とりあえず、やってみたらいいんじゃないの

新入生が徐々に大学に馴染みはじめるこの時期
夢工房には一定数の新人君が飛び込んできています。

そして、少し間を置いて
迷っていた新人君達の悩みが見えてきます。

これがお決まりのパターン。

面白そうだけど…
大変なことや
大きな労力を払うのは抵抗がある

そんな悩みを授業後に聞いたりします。

分かる分かる。

何か凄く大変なことを
やらされちゃうんじゃないかって。

すでに動いている連中は
楽しそうに夜までやっているのですが

それが強制力で拘束されているように見えるようです。

自発的に何かをやって
夢中になったことがないコは
そういう心配をするでしょうね。

「やる」

「やらされる」
の違いが分からなかったりして。

ただ、夢工房の場合は
基本的には自発的にやるのだけど
サポーターやスポンサーのお陰で活動できている側面もあるので
そういった方々のためにも頑張らなければならない。

そういう責任はあります。

そうしないと
好きなことを全力でやり続ける環境が手に入りませんし

そもそも全力じゃないことが面白いのか
ってのもありますけどね。

こういうのを授業でやっちゃうと
いつの間にやら「やらされ君」になっちゃって
気付いたら最低限のことをやろうとしたりします。

クラブ活動でやっちゃうと
やるもやらないも自由で
いつでも、やらない自由を発動できます。

自ら果たすべきミッションがあって
そのために努力する
なんてのは
社会では、ごく当たり前ですが
学校でそういう考え方で何かに取り組むという経験は
なかなかできないのかもしれません。

夢工房に真っ先に飛び込んできても
楽しいことの表面だけ味わいたいのであれば
当然、続かないこともあるし

迷った末に入ってきて
気付きを得てのめり込んでいく者もいる

活動の内容が
性に合うとか合わないとか
そんなこともあると思います

入った後に辞めちゃっても良いのですが
(本当は続けて欲しいけど)
その後だって何かに気付くこともあったり

この部屋の経験を活かして
何かに取り組んで成果を上げたり
そんなふうになってほしい。

この部屋の存在意義は
見た目より大きい…といいなぁ

そうありたいなぁ

常日頃思っています。

バイクに乗ると脳が活性化する

ずいぶん前に
そんな研究結果がありましたよね。

サラリーマンやってるときの通勤で
職場までの道が激しく渋滞していました。

車だと1時間近くかかるのですが
バイクだと15分くらいで着いちゃうので
よくバイク通勤してました。

すると、朝イチから脳がギンギンになって
仕事がはかどるはかどる

そんなことがありましたね。

確かにバイクに乗ると脳は活性化します。

バイクは危険な乗り物

確かにその通りで
車に比べるとやることが色々あって
その割にタイヤが二個しかないもんだから
基本的にアンバランスでリスキーです。

だからこそ
表層心理も
深層心理も
五感も
フィジカルも
想像力やら経験やら
あらゆる能力を総動員して運転します。

とはいえ、別にそんなに必死になっているわけではないのですが。
…なってる人もたまにいますが。

そんなリスキーで面倒くさいバイクだからこそ
得られることや分かることがあったり

そういうトレードオフが効いていると思うのです。

世の中、何でもかんでも
安全で安心で
便利で快適になっちゃったら
脳は退化するでしょう。

だって、活用しなくて良いのだから
高い性能を発揮する必要ないですものね。

皮肉なことに
科学技術の進歩というのは
安全で安心で
便利で快適で
リスクフリーな方向を目指して進歩してきた側面が大きいですよね。

なので、進歩すればするほど
それを享受するだけの者は退化してしまうでしょう。

しかし、テクノロジーを供給する側は
常に進歩を求められる。

テクノロジーを供給する側を目指す若者には
何が起きるかというと

享受する側から
ある日突然
供給する側に回る必要があります。

そんなの急に切り替えるなんて無理でしょう。

で!
その狭間である大学は
どうあるべきなのかな?
というのが継続的な課題なわけですね。

もちろん、テクノロジーを供給するなら
テクノロジーの知識やスキルが必要でしょうが
享受する側のマインドで
そういうものを持っていたところで
十分に役に立つということはありません。

例えば

住宅について豊かな知識を持っていても
大工さんにはかなわないし

お肉について良く知っていても
動物を上手にさばけるわけではない。

そんなことです。

知っている

できる
の違い。

クルマで言うと

ムチャクチャ詳しいカーマニアが
必死に自動車工学を勉強したって
クルマを作れるわけではない。

どんなに力学ができて
良い図面が描けて
工作機械を上手に扱えてもダメでしょう。

高いモチベーションを持って
実際にやってみたヤツには敵いません。

あとはクリエイティビティですね。
これは大好きなことを「やって」いないとダメでしょう。
「やらされて」いたら創造性なんて発揮できませんから。

何かずいぶん話が発散してしまいましたが
これは最近バイクに乗る機会が減っているから
元々パフォーマンスの低い脳の状態が
さらに不活性になっているからだと思います。
これはマズイ!

なので、梅雨に入る前にバイクに乗りたいなぁ
なんて思っていたりするのです。

正攻法なんてやめてしまえ

成功法は興味深いですけど。

「正攻法」ってありますね。
凄く分かりやすくて…

凄く不利です(笑)

なんで不利かって?

だって、正攻法なんて
みんな思い付くのだから
多くが同じようなことをやる中で
独自性とか優位性を出しにくいじゃないですか。
ムチャクチャ不利ですよ。

それに面白くない。

そういうのが好きだったり得意だったりする人は
どんどんやればいいのですけどね。
そうではない人も多いはず。

そもそも正攻法で成果を出せる人って
いわゆる「優秀な人」なのでしょうから
そういうのは得意な人にお任せするのが一番。

そうでない君は、工夫しましょう。

戦略は色々あります。

そもそも人がやらないこと、やりたがらないことをやるとか
普通の人がやらない次元でやるとか。

もうちょっと具体的なところだと
正攻法の人が取りそうなやり方の逆を行くと良いと思います。
ゴールから行く!
これは後述します。

彼らは結構「形式知」が好きな傾向があります。
なので、実践知に特化して強化するのはお勧めです。

学校で勉強していると
基本とか小さな要素から学びますよね。
それが何のためなのかは気にせずに。

で、ひたすらコツコツ積み上げる。
それが目標に到達するための方法と信じて。

でも、そのやり方だと
ライバルが異常に多いので
ものすごい過当競争になりますし
できることが限定的になります。

工科系の大学なら座学で勉強して
それが開発者への道だと信じているのでしょうけど
「知っている」と「できる」は全然違うことです。

学校の学びって、すごく汎用的なので
色んなことに利用できる可能性はありますが
目的意識は必要ありませんし
基本的には、言われたことをやっているだけです。
それでも大変なのは分かりますけどね。

でも、そもそも
目的意識を持てない開発者ってどうなんだ
と思います。

それに
言われたことができたところで
これまた開発者としてどうなんだ
と。

開発者って
目的無しに言われたことをやる人
ではないですから。

座学の勉強が重要なのは分かりますが
正攻法が苦手な人にそれをやらせても
パッションやクリエイティビティには繋がりません。
非常にもったいない。

それを一所懸命学んでいるだけでは
労力が大きい割に実践面があまり強化されないし
皆で同じようなことをやっているので
強みを作り出しにくい

なので
ゴールから物事を見る必要があります。

「こういうの作りたいよね!」
からです。

そのために必要なことを学んで、やってみる。

上位概念のイメージから
具体的なところに落とし込んで
細かいことを学んでいく。
自然とそういうことになります。

もちろん、その課程では
うまく行かないことも多いので
それを乗り越えるために努力すると
知識もパッションもクリエイティビティも手に入る。
なので凄く成長しちゃいます。

なんたって
「作りたい!」
って自分で言っちゃってるので
やるしかない。

それをチームでやれば
コミュニケーション能力とか
チームワークなんて
自然と手に入ります。

ものづくり教育が盛り上がっていた頃は
そういうアプローチが多かったのですが
なぜか最近は下火になっている気がします。

面倒くさいんでしょうね(笑)
やる方もやらせる方も。

それに、現状のシステムを作っている人達は
正攻法で努力して成果を出せた人達でしょうから
その方法がいいのだ!
と信じていて、皆にそれをやらせようとするでしょう。
そりゃ当然です。

それを否定しちゃったら
今までの自分の努力を否定するようなことになりますしね。

もちろん、現状のシステムはあっていいのですけど
多様性を許さないのは、ちょっと怖いことだな
とも思います。

なので、夢工房のような環境を維持してくれている
我が東京電機大学は素晴らしいと思うのですよ。
日本最古の技術者育成学校は伊達ではない。
自画自賛!いや、ほんとに。