決めまくれ

オープンキャンパスなどでも見られる傾向ですが
どうやら最近は、親が子供に介入しすぎるようです。

もちろん、親は子のためを思って…です。
それは分かっています。

そな偉そうなこと言う私の世代だって
しょうもない問題や特徴があったわけで
別に偉そうに批判したいわけではないのです。

それぞれの世代には
それぞれの特徴があって
ダメなところを修正するのではなく
ダメなところを理解した上で
ひっくり返せば武器になるよね
という話なのです。

さて、今回の
「親が子に介入しすぎる」
ですが
「過保護」
とか言っちゃえばそれまでで
その先に展開しません。
「そこで何が起きているか」
が重要なのです。

さて、オープンキャンパスなどで
よく見かける光景は
親子で来訪して
親御さんの方が本人より熱心に見て聞いている
という感じなのです。

個人的には
説明に食い付いてきてくれる親御さんと話すのは
大変楽しいのです。

でも、その後にどうなるかというと
たぶん、親御さんが強大な決定権を持つのでしょう。

もちろん我が子を思ってのことです。
我が子に成長して欲しくて
失敗して欲しくないのでしょう。
当然でしょうね。

これは、見ようによっては
間違った選択をするよりマズイことです。
ぶっちゃけ、良い選択をしてあげて
失敗しないよりマズイことです。

なぜか?
それによって何が起きるか?

理由は色々ありますが

考える-決める-やる-失敗して行き詰まる-頑張って乗り越える(以降繰り返し)

の成長のループを自分の力で回せなくなることです。
自分で成長できなくなるということです。

本人は考えなくて良い、決めなくて良い
ということになると
自分が自分の人生の主役でなくなります。

以前ある方から
「親は子供を教育できないんだよ」
と聞いたことがあります。

その時は
「そんなことはないだろう」
と思いましたが
親が子のためを思う行動
今回のような過保護な行動を考えると
納得できます。
皮肉な話です。

かなり極端な表現をしてみましたが
簡単に言うとそういうことになると思います。

これは親子関係に限った話ではありません。

先生と学生の感性も同様です。
先生が学生のためを思って考えてあげる・決めてあげる
というようなことをしても同じ事が起きます。

いずれの場合も
言われたことを素直に聞いて従えば
「良い子」
という評価を得られるので
一見、誰も損していないように見えますね。
でもそれ、本当ですかね?

まだまだ類例は挙げられますが
それはこの辺にしておいて本題です。

自分で決める力が十分でないな
と思ったなら

決めまくればいいのだ

という話です。

ただし、そんな自分に気付いていることが前提となりますが。

とにかく小さな事からでも良いのです。
日常生活のことでも何でも良いので

考える
決める
やる

を意識的にやりましょう。
今まで何となくやっていたことを再確認して
とにかく意識的に

考える
決める
やる

その結果を自己評価して
次はどうするか考えて決めて…

そうするだけです。
それだけで
自分で決断できるようになります。

その決断の質とか内容とか
そういうのは経験によってしか磨かれないので
経験の数を稼ぐために
サイクルを構成するそれぞれのプロセスは
できるだけ短くするようにしましょう。

知識によって判断する
というようなことは
これとは別な話で
それだけになってしまうと
価値は最小限になります。

ここで言っているのは
答えのない世界の話です。
新しいことにチャレンジするとか
そういう話です。

簡単に言うと
腹を決められるようになる
ということなのですが
これができれば強いです。
後悔はしなくなります。
経験がないとヘビーかもしれませんが
やるだけの価値はありますよ。