AIの僕(「ぼく」じゃなくて「しもべ」)を構築中

このところ進めている
AIによるサーバー管理者構築計画。

AIで動作するPCが、管理下のサーバーの状態を診断して
自動で最適化をするというシステムです。

ハードウェアは、3万円くらいで買ったミニPCです。
ネット経由でOpenAIなどのAI屋さんのAIにコントロールさせるのではなく
PC自体にAIが入っている、いわゆるスタンドアロンです。
果たしてこんな安物でサーバー管理AIエージェントになるのでしょうか?

構築作業はこんな感じ。

外部の指示役のAIエージェントをインストールしたPCで動作内容を計画して
構築対象の作業側PCにインストールされたAIエージェントに作業を指示
作業側PCは、それを受けて作業して結果を指示役PCに返し
指示役PCは内容を評価して新たな指示を出す
この繰り返し。

二つのPC間の情報の受け渡しは私がチェックしながら人力でやっています。
とはいえ、内容はほとんどAIエージェント任せです。

構築開始早々、テキストベースでの対話ができるくらいにはなったのですが
Computer useという、AIがコンピューターの画面を見て
マウスやキーボードを操作する機能を構築するのに時間がかかっていて
現在、2台のPC間でのやりとりを延々続けています。

あと、他のPCに接続してコントロールするので
セキュリティとか権限の設定などはかなり厳密に設計させてますので
その辺も時間がかかる原因のようです。

2台もPC使わずに
AI化する作業側PC単体でやらせた方が早そうなのですが
どうも構築作業の内容を見ていると
AIといえども、たまにポカをしているようで
指示側PCから結構な修正を食らっています。

1台完結でやると、どうも思い込みがあるというか
変な方向性に行ってしまったりすることがあるようで
開発の精度を上げるには、第三者視点というか
客観的な視座が重要なのだな
と思った次第。

人間みたいですね。

というわけで、指示側PCはとても役に立っています。

今回のこの作業は
私自身のサーバー管理の負荷を下げるというのが
一応の建て前になっているのですが
こういった実作業を経験することで
今後のAIが仕事をしていく未来を予測して
我々人間が生み出すべき価値はどこにあるのか
というのを探るというのが目的だったりします。

もちろん
私自身が新種の業務に対応できるのか
というチャレンジでもあります。

で、AIが面倒で難しい作業を代わってくれる世の中において
人間様の役割は
「頭」と「ケツ」だな
と思いました。

それは
ゴールを設定する
成果を確認・評価する
のは人間だ
ということです。

それにしても、プログラマーでも何でもない私ごときに
こんなにレベルの高いことができてしまう世の中になったのですね。
驚きです。

まだ、安物PCに
本当に今回のような凄い仕事ができるようになるのか
という結論は出ていませんけどね。

チャッピーの野郎は
「できる」
と言って、張り切って作業してますが。

続 AIエージェントに仕事をさせると

実は、業務の間でチマチマとAIエージェントについて色々やっています。

私にとっての大事な雑務である
各種サーバーのメンテナンスやチューニングについて
ヤツに任せられれば、大幅な業務効率の向上になるのです。

でも、オンラインのAIエージェントを使ってやりたいことをやらせると
湯水のようにクレジットがぶっ飛んでいくので考えた結果
今日たどり着いたのは
スタンドアロンのAIエージェントを使えばいいじゃん!
ってこと。

手元のPC1台を、AI専用にセットアップして
この内部で完結したAI環境を構築中。

これでうまくいけば
専属のシステムエンジニアができたようなもの。

果たしてうまくいくでしょうか?
しかも無料で。

今のところ、GUI(グラフィック・ユーザ・インターフェイス:ビジュアルベースでクリックしたりするヤツ)無しの
テキストベースでは動いて
対話するところまでは持っていきました。

さて、どうなることやら。

で、そんなことをやっていて思ったのは
こういうAIの利用について
どう使うかを考えられる人は
価値の創造というか
業務の効率化というか
むしろ無人化というべきか

ともかく、どんどん進んで行くのだろうな
ってこと。

しかし、夢工房でやっているような
物体ベースの世界はどうなるのでしょうね。

何せ、数値化できない、言語化できない
そんなことが溢れていますから。

数値化、言語化ができるものは徹底的にAIにやってもらって
フォーカスすべきものにトコトン集中して先鋭化する
というやり方になるのは、ある程度必然でしょうね。

で、その先どうするか?
そこが問題だ。

価値は人にあり

機械的なのはダメってことです。
分かりやく言うとこういうことです。

実用的なAIが登場してくれたお陰で、人の価値について見直す契機になりました。
マシーンと同じ方向を向いて、奴らと競争したって仕方ないのです。

そうは言いながら、テクノロジーは今後も発展していくでしょうから、技術の価値が無くなることはありません。
ただ、ひとたび一般化された技術の価値(というか価格)は低下していきます。
これは過去を振り返れば一目瞭然で、例えば自動車が出現した当初は、一般庶民が手に入れることはもちろん、乗ることすらできませんでした。

最近、このブログでは頻繁にAIが生成した画像を挿入しています。
あれが良いとか悪いとかは置いておいて。
あれだけのものを絵を描く商売の人にお願いしたら大変です。
依頼にも作画にも時間と手間が掛かるでしょう。それなりのコストを要するはずです。

あれ、どうやってAIで生成しているかというと、ChatGPTに、「この文章のイメージで画像を生成して下さい。画像の大きさは1024 x 1024ピクセルでお願いします」に続き、毎回のブログの文章を貼り付けただけです。それでああいう絵を生成してくれます。

要する時間は数十秒です。掛かったコストは、ChatGPTの有料プランに月3千円くらい払っているので、毎日画像一枚の生成だけに使ったとしても、一回100円くらいですね。
まぁ他のことにもこき使っているので、実質的な画像生成のコストはかなり低いはずですが。

あんな絵を「毎回100円で、すぐに描いてくれ」と絵描きさんに依頼したら怒られるでしょうね。

と、こんなふうにコストが下がって日常使いできるようになることを、一般化とかコモディティ化とか言います。

ブログの記事だって、数行のテーマを与えただけで、結構なボリュームの文章を作成してくれます。
実は何度か試しているのですが、私の言いたいことと方向性が違うし、かなり当たり前というか、もっともなんだけど面白くない文章を作ってくるので一度も記事には採用していません。

参考までに、このブログからイメージできる風景をChatGPTで画像化したら、以下のようなものになりました。

和風…で、メカ…なのか?

ChatGPTには「ブログからイメージできる風景を…」と入力しました。こういった文章はプロンプトと呼ばれる命令文のようなものなのですが、画像が生成されるのと同時に、その画像を生成するのに実際に用いられたプロンプトも見られるのです。
実際に用いられた?意味分からないでしょう。

自分が打ち込んだプロンプトで直接生成された訳でなく、それをChatGPTが再解釈して詳細なプロンプトを自分で作っているのです。
これがそのプロンプトです。

A serene and inspiring landscape inspired by the blog ‘夢工房より,’ combining elements of traditional Japanese scenery with a modern engineering touch. Features a tranquil Japanese garden with a flowing stream, surrounded by futuristic structures like abstract gears and machinery seamlessly integrated into the natural environment. The atmosphere is peaceful, creative, and innovative, reflecting a blend of tradition and modernity. No text or characters, purely a visual representation.

こんなのをいちいち和訳するのも面倒なので、これまたChatGPTに和訳してもらいましょう。

ブログ「夢工房より」に触発された、静かで心を動かすような風景を描いたもの。伝統的な日本の景観に現代的なエンジニアリングの要素を融合させています。穏やかな日本庭園には流れる小川があり、その周囲には抽象的な歯車や機械のような未来的な構造物が自然環境に溶け込むように配置されています。雰囲気は静かで創造的かつ革新的で、伝統と現代の調和を反映したものです。文字やキャラクターは含まれず、純粋にビジュアルとして表現されています。

ですって。

何だよ、勝手に「伝統的な日本の風景」とか言っちゃってんじゃん!
でも、「雰囲気は静かで創造的かつ革新的で、伝統と現代の調和を反映」とか言ってるのは気に入りました。そういう印象なのね。

というわけで、こういった我々庶民でも便利に日常使いできるものは、利便性は高くて、欠かせないものになるけれど、誰でもいつでも使えるので、価値の大きさ自体は低下するのです。

なので、これに対して今後は人間的なものの価が高まるでしょう。
縄文ブームとか、古民家が見直されてきたりするのも、そういった傾向なのかもしれませんね。

さて、では我々自身の行動についてはどうでしょう。

例えば
リアクションではなく
アクションにこそ価値がある

とか
メモリーに突っ込んで、それを取り出すことではなくて
新たなものを創造することに価値がある

とか
言われたこと、決められたこと(だけ)ではなく
言われてもいないことに価値がある

とか
確定されたものでは無く
不確定なものの中に価値がある

そんな傾向を目指すべきなのではないかな。

いずれにせよ確かなのは、AIにできることを自分の価値の中心に据えてはならない、ということでしょう。
シンプルですね。

こんなことを考えていると、いかに我々が機械的な反応をするように教育されてきたかってのが分かるかと思います。
これを再検討して新しいやり方を構築する必要がありそうです。
習慣化されたものを変えるってのは手強いですけどね。

あ、そうそう、最も重要なのは、勇気を持ってチャレンジすることです。
我々夢工房にとっては。