人は変えられない

子供の頃
親によく言われました
「勉強しろ」
って。

それで勉強したかというと
しませんでしたけどね。

皆さんはいかがですか?

今回は
多くの人が経験したであろう
「勉強しろ」
から始まって
「人は変えられない」
というお話をしてみましょう。

親は子供に勉強ができるようになって欲しい
だから勉強しろって言う。
よくあるケースですよね。

これつまり
子供が勉強できるように
変わって欲しいと望んでいるわけです。
自分の力で子供を変えたいと。

で、結局何を望んでいるのでしょうね。
多くは
「苦労して欲しくない」
「失敗して欲しくない」
かな、という気がしています。

でも
それに反して
子供は
「失敗したい」
と望んでいることもあります。
いえ、別に失敗がしたいわけではなく
「失敗するかもしれないけど
自分の力でチャレンジしてみたい」
と思っているかも。

だとしたら
その結果がどうであれ
その子供は多くを経験して成長していくでしょう。

ところで
本当に失敗するとダメ人間になるのでしょうか

私の手元で色々やってる学生達を見る限り
トライの数が多い学生はもちろん失敗の数も多いですが
在学中にすさまじい成長を見せます。

まぁつまり
うまくいくためには
相応の経験が必要なのは当然なので
いわゆる「失敗」はそのためのリソースになっている
ということです。

たぶん
彼らに「やれ!」と言ったところで
大きな成長に繋がるような努力はしないでしょうね。

「やれ!」
と言えば、渋々やるかもしれません。

でも
そんなやらされ仕事を好きになれるかというと
決してそんなことは無いわけで
むしろ嫌いになるでしょうし
その必要性すら否定したくなるでしょう。
なので
その経験が有効なリソースになることも望めないでしょう。
せいぜい
やらないよりはマシかな?という程度です。

なので
外力(外的な動機)で何とかしようとしても
大抵は逆の結果になることが多いのですね。

外力を加える側が望むような変化は起きにくいものです。
というお話でした。

中には
「やれ!」
と言われてやってみて
面白くなってうまくいく
という人もいるでしょう。
数は少ないでしょうけど。

そんな人が大変うらやましいです。

…なんて思ってなかったりして。