何のためには多いほどいい

色々学んだりするうえで
「何ができるか?」
というのは重要なことです。

「何を知っているか?」
より上位にあります。

でももっとも大事なのは
「何のために?」
ではないでしょうか。

その理由がないと
やる気になれない
なので
やらないし
できない
ということになります。

ただ
その理由は
決して難しい理屈でなくて良いと思います。

単に好きだったり
よく分からないけど心が動いちゃったり
そんなので良いと思います。

最初は自分自身の喜びのために
やっていても良いのです。
だって学生だから。

でも
徐々に喜びの範囲を広げて行く必要があります。
だって学生だから。
卒業したら
社会のために働くわけですから。

ウチの学生達は
好きなことをやってます。

何のために?

そりゃもう好きだから!
自分たちの将来のためでもある。
でも
それに加えて
支えてくれるスポンサーさんや大学のためでもあります。
支援があってこそ続けられる活動なので
皆さんに喜んで欲しいって本気で思ってます。
(ちょっぴりで良いので世界を変えたいとも思ってます)

支援者が期待してくれる
それに応えられる
これはいずれも喜びでしょう。

学生達と支援者は
相互に喜びという「価値」のループを
回す関係になっていると思います。
もちろん
まだまだ十分に期待に応えているとは思っていませんし
まだままだイケるはず!

では、もし仮に
この活動で授業の単位がもらえるとしたら
大学が無条件で全ての予算を出してくれたら

どうなると思います?

もっと学生達は楽になって
頑張って
成果をあげられる?

いやいや
そんなことないです。

ダメになっちゃうんです。

お金もらって
さらに単位もらってやってたら
単位を取る自分のためだけに
単位を落とす恐怖から逃れるために
「やらなければいけない」
状態になります。

単位取るためにやるって
そりゃ授業と変わらんです。

最大限うまくいっても
単位が取れて
ホッとするだけです。
自分が。

なのでそのうち
「同じ単位取るならできるだけ楽をしたい」
「できればやりたくない」
となります。

そうなったらいずれ
全員でないにせよチーム内に
そういう空気が広がっていきます。

他者の喜びを介在させないようなやり方をすると
やめたり諦めたりするのは簡単です。
単に自分の問題ですから。

普通のクラブ活動としてやっても
恐らく同じような結果になるでしょう。
大学から与えられた部費と
自分たちのアルバイト代などを予算として活動すると
きっとそのうち何のために何をやってるのか
よく分からなくなってくると思います。

で、最終的には
やってもやらなくても自由だ
みたいな感じで終焉を迎える可能性が高いです。

喜びとかなんとか
そんなのきれい事だ!

ってことはないです。
世に向けて価値を発信して成功している企業は
みんなそうしています。
だから生き残っています。

お客さんに喜んでもらえなくて
メシ食っていけるはずないでしょうが。

なので
「何のために」
は、沢山あっていいと思います。

好きこそ物の上手なれ

昔から

好きこそ物の上手なれ

と言いますね。
好きなことは上達するもんだ
といったような意味です。

論語にもあります

子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

あることを知っていても
それを好きな人にはかなわない。
それを好きな人は楽しんでいる人にはかなわない。

ってことです。
まさに真理!

というか
昔からそんなの当たり前だったのです。
にもかかわらず
最近はそんな感じが薄れているように感じます。

工科系の学生は
もちろんそっちの分野に興味があるから
その道を選んでいるわけで
日頃から
もっとワクワクすることに接していれば
もっともっと伸びると思うのです。

現状は
学ぶ内容が自分の価値観に対して
距離を感じさせるようなものになっていて
自ら進んで「モノにしたい」と思えないのでしょう。

技術の価値の根底にあるものって
「動いた!」
「飛んだ!」
「走った!」
「速いぞ!」
とか
とてもプリミティブな感情だと思うんです。

それを支えるために周辺の技術があるわけで
細かい個別の技術がスタート地点ではないはず。

まぁ、中には細かい要素技術が好きで
そういうのが得意な人もいると思いますが。

ゴールが
「うわー!すげぇ!これやりたい!」
というようなものであれば
周辺の知識や技術は
自ら進んで掴みに行くでしょう。

興味を持てない
何に使うか分からない
そんな知識を
とにかく理解しろ
というようなやり方は
ボチボチ限界なのではないかな。

なので
その辺のやり方に関しては
まだまだ工夫する余地があるはずです。

思い込みで良いのです

夢工房で活動している学生
全員集めると20名近くなるのですが
週に2回ほど皆で
オンラインでミーティングをしてます。

先生が学生に訓示をする
なんてのではなく
皆で色々なテーマについて話をしています。

今日は
夢を叶えるためのスタートは
思い込みでも良いよね。
というような内容でした。

学生達は
それぞれ色んな夢を持っています。

それが何であれ
現在の彼らからは距離がある目標です。
つまり
現状は、まだまだ不十分。

今まさに
そのためのことをやっているのだから当たり前です。

その
まだまだ不十分な状態でも
目指しているものを目指していると言って良いし
勝手に「そうなるのだ」
と決めてしまって良いよね
思い込みでも勘違いでも良いよね
というのが今日の話し。

そんなふうにゴールを未来にセットして
それから現状を見ると
ギャップが見えます。

ゴールへの欲求が強ければ強いほど
現状が不十分であることが明確になる
すると
何が足りないか見えてきます。
あとはそれをやるだけ。

ここで
思い込みが弱いと
ゴールと現状のギャップは曖昧なままです。
なので、何が足りないか
どうしたら良いかは見えてきません。

逆を言うなら
思い込みを弱いままにしておけば
何もする必要は無い
ということになります。

自分の持っている大きなギャップに対して
その大きさに負けてしまったり
そんなのできるわけないとかなんとか
そんなことを言ってくる者がいたりするんですが
そんなの気にしても何も良くならない。

でも
そういうのが怖かったりするんですよね。

なので
やはり勇気が必要ってことですね。

頑張れ!頑張れ!!

奇跡の国の若者たち

自分が住んでいる国は
自分にとっては当たり前で
それが基準なわけだから
別になんとも思わない
それが普通かもしれません。

しかし
我が国についてよくよく考えてみると
こりゃ凄いな
と改めて思うんです。

だって
たいして資源らしい資源なんて無いですよね。
それに島国なわけだから
他国の情報を入手するのは
いちいち大変なはずなのです。
今はネットもあるし、飛行機もあるので
さほど不利ではないですが
かつてはかなりの日数をかけないと
他国の文化なんて知ることすらできなかったはず。

そんな状況から発展していって
こんな水準を保てている国はそうそう無いです。
生活のレベルはもちろん、文化や技術もしかり。

むやみに
日本サイコー!
とか言いたいわけではないのだけど
冷静に考えてみると凄いと思います。

ここまで発展したのは
先人の努力によるものなのですが
それにしても良くやるなぁ
と思ってしまいます。

現状は
バブルがはじけた後に
失われた20年とか
色々あったりして
自信を失っている部分もあると思うのです。
加えてコロナ禍ですものね。

ですが
現状を悲観したり卑下したり
暗く悲しい気持ちを持って何かをやっても
うまくいかんと思うのです。

きっと我々の先人たちも
危機感とかはあったかもしれませんが
悲観的な気持ちで
色々やってきたわけではないはずです。
そんなんじゃうまくいかないはずです。

なので
前向きな明るい気持ちで行きましょうよ!

なんてことを改めて思ったりする今日この頃。

というのは

私が面倒を見ている学生達
毎日オンラインで
超頑張ってます。

学生の活動なんだから
気が向いたときにボチボチやってんだろ?
とか思います?

いやいやとんでもない!
朝から晩まで毎日フルパワーですよ。
さすがに週末は休んでるようですが。

最初の緊急事態宣言が出てから
ずーっと
そんな調子でやってます。
もう1年くらいになりますかね。
よーやるわ。

なので
オンラインで
できることを伸ばしまくった結果
新人の1年生は
超絶に成長しまくってます。

で、彼らを見ていて思うんです。
ろくに経験が無い連中が
クルマ作ったり惑星探査機作ったり
してるわけなんですが

経験が無いから
自信が無いから
ということを理由に
自信なさげな表情とかしないんですよね。
超元気!

あぁ、それがうまくいく秘訣か
と。

そんな表情だと
周囲の連中は
「これはイケるわ!」
と思って頑張るんですよね。
それがチームで連鎖してる。

もう毎日オンラインで
「行っちゃえ!行っちゃえ!!」
「やっちゃえ!やっちゃえ!!」
ですよ。

普通は、自信が無かったりすると
それなりの表情になるじゃないですか。

その表情見て
「力になりたい」
って気持ちにはならんのですよね。

「あぁ、大変なんだったら
その辺にしておいたら?」
なんて思ったりしてしまいます。

表情とか元気とか
ちょっとしたことなんですが
そんなことが環境を作っていくんですね。

日々、学生達から学んでいます。

電気を貯める話

電気は専門ではありませんが電気の話をします。
とはいえ実は
自動車の設計をしていたときは
電装設計からスタートしたのでした。

電気は貯められない
といいます。

正確には
ぜんぜん貯められないわけではなく
バッテリーに充電できたりするんですが
そのバッテリーが高価だったり
充放電でロスが出るとかで
大電力を貯めるのは
あまり現実的ではないという意味だそうです。

皆さんおなじみの乾電池
アレは使い切りで
外部から充電はできません。
こういうのを一次電池と呼びます。

昨今では身の回りにあふれている
いわゆる蓄電池(充電池)
自動車のバッテリーに使われている鉛蓄電池
これはずいぶん昔からあります。
ニッケル水素とかリチウムイオンとかは
あっという間に普及してきましたね。
これらは二次電池と呼ばれるものです。

電池は
「電気」が入っている「池」と書くのですね。
電気が貯まっているという様子がよく言い表されてますよね。
よく言ったものです。

これら一次電池や二次電池は
化学電池
と呼ばれるものです。
ケミカルの化学反応で電気を入れたり出したりします。

なので
温度が低いとか
化学反応が起きにくい環境には弱かったりします。

ところで
電気を貯めるのは
なにもいわゆる電池じゃなくてもできるのです。

おなじみのダムによる水力発電
これは高いところにある水が落ちるのを利用して
発電機を回しています。
水の位置エネルギーを電気エネルギーに変換してます。
ものは高いとことにあるだけでエネルギーを持ってるんですね。
それを利用してエネルギーの変換をしています。

発電して下方に行ってしまった水を
夜間電力などの余剰電力を利用して
再度ダムに汲み上げておく方式を
揚水ダムと言います。

これは余剰電力で
水に位置エネルギーを与えて貯めておくシステムです。
電気エネルギーを位置エネルギーに変換して貯めておく
電池のようなものです。

このように
なにも電気そのものの形で貯めなくてもいいのです。

位置エネルギーの他には
運動エネルギーなんかも使用例があります。

巨大な重い金属製の円盤を
余剰電力が出たときにモーターで回しておく
なんてのもあります。

重い物体を動かすと
慣性力が働いて動き続けようとしますので
電気が必要になったら
円盤の回転エネルギーで発電して
余剰が出たら再度モーターで加速する。

これなんかはどこぞやの鉄道関係で利用されていたと思います。
今もあるのかなぁ。

電車は架線で電気的に複数の車両が接続されていますから
あっちゃこっちゃで電気のやりとりができるんですね。

ある電車が減速した時の回生発電した電力を蓄えておいて
別の電車の加速に使うなんてことができます。

多くの場合は
こういうのがなければ余剰電力は
熱として大気中に捨ててしまうことになります。

このように
位置エネルギーや運動エネルギーなど
間接的に電気を貯められる方法は色々あります。
重いものを持ち上げておくとか
バネに蓄えるとか。

でも、色んな意味での効率とか
貯められるエネルギーの量によって
現実的かどうかが決まるのでしょうね。

電気を何かしらの形で貯めておく技術は
今後どんどん発展していくのではないかと思います。

ところで
ノルウェーでは電気自動車がいい感じに普及しているそうです。

それはなぜか

どうやら氷河の雪解け水を発電に利用しているからだそうです。
氷河は言ってみれば太古から続く氷の電池です。
高い位置で氷として水の位置エネルギーが保存されています。
それが解けた水でドバドバ安定的に水力発電できるのです。
揚水なんてする必要すらありません。

ちなみにかの国は
天然ガスなどの資源も産出できるのに
それらは発電にはほとんど使わずに輸出しているそうです。

我が国の水力発電はそういうわけにはいきません。
何か独自の良い方法ないですかね?

このままでは我が国のEVは
石炭自動車
天然ガス自動車
ということになっちゃいます。
火力発電がメインですから。

ハイ・パフォーマンス人間のつくりかた

ずいぶん以前に(ちょっぴり)話題になったことです
Googleが社内で調査をした結果

「どんな大学を出たか」は入社後のパフォーマンスと相関関係がない

ということが分かったそうです。
オー!ノー!!

これはどういうことでしょうか。
少なくとも
大学のブランドはパフォーマンスとは関係ないということですね。
学力も関係ない?
いやいや
ここで答えを急いではいけません。

では次

「これまでの人生で苦労をしたかどうか」

これがパフォーマンスと関係あったそうです。
苦労したり挫折したりしたことがある人たちが
社内でパフォーマンスを発揮していたそうです。

そりゃそうでしょう
困難に遭遇して
乗り越えるのには何が必要?
もちろん努力です
あとは工夫とか根気とか
パッションやポジティブな思考も忘れちゃいけません
で、乗り越えれば色んな経験が増えますね。

頑張った末に
乗り越えることができなくても
継続していけば
心は強くなるでしょう。

こういうのを総じて
成長
って言うんですよね。

人は苦労なしには成長できません。
というか
苦労こそが人を成長させる
といった方が良いかもしれません。

困難に遭遇したり
失敗した末に
「どうせ…」
とか言って
簡単に逃げたり諦めたりしちゃダメです。

たまにそういう人に対して
「あの人は人生を達観してる」
とか言ったりしますが
それ、使い方違いますね。
そういうのは達観してる人じゃなくて
残念な人です。

ほら
こういうこと考えてると
ピンチはチャンス
とか
かわいい子には旅をさせろ
とか
選択肢があったら大変な方を取れ
とか
凄く理解できませんか?

学生達を見ていると
こういうのは本当によく分かります。

デッカいチャレンジは大変です。
しかも
好きなことをやっているんだから
そうそう逃げるわけにはいきませんし
苦労を苦労と思わないこともある。

一口に苦労と言っても
知識や技術やスキルに関すること
人間関係に関すること
お金に関すること
数えだしたらキリがないです。

でも
そういう環境で頑張った学生達は
ものすごい成長を遂げます。

やってる本人達は
嵐の中でジタバタしているうちに卒業しちゃった
みたいな感じなのでしょうけど。
「4年なんて一瞬っす!」
ってみんな言うもんなぁ。

なので
そういうチャレンジをする機会があったら
なりふり構わず頑張ってみて欲しいのです。

もっとも
そういう姿勢じゃないとチャンスは見えませんが。
(視野に入っても気付かないということです)

高い目標を設定すると
「分相応にしとけ」
と言う人もいますが
そんなの気にしないでガンガン行って欲しいのです。

成功する保証はないけど
成長する保証はしますよ!

限界にぶち当たれ

普通にバイクに乗っているなら
特に限界を追求する必要はないですよね。
そんなことしてると
「何をやっとるんだね、チミは」
ってなことになっちゃうんですが
ことレースとなると話は別で
限界を知らないと良い成績は得られません。

当然ですが
限界に達したことがなければ
最大のパフォーマンスは出せません。
当たり前ですが
最大のパフォーマンスは限界値ですもんね。

バイクのレースで言ったら
転ぶところまでやらないと
どうなったら転ぶか分からない
それが分からなけりゃ
最大のパフォーマンスは得られない
ということです。

なので
転ぶ経験が必要です。
わざと転ぶというのとは
ちょっとニュアンスが違いますが。

なので
ロードレースをやっている人なんかは
未舗装のフラットトラックとかモトクロスなど
滑りやすいコンディションで
限界域のコントロールを練習したりしますね。

どこが限界か分からないと困っちゃうのは
何もレースの世界だけではなく
他の多くのことも共通です。

失敗したことがなければ
どこまでやれるか分かりません。

往々にして
そういう状態だと楽しくなってきません。

楽しくないと一所懸命やらない
もちろんそれは限界からはほど遠い
となると
どこまでやれるか分からない
と、振り出しに戻ってループする
ならまだ良いけど
大抵は途中でやめる。
当然です。

恐らくそうなってしまう原点は
失敗したくない
ですよね。

レーシングカーを作ってる学生を見ていると
よく分かります。

最初に
レーシングカーを作るぞ!
とチャレンジすることを決めるのはOKです。
その決断には相応の勇気が必要だと思います。

でもその後に選択肢が現れる
というか
姿勢が試されます。

勝ちたい!
or
失敗したくない!

この2つ
あまり違いが無いように見えますか?
これが結構違うんですよ。

分かりやすい例でいくと

ある部品を設計していたとします。
レーシングカーは軽さが命です。

「勝ちたい!」
で設計すると
強度ギリギリの軽い部品が設計できるかもしれません
が、それはテストで壊れる可能性が高い。

でも、壊れたら必要な強度を与えて
再設計すれば良いんです。

「失敗したくない!」
で設計すると
往々にして強度に余裕を持った部品ができます。
もちろんテストでも問題が起きない可能性が高い。

でも、その部品をさらに軽くして
性能を上げるのは難しいのです。

一度余裕を持って設計してしまうと
そこから攻めるのは勇気が必要です。
それに何より面倒くさい。
これ、強敵です。
特に
攻める勇気が無くて面倒くさがりな人には。

なんかやってることが矛盾してるように見えますよね。
でも、こういうケースは良くあります。

正直なところ
そうなっちゃうのも仕方ないとも思います。

だってね
小さい頃から
「失敗しないように!」
って散々言われて育ってくるわけでしょう?
親や先生は当然のこと
メディアはすぐに失敗した人を吊し上げるし。
「失敗は悪だ」みたいに。
そうなちゃってもしょうがないですよ。

なので
良い子ほど
チャレンジして失敗する経験ができないので
良い仕事ができない
ということになるケースが多いのです。
なんと皮肉な。

超元気な学生だって
最後に何を言うかと思ったら
「~が起きないように!」
とか失敗しないことを狙ってたりしますからね。

さて
ここで冒頭に戻りましょう。

転ばないと限界が分からないんですよ。
転ばないようにやるんじゃなくて
転ぶまでやってみれば良いんです。

学生のうちにその辺を意識して
チャレンジする経験ができたら良いですね
そのチャンスがあったら
ぜひ掴んでほしいものです。

あとね
失敗が怖い人は
失敗にフォーカスしているから失敗しやすい
っていうのもあります。

誰しも過去の経験のうち
失敗の方が多かったりするし
チャレンジすれば、いずれは失敗はするので
失敗が怖い人は
「どうせうまくいかない」
が説得力あるリアルな経験として記憶されて
それが主役になっています。

もちろん他人にも
「どうせうまくいかないからやめておけ」
と言うでしょうね。
本気で。
だってリアルな経験の記憶があるから。

恐れずにチャレンジするというのは
恐れてやらない者から見たら
ただのバカなのかもしれないけど
だったらバカになるしかない。

だってそうしないと限界分からないじゃん。

サーキットで限界探って転んじゃうのを
レースに興味が無い人から見たら
ただのバカに見えるのかもしれない。

結局は
超シンプルなんですよ。

成功することを夢見てやるか
失敗を心配するか
その2つしかなくて
どっちが視野に入っているかが重要。

成功するためにチャレンジする人は
どうしたら成功するかを見ているので
成功する可能性が高い
というだけの話です。

失敗しても諦めずに続けるには
好きなことをやるとか
やっていることを好きになるとか
その先にあることを想像するとか
諦めない理由を作ることが大事かもしれません。

そういうお前は成功してんのかって?

いやいや、まだ成功してないと思ってます。

やはり「技術は人なり」だ

お付き合いのある
とある会社の社長さんが
我が夢工房に来てくれました。
F1とかMotoGPなどの
トップカテゴリーのマシンの部品はもちろん
ジェットエンジンとかロケットとか
とにかく最先端の部品を
世界最高の精度と品質で作る
凄い会社の社長さんです。

世界中の(「日本中の」ではありません)トップカテゴリーの
ほとんどのチームがその会社に部品を発注しているので
どのチームが勝っても嬉しいという凄い仕事をしてます。

レーシングマシンの仕事しかしていないわけでないけど
こんな表現ならレベルの高さが分かりやすいのではないかな。

本学の卒業生もその会社で良い仕事をしてますし
仕事をオーダーしているチーム側の設計者も
私の研究室の卒業生だったりします。

嬉しいやらありがたいやら。

今まで何度も工場を見せてもらって
話を聞かせてもらっていますが
そのたびにビックリしたり納得したり。

話を伺っていて
エンジンからEVにシフトするとか
自動車そのものの形態が変わっちゃうとか
これから色んなことが大きく変わるだろうけど
高いレベルにチャレンジできる組織は生き残っていくんだな
と感じました。

「これからはEVだ」
と聞くとすぐ動いちゃったり
フラフラすると生き残っていけないみたいですね。
トレンドに追従したくなる気持ちは分からなくはないけど。

チャレンジして強みを作って磨いていく
本筋はこれだな。

やっぱり「人」だな。
と思いました。

チャレンジする人が
高い技術を必要とする
高い技術を生み出す

「技術は人なり」
ですよ。

結局は本人次第なんだけど
背中を押すことはできるはず。

夢工房では
せめて原石を割って
宝石が見えるくらいのところまでは持っていきたいものです。

価値ある人ってどんな人?

「世のため人のため」
「一日一善」
「人様から後ろ指を指されないように」
などなど
昔は世間とか他人にフォーカスした言葉をよく聞きました。

今はどうなんでしょう。
将来設計が云々とか
生涯年収がとか
学歴がどうのとか
何をやるにも自分のためです。
それを堂々と言える世の中ににもなってます。
もちろん、みんながみんなではないですが。

それの一体何が悪いんだ?

悪いかと言えば
もちろん法的には何ら問題ないですよね。
何の罪も犯していない。

しかしですよ
何でもかんでも私利私欲
そうするのは結構ですが
行動が私利私欲だと
それを外から見ていると何の価値もないですよね。

例えば
自分が何かを自分のためだけに得ることばかり
自分を守ることばかり
そればかり考えているとしましょう。

それを他人からはどう見えるでしょう。
「おー、いいねー!君にチャンスをあげちゃおう!」
なんてことにはならんですよね。
むしろあげたくないでしょう。

だって考えること行うこと
自分のためなんですから
周囲には全くメリット(価値)が無いわけです。
そこに何かを投入する理由はないでしょう。

なもんで
結局のところ
私利私欲の人が得られるものはたかがしれてる
ということになります。

私の周囲もそうでした。
凄く私欲が強くてパワフルな人
何人もいましたが
残念な結果に終わるケースが多いですね。
頭キレキレで能力高くても。
もったいないことです。

中には途中で方向転換して
うまくいく人もいますが
ごくごく少数です。

やはり
他人を利する考え方ができる人が成功してます。
そんなの当たり前なんですけどね。

でも、実行するには勇気が要ると思います。

他人の利益を考えた行動って
必ず自分に返ってくるのは当然。
まぁ、それを求めてちゃいけないんですが。

他の利益を考えて動ける人って
周囲から見たら
ありがたい人
ですもんね。

まさに「価値がある人」ってことです。
超シンプルですよね。

こういう理屈って
昔話にも入ってるし
偉人伝にも記されてるし
みんな当たり前に知っていることじゃないのかな。

時代とともに色々変わっていくけど
捨てたらいかんものもあるでしょう。

当たり前かもしれないけど
そんな基本的なところを考えて動ける
価値あるエンジニアの卵を育てたい。

私はまだまだ未熟で能力不足の修行僧なのですが
そんなことを理由にやらないって訳にはいきません。
どうせ人間は一生完璧になんてなりませんから。

心の時代がやってくる

いやね
別に
これからはスピリチュアルな世の中に突入するぞ!
とかいう話ではないですよ。
するかもしれませんが(笑)

今までの時代は
言ってみればテクノロジーの時代だった気がします。

産業革命以降が顕著ですが
新しい技術が次々に出てきて
その技術によって色々メリットがありました。

物質的に豊かになったのはもちろん
環境とか医療とかが進歩して
新生児の死亡率が下がって
寿命が延びて
人口が爆発的に増加して
生産人口が増えて
経済が成長して

という感じで
パワフルなループが回っていたんですね。

そんな中で我が日本国は
先進国とガチンコ勝負できるだけの軍事力を手に入れて
(もちろん戦争は良いことではありませんが
それだけの力を手に入れたのは事実です)
戦争でボロ負けしたにもかかわらず
高度経済成長を遂げて
一億総中流なんていう凄い状態になりました。
もちろん、その過程には色々と外的な要因とかもあったのでしょうが
そこは今回の本質ではありませんので置いておきます。

その後もバブルがはじけたり
色々あるわけですが
なんだかんだで日本は技術の国
ってことになってますね。

なので
みんなで技術を学べばハッピーに!!

本当はそんなことなくて
まず技術がそこにあったわけではなく
最初は誰かが何かを考えるところからスタートしていたはずですよね。
なので本当の根源にあったのは
熱意とか思考だったはずです。
知能やらの前に、心の部分が大事だったはずです。

その証拠に
松下幸之助さんや稲盛和夫さんは
皆さんご存じの通り
立派な考えを持って仕事をされて成功している。

今までの日本は
テクノロジーの威力があまりに強力だったので
まず技術ありき
のように感じているのではないでしょうか。

その結果
生活水準が高いにもかかわらず
幸福度は低い
なんてことになってます。

技術レベルは高いけど
心のレベルがなおざりになっちゃったんでしょうね。

本当に欲していないのに
外部から「技術」を突っ込まれれば
(いやいややらされる状態)
それなりのものは持っている状態にはなるかもしれませんが
それを駆動するための心が不十分な状態になります。
なので
せっかくの技術は有効に活用されない。

なんてもったいない!

高度経済成長までは
これでも良かったのかもしれません。
でも
そういう時代は終わってしまいました。

これからも技術は重要で
ますます生活における重要度は増してくるかもしれません。

技術の重要性は「あたりまえ」になってくるでしょうから
足りない「心」をどうやって成長させるか
これが重要性を増してくるでしょう。

心が成長すれば現状の技術に不足(ギャップ)が生じる
そのギャップを埋めようとする欲望がパワーの根源です。

たぶん
日本ってそうやって成長してきたのではないでしょうか。

これ、みんな気付いてるんでしょうけど。
今さらですが言ってみました。