マジョリティとマイノリティ

多数派はマジョリティ
少数派はマイノリティです。

マジョリティに乗っかりたい?
普通はそうなのかな?
「普通」というのも変なので
「多くは」と言うべきだろうか。

皆がやっていることなら安心できる?
でも、そこに根拠は無かったりしますけどね。

マイノリティは弱い立場にある?
そうかもしれない。

でも
独自性や希少性、差別化を価値とするなら
選ぶべきはマイノリティだ。

独自で希少な路線を行くなら
マイノリティにならざるを得ない。

マイノリティなら価値があるわけではないが
少数派になることを恐れるのであれば
価値の構築は難しくなることを知っておいた方が良い。

独自の発想や思考は
日頃の習慣によって形づくられている。

でも、日頃から
反射的にマジョリティに迎合するような習慣があると
独自性を発揮することは難しくなる
…というか、無理でしょう。

無意識のレベルで
習慣がそれを許さない。

「誰もやっていないこと」

これを
リスクと見るか
チャンスと見るか
その価値観が習慣を形づくる。

まさに価値観の問題ですね。

やってみないと分からない

教科書を見たところで
言われたことをやったところで

結局は
自分で考えてやってみて
初めて分かること
これが最重要なのですよね。

理解というより
気付きというか

AIが答えを出してくれる世の中ならなおさら
定型的な「正しい答え」は価値を失っていくわけで

やるからこそ分かる
つまりチャレンジですが

その辺に価値がシフトしていくのは明かです。

考えて考えて…
答えが出るまで考えるのもアリかもしれないけど

答えが出なくても行動する
そんなことが価値を増してくる気がします。

考えなさ過ぎるのは問題ですが
考えすぎるのも問題です。

となると
「良い塩梅」はどこ?
ということになるのだけど

それも色々やる中で見付けるべきことでしょう。

何事も経験です。
勇気が必要です。

試されてます。

心の時代がやってくる 6

ルールとか
そいういった定型的なものではなく

モラルとかマナーとか人間性とかの
他に及ぼす価値
つまり「徳」とかいうものですが

そういうものが価値となる時代が来る
と考えていましたが
ますます確信しつつある今日この頃です。

個人も国家も
国内も国外も

自分ファーストで
利己的な方向に思い切り振れたなら
大きな揺り返しが来るのは必然でしょう。

これ、若い世代の人の方が
敏感に感じ取っているのではないかな。

加えて今後は
AIには無いものが人には求められます。

果たして
ものごとの価値とは何なのか?
その本質を突き詰めていく時代に突入するだろう
と、そんなことを考えています。

これ、仮に読みが外れたところで
なーんにも損はしません。

というか
いつの時代でも大事なことですものね。