今年もお世話になりました

いよいよ令和2年が終わろうとしています。
皆さん、今年はコロナ禍で大変でしたか?
私はあまり大変だったという記憶がないのです。
記憶力が悪いのか(笑)
記憶喪失か(笑)

記憶喪失と言えば!
皆さん、記憶喪失になったことありますか?
私はあります。

オフロードバイクの練習をしていて
転倒して岩に頭をぶつけて気絶したようです。
その後、しばらく記憶喪失になりました。

自分がなぜ、どこにいるのか分からなくなりました。
走り慣れているはずのコースの出口すら分からなくなって
捜索に来た仲間に先導してもらってピットに帰り
しばらく何も思い出せなくて困っていました。

一番困ったことは何だと思います?

自分の仕事が思い出せなかったことです(笑)
そこで仕事!?

幸いにして1時間もしないうちに
記憶は徐々に戻ってきました。
でもこの一件で脳細胞が大量に破壊されて
馬鹿野郎になってしまったのでしょうね。

おっと脱線しましたね。

今年は例年と大きく違っていたことは
重々分かってはいますが
まぁ、こんなもんだよね
という感じでした。
身近なところで大変なことが起きなかったので
こんなお気楽なことを言っていられるのでしょうね。

あと、あまり困難を困難として
記憶しないたちなのだと思います。
懲りない馬鹿野郎とも言います。
悪いことや辛かったことにフォーカスして
くよくよしてもしょうがないですもんね。
過去のことが変わるわけでなし。
過ぎたことは過ぎたこととして
経験として未来に活かせばいいわけで
「で、どうすんだ?」
が重要だと思ってます。

でも
過去にとらわれてしまいがちな人は
ぜひ覚えておいてください。
くよくよ考えるのは
思いのほかエネルギーを使って
自身を疲弊させます。

前にも書きましたが
あなたの脳みそはカロリー消費マシーンです。
そのエネルギーを未来に向けて使いましょう。
きっと素敵なことがおきますよ。

くよくよ考えたらダイエットになるか?
なるかもしれませんが
不健康なのでやめましょう。

そんなこと簡単にできたら苦労しないって?
その通りですね。
でも、簡単かどうかはともかく
いつかはなんとかなると思います。
そしてそこに価値がある!

それはそうと
この1年の感覚は変でしたね。
何か早かったような
ずいぶん長い時間が経ってしまったような
色々あったような
特に何もなかったような

でも、視野を広げて色々と考える良いきっかけにはなりました。
現時点では頭の中に
グシャグシャな知識がゴロゴロ転がっているような状態なので
本格的に考えて行動するのは来年から
…と言いたいところですが
頭で考えていることは
すでに行動していることの一端になっている
と思っているので
来年はきっと色々と形になっていくと思います。

皆様
今年一年大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
良い新年をお迎えください。

もっと良くなる

なんだこのタイトル。

日頃から思うことがありましてね。
文句みたいになっちゃうかもしれないけど
これを良くしたら
我が国はもっと良くなるはずだ
と思うことをお話しします。

あなたが該当していないなら
それは素晴らしいことです。

もし該当していたら
あなたはこの国を良くできる一人です。

さぁ行ってみよう!

例えば
ラーメン屋さんに行くとしましょう。
あなたはタンメンが食べたい。
で、注文するときに何て言いますか?

「タンメン」

「タンメンお願いします」
じゃないの?
ある程度年齢がいった人が
若い店員さんに注文するなら
「タンメンちょうだい」
とかもありだと思いますが。

本人にはそんなつもりはないのかもしれないけど
横柄に命令しているような感じじゃないですか。

中には

「タンメンでいいや」

って人もいるでしょう。
「~でいいや」
って何なの?
妥協してるの?
「どうせダメだけど、これでいいや」
みたいじゃないですか?

お金払ってるんだから
敬意を払う必要ないのでしょうか?

そんなことはないでしょう。
美味しいものを提供してもらうんだから
敬意を払うべきでしょう。

美味しかったら
「美味しかったよー!」
って言ってあげたら
相手も喜びますよ。
そしたらお店の人だって
よーし、次も頑張っちゃうぞー!
って思いますよね。

あと
コンビニやスーパーなんかでも
店員さんが
挨拶してくれますよね。
「いらっしゃいませ~」
「ありがとうございました~」

まぁ、マニュアル通りなんでしょうけど。

で、あなたはどうします?

欲しい商品をひっつかんで
レジに無言で置いて
無言でおつりをひっつかんで
店から出る

これ、おかしくないですか?
相手は人間だってこと忘れてないですか?
これもお金払ってるんだからいいんですか?

あなたが取引先に納品に行ったら
相手が無言であなたの仕事の成果を受け取って
無言で伝票を「バン!」と置いて
行ってしまったらどうでしょう?
そんなことは当たり前ですか?
そんな相手のために良い仕事しようと思いますか?

先進諸国はもちろん
日本以外の多くの国では
こんなこと無いです。

コンビニでもスーパーでもレストランでも
お店の人に挨拶するのは当然だし
ありがとう!って言ってお店を後にしますよ。

以前、アメリカのちょっと治安の悪そうな地域で
ガソリンスタンドに行きました。
大抵のガソリンスタンドの事務所はコンビニみたいになってます。
その窓には強盗対策の鉄格子が付いてました。

で、中に入ろうとしたら
先に入った
超ガラの悪そうなガタイの良い
ギャングみたいな黒人青年が
ドアを押さえて待っていてくれたんですよ。

もちろん嬉しかったです。
そんな小さなことですが
「あ~、負けた~!」
と思いました。
「こんなこと日本人にはできねぇ!」
と。

そんな経験いっぱいあります。

日本人は礼儀正しい親切な人たちだ

と海外の人が思ってくれているなら
そりゃ嬉しいです。
ありがたいことです。

もちろん海外の人たちに限らず
接する人には親切にしている
日本人も多いだろうと思います。

でも何か違う。
まだいける。
もっとできるはずです。

何でそうなっちゃうのか
原因を追及したら色々出てくるかもしれませんし
昔はこんなんじゃなかったと言う話もできるでしょう。

でも、そんなことより
この現状は誰でも変えられるし
やれば絶対何かが良くなります。

あなたが
「こんちはー!」
「どうもー!」
「ありがとねー!」
と言うだけで
何かがちょっぴり良くなります。
相手がコンビニのバイト店員でも
そのうちマニュアルの枠を超えてきますよ。

あなたの一言が
相手の明るい気持ち
嬉しい気持ちを発動できるんですよ!
これ、凄いことじゃないですか!

そんな気持ちになった人は
きっと良い仕事してくれます。
日本がもっと良い国になりますよ。

いい国つくろう鎌倉幕府
これが歴史の授業の唯一の成果
ダメな日本人がお送りしました。

学びのメンタリティ

クリエイティビティを鍛えるために何かしましょう
というようなお話をしました。

「勉強だけでも大変なのに
さらに何かやるなんて無理だわ。」

「勉強を完璧にできるようになったら
その上にプラスアルファを積むのだ!
(でもボクは勉強を完璧にはできないから
その先のことなんてできないよー or やらないよー)」

というような思考になりがちかもしれませんが
そういうのやめましょう。

まずは
やりたくもないことをやっている
という前提を崩して
「やらされている」感覚から
「やりたいからやるのだ」という感覚に
シフトする必要があります。

やりたくもないことをやっているのに
創造力を働かせて…なんて無理ですから。

そのためには「楽しさ」は重要です。
壁にぶつかっても歩みを止めないために。

楽しいからやる
もしくは
楽しくなるように工夫する
が必要でしょう。

あなたが夢に向かって頑張っても
何かあると
「お前、そんなことも知らねぇのか!/できねぇのか!」

とか言われることがあるかもしれませんね。
でもいいんですよ。

それから調べたりして
「あ!そーなの!?なるほどねー!」
って納得したり
分からなければ
「じゃ、どうすればいいのー?」
って教わったりして
そのときに吸収してもいいじゃないですか。

で、やっていくと
「あ!そうか!」
って時が来ます。
先に理論ばかりを覚えることよりも
むしろこっちが重要な勉強かもしれません。

勉強が完璧になってから次の段階だ!
なんてやらなくていいんですよ。
完璧になる頃にはヨボヨボになって
実践できなくなっちゃいますから。

自動車を学びながらクルマを作ってもいいし
飛行機を学びながら飛行機作ってもいいじゃないですか。
文学を学びながら本書いてもいいですよね。

こういう思考とかやり方で
果たしてうまくいくのか?

いかないかもしれませんね。
どうせ絶対的な保証なんか無いですよ。
必ずリスクがあります。

でも、教科書に載ってる知識一本槍でいったって
それはだれでも知ることができるわけで
それを知ってる人って
すでに世の中にいっぱいいるでしょう。
じゃぁそれも独自性とか優位性は無いですよね。
それを知ってれば飯を食えるなんて保証はどもにもない。
つまりそっちもリスクがある。
さらに言うなら
「知ってる」と「できる」は違う。

だったら好きなこと
好きになれそうなことを
頑張ってやっていれば
その中に発見があったり
それを発展させる
なんてことができる可能性はあります。

他人から(特に学校でとか、権威のある人とかから)
「これは重要だからやれ」
って言われたことは
一見信憑性が高い気がします。
一般論ってのもありますしね。

でもそれは
いつ、誰が、何のために、どのようにやるか
で重要性が変わってきます。

それに
少なくとも受け入れるには
納得する必要があるでしょう。

もしそれが
好きなことじゃなければ
納得していなければ
「重要なこと」(重要だと言われたこと)を
「やらされる」
という感覚になるので
(心の底には「できればやりたくない」がある)
いずれ何かの役に立つ…のかなぁ?
程度になってしまうかもしれません。

としたら
自ら進んで
それを役立てよう
とは思わないでしょう。

でも
好きなことであれば
「自らやる」
となって実践にもつながりやすい。

その中に何か発見があったり
そこから新たな何かを生み出したりが
できるかもしれません。
何よりその「重要なこと」が
最大限に役に立っている実感を得られるでしょうから
次へ次へ、その先へ
ってなりますよね。

それに
そういうふうに自ら経験して得たことは忘れない。
実践知です。

学校では
形式知の伝授がメインで
理論に強い人を育成することに主眼を置いてきました。

でもそもそも
理論って実践のためにあるわけなので
単独では役に立ちません。
勉強が「できる」といったって
実践「できる」わけではないですから。

将来、理論だけの専門家になるんだ!
と言ったところで
現場・現実・現物
を知らない専門家は役に立たないでしょう。
やはり早めに実践する経験を得ておくのは大事です。

実際にやってみるのは
面倒だったり
失敗が怖かったりするかもしれません。
勇気が要りますね。

でもやりましょう。

勇気が必要だからこそ
その「やること」は
「好きなこと」
である必要があるのです。

やってみて
うまくいかなかったとしても
何か失うものはありますか?
あるのかもしれないけど
必ず「経験」が残ります。

やらずに足を止めていたときに
失う時間は
絶対に帰ってこないし
何も残りません。

ホンダを創業者した本田宗一郎さんが
「やってみもせんで何が分かる!」

サントリーを創業者した鳥井信次郎さんが
「やってみなはれ
やらなわからしまへんで」

と言ったのは有名な話ですね。
ここに学びの本質があると思います。

やったら
わかる

長いこと教育の主眼は
「生きるためのツールとしての知識」
を手に入れることだったけど
これからは
「生きるための勇気(心)」
を手に入れることにシフトしていくのでは
ないだろうかと思っています。

技術が発展して誰でも使えるようになって
さらに
知識に容易にアクセスできるようになるのですから
そうならざるを得ないでしょう。

やってみなはれ

クリエイティビティを鍛えねば

新しいもの・こと
をつくることを仕事にしたいなら
クリエイティビティ(創造性)が必要です。

新しいもの・こと
とは
独自性とか新規性ですかね。

これを育むにはどうしたら良いのでしょうね?
ってのが私の仕事の核にある重要なことの一つです。

今回のネタは
「おまえは偉そうなことを言うけど
今までの実績はどうなんだ?」
とか
「そんなこと言って証拠はあるのか?
エビデンスを示せ!」

とか言われそうなんですけど…
言われるかな(笑)?
まぁいっか。

そもそも
もし、実績とか証拠とか理論とかをベースにやったら
それ、新しいの?独自なの?
ってなっちゃいませんか?

だって、実績も、証拠も、理論も
ぜんぶ過去のことでしょう?
全部古いってことじゃないですか。

それやっても
そもそもクリエイティブじゃないです。

でも大学ってアカデミック
つまり学術的なことを教えるところなんですよね。
学問って、100%古いことなんですよ。
全部過去のこと。
すでに分かっていることなんだから
そういうことでしょう。

確かに過去の重要なこと
役に立ちそうなことを
身に付けるのは大事なことです。
新しい何かが起きても
過去の事例を参考に対応できることは
たくさんあるでしょうし。

安定していて
ある程度先が読める世の中なら
それだけで良かったのかもしれません。

でも
これからどうなるか分からない世の中で
大きく変わる環境でやっていくためには
それだけじゃ不十分だと思うのです。

クリエイティビティを鍛えるには
どうなるか分からないけどやる
というようなことを
ガンガンやっていく必要があります。

まずやってみよう!
すぐやってみよう!
何度もやってみよう!

ここで言いたいのは
過去のことなんか意味ねーから
勉強なんか意味ねぇぞ!
とか
発明しろ!
とか
って極端なことではなくて

学問を学ぶお勉強って大事だけど
それだけじゃなくて
他にも何か必要だよね。
ということなのです。

だって
多くの学校では
クリエイティビティを鍛える教育
なんてしてないですから。

あーあ、言っちゃったよ。

なので
これからも学生達とジタバタしていくぞ!
と思っているのです。

コーヒーのお話

最近はコーヒーの生豆を買ってきて焙煎して飲んでます。

そもそも
そんなにコーヒーに特別な
こだわりがあったわけではなかったのですが
近所のショッピングモールが台風で水没して
そこに入っていたコーヒー豆の
お店が閉店してしまったので
それをきっかけに生豆を買ってきて
自分で焙煎するようになりました。

最初は試しにちょっとやってみようかな
という感じだったのですが
あまりに美味くて
それ以来、自分で焙煎して飲んでます。

コーヒー豆の名前って、みんな産地名だったんだ
とか
産地とか農園で結構味が違うんだなぁ
とか
聞いたこともないのがこんなにあるなんて!
と、色々発見があって面白い。

コーヒーの保存期間というか美味しい期間って
生豆で2~3年
焙煎した豆で1週間
挽いた豆で2~3日
くらいらしいです。

それは自分で焙煎するようになって
よく分かりました。

確かに焙煎済みの豆とは明らかに違います。
ちなみに、焙煎後の豆は2~3日経たないと
あまり美味しくないですね。

で、こんなことを始めると
色々興味が出てくるわけですよ。
この豆はどうやって作ってるんだろう?
とかね。

コーヒー豆って
手摘みなんですね。
コーヒーチェリーっていう赤く熟した
果物みたいな実を1個ずつ手で摘んでます。
ブラジルなんかだと機械で収穫するような
ところがあった気がしますが
恐らく多くの国では手摘みだと思います。

積んだ豆は、ほとんど手作業で
「生豆」と呼ばれる状態まで加工してます。

凄い手間掛かってますよ。
これを安くやるには
やはり人件費が安い国で大量に作らせて
安く買い叩く必要があるわけですね。

アフリカなどの多くのコーヒー農家は
すっごい大変な労働の結果
こんなに美味しいコーヒー豆作って
生活もやっとだったりして
こりゃ報われないなぁ
と思ったりします。

なので、現地の生産農家の持続性を考えて
市場価格ベースでの大量一括購入の
買い叩きを避けるために
フェアトレードが出てきたそうです。
最近では
ダイレクトトレードなんてのも現れましたね。
興味がある方は調べてみてください。

ちなみに
生豆は安いです。
1kgで1000~2000円くらいです。
これで100杯くらい飲めるんじゃないかな。たぶん。

個人が生豆を買う
ということは
流通の上流で割高で買っていることになるのだろうけど
(大手コーヒーショップチェーンやメーカーなどは
この時点で買い叩いているのだと思う)
それでも十分安いし美味いわけで
ほんの少しでもコーヒー農家に貢献できているのかな。

少なくとも
色々理解することで
生産者に敬意は払えるようになりました。

買った生豆は
まずは選別してダメそうなものをはじきます。
その後、煎って冷ましてできあがり。
これも趣味でやっている人のサイトを
見ると参考になると思います。

私は小さいフライパンを使って
小型のIHヒーターでやってます。
本格的にやっている人から見れば
鼻で笑われちゃうようなやり方かもしれません。
でも美味い!

興味のある方はぜひやってみると良いと思います。
多少は手間が掛かるけど
コーヒーショップで飲もうと思わなくなっちゃいますよ。

バイク考 曲がるお話2

前回は簡単に
どういう原理でバイクは曲がるのか
というお話をしました。

その中で
倒して曲がるのだ
ということを言いましたが
今回は
じゃ、どうやって倒すの?
というお話です。

何か初心者向けバイク講座の様相を呈してきましたよ!
今回も分かりやすくいってみましょう。

方法は2つ
倒したい方向と逆にハンドルを切る
曲がりたい方向に重心を移動する
(しておく)

なのですが!
最近、レース関係者の中でも
このどちらで曲がっているのだ?
どちらで曲がるべきなのだ?
というのがちょっとした論争になっていたりするようです。

先日、元世界GPライダーの上田昇さんと
お話しする機会がありました。
その際、この話が話題に上がったのですが
結局
「どっちもやってるよねー!」
という結論でした。

倒したい方向と逆にハンドルを切る
これは自転車と同じく無意識にやっていることです。
もちろん意識的にもできますが。

自転車もバイクも
ハンドルを切ると逆側に車体が倒れます。

例えば
手のひらの上に箒を逆さに立ててバランスを取っている状態で
手のひらを右に動かせば
箒は左に倒れる
それと同じです。
こういうのを倒立振子(とうりつしんし)といいます。

ハンドルを右に切ると
前輪は右方向に移動しようとする
でもバイクとライダーの重心は
動きたがらないので取り残される
で、バイクが左に倒れる
ってことですね。

そのままじゃ
ハンドル逆向いちゃってるじゃん!

そう。
ハンドルは
車体が倒れた後に
勝手に曲がる方向に切れるんですね。
これを
セルフステア
といいます。

一般的には
コーナリング中はハンドルに入力はしないで
このセルフステアを妨げずに曲がるべきとされています。

ちなみに
コーナリング中にハンドルに入力するとどうなるか?

曲がっている方向に切り増せば
バイクは起きてくるし

曲がっている方向と反対に切れば
バイクはより倒れようとします

曲がりたい方向に重心を移動するでは
曲がる前にライダーの体勢で準備をしておく必要があります。
あらかじめ曲がりたい方向の側に体を移動しておくのです。

何もサーキットを走っているレーサーのように
大きく体をずらさなくても
上体だけで良いですよ。

すると
片側が重くなりますので
そっち側にバイクは倒れようとします。

大抵の場合は
曲がる前は直進の状態なので
その間に準備しておきます。

曲がる直前では不安定になっちゃうので
直線状態でブレーキを掛けているときが良いでしょうね。
ブレーキング中は車体が直進・直立状態で安定しようとするので
体を動かすには好都合なのです。
ハードなブレーキングの場合は
これでは間に合わないこともあるので
もっと早めに準備しておきましょう。

体を動かして準備が完了したら
減速に使っていたフロントブレーキを
放していく
するとバイクが移動した重心側に倒れていきます。

フロントブレーキは
減速の道具でもあり
バイクを倒すタイミングを作る道具
でもあるんですね。

なので
最初は減速するために掛けますが
最後はバイクを寝かすまで
軽く引きずっておく
そうしている間バイクは直立して
安定したがりますから。

倒したい方向と逆にハンドルを切る
曲がりたい方向に重心を移動する

いずれの方法でも
バイクが倒れて
希望の角度になってきたら
アクセルを開けて安定させましょう。
アクセル開けないと
旋回も弱いままなので注意してください。

さてさて
冒頭の方に書いた
上田さんと話した
「どっちもやってるよねー!」
ですが
これはもうちょっと次元の高い話です。
原理的には全く同じですが。

どういうことかというと
サーキットを走っていて
例えば直線の終わりなどで強烈な減速をして
曲がっていくわけですが
そういうときの話です。

教習所では
「直線でブレーキ操作は終えておきましょう」
と教わりますが
それをやっちゃうと曲がるきっかけが掴めないし
レースだとタイムが稼げないので
ハードブレーキング状態から
ブレーキを放していくと同時に
バイクを倒していきます。
減速から連続的に旋回に入るんですね。

ブレーキングの最中は車体が起きようとします。
ブレーキを強く掛けるほど強く起きてきます
で、最近は
車体もタイヤも性能が上がってきているので
結構強くブレーキが掛かっている状態でも
ハンドルを曲がる方向と逆に切って
旋回に入れるんですね。

それとライダーの体重移動の両方を
曲がるきっかけにしてるよね
という話です。

昔は
ハードブレーキングの後半で
ブレーキをリリースすると同時に
スッと旋回に入っていったもんですが
最近だと
結構強引な感じでグリグリいける感じですね。

でもこれは
サーキットの話です。
公道で頑張りすぎると危ないですよ。

バイク考 曲がるお話

以前バイクについての投稿をしました。
他にも自分が気に入ってる
バイクの面白さと難しさについて
書いておきたいと思います。
バイクに乗ったことがない人にも分かるように
簡単に書きますね。

バイクの面白さと難しさって
表裏一体だと思うんです。
まぁ、何でもそういうもんだとは思いますが。

誰でも同じようなことをして
同じような結果が簡単に得られるなら
恐らくバイクに乗ってない気もします。

まず難しくて面白い筆頭にあげるのは
コーナリング
曲がるときです。

バイクの曲がる原理は
「キャンバースラスト」
ってヤツです。

別にそんなに難しいことではなくて
例えば
バイクのタイヤをコロコロって転がします
まっすぐ立って転がっているときは
まちろんまっすぐの軌跡で転がっていくのですが

いったん倒れ始めると
倒れた方に曲がっていきますよね。
アレが原理です。

ということは
バイクは倒さないと曲がらないのですよ。

でも
タイヤが2個しかない乗り物だから
不安定で転倒が怖いわけです。
でも倒さないと曲がらない。

心理的に抵抗ありますよね。
難しいってことです。

バイクに乗って
カーブに向かっていくとします。

曲がるためにはバイクを倒す必要があります。
でも転倒が怖いので倒さないと…
曲がらずにカーブに突っ込んで
もっと怖い結果になります。

ほら、どうですか?
人生みたいでしょう(笑)

怖いからとか
面倒だから
なんて理由で
やるべきことをやらないと
ソイツは恐ろしいモンスターに成長して
あなたに襲いかかってくるわけです。

でも
蛮勇をふるって
無茶なアプローチをすると痛い目にあいます。

でもまぁ、そういうのは勉強ってことで。
限界って目に見えないので
やらないと分かりませんから。

まずはイメージして
適切(と思った)タイミングで
迷わずにスパッと決める。
うまく決まれば気持ちいいですよー。

2007 NSF100 HRC Trophy MOTEGI Round 1 優勝

最後に選手権(シリーズ戦)に出てたのはもう13年も前になるんですねー。
最後はミニバイクでした。写真のゼッケン6です。
このときは雨のレースでで優勝!
雨のレース、好きなんですよ。
このお話も機会があったらさせてもらいましょう。

日本のコンセプト

人間は社会性のある生き物です。
つまり
一人では生きていけない。

自分で食べ物や衣類や家を作って…
ってできる人はそうそういないですよね。

なので組織で色々やっているわけですね。
会社とか地方とか国とかの単位で。

それによって一人じゃできない
でっかいこともできる。
そのときに
向かうべきゴールや
達成のためのコンセプトが
明確化されていると
より強力に推進できます。

というか
それが無ければ
一体何のために何やってんだ?
ということになります。
各人バラバラだったら
組織のパフォーマンスは
個人のパフォーマンスの上限に
近づいていってしまいませんか?

学生がレーシングカーをつくっているのを
見ていると思いますよ。
無駄な部品は1個もないので
極端なことを言うと
何か1個でも壊れたら終わり。
つまり
マシンのパフォーマンスは
一番パフォーマンスの低い部品に揃うわけです。
全体の向かうべき方向性が明確になっておらず
テキトーなのが1個あったら
それがイコール全体のパフォーマンスになっちゃう。

さてさて
「八紘一宇」(はっこういちう)
という言葉がありますね。

これ、大戦時のスローガンに
使われていたこともあり
毛嫌いされることも多いのかな
と思いますが

そもそもは
紀元前660年に
神武天皇が即位したときに言われた言葉で
「大きな屋根の下に住む一つの家族みたいに
みんなで仲良くやっていこう」
というような意味だったはず。


これが建国のコンセプトなら
こりゃ最強だな!!
と思うわけですよ。

個人的には
凄くシンプルで
崩しようがないな
と思います。

皆で力を合わせて
家族みたいに仲良くやっていけたら
そりゃ楽しいし
うまくいくでしょう。

難しいこと言わないで
シンプルに頑張ってるのが強いんだと思います。

そういえば
前にいた会社は良い会社だったなぁ
と今更ながら思うわけですよ。
みんな家族みたいに仲良くて
同じような夢を見て頑張ってたなぁ。
良いボスや仲間達に恵まれてたから
自分が勝手に一方的に
そう思ってただけかもしれないけど(笑)

でも
この大学に来てからも
奇跡のように頑張る学生達と一緒にやってこられたから
これはこれでありがたいことです。

ちょっと早いかもしれないけど注連飾りです

建国のコンセプト通りになったから
神道と仏教とキリスト教が同居して
うまくやっていけてるのかもしれませんね

ダライ・ラマ法王の言葉

手元に気になったことを色々書き残しています。
頭のメモリ容量があまり大きくないからです(笑)

手元をあさっていたら、今年の年始のダライ・ラマ法王の言葉が出てきましたので紹介しましょう。
世界に向けて発信したので英語でした。

Time never stands still, it’s always moving on. The past is beyond our control, but the future is still in our hands. To shape it we must use our intelligence and make an effort.
We can change our circumstances. Becoming demoralized is of no use. Today, technology has given us one human community in which we can work together. With the start of a new year, a new decade, let’s look forward to positive change.

ざっくり訳したらこんな感じかな。

時間は留まることなく流れ続ける。過去は変えられないが、未来は我々の手の内にある。それを形づくるには、知性を使って努力する必要がある。
我々は自身の置かれた状況を変えることができる。心配は役に立たない。今日、我々はともに力を合わせるためのテクノロジーを手に入にしている。新しい1年の始まりに、新しい10年の始まりにポジティブな変化を楽しんでいこうではないか。

こんなんで大体意味は合ってると思います。
今にぴったりではないですか。

今まで苦労してやってきたことがAIに取って代わられるなんて恐れる必要は無くて、不毛な面倒なことは奴ら(AI=新しい道具)がやってくれるようになっていくから、我々人間はその先のことにより集中できるんですね。そりゃ楽しい。

そして、今まで繋がれなかった人たちと、あっという間に繋がれる。
いよいよインターネットの本領発揮で、新しい価値が生まれてくる。

我々はこれから
何を手放して
何を手に入れるんでしょうね。

色々試してみましょう。
立ち止まっている場合ではないですよ!

バイク考

趣味は何ですか?

と聞かれたら
バイクです。

クルマも大好きで趣味にしたいけど
今はバイクかな。

16歳の誕生日に免許取ってから
ずっと乗ってます。

レースもやりました
メカニックとしても
ライダーとしても。

飽きないですねぇ。

あんな危ないもの乗って
バカなんじゃないの?
って言われたら
返す言葉もありません。

いや、返す言葉はありますね
「たぶんバカなんでしょうね」
かな。

と、そんな自虐的なことを言いたいわけではなく
何でバイク乗ってんの?
ということなんですが

これには理由があります。

面白いからです。

初めてバイクに乗ったとき
面白すぎて笑ってしまいました。
「こんな面白い乗り物が世の中にあるんか!」
と。

右手一つで
むき出しの体が凄いスピードで思った通りに移動する感覚
実際は50ccなので凄いスピードではなく
さらに初心者なので全く思った通りでもないのですが
そのときはそう感じたのです。

それからいろいろ経験して
痛い思いもしましたが
やはり面白い。

面白さの一つは
自身をコントロールしている感覚です。
道具としてのバイクをコントロールする面白さもありますけどね。

バイクは危険な乗り物なので
死なない領域に常にとどめて
その中でいろいろコントロールする必要がある
ってところです。
自分自身を自分自身で。

あれ?
これこそが自由だ!!

いろいろチャレンジもしますが
死なない領域にちゃんと留めておくのは前提
そしてイメージを描いて
それを実現するように操作することの繰り返し

で、
思った通りになったり
ならなかったり

「完璧」という感覚は得られないので
常に色々トライしている感じです。
やってもやっても先がある。

修行僧ですね(笑)

なので
バイクでツーリングなんかすると
景色見たり
おいしいもの食べたり
温泉入ったり
という楽しみよりむしろ
走っていること自体が楽しいのです。

最近で言うと
住んでいる埼玉から出て
24時間以内に
北海道最北端の宗谷岬まで
1500km走ったり

真夏のオーストラリアで
1週間で3700km
途中では気温45度の砂漠を数日走って
死にそうになる(ちゃんと危機回避はしてます)

とか変なチャレンジしてるんですが
これは快楽的なお楽しみ要素はほとんど無いです。
でも楽しいです。

山に登る人とか
マラソンしている人もこんな感じではないのかな?

「そんなバカなことやってる人間と一緒にすんな!」
と言われたら謝るしかないですけどね。

「脳トレ」で有名な川島先生が仰ってますよね。
「バイクに乗ると脳が活性化する」って。

あれ、本当ですよ。
バイクで通勤すると
朝から脳みそギンギンで仕事できますもん。

あ!そうか!
最近クルマで通勤してるから頭悪いんだな!!
いや、それは生まれつきだわ。