新しい技術 ギガキャスティング

ギガキャストとも呼びますが、これは自動車のアンダーボディ、言ってみれば床面を構成する下部ボディを、一体成形の鋳造で作っちゃうと言う技術です。
始めたのはテスラですが、今はそれを各社がやろうとしています。EV向けとしての採用が主流のようです。

これ、何が良いかというと、今まで数十点の大型のプレス部品をスポット溶接で一体化していた構成を、鋳物として一つの部品にしてしまおうということで、コスト削減には大きく効いてきます。
おまけに強度や剛性も確保しやすいのではないかな。

作り方としては、巨大な金型を用いて、溶融した材料を流し込んで冷やして型から抜くという工程です。
材料はアルミ合金ですね。

初めて耳にしたのはずいぶん前ですが、ここに来て各社が追従していく姿勢を見せていることに少々驚いています。
良いとか悪いではなく、この製造方法の変化はかなり大がかりなものなので、そのスケール感というか、チャレンジ精神に対してです。

この方法を採ると、現行の製法に対して、思いのほか色々変えることになります。

まず、材料はアルミ合金などの軽合金であること。
現行の多くの量産車は鉄系の合金でできています。
鉄だと融点が高い事に加え、比強度といって、重さと強さで考えるとアルミやマグネシウムに劣ることになります。
そう、同じ重さだと、鉄よりアルミの方が強いのです。
そういうわけで、電池が重いEVにはピッタリなのでしょうね。

で、フロア周りをアルミで作るとなれば、上のボディ、床周りのアッパーボディに対して、アッパーボディと呼びますが、そっちもアルミで作ることになります。これ、一般論ですが。
なぜかというと、鉄とアルミを接触させて使うと、「電食」といって、腐食しちゃうからです。
なので、大抵は車体全体をアルミで作ることになるのです。

これは日本にはキツいはず。
なぜって、アルミの精錬は電気を使うので、電気代の高い我が国には非常に不利だから。
国内で精錬すると高く付きます。
なので、海外産の精錬済みの材料を購入して製造することになるでしょう。
その点、テスラのあるアメリカとか、フランスなんかは原発があるので電気代が安くて有利です。
現に、夢工房の学生達も、最近では強度の高いアルミ合金は、国産材ではなくフランス製を入手して使っています。

あと、ちょっと気になるのは、この製法で作ったクルマがクラッシュした場合の補修です。
鋳物の部品は、一般的に脆性が高いです。柔軟性が低くて脆いってことです。
なので、変形した場合には従来のような鈑金修理が難しいのではないかな。
あと、鋳物の溶接はできないことはありませんが、やりにくいです。強度も出しにくいはず。

さらに言うなら「では変形した部品は交換してしまおう!」っていうわけにもいかないでしょう。やっちゃうのかな?
だって、床面一式ですよ。そりゃエライことだ。
なので、フロア周りの変形を伴う事故なら即廃車?

とまぁ、色々とあるわけです。
もちろん、良いとか悪いとか一概に言えるものじゃなくて、全てはトレードオフですけど。
それをメリットとして採用できるのは、財力がある、国力が高い国のメーカーでしょう。

そんなことを考えていると、クルマはまだまだアイデアでゲームチェンジできる余地はあるんだよなぁ、とか、今後はこの調子で作る方も買う方も二極化していくのか?とか思うのです。
うむ。興味深い。

教育はどこに行くのか

成長とは現状からの変化です。
何度も言ってますが。

なので、変化を恐れる心では成長は難しい。
これ、当たり前だけどあまり意識されていないことだと思います。

そして、その変化は自らするもの。
他から変化させるのは難しい。
というか、無理と思って良いでしょう。

「教育する」とか言ったところで、どうなるか(現状からどう変化するか)は、全て本人次第です。
ただ、環境や助言などは、きっかけにはなります。

「手強いなぁ」と思うのは、幼少の頃から知識を身に付けることが至上命題で、言われたことをやる、言われて覚える、正解を出す、みたいな事ばかりをやっていると、価値観が強烈に固定化されてしまうことです。

そうなると多くが
言われたことが上手にできる者
いい加減やらされるのはうんざりで、とにかくやりたくない者
となっていくのは当然なのかもしれません。

創造性は必要無くて、言われて動けば良い

そんなの面白くないし、社会に出たら困ったことになるだろうけど、学校ではそうするしかないし、それができれば高評価なのだから、そこから変化する必然が全くありません。

これ、恐らく本人にも意識できていないことで、そうなると理屈では変化が必要だと理解できても、なかなか思うようになりません。
大変気の毒です。

だって、そんなことしてたら出来の悪いAIみたいになっちゃうのは目に見えているでしょうに。
恐らくそんなことは本人も分かっているけど、どうしたら良いのか分からないのでしょうね。
正解が。
そもそも、そんなものありませんけどね。

もちろん一定数は社会に出てから仕事の面白さに気付いたりして、変わっていく者もいるでしょうけど、それにしても、もったいない時間の使い方をしているなぁ、と思ってしまいます。

でもこれ、最近に限ったことでは無くて、結構昔からやり方自体は同じなのですけどね。
何が変わったのかを考えると、遊びの環境とか学び自体とか、色々なものが洗練されて、高性能で高効率になっているのかな?と思ったりします。

それ、良い事じゃん!
と言う話しなのですが、何事にも多面性はあるわけで、得るものがあれば同時に失うものもあるわけで、そういう意味ではメリットしか無い完璧なものなんて存在しないんですよね。

例えば、便利な世の中になって、安価に何でも手に入って、それらの完成度が高かったりすると、自らの手を使って何かを作るセンスとか創造性なんて必要無いわけですよ。
そんなのはプロに任せておけば良いので。

もちろん、道具を使ってモノを作らなければ、面倒は無くなるけれど、同時にスキルやセンスを磨く機会はありませんし、便利な道具が時とし危険な物にもなることも分かりません。

そんな事を考えていると、この先我々はどうなっていくのか大変興味深いなぁ、なんて思うのです。
もちろんそれは他人ごとではありませんので、「どうなっていくか」じゃなくて「どうしていくか」とするべきです。

さて、どうしましょうか。

ヒューズの話

fuse
導火線とか、ミサイルの信管という意味もありますが、一般的には電気回路なんかに入れるヒューズを指しますね。

回路に過大な電流が流れたときに、ヒューズが溶断して回路を遮断します。
それによって、過大な電流から部品を保護したり、回路が焼損したりして火災が発生したりするのを防ぎます。
言ってみれば安全装置です。

こういうのって、あまりにも当たり前すぎて学校では学ばないかもしれませんね。

で、我々メカ屋にもヒューズがあります。
メカニカルヒューズと呼びます。
とはいえ、あまりメジャーではないかもしれません。

システムを構成する要素で、一部意図的に弱くつくっておき、過大な負荷が掛かったときにその部分を壊すという考え方です。
それは、電気と同様に安全のためだったり、またはコストのためだったりします。

レーシングカーが分かりやすい例ですね。
マシンでも何でも良いのですが、やはりタイヤ剥き出しのF1をはじめとするフォーミュラカーが良いでしょう。

ああいったクルマは、いかにも走行中にタイヤがどこかにヒットしそうですよね。
実際、レース中のアクシデントとしてはよくあるのですが。

そんな時、タイヤがサスペンションアームごと外れてしまうでしょう?
あれは、意図的に
タイヤ・ホイール~サスペンション~車体
が繋がっているシステムのうち、サスペンションアームや、その取り付け点の強度が低く作られているのです。

もし、サスペンションアームより車体の強度が弱ければ、クラッシュ時に車体が折れてしまったり、車体にサスペンションアームが突入したりして、ドライバーが怪我をします。

今は、ホイールテザーと呼ばれるケブラー製のコードでホイールが飛んでいかないようになっているのではないかな?
かの天才ドライバー、アイルトン・セナの痛ましい事故が思い出されます。
それが直接原因かどうかは知りませんが、あの頃以降、ホイールテザーが義務付けられたのだと思います。

一般の乗用車にも似たような考え方を見ることができます。
前面衝突時に、乗員がいるキャビンより先にエンジンルームが潰れますよね。
アレはメカニカルヒューズではなく、クラッシャブルゾーンといって、あの部分で衝撃を吸収するのが主な目的ですが、考え方は同様です。
弱い部分を設定しておいて、そこを壊す。

ついでに言っておくと、エンジンとかトランスミッションって凄く丈夫なので、それらが収まっているエンジンルームを潰して衝撃吸収するとは言っても、なかなか難しかったりするのです。
エンジンが衝突の衝撃をキャビンに伝えてしまったら、元も子もありません。

なので、衝突時にはそれらの丈夫な物は、車体下方に潜り込むように変形させるとか、各社工夫しているようです。

さて、このヒューズの考え方を、我々の生活に活かすには…なんて、ちょっt無理矢理すぎますかね。

強い衝撃が掛かったら思考停止?

まぁ、それもアリかもしれませんが、クリティカルな状況ではむしろ思考は高速回転してほしいものです。

なので、いわゆる失敗をしたときの捉え方を変えてみたらどうでしょう?

それはネガティブなものでは無く、未来において有用な経験の一つだと。
もちろんそう考えたところで、驚いたり焦ったりはするでしょうけど、有用なものだと思えば、それほど強力な衝撃にはならないでしょう。

考え方一つです。