好きでもない面白くもないことをやらされて、うまく行くわけ無いじゃんか、と思います。
せいぜいマイナスが発生することを最小限にするのがオチでしょう。

面白くもないことをやって、成果を出せる人もいるでしょうけど、それはそれで凄いと思います。
けど、そうなりたいと思わないな。

就職先を選ぶ際に、将来性がある業界なのかとか、給料とか福利厚生とか、そんなのを決め手にするケース、凄く多いんじゃないかと思います。
そこで自分が何をもらえるのか、ってのが決め手なのでしょう。

そうじゃなくて、そこで自分が何を提供できるようになりたいかが重要なのですけどね。
それこそが夢の実現だし、自分が価値を提供する前にもらうことを考えてるって、何かおかしい気がするのですよ。
順番が逆では無いか?と。

好きなことをやるといっても、給料とか待遇とか将来性とかが気になる?

経験から言うと、そんなの気にしてたら自身の将来性が無くなっちゃうのではないかなと思う。
というか、今まで色々仕事をしてきて、それこそこんな給料じゃ食っていけないとか、命の危険があるとか、そんなこともあったけど、好きなことをやってきて、それらの経験で無駄になったものは無いと思っています。
全て役に立っている。
なので、全く後悔はありません。

順当で無難な道を選んでいたら、将来的に役に立つ武器を得られるチャンスは最低限になってしまっただろうと思います。

就職先の将来性なんてのも、好き勝手やってきた者からすると、そんなことを考えるのはナンセンス。

だって、将来性が見通せる仕事なんてのは、すでにうまくいっている先行者がいるわけだし、うまく行くことが分かっている仕事はいずれ必ず衰退する。
それを選ぶのは戦略的に敗北しているじゃないかと思ってしまうのです。

だったら、流行っているいないにかかわらず、好きなことなら頑張れるので、ムチャクチャやりまくれば、うまくいっちゃう可能性はある。

いや、そもそも今まで盛り上がった業界って、盛り上がる前は盛り上がってないわけで、そういうことをやりたいって他人に言ったら
「なんでそんな変なことやるの?」
「そんなの誰もやってないからやめとけ」
と言われたはず。

夢も無いのに何十年も同じ仕事を続けられるってのは凄いな、と思ってしまう。
ま、続けられなくて離職率が上がっているのでしょうけどね。

そんなものですよ。

アイデアと知識の関係

アイデアを形にするために必要なのが知識やスキル。

とはいうものの、基本的な知識ってのは大事です。
国語とか算数、理科、社会なんてのはそういうものです。

で、その辺を一通り手に入れたあたりで、ボチボチ行きたい方向へ来ましょうか、ってことで、実用的な知識とかスキルを手に入れ始まるわけで。

その「行きたい方向」の先にあるのが、ゴールですね。
そこで夢を実現するために必要なのがアイデア。

そして、アイデアを形にするために必要なのが、知識とかスキルってわけです。
そう、ここが重要で、知識とかスキルはアイデアを形にするために「必要」なのです。

必要だと思うからこそ、それらを吸収できるわけで、その順番が逆では形にならない。
アイデアが出る状態、必要性を感じることが重要。

知識さえあればアイデアが出るのかというと、大抵はそんなことはありません。

目的も無しに得た知識をどう使うか?
それによって何ができるか?
そんな風に悩む人が多い気がするけど

本当は順番が逆で
欲するもののためにどのような知識が必要か?
どうやってそれらを手に入れるか?
そんな風に考えて工夫することが大事なのですね。

で、まずはやってみる。

やればやるほど、やらないと分からないことが得られる
何が足りないか分かる。
そんなものです。

やってみもせんで何が分かる

まさにその通り。

チャレンジの持つ意味

机の上のお勉強によって得た知識は、実際にやらずして正解が分かる便利なもの。
ですが、それは万能ではない。

そして、極端なことを言うなら価値は無い。
それは言い過ぎかもしれないけど、知識自体に価値があって、それが全てなのであれば、人間でなくても良いわけです。
AIの方が高性能で高価値ということになります。
しかもコストも安い。

既存の知識の多くは、誰でも手に入る時代が目の前に来ています。
というか、すでにそこにいる。

我々日本人は、幼少の頃から教育の中にある「成果」と「不正解」だけを見て育ってきています。
学習は、正解を導き出すためのスキルを身に付けます。

でも、世の中は正解と不正解に割り切れるものばかりではない。
あるものごとを異なる方向から見たら、正解と不正解が入れ替わることもあります。

そもそも、これから訪れる先の見えない不確定な世の中に対して、正解やら不正解やらという既存の価値観は通用しないことが増えるでしょう。

ではどうするか?

リスクを払ってチャレンジするしかない。
もちろん、リスクに応じたリターンがあるのは当然。
それがいつになるのか、リスクに見合ったリターンなのかは当人次第といったところだとは思いますが。

でも、いずれにせよ価値はチャレンジの先にしか無い。