勘の重要性

勘をバカにしちゃいけません。

前職では、良く
KKDで設計すんだよ!
って言われました。

K 勘
K 経験
D 度胸

です。

もちろん
考え無しにやれ!
ってことではありません。

「勘」は、いい加減でテキトーってことではありません。
経験に基づいた直感です。
考えなくても分かる領域ってことです。

何かしら仕事をしていて、それなりの経験を積んでくると
仕事の過程や成果をちょっと見ただけで
「おや?」
と思うことがあります。

じっくり考えなくても
直感的に異常や異変を感じられたり
良さが分かったり
良い作業ができたり
そんなことがあります。

考えなくても分かるとか、できる
ってのが経験による成果です。

そういうのを活かして仕事をしないと
いちいち細かいことから考えなければいけないので
時間や手間がかかって仕方ない。

なので、勘は大事で、そのための経験も大事。
経験の重要性とか、それによって考えなくてもできるようになる
なんてのはこの辺を参照願います。

最後の度胸。
これも大事。
これが無いとチャレンジできませんからね。

知識とか技術を得て
自信や実績が身についたらKKDってのはお勧めしません。
全部一辺に、やりながら養うってのがお勧めです。
だって、勘も、経験も、度胸も、知識も、技術も
全て相互に関係していますからね。

ってな感じで、鋭い勘を養えると良いですね。

習慣の積極的利用法

人は繰り返しの行動によって
習慣が形づくられます。

これは当たり前のことで
誰でも知ってます。

意識的にやっていれば
それはトレーニングと呼ばれたり

無意識で、すでに定着しているものなら
習慣と呼ばれたりします。

自動車の運転は分かりやすい例かもしれません。

経験のないドライバーは
何をどうすると何が起きるか分からない
というのが前提です。
それがビギナーってヤツです。

教習所で初めて運転したときは
コースのこの辺でハンドルをこのくらい切って…
なんてやりますよね。

この時、タイヤは見えていなくて
どれくらい切れているかなんて分かりません。
唯一見えるのはステアリングホイール
ハンドルですね。

なので、走っているコースの形と
唯一見えているハンドルを操作するタイミングと
操作量(切る角度やスピード)を目安として運転しています。

で、どのタイミングで何をするとどうなるか
というトライを何度もして経験を積みます。

慣れてくると
どういうタイミングで何をすべきかを
一々考えなくてもできるようになります。

これは経験を積むことによって
やるべき事が無意識化されているのですね。
習慣化しているとも言えます。

あることが習慣化してしまうと
その分、意識の領域に空きができます。
なのでその分、余計なことができます。

歌を歌ったり、ご飯を食べたり、スマホいじったり…いや、それはダメだ(笑)

運転操作なら
より高度なことができるようになります。

ある程度運転ができるようになると
いかにも色々分かっているような気になってきますが
ところがどっこい!

「じゃ、あのカーブ曲がるときに
どれくらいハンドル切ってるか言ってみ?」
と言われて答えられる人はほとんどいません。
まして、その時にどれくらい前輪が切れているかなんて分かりません。

でも、運転出来ちゃう。

結局、よく分かってないけど
「こうするとこうなるはずだ」
というのが経験上身に付いて
勘で運転しているようなものです。

ヘタをすると何も考えずに運転していることすらある。

そう、トレーニングしててきるようになる
ということは
考えなくてもできるようになる
ということなのです。

もちろんこれは
自動車の運転に限らず
多くのことに適用できます。

日常生活や仕事もしかり。

「こうなるといいなー」
のためのことを
意識的に繰り返して習慣化してしまうのです。
習慣化してしまえば
あとは考えなくても自動実行できるので
勝手にうまくいっちゃうし
意識は次のレベルのことに向けられます。

この時
理想に向けて考えて習慣化する
というのがポイントです。
心配なことやネガティブな何かを回避するため
なんてのダメですよ。
そっちに向かって行ってしまうから。

今回の内容は
ごく当然のことかもしれません。
習慣は大事だよ
ってことです。

でも、これを積極的に利用しようとする人は
意外と少なかったりします。
こんなことを書いている自分自身
十分に活用できているとは言えません。

でもまぁ、十分には活用出来ていないけど
色々試して、それなりの結果は出ています。
なので、今後もこの調子で行ってみますよ。