「思い」を成長させるには

知識とかスキルとか情報が大事だとか
それはそうかもしれないけど

それをハンドリングする熱意こそが大事

でも、それらを支えているのは何か?
というところが重要なのだろうけど

それは一体何に根ざしているのか?
動機となるのは何なのだ?
そんなことをしょっちゅう考えています。

欲はあっていいけど私欲だけではダメ
何かあったら簡単に諦められるから。

理屈は大事だけど
それだけじゃ前に進めない。
理屈だけは動機には不十分だから。

何度も記事にしていますが
思いを
心を
大事にして成長させているか
ってのが大事なところなのでしょう。
やはりパッションですよね。

でも、考えていても思っていても
それだけじゃ何も起きないのです。

何かしらの行動が動機に結びついていったり
行動によって分かることが思いを支えたり増幅したりする
そんなこともあると思います。

なので
「思い」は「行動」とで両輪をなす
って感じでしょう。

どちらか一方ではダメなんですね。

吾輩の辞書に失敗という文字はない

偉そう、かつ凄いタイトルです。

でも、偉くも凄くもないのです。

どういうことかというと
ちょっとものの見方を変えて
ポジティブに行きましょうよ
というのを
記憶に残りやすいフレーズにしてみただけなのですが
ちょっとやり過ぎですかね。

さて、説明しましょう。

人間、何かしらチャレンジをすれば
必ず失敗を経験します。

でも
人生無駄な経験はない
と言うじゃないですか。

失敗を乗り越える
というのは
成長とイコールなので
決して無駄ではないのです。

それに
しょうもない失敗だって
いつか役に立つ時が来ます。

一見、とても役に立ちそうもない経験や
一般的に言う、ひどい経験だって
誰かを助けるために役立ったり
一見自分に
反面教師的な利用方法だってあります。

実際のところ
そうはいうものの
やらかせば落ち込むことだってるでしょうし
致命的な失敗だって経験するかもしれません。
一見、自分に非がないのにひどい目に合うとか。

でも、それらに対して
ネガティブな見方をしていると
再利用は困難です。

直視できなければ
利用方法は分かりませんから
原因と起きた事象を把握したら

「よし、次はこうしよう!」

でOKです。

これで失敗は次のチャレンジに向けた
スプリングボードに変換完了です。

ほら、失敗なんてなくなっちゃうでしょう?

簡単な価値のつくり方

将来が心配?
就活とかね。

何かしら
うまく行くようにしたいことがある?

いい解決方法がありますよ。

そういうのって多くは
自分と外との関係に基づくものです。

自分の内的なものって
そんなに悩んだりしないでしょう?
だって、やればいいだけだから。

自分と外との関係に基づく問題の根源の多くは
自身の価値に繋がることではないですか?

もちろん
その価値は対外的なもの。

人の個としての価値は
いかなる場合においても厳然としてあるのだけど
それとは別の話です。

これ結構簡単な解決方法があるのですけど
意外とみんな気付かなかったり
やりたがらなかったりします。

面倒なこと
人がやりたがらないこと
人が気付かないことを
やりまくってみたらいいのですよ。

別に難しいことじゃなくてもいいのです。
でも継続は必要ですね。

そういうのって価値の原点ですから
それに気付ければ上等です。