「波」を使おう

かめはめ波は危ないので、むやみに使わない方が良いですね。

人には好不調があります。
周期的なものであれば、バイオリズムと呼ばれたりしますね。

「天中殺」も周期的なものと思って良いのでしょうね。
概念自体は、ずいぶん昔からあるようですが、「天中殺」と呼ばれて、多くに知られるようになったのは戦後なのですって。

良い方向、ダメな方向に向かうなんていうときは「方向」です。

まずこの二つを混同しないように。

で、好不調の「波」ですが、それをどれだけ意識していますか?できていますか?

地球は周期的に自転し、太陽の周りを周期的に回り、月も地球に対して周期的な関係を持っています。
そこに生きる我々も周期をもっているわけで、それがバイオリズムと呼ばれます。
ここではバイオリズムにフォーカスするつもりはないので、興味がある方は別途調べてみると良いでしょう。

で、問題は「周期」であり、「波」です。

別に難しいことではないのですが、波である限り上がったり下がったりするわけです。
上がった後には必ず下がるし、下がった後には必ず上がる。

そんな時に「なんか最近調子良いぞ」とか「最近は低調だなぁ」なんて思うことはあるでしょう。
その時にどうすべきか、これが問題です。
意外と多くの人が、好不調そのものにフォーカスして、その後のことを考えていなかったりしませんか?
そういう自分も見失うことがありますが。

好調の時
このタイミングを逃さずに、イケイケドンドンが基本です。
一つの理由は、その後は必ず下がるので、この時の上げ方次第で、その後に訪れる下がる波の「底」をある程度押さえることができるからです。

もう一つは、単に成長するチャンスだから。

「これから上がるぞ」というタイミングが分かれば、そこから準備ができることを分かっておくとなお良いと思います。

低調の時
一口に低調と言っても色々あるのですが、本当にダメな時は何をやってもダメです。
特にアウトプットに関するものや、思考に関するものがうまくいかなかったりします。

そんな時は潔く諦めるしかない場合もあります。

では、何もしないのが良いのかというと、そうでもなくて、あまり余計なことを考えずに、とにかくインプットに徹するのが良いと思います。
その際、思考が鈍っているなら、無理に情報を整理しようとしたりする必要はありません。
この時期にインプットしたものは、いつかきっと役に立ちますから。

そういう時にお勧めなのは、本です。紙の書籍です。
電子書籍とか、ネットの情報とかでも良いのかもしれませんが、私は紙の本にします。
ネット上の余計な情報に引っ張られてしまうことを避けるために。
なので、気になった本とか、以前に入手して読まずに手元に置いてある本などを無心に読んだりします。

冒頭に書いた「方向」にも気を付けましょう。
悪い方向に進みつつ、波が低調になったりすると参っちゃいますから。
でも、それも良い経験かもしれませんけどね。

ただ、方向は自力で修正ができます。
それに気付くのであれば、ですが。

とはいえ、「良い方向」「悪い方向」なんてのも、色々やってみないと分からないものですから、あまり構えずにトライ・アンド・エラーで行ってみたら良いでしょう。

時代は巡るのだ

当然のことなのだけど、忘れられ、意識されていないこと。
資本主義だって、自由主義だって、政治だって、経済だって、人が考えたシステムは完璧では無いし、絶対的なものでもない。
地球の歴史、人類の歴史から言ったら、誤差みたいについ最近に誕生したもので、いずれは終わり、きっと新しいものが生まれる。

成長していずれ滅びる、それは必然。
今あるものの終わりは、楽しいものになるかもしれないし、辛く悲しいものになるのかもしれないが、新たなものが生まれるためには必然のプロセス。

この世の全ての物事は移り変わってしまい、一定では無い。
終わりの時、変化の時はいずれ必ず来る。
そして今現在もそのプロセスの途上にある。

変えたくないし変わりたくない
現状に拘り、とらわれてしまって無意識で自然とやってしまうのだけど、そのとらわれる心が恐れとか苦悩を生むわけで、それによって変わりたくない気持ちが強化される。
でも、そこにとらわれているうちはループから抜け出せない。

どうせいずれは変わらなければならないのだから現状に執着するのは無駄なことで、とらわれから解放されて自由にならないと明るい未来には行けないのでしょうね。

あとは、待ちの姿勢で変化を受け止めるのか、それとも自ら掴みに行くのかの選択も大事。
それは自分次第だけど、その思いや気持ちに気持ちによって未来が変わるというか、決められるものでもある。

そういうの、分かってはいるけど、いざやるとなると難しいことですよね。

と、そんなことを考えていると、仏陀は良いこと言うよなぁ。凄いなぁ。なんて思うのです。

諸行無常とか、色即是空 空即是色なんて、まさに真理ですよ。

意識できるかできないか

自分の意識に上ってこないものに対処することはできません。

江戸時代に黒船が来たとき、人々には黒船が見えなかったといいます。
そんな船は見たことが無いので、船として認識できず、視野に入っているものの視覚として認識できなかった、つまり「見えなかった」そうです。

なんだそれ?
って思いますよね。
そんなことあるわけないじゃん!
って。

そういうのは実際に経験しないと分からないでしょうね。
私はありますよ。

オーストラリアをバイクで走っていたときです。
気温45度で、アウトバックと呼ばれる砂漠地帯の、誰もいないこんな道を時速100kmで…

で、路上に牛がたたずんでいて、ギリギリまで回避できませんでした。

見えなかったから。

視野には入っていたはずなのですが、こんな過酷な土地に、しかも道路の上に牛がたたずんでいるなんて思いもしなかったのです。
そんな「思いもしないこと」って見えないのですよ。

これ、意外と身近なところでも起こります。
例えば、自分で書いた文章とか図面のセルフチェック。
「大丈夫なはずだ」
と思っていたり特に何も意識していないと、不具合は見付かりません。
乗り物や器機の点検なども同様です。

我々の日常生活も同様で、我々は行動のほとんどが習慣というか、癖で無意識によるものです。
これを変えるってのはとても難しいのです。
見えないから。

ただ、行動のほとんどが無意識で動いているということは、その無意識を再構成できれば、意識せずとも自動的にうまくいっちゃう日常が手に入るわけですね。

見えないものを見えるようにする

なんかSF映画みたいですけど、気付く切っ掛けさえあれば、あなたもある日突然見えるようになるかもしれませんよ。

見えるようにできたら、それを変えることは可能です。
そして、それを継続すれば習慣の上書きができます。