教えれば教えるほど…5

で、結局どうしたら良いのか?

勉強はした方が良いし、そうすべきなのは誰しも分かっているわけです。
理屈としては。

では果たして理屈として理解したらやるのか?できるのか?

そうではありません。
分かっていてもやりたくなければやりません。
…やる人もいるにはいるけど。

そこで「やれ」と言う。
そして仕方なく「やる」。

そして、言えば言うほど、やればやるほど
勉強とはやらされるものだ
言われたことをやるものだ
言われたことを覚えるものだ
それが勉強だ
やらされるのは嫌だから勉強は嫌なものだ
という意識が強化されていく。

そして卒業すると
「あぁ、これで勉強しなくて済む」
となる。

でも本来の勉強は、教科書を覚えるような定型的な学習ではなく、必要なものを都度手に入れるもの。

言われたらやる
ではなく
言われなくてもやる
言われないことをやる。
そのための学びが必要になる。

やりたいこと、やるべきことに対して必要なことを学び、できるようになったら、そりゃぁ面白いものです。
そういうのを学生のうちから味わって欲しい。
そのための学びをして欲しいのです。

知ったことが次々に形になっていく。
そりゃぁ面白いですよ。

自分で選んで大学に行くのだから、一生懸命やるのは当然だ。
というのがこれまで続いてきた価値観ですが、それがうまくいっていたら現状のようにはならないわけで。

そういうのって本人の意思/意識の問題なのでは?とも言えるし、それはもっとももなのだけど、意思や意識さえも環境によって形づくられるはずで、やはり重要なのは環境です。

であれば、いかに自発性を誘起する環境をつくるかがカギになるでしょう。
というか、それが全てだ!
というのは言いすぎ?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です