即戦力になろう

今、企業では時間を掛けてのんびり社員を育てている余裕はない。

でも、学校では社会に出てすぐに戦力になるようなことを教えてもらえない。
(一般的には過去のことを教えるのが教育だから)

では、どうするか?
「やり方」つまり取り組む姿勢が武器にならないか?
それは工夫すれば学校でも身に付けられますよね。
いや、むしろ学生のうちに身に付けるべきでしょう。
社会に出ても勝手に素早く成長していけるように。

どうせテクノロジーなんてすぐに時代遅れになってしまいます。
知っておくことは大事だけど、それだけで何とかしようとしたところで、すぐに時代遅れです。

あと、テクノロジーは大事なのだけど
自ら望んで手に入れたのか、それとも望まずに覚えさせられたのか
という違いは大きいでしょうね。
そのそも望んでいないものなんて利用できないですよね。

理論を持っているだけでは何も起きません。
やはりチャレンジですね。
とにかくやってみるとか、諦めないとかね。

その過程で理論が必要ならスッと入ってくるでしょうし
利用したらなかなか忘れませんよ。
一度自転車に乗れるようになったら、その後も乗れるように。

でも、原理原則は大事。
それを知って、実践して、色んなことを直観的に判断できるようになったら良いですね。

あ、それこそが「学び」か。

こういう原始的なやり方をあえてやるからこそ分かることもあるんですよ

走りながら考えよう!

心配なことがあると
ついそれを考えて悩んでしまう。

それ、当たり前だと思ってますか?

心配なことを考えていると、頭の処理能力の多くはそこに使われますよね。
心配なことにフォーカスしてしまうのは本能的にしかたないことかもしれません。
危険を注視して、それから回避して生き延びる生存本能に根ざしていますから。

でも、そこに注力すると本来やるべき事に使う能力は小さくなってしまいます。

ネガティブ要因は誰しも持っているでしょう。
それを打ち消すために努力しなけりゃならないこともあるでしょう。
でも、それが達成できたら幸せになりますか?

高い目標を目指していると、そもそも心配する必要は無くなるのですよ
と言いたいのです。

ひょっとすると、高い目標を目指すには、細かい心配ごとをすべて解決してからやるべきだと思っていませんか?

「お前、そんな理想を言う以前に~はどうなんだ!?」
とか言われますもんね。

そもそも、細かい心配ごとなんて世の中には無数にあって、自分には解決できないことだらけです。
そんなものをいちいち解決していたらキリがないですよ。

さらに、もしそれが最大限うまくいったとしても得られるのは「安心」でしょう。
安心って成功なの?
でもまぁ、大抵は最大限うまく行くことはないので、安心すら得られない。

なんてことだ、安心するために努力しても安心すら得られない!

なので、心配しているヒマがあったら高い目標に達するために頑張るべきなのです。
心配して立ち止まったら終わりだ!走りながら考えよう!

かつての夢の残骸も新しい夢のヒントになります

人の役に立つように

ものごとの価値って何なんでしょうね。

オレは価値があるぞ!
って自分で決めるのはあり得ません。

何で?

価値は自分以外の他人が決めるものだからです。

ああ、これがあって良かったなぁ
こんな人がいてくれて良かったなぁ

こんな感覚が価値ですよね。感謝に値する感覚。
自分以外のことばかりでしょう。

だから
人の役に立たないと価値は無いんですよね。

どのくらい人の役に立つか
どれくらい多くの人の役に立つのか
そんなのが価値の大きさなんでしょうね。

その価値の大きさに応じて対価を払う
受け取った対価を他の価値に払う
これが社会の循環です。

でも、成長過程においては色々と悩むことがありますよね。

他のためにやっても失敗するんじゃないか
誰も分かってくれないんじゃないか
怒られるんじゃないか
バカにされるんじゃないか

うん、そういうのを乗り越えるには勇気が要りますね。

「自分ことを全く考えずに、他人のためのことを100%やったらどうなんですか?」
って心配して聞いてくる学生がたまに現れます。
まぁ、反論なんでしょうけど。

できるもんならやったらいいけど、それができたら神様って呼ばれるんじゃないの?

Team NOBBYの8耐マシンとCRF450R
人をワクワクさせるって凄いことだよね