得意なもの好きなものを伸ばしたらいいよ

好きなことばかりをやっていたら将来が心配?
そんな人、多いんじゃないかな。
それはなぜ?

じゃぁ、机の上の勉強ばかりしていたら将来安心?
それは本当?

知識やスキルがあれば、不確定な未来において新しい製品やサービスを創造できるのでしょうか。
まぁ、そんなことは聞くまでもないでしょう。

好きでもない仕事を40年以上我慢して続けるの?
言われたことをやる、ってのを繰り返して?

どんなに学力があっても、どんなに良い学歴があっても、仕事で行き詰まったり、怒られたりしたら続けられなくなってしまうなんてケースもザラにあるのではないかな。

好きなことを一所懸命やった末の心配よりも、そっちの方がよほど心配で、よほどギャンブルだと思うのですけどね。
どうなのでしょう。

仕事って、知識やスキルは大事だけど、それだけの問題ではないです。
むしろ、それらを駆動するパワーとかセンスの方が大事だったりするのですけどね。

好きなことを一所懸命やっていれば、
マインドとかパッション、センスなどの根源的なものが手に入るわけで。
本気でやっていれば、他の必要なことは後からついてくるものです。

足りないことがあっても、本当に不足を感じている時に自ら掴みに行けば良いし、それが最も効率の良い学びになります。
面白いように頭に入ってくるはず。

得意なことにベストを尽くして、どうしてもできないことは、それが得意な人にやってもらえ
ば良いでしょう。
それが組織だし、会社ってそういうものですよ。

なので、学校では良いチームを作って、好きなことを一所懸命ひたすらやる、そんな経験ができたら上等だと思うのです。

思いは実現する 4

このシリーズ、なぜかほぼ1年おきの投稿になってます。
別に意図したわけではありませんが、そんなタイミングでこういうことを考えるきっかけがあるのかもしれません。

この「思いは実現する」ですが、本質的な部分は1回目の記事を見て下さい。

自己啓発本などにも度々登場するこのワード、一見怪しくて、「本当かよ」と言いたくなったりもするのですが、実はごく当たり前のことを言っています。

我々はものを作る人なので、これは実に分かりやすい。
そして「そりゃそうだよね」とも思うのです。

それはなぜか?

周囲を見渡してみましょう。

なにかしら物があると思います。
それはボールペンでも、クルマでも、家でも何でも良いのですが。

それらは全て人が作ったものです。
当然ながら、作る前には存在しなかったものです。

作る前には考えたはずです。
「こんなのあったらいいな」
と。

これ、単なる「思い」ですよね。
でも全てはここからスタートです。

もちろん思っただけでは無く、考えてチャレンジしたはずです。
最初はうまくいかなくて、リファインを繰り返しながら。

よく聞く話ではありますが、世界中の人が瞬時に意思疎通できるネットワーク、多くの人が数時間で他国に移動できる手段、そんなものは100年前の人からしたら、夢どころか、全く想像もできなくて、妄想にもならなかったかもしれません。

先人達は、そんな状態から
「こんなのあったらいいな」
という夢をひとつずつ実現してきたのです。

我々の周囲の物は、全て先人達が「かつて見た未来」です。

実現するまでは妄想です。
成功するまでは失敗です。

その段階では色んな人が言うでしょう。
「そんなことできるわけないだろ」
「ほら、うまくいかないだろ」
と。

妄想なんて実現するはずはないし
失敗することなんてうまくいくはずない
そういうことにしたいのでしょうかね。

もう一度言います。

実現するまでは妄想です。
成功するまでは失敗です。

「できる人」がやったからできたのではなく
できたから「できる人」と呼ばれるのです。

きっとできると信じる心とか、うまくいくまで諦めない気持ちとか、それらが最終的な結果を決めるのです。

自利利他という言葉

学校は、社会で役立つ人材を育成する「公器」とも言える機関なわけですが、同時に将来に対しての夢を叶えるために必要なものを身に付けるための場所でもあるわけです。

社会で役に立つ…これは、世のため人のためということになるのでしょう。
一方、夢を叶えるというのは自らのため。

この二つが相反しているようでは、恐らくうまくいきません。

そんな時にちょうど良い言葉があります。

自利利他(じりりた)

仏教用語です。
大乗仏教の理想だそうです。

かつて読んだ、京セラ創業者の故稲盛和夫氏の著書に「利他の精神」というワードが出てきて、「あぁそうか!それなら仕事がうまくいくのは当然だ!!」と膝を打った私は大層利己的だったのかもしれません。
それはそうと、それは自利利他から来ていたわけです。

我々が忘れがちなのは、他者の利益のために仕事をしないと、仕事自体が成立しないということです。
そんなことは当たり前なのに、学校ではそのシステムを教えません。

なので、好きなことをやるのか、好きでもない仕事をやるのか、なんておかしな二択になったりするのです。
そんなマインドで仕事をしたら、いずれにしても利他にはなりそうもありませんよね。

さて、自利利他の解説です。

自利、これは、自ら利益を得る、というと聞こえが悪いかもしれませんが、徳を積むというようなことです。

利他、これはもちろん他を利すること。他人の利益のための行いです。
仏教では、他者の救済ということになります。

なので、自利利他というと、自ら徳を積むことと、他者を利することを両立させるというということです。
もちろん、自ら積んだ徳で他者を救済するということになるわけで、この辺が大乗仏教の中核を為すところなのでしょうかね。
個人の解脱を目指す小乗仏教とは異なるところです。

我々は解脱を目指す修行僧ではありませんので、自分の好きなことや得意なことを「為すべきこと」として頑張って、それで他者を利する、つまりお客さんに喜んでもらうといったことを目指すべき。
そう思うのです。