二種類の「頭の良さ」

学校では、頭が良いとか悪いとか言いますけど…

一般に「頭が良い」と言われる能力には、大きく分けて二つの性質があります。

一つは、再現型思考と言われるもの。
まぁ、呼び名はどうでも良いのですけど、大事なのはその特徴です。

  • 与えられた問題を解く
  • 記憶や既存の解法を利用する
  • 思考は収束的(正解に向かって絞っていく)
  • 試験や標準化された評価に強い

これは、既に存在する知識や方法を用いて正解に到達する能力です。
様々な解法(手段)の中から、適したものを選んで解いていき、一つの正解にたどり着くような思考パターン。
言ってみれば、正解に向かって収束していく考え方です。

これはまさに試験、受験に必要な能力です。
数値化できるから、学校で評価されるのはコレです。

もう一つは、創造型思考と言われるもの。
こちらは、既存の知識を組み合わせながら、新しい解や可能性を生み出す能力です。

特徴は

  • 問題そのものを定義する
  • 知識を材料として再構成する
  • 思考は発散的(可能性を広げる)
  • 不確実な課題に強い

この思考は、単に再現型思考の反対というわけではありません。

アイデアや仮説、違和感

試す

失敗・評価・新しいアイデアや仮説によって修正

試す

といった、ループする思考です。
再現型思考が正解に向かって収束するなら、こちらには最適値はあっても正解が無い。

失敗の結果は、次のループで改善するための材料なので、そもそも失敗に対する認識が再現型思考と違うというのも特長。

再現型思考が収束型の思考なら
創造型思考は発散型の思考と言って良いでしょう。

学生の多くは、再現型思考です。
学校で、そのようになるように訓練されているから、そうなって当然です。

ものを作るとき、大抵は正解なんて無いので
多くのアイデアを出して、最適なものを選択したり
まずはやってみて改善して、最適、最善に近づけていく
というアプローチが必要です。

ですが、再現型思考でアプローチすると、「正解があるはず」となります。
でも、正解なんて無い。

結果として
延々と考え続けて時間切れ
となることが多いのです。

考えるのは良いことですが、経験の数を増やせないのは問題です。

夢工房で活動を開始したばかり学生達の多くは、新しいものを作るときに収束型の思考によって正解を探そうとします。
なので当然失敗するわけですが、そこから改善しながら自ら思考法を改造していくのです。

だって、そうしないとうまくいかないから。

教育の新しい形を模索しないとね

大層なタイトルですが、中身はシンプルです。
ニュージーランド視察に行って、少しずつ整理できてきた気がします。

教育はなぜ必要か?

それは
生きる術を手に入れるため

それに尽きるでしょう。

そこにはもちろん
知識やらスキルやら、もちろんウェルビーイングなども含まれてくるわけですが。

知識や経験を
自己の十分な動機無しに、他者から突っ込まれる
それも教育でしょう。

しかし、もっとも身に付くのは
内的な動機によって、自ら掴みに行く
当然ですが、これです。

そして、最も難しいのが
そのためにはどうしたら良いか?

「内的な動機によって、自ら掴みに行け!」
と言ってしまったら、その時点でそれは外的動機で、本末転倒です。

言い方が悪いかもしれませんが、我々日本人にとって学校は、知識を突っ込まれる所です。
「やらされる」と言ったら良いでしょうか。

先生が、決まったテーマの知識を伝達し、それを受け取って理解する

という特定のスタイルだけが存在します。

それが合っている人もいるでしょうし、それを望む人もいるでしょう。
なので、完全に否定するつもりはありません。

ただ、この単一の手段しかないために、力を発揮できなかったりする人は多いと思っています。

最近、不登校が多いと聞くでしょう?
恐らくこれも根源の一つとなっていそうな気がします。

自ら掴みに行く、チャレンジする「場」があっても良いと思います。
そして、知識を実践まで繋げる「場」。

人は、必要性を感じたときに一番よく学ぶのですから。
それに、目の前で形になっていく学びは面白い。

社会人なら皆分かっています。
業務上、必要性を感じて自ら学ぶ時って、凄く身に付く
ということを。

だったら学校に、ずっと必要性を感じていられるような環境があったら良いと思うのです。
もちろん学校なので、サポートは必要でしょう。
その役目が教員。

そこに、日本ならではのエッセンスを加えていき、オリジナルの形を作っていく。
そんな工夫が必要なのではないでしょうか。

ニュージーランド視察を終えて その3

今回は、ニュージーランドの教育現場を視察して見つけた特徴的なものを、ちょっとだけ紹介してみましょう。

少人数制

小学校から高校まで、多くが少人数制の授業を実施していました。
少なければ5人、多くても15人に満たなかった気がします。
生徒は「やってる感」が出ますよね。居眠りできないし。
私も、しっかりコミュニケーションを取りながら授業をするのであれば、10名くらいが最適だと思います。
教員数やコストを考えると、難しいのは理解できますが、教育の質を向上するなら多人数性にメリットはありません。

教室の工夫

外から教室内が見える構造になっている場合が多いです。
出入り口の窓が大きかったり、場合によっては壁がガラスでできていて、中が丸見えだったりします。
これは、「見られている」という緊張感を利用しているそうです。
それは、先生、生徒双方への効果を狙っています。
学校によっては、教室の出入り口は、前方に1カ所だけしかなかったりします。これは遅刻を防ぐ工夫だそうです。

グループ分け

複数の学年を含む大きなグループだったり、それをさらに小さなグループで構成したり…
多くの学校が学校内にグルーを作り、組織への帰属意識とか、助け合いや貢献とか、異なる年齢間でのコミュニケーションとかを醸成しています。
彼らはいずれ社会に出るのは間違いないので、コミュニティ内での振る舞い方を経験しておくのは重要です。

教え方

詰め込み教育によって心を挫くことをしない。
幼少期から内的動機付けを行うような環境作りをしている。
自身の内的な動機が高まったところで、より高レベルな教育にシフトしていく。
選択科目が多く、その内容は文化や芸術、スポーツなどなど。実に多種多様。
しかも、科目単品で学ぶばかりでは無く、様々な内容を組み合わせたりしている。
午前中に、モーニングティーの時間がある。つまり間食。
これによって脳へのエネルギー補給をするとのこと。

とまぁ、こんな感じでしょうかね。
お勉強はもちろんだけど、生き方の基本も学んでいる感じでした。
なんか総じて日本と逆の気がしませんか?

他にも特長だらけなのですけど、今日はこのくらいにしておきましょう。