電気を貯める話

電気は専門ではありませんが電気の話をします。
とはいえ実は
自動車の設計をしていたときは
電装設計からスタートしたのでした。

電気は貯められない
といいます。

正確には
ぜんぜん貯められないわけではなく
バッテリーに充電できたりするんですが
そのバッテリーが高価だったり
充放電でロスが出るとかで
大電力を貯めるのは
あまり現実的ではないという意味だそうです。

皆さんおなじみの乾電池
アレは使い切りで
外部から充電はできません。
こういうのを一次電池と呼びます。

昨今では身の回りにあふれている
いわゆる蓄電池(充電池)
自動車のバッテリーに使われている鉛蓄電池
これはずいぶん昔からあります。
ニッケル水素とかリチウムイオンとかは
あっという間に普及してきましたね。
これらは二次電池と呼ばれるものです。

電池は
「電気」が入っている「池」と書くのですね。
電気が貯まっているという様子がよく言い表されてますよね。
よく言ったものです。

これら一次電池や二次電池は
化学電池
と呼ばれるものです。
ケミカルの化学反応で電気を入れたり出したりします。

なので
温度が低いとか
化学反応が起きにくい環境には弱かったりします。

ところで
電気を貯めるのは
なにもいわゆる電池じゃなくてもできるのです。

おなじみのダムによる水力発電
これは高いところにある水が落ちるのを利用して
発電機を回しています。
水の位置エネルギーを電気エネルギーに変換してます。
ものは高いとことにあるだけでエネルギーを持ってるんですね。
それを利用してエネルギーの変換をしています。

発電して下方に行ってしまった水を
夜間電力などの余剰電力を利用して
再度ダムに汲み上げておく方式を
揚水ダムと言います。

これは余剰電力で
水に位置エネルギーを与えて貯めておくシステムです。
電気エネルギーを位置エネルギーに変換して貯めておく
電池のようなものです。

このように
なにも電気そのものの形で貯めなくてもいいのです。

位置エネルギーの他には
運動エネルギーなんかも使用例があります。

巨大な重い金属製の円盤を
余剰電力が出たときにモーターで回しておく
なんてのもあります。

重い物体を動かすと
慣性力が働いて動き続けようとしますので
電気が必要になったら
円盤の回転エネルギーで発電して
余剰が出たら再度モーターで加速する。

これなんかはどこぞやの鉄道関係で利用されていたと思います。
今もあるのかなぁ。

電車は架線で電気的に複数の車両が接続されていますから
あっちゃこっちゃで電気のやりとりができるんですね。

ある電車が減速した時の回生発電した電力を蓄えておいて
別の電車の加速に使うなんてことができます。

多くの場合は
こういうのがなければ余剰電力は
熱として大気中に捨ててしまうことになります。

このように
位置エネルギーや運動エネルギーなど
間接的に電気を貯められる方法は色々あります。
重いものを持ち上げておくとか
バネに蓄えるとか。

でも、色んな意味での効率とか
貯められるエネルギーの量によって
現実的かどうかが決まるのでしょうね。

電気を何かしらの形で貯めておく技術は
今後どんどん発展していくのではないかと思います。

ところで
ノルウェーでは電気自動車がいい感じに普及しているそうです。

それはなぜか

どうやら氷河の雪解け水を発電に利用しているからだそうです。
氷河は言ってみれば太古から続く氷の電池です。
高い位置で氷として水の位置エネルギーが保存されています。
それが解けた水でドバドバ安定的に水力発電できるのです。
揚水なんてする必要すらありません。

ちなみにかの国は
天然ガスなどの資源も産出できるのに
それらは発電にはほとんど使わずに輸出しているそうです。

我が国の水力発電はそういうわけにはいきません。
何か独自の良い方法ないですかね?

このままでは我が国のEVは
石炭自動車
天然ガス自動車
ということになっちゃいます。
火力発電がメインですから。

ガソリン自動車の正体

以前投稿した「電気の時代がやってくる」シリーズで
何か大事なことを忘れてる気がするなぁ
と思っていたんですよ。

思い出しました!

なので
忘れる前に書いときます!

みなさん
ガソリンエンジン(ディーゼルでもいいんですが)の自動車って
ガソリンで走ってると思うでしょう?

まぁ、あながち間違いではないんですが
燃料でエンジンが動くってのはこういうことなんですよ
というお話です。

皆さんご存じの通り
エンジンは内部で爆発的な燃焼が起きて
その爆発のエネルギーを運動エネルギーに変換して走ります。

なので
動力の源は
ガソリンが燃えることによる熱エネルギーなんですね。

ガソリンが燃えなければいかんのです。

さて
ガソリンが燃えるときはどうしているか?

燃えるためには酸素(空気)が必要なので
空気の中に霧状になったガソリンを混ぜて
そこに電気の火花で火をつけるんです。
すると
バーン!
と燃える。

のですが
単にガソリンと空気があれば燃える
ってわけではないのです。

ガソリンが多すぎてもダメ
空気が多すぎてもダメ
理論空燃比ってヤツがあるのです。

ガソリンエンジンの場合は
重さの比率で
空気とガソリンが
14.7:1
です。

理論的には
この割合で混ざったヤツが燃えると調子良いんですね。

もう一度言っておきますが

空気 14.7

ガソリン 1
ですよ。

さて、では実際のクルマでは
どんなことになってるかを数字で見てみましょう。

たとえば
50リットルのガソリンがタンクに入る自動車があるとします。
ガソリンは1リットルあたり0.75kgです。
なので、タンク内のガソリンは37.5kgということになります。

1リットル 0.75kgのガソリンを全部燃やすには
14.7倍の約11kgの空気が必要です。

なので
50リットル 37.5kgのガソリンを全部燃やすには
11kgの50倍の550kgの空気が必要なんですね。

なんと!
凄い重さの空気が必要です!
ガソリンの比ではありません。

ガソリン自動車は
まるで空気で走っているようなもんです。

しかも
この550kgの空気は
車体に搭載する必要はなくて
しかも無料です。

ガソリン自動車の強みはここにあります。
走行に必要なエネルギー源を全て搭載しなくても良いのです。

対してEVは
走行に必要なエネルギー源を全て積む必要があります。
そして
エネルギ-を使っていっても
車体が軽くなるわけではない。

軽くなれば
それだけ走行に必要なエネルギーが減るんですが
残念なことです。

とまぁ
ここまでお話しすると
ガソリンという液体燃料が
いかにミラクルなのかお分かりいただけるでしょうか。

液体燃料は
自動車に限らず
我々人類の生活を
大きく変えるだけのパワーを持っていました。

でもそれでも電動化しなきゃいかんということは
それなりの理由があるということですね。

巨大なメリットには
巨大なデメリットがセットになっていた
ということでしょうか。
何事もそんなものですけどね。

まだ終わったわけじゃないけどね!

ハイ・パフォーマンス人間のつくりかた

ずいぶん以前に(ちょっぴり)話題になったことです
Googleが社内で調査をした結果

「どんな大学を出たか」は入社後のパフォーマンスと相関関係がない

ということが分かったそうです。
オー!ノー!!

これはどういうことでしょうか。
少なくとも
大学のブランドはパフォーマンスとは関係ないということですね。
学力も関係ない?
いやいや
ここで答えを急いではいけません。

では次

「これまでの人生で苦労をしたかどうか」

これがパフォーマンスと関係あったそうです。
苦労したり挫折したりしたことがある人たちが
社内でパフォーマンスを発揮していたそうです。

そりゃそうでしょう
困難に遭遇して
乗り越えるのには何が必要?
もちろん努力です
あとは工夫とか根気とか
パッションやポジティブな思考も忘れちゃいけません
で、乗り越えれば色んな経験が増えますね。

頑張った末に
乗り越えることができなくても
継続していけば
心は強くなるでしょう。

こういうのを総じて
成長
って言うんですよね。

人は苦労なしには成長できません。
というか
苦労こそが人を成長させる
といった方が良いかもしれません。

困難に遭遇したり
失敗した末に
「どうせ…」
とか言って
簡単に逃げたり諦めたりしちゃダメです。

たまにそういう人に対して
「あの人は人生を達観してる」
とか言ったりしますが
それ、使い方違いますね。
そういうのは達観してる人じゃなくて
残念な人です。

ほら
こういうこと考えてると
ピンチはチャンス
とか
かわいい子には旅をさせろ
とか
選択肢があったら大変な方を取れ
とか
凄く理解できませんか?

学生達を見ていると
こういうのは本当によく分かります。

デッカいチャレンジは大変です。
しかも
好きなことをやっているんだから
そうそう逃げるわけにはいきませんし
苦労を苦労と思わないこともある。

一口に苦労と言っても
知識や技術やスキルに関すること
人間関係に関すること
お金に関すること
数えだしたらキリがないです。

でも
そういう環境で頑張った学生達は
ものすごい成長を遂げます。

やってる本人達は
嵐の中でジタバタしているうちに卒業しちゃった
みたいな感じなのでしょうけど。
「4年なんて一瞬っす!」
ってみんな言うもんなぁ。

なので
そういうチャレンジをする機会があったら
なりふり構わず頑張ってみて欲しいのです。

もっとも
そういう姿勢じゃないとチャンスは見えませんが。
(視野に入っても気付かないということです)

高い目標を設定すると
「分相応にしとけ」
と言う人もいますが
そんなの気にしないでガンガン行って欲しいのです。

成功する保証はないけど
成長する保証はしますよ!

自由になるとハッピーになるか

昔は多様性が乏しくて
やるべきことが決められていたがために
その反動として
多くの人がが自由を求めたのではないかな
なんて思ったりすることがあります。

私が子供の頃は
今に比べて明らかに多様性がありませんでした。

でもそれは
選択肢が少ないがためにやるべきことが明確だった
という良さもあったのかもしれません。

さらに世代を遡っていくと
どのような違いがあるのか?
今も色々と調べていますが
興味深いところです。

多様性のなさは日本に限ったこと…ではありません。
アメリカだって、ヨーロッパだって
多少の違いこそあれ今と比べればそういう傾向だったでしょう。

多様性が無いがために
理想と現実のギャップが大きくて
それがパワーの源だったのかな。

今は明らかに多様性が増して
自由が与えられていると思います。
仕事を例にあげれば
別に会社に入らなくてもインターネットを使って仕事ができるし
それこそ国内に限った仕事じゃなくても良いわけです。

何も独創性のある仕事じゃなくても
今まで自分が目を向けていなかった業界を見てみれば
仕事はいくらでもある。
何をやっても良いはずです。

みんな自由にできる世の中になって良かったね!
と言いたいところだけど
いざ自由になると色々とありますね。

自由な選択は同時に責任を求められます。
別に法的な責任に限定した意味ではありませんが
自分の選択に対して出た結果に対して
責任を取るのは自分ですから。

そんなこともあって
皆が自由でハッピー!って感じではないのかな?
コロナ禍の影響はもちろんあるでしょうが。

それはともかく
時間の経過とともに
目に見える色々なものが進化してきたのでしょうが
我々皆が無条件にハッピーになるかと言ったら
決してそんなことは無いんだな
と思ったりしてます。

そもそも「進化」とか言いますが
それは何のためなんでしょうね。

我々人類はどこへ向かっているのか。
いやー、興味深いなぁ。

感謝から始まるループってのもアリじゃないかな

このところよく考えるんですよ。
どうしたら世の中を良くできるかな~
って。

自分ひとりの力で
世の中がデッカく変えられるとは思ってませんけどね。

ちょっとだけでも
ちょっとずつでも
やっていけば
少しは良くなるだろうなー
と思います。

一億分の一でも
変化は変化です。

そんなことを考えると
今の自分に足りないこととか
ある程度見えてきたりします。

まだまだ視野狭いなー
とか
心が狭いなー
とか
まだまだありますよ。
言うのが恥ずかしいくらい。

とはいえ
それで卑屈になってるわけではないです。

そこで過去ばかりにフォーカスすると
卑屈になっちゃうんですけど
今の立ち位置を認めて
「じゃぁ、どうする?」
と考えて試す。

するとまた色々見えてくる

あぁ、まだまだだなと思う

考えて試す。

もちろん
そんなに大したことをやってるわけではありません。

最近のテーマは
「感謝」
です。

何か思い通りにならない時とか
負の感情が頭をもたげてきますよね。

その時点で何かをアクションすると
それはネガティブな動機からの行動となるわけですが
そういうのって大抵うまくいかないんですよね。

さらに
そんなアクションをしても
ちっともスッキリしない。

仮に怒りの感情を爆発させても
それは次のネガティブな感情を生み出す
負の連鎖のスタートになるだけで
それでストレス発散なんてとんでもない。

その感情を受け止めた相手だって
ポジティブな行動はできないでしょう。

なので
何かに対する感謝がスタート地点になると
ポジティブな行動のループが作れるんじゃないか
なんてことを思っているのです。

これ
自分に何か良いことが起きたら
そこで感謝して
ループがスタートだ!

ってわけではないです。
そんなの待ってたら
いつになってもスタートできません。

なので
何気ないことでも

ことによっては
一見ネガティブな出来事にでも
感謝してしまえば
無理矢理ポジティブなループが作れるんじゃないか
なんて思ってます。

そういうの結構楽しいかも
とか思ったりもしてます。

今までやっていなかったことをやるって
何においても結構勇気が要るものです。

でも、こういうのも
社会人としての責任なんじゃないかな
なんて思ったりしてます。

なんか今日の投稿は落ち着いてますね。
別に落ち込んだりしてるわけではないのでご心配なく。

天皇誕生日にて

今日は天皇誕生日です。
第126代の今上天皇陛下のお誕生日ですね。
陛下のお誕生日にお祝い申し上げます。

私は、20年くらい前まで
日本は世界で最も長く続いている国家である
ということすら知りませんでした。

そんなの常識なんだから知っとけ!
という声が聞こえてきそうですね。
お恥ずかしい。

で、自分なりに色々調べるようになったんですが
それにはきっかけがあります。

一つは
Formula SAEで海外大会にチャレンジする学生達の
面倒を見るようになったことですね。
強豪チームのまねごとをしても勝てないと思ったので
日本ならではの強みを見いださないとダメだな
と思ったこと。

そういうことを考えていくと
日本の過去に着目するしかありません。
日本人は今まで何を考えて何をやってきたのか
そこにしかヒントは無いと思ったのです。

もう一つは
オーストラリアに遠征に行ったときに
泊まった宿のオヤジさんに
「日本のエンペラーのお世継ぎは大丈夫なのか?」
と聞かれたことです。

オーストラリアはイギリス連邦の一国なので
エリザベス二世女王が国王陛下なのですね。
なのでオヤジさんは日本の皇室が気になっていたようです。

でも私は答えに困りました。
それまで皇室のことなんて真面目に考えたことがなかったからです。

そのとき
天皇陛下のことを聞かれて答えられないって
国民として問題あるのではなかろうか
こいつは恥ずかしいことだ
と思ったのです。

なので
「日本の始まりってどうだったんだろう?」
「天皇陛下は何をされているんだろう?」
と気になってきて
古事記を読むところから始まって
天皇陛下の侍従をされていた方の本を読んだり
色々調べてみたわけです。

そうしたら
紀元前660年の神武天皇即位から始まっていて
建国の神話の時代から現在の天皇陛下まで連綿と 繋がっている唯一の国家
なんて事が分かってきて
年甲斐も無く
これは凄いことだぞ!
とエキサイトしてしまいましたよ。

だってね
2,600年以上も国が続いていて
それが世界的にぶっちぎりにトップなわけですよ。
ちなみに
2位はデンマークの1,100年で
3位はイギリスの800年だそうです。

ここに強みが隠されていないわけがありませんよ!

ただしそれは
簡単に数字にしたり文字にしたりして理解できない世界です。

こんなに長いこと一つの国として続いてきたのは
世界的に見たらありえないことですが
我々にとっては当たり前で自然なことです。

今を生きる我々にとっては
あまりに当たり前なので
なぜそうなったかを
そもそも意識することはもちろん
強みとして利用するということは難しい。

でも簡単に分かることもあります。
2,600年以上続いているのは
天皇という存在です。

国民だけの力で
これだけ長いことまとまってやってこられたなんて
思い上がってはいけない。
島国である地の利などももちろんあるでしょうが
それだけでは周辺のアジア諸国と異なる発展をしてきた理由にならないでしょう。
島国なんて世界中にたくさんあるわけだし。

そもそも国としてまとまるためには
その中心となる存在が必要です。

それは天皇以外にはありえない。
と思っています。
もし他にもあるならぜひ教えて欲しい。

何かしらの利害にしたがって動く政治家のような立場の人間や
一般国民では中心になり得ないでしょう。

一般的に「王」は国民に対してどのような態度を取るのでしょう。
我々は天皇陛下しか知らないので
正直よく分かりませんが
多くの国は「上から支配してきた」のではないでしょうか。

でも
日本の天皇は建国以来、毎日
国民の安寧と世界平和のために祈ってくださる
それがのお勤めだそうです。
「上から」というより
「中心」という感じではないでしょうか。
「力による支配」というより
「国民がまとまってきた」のではないでしょうか。

我々日本人にとって
皇室 天皇は
当たり前の存在なのかもしれません。

その当たり前のようにあった
安心して頑張れる環境が
心のよりどころがあったから
今まで続いてこられたのではないでしょうか。

そのありがたさ
ありがたいと思う気持ちは
我々の日々の行いに必ず活かせるはずです。
(漢字では「有り難い」
ありえないほどレアなことという意味ですね)

これ
考えてみれば簡単で当然の話です。

対象が誰であれ何であれ
感謝の気持ちが無くなったら
心が荒んできて良い仕事なんてできないどころか
ちょっとした不満に敏感に反応して
怒りや恐れの中で生活することになるでしょう。
まさに最近はそういう傾向になりつつある気がします。

「金払ってんだから~なんて当然だろ!」
みたいなことを言い始めて
皆が相手のことを考えずに
自分の要求や権利ばかりを前面に押し出すようになったら
世の中ヤバイです。
気持ちは分かりますが
それではものごとは良くならない。

というわけで
皆が安心して頑張るための「中心」が
当たり前に存在するなんて凄いことだったんですね。
ということに気付いてきました。

こういうことを事実として受け入れて
強みとして活用していくかどうかは我々次第。

最近は御朱印ブームで
多くの人が神社に足を運んでいるようです。
我が国が良い方向に進み始める気がしています。

限界にぶち当たれ

普通にバイクに乗っているなら
特に限界を追求する必要はないですよね。
そんなことしてると
「何をやっとるんだね、チミは」
ってなことになっちゃうんですが
ことレースとなると話は別で
限界を知らないと良い成績は得られません。

当然ですが
限界に達したことがなければ
最大のパフォーマンスは出せません。
当たり前ですが
最大のパフォーマンスは限界値ですもんね。

バイクのレースで言ったら
転ぶところまでやらないと
どうなったら転ぶか分からない
それが分からなけりゃ
最大のパフォーマンスは得られない
ということです。

なので
転ぶ経験が必要です。
わざと転ぶというのとは
ちょっとニュアンスが違いますが。

なので
ロードレースをやっている人なんかは
未舗装のフラットトラックとかモトクロスなど
滑りやすいコンディションで
限界域のコントロールを練習したりしますね。

どこが限界か分からないと困っちゃうのは
何もレースの世界だけではなく
他の多くのことも共通です。

失敗したことがなければ
どこまでやれるか分かりません。

往々にして
そういう状態だと楽しくなってきません。

楽しくないと一所懸命やらない
もちろんそれは限界からはほど遠い
となると
どこまでやれるか分からない
と、振り出しに戻ってループする
ならまだ良いけど
大抵は途中でやめる。
当然です。

恐らくそうなってしまう原点は
失敗したくない
ですよね。

レーシングカーを作ってる学生を見ていると
よく分かります。

最初に
レーシングカーを作るぞ!
とチャレンジすることを決めるのはOKです。
その決断には相応の勇気が必要だと思います。

でもその後に選択肢が現れる
というか
姿勢が試されます。

勝ちたい!
or
失敗したくない!

この2つ
あまり違いが無いように見えますか?
これが結構違うんですよ。

分かりやすい例でいくと

ある部品を設計していたとします。
レーシングカーは軽さが命です。

「勝ちたい!」
で設計すると
強度ギリギリの軽い部品が設計できるかもしれません
が、それはテストで壊れる可能性が高い。

でも、壊れたら必要な強度を与えて
再設計すれば良いんです。

「失敗したくない!」
で設計すると
往々にして強度に余裕を持った部品ができます。
もちろんテストでも問題が起きない可能性が高い。

でも、その部品をさらに軽くして
性能を上げるのは難しいのです。

一度余裕を持って設計してしまうと
そこから攻めるのは勇気が必要です。
それに何より面倒くさい。
これ、強敵です。
特に
攻める勇気が無くて面倒くさがりな人には。

なんかやってることが矛盾してるように見えますよね。
でも、こういうケースは良くあります。

正直なところ
そうなっちゃうのも仕方ないとも思います。

だってね
小さい頃から
「失敗しないように!」
って散々言われて育ってくるわけでしょう?
親や先生は当然のこと
メディアはすぐに失敗した人を吊し上げるし。
「失敗は悪だ」みたいに。
そうなちゃってもしょうがないですよ。

なので
良い子ほど
チャレンジして失敗する経験ができないので
良い仕事ができない
ということになるケースが多いのです。
なんと皮肉な。

超元気な学生だって
最後に何を言うかと思ったら
「~が起きないように!」
とか失敗しないことを狙ってたりしますからね。

さて
ここで冒頭に戻りましょう。

転ばないと限界が分からないんですよ。
転ばないようにやるんじゃなくて
転ぶまでやってみれば良いんです。

学生のうちにその辺を意識して
チャレンジする経験ができたら良いですね
そのチャンスがあったら
ぜひ掴んでほしいものです。

あとね
失敗が怖い人は
失敗にフォーカスしているから失敗しやすい
っていうのもあります。

誰しも過去の経験のうち
失敗の方が多かったりするし
チャレンジすれば、いずれは失敗はするので
失敗が怖い人は
「どうせうまくいかない」
が説得力あるリアルな経験として記憶されて
それが主役になっています。

もちろん他人にも
「どうせうまくいかないからやめておけ」
と言うでしょうね。
本気で。
だってリアルな経験の記憶があるから。

恐れずにチャレンジするというのは
恐れてやらない者から見たら
ただのバカなのかもしれないけど
だったらバカになるしかない。

だってそうしないと限界分からないじゃん。

サーキットで限界探って転んじゃうのを
レースに興味が無い人から見たら
ただのバカに見えるのかもしれない。

結局は
超シンプルなんですよ。

成功することを夢見てやるか
失敗を心配するか
その2つしかなくて
どっちが視野に入っているかが重要。

成功するためにチャレンジする人は
どうしたら成功するかを見ているので
成功する可能性が高い
というだけの話です。

失敗しても諦めずに続けるには
好きなことをやるとか
やっていることを好きになるとか
その先にあることを想像するとか
諦めない理由を作ることが大事かもしれません。

そういうお前は成功してんのかって?

いやいや、まだ成功してないと思ってます。

変われるかどうかがカギなのよ

向上心って大事ですよね。
何かを今より良くしたい
ってね。

でも
なかなかうまくいかないことも多いですよね。

当たり前ですが
現状より良くなる
ってのは
現状ではなくなる
ってことです。
今のままのやり方では
結果は変わらないのですから当然です。

なので
うまくいかないときは
現状から変われていないことが原因です。
もちろん自分がね。

これ、言うのは簡単ですが
なかなか手強い。

自分が自分のことを一番よく分かっていて
自分のことは自分でできる
と思いがちですが
なかなか思い通りにいかなかったりします。

意外なことですが
成功を望む人でさえ変わりたくない
と思っている場合が多いのです。

現状が成功していないのであれば
現状を変えなければいけないのにね。

だって
現状は成功していないわけでしょう?
変わらなければいけないのは当たり前ではないですか。

でも、ついつい
現状のままで良くならないか
なんて思ってしまう。

いや
思ってすらいないのに
自動的にそうなってしまう
といった方が良いかもしれません。

実はこれ
生存本能が原因にあるそうです。

今、自分が生きているのはなぜか?
それは昨日の行動があったから。

であれば、昨日と同じことを繰り返せば
生き残ってける可能性が高い
ということです。

なので
考え無しで自動的に同じことを実行してしまう。

「癖」ってそういうことでしょう?
凄いシステムになってますね。
生き残るためのことを
自動的に繰り返しちゃうんですよ。

「あー!自分は成功したいのに
何で同じこと繰り返しちゃうんだろう!」

と気付ける人はまだ幸せで
それをなんとかできるチャンスがあります。
だって気付いているんだから。

あとは色々と多くを試して
これだ!
と思ったら
「恥の上塗り」
じゃなくて
考えて 行動して 繰り返す
「癖の上書き」
をすれば良いのですよ。

すぐには結果は表れないかもしれませんが
変わる面白さを実感できれば色々うまくいくと思いますよ。

と、こういうことを
バイクのレースやってるときに考えたりしていました。

なかなかラップタイムが良くならない時って
そもそもダメなやり方してるのに
それをもっと頑張ることによって
何とかしようとしていることがあるんです。

そういうとき
今までと違うアプローチで何かを試すって
すごく勇気が要るんですよね。

物事の本質って
結構共通していて面白いですね。

やはり「技術は人なり」だ

お付き合いのある
とある会社の社長さんが
我が夢工房に来てくれました。
F1とかMotoGPなどの
トップカテゴリーのマシンの部品はもちろん
ジェットエンジンとかロケットとか
とにかく最先端の部品を
世界最高の精度と品質で作る
凄い会社の社長さんです。

世界中の(「日本中の」ではありません)トップカテゴリーの
ほとんどのチームがその会社に部品を発注しているので
どのチームが勝っても嬉しいという凄い仕事をしてます。

レーシングマシンの仕事しかしていないわけでないけど
こんな表現ならレベルの高さが分かりやすいのではないかな。

本学の卒業生もその会社で良い仕事をしてますし
仕事をオーダーしているチーム側の設計者も
私の研究室の卒業生だったりします。

嬉しいやらありがたいやら。

今まで何度も工場を見せてもらって
話を聞かせてもらっていますが
そのたびにビックリしたり納得したり。

話を伺っていて
エンジンからEVにシフトするとか
自動車そのものの形態が変わっちゃうとか
これから色んなことが大きく変わるだろうけど
高いレベルにチャレンジできる組織は生き残っていくんだな
と感じました。

「これからはEVだ」
と聞くとすぐ動いちゃったり
フラフラすると生き残っていけないみたいですね。
トレンドに追従したくなる気持ちは分からなくはないけど。

チャレンジして強みを作って磨いていく
本筋はこれだな。

やっぱり「人」だな。
と思いました。

チャレンジする人が
高い技術を必要とする
高い技術を生み出す

「技術は人なり」
ですよ。

結局は本人次第なんだけど
背中を押すことはできるはず。

夢工房では
せめて原石を割って
宝石が見えるくらいのところまでは持っていきたいものです。

Hの話 後編

前回の続きです。

さて
この水素燃料電池
もちろん水素を燃料としているわけですが
今回は
この水素ってヤツが重要なのですよ
というお話です。
いやー、前置きが長かった!

燃料の分子構造式はこんな風になっています。
おお!なんか授業みたい!

色々並べてみました。

一番上の水素分子以外
水素(H)と炭素(C)でできてます。
こういう炭素と水素でできた燃料を炭化水素といいます。
ハイドロカーボンってヤツですね。

燃料を燃やすってことは
大気中の酸素(O)と結合するってことです。
すると燃料は
水(H2O)と二酸化炭素(CO2)になります。
ちなみに燃料電池も水素と酸素が反応して水になります。

Hがいっぱい付いている燃料が調子良いヤツです。
でも
Cがいっぱい付いてるので
燃やすとCO2がいっぱい出てしまいます。
おお、なんてことでしょう!

色々あるうち
水素だけCが無いですよね。
当たり前ですが、これを使えばCO2が出ないわけです。

水素を燃料としてエンジンで燃やすと
結構クリーンだと思いますが
熱効率が問題になってくるでしょう。
恐らく効率は40%以下になっちゃうんじゃないかな。
燃焼によって得たエネルギーの半分以上は
熱として捨ててしまうことになります。
あとは
高温の燃焼によって大気の主成分である窒素(N)と反応して
有害な窒素酸化物(NOX)が出ちゃったりするとも思います。

結局何が言いたいのかというと

結局、Hが欲しいのだ!

ということです。
乗りものも生きものも。

生きものも!?

そうです。
人間の燃料である食べ物に含まれているタンパク質
これはアミノ酸で構成されていて
その構造を見ると多くの水素を含んでいます。
もちろん水素だけではないので
水素だけ摂取してれば良いってわけではありませんが。

こういう話をすると
日本政府が打ち出した
「これからは水素社会だよ」
ってのも合点がいきますね。

そうか!水素か!
じゃ、水素ガンガンゲットしよう!
と思っても
水素は天然資源としては存在しないのです。
あら残念。

じゃ、水素バンバン作ろう!!

それがすんなりできればハッピーなのですが
色々と課題はあります。

製鉄など、工場で何かを作るときの
副産物として得られる場合があるので
それを利用するってのはアリです。
でも、それで多くのクルマを走らせるのは無理でしょう。
そもそも副産物の生産量は主生産物によるわけで
コントロールは難しい。

あとは皆さんご存じの水の電気分解ですね。
太陽光発電や風力発電などが
いわゆる再生可能なヤツで電気を起こすのが理想的です。

でも、再生可能なヤツは
天気が悪かったり風が吹かなかったりすることもあるので
常にゴキゲンなわけではありません。

ところで
発電機で電気を作って
その電気で水を電気分解して水素を作って
その水素を使って燃料電池で電気を作る
なんか変ですね。
こんなふうに変換が多いのは効率悪そうです。
でも再生可能な方法ならいっか!
ってなるかもしれません。

そもそも
電気エネルギーは高密度で貯めておけないので
水素を使うのですから
まぁしょうがない。

現在日本が頼っている
火力発電所の電力を使って電気分解…
なんてのはお勧めできません。
だってそもそも燃料燃やしちゃってるじゃん!

それに加えて火力発電では
燃料燃やす-蒸気起こす-タービン回すー発電機で発電
となるわけですが
熱エネルギー 運動エネルギー 電気エネルギー
というようにエネルギーの変換が複数起きていて
そのたびにロスが出ます。

ちなみに
火力発電所で使う燃料は
天然ガス、石油、石炭
といったところです。

原発の基本原理は火力発電所と同じで
熱源が化石燃料の燃焼ではなく
核分裂の時に出る熱という違いです。
発電時にCO2は出ません。
嫌われていますが
燃費は超良いです。

このように
どうやって水素を作るか
という問題が一つ。

では、水素ができたとします。
でも、単に水素で燃料タンクを満たしても
大したエネルギー量にはなりません。
なのでガンガンに圧縮して
いっぱい詰め込む必要があります。
それでやっとクルマが長距離走れるようになります。
もちろん圧縮するのにエネルギーが必要です。

もちろんタンクの安全面は重要なので
すごく丈夫で、さらに軽い方が良いので
金属や樹脂の容器をカーボンファイバーで覆ったりした構造です。
クルマに搭載した状態で燃やしてみたり
試験の時は銃をぶっ放して(銃弾は徹甲弾)
貫通しても良いけど破裂しちゃダメ
とか、すごい試験をします。

他にも色々とありますよ。

そんなもんで
高圧の水素を安全に貯めておくためのタンクはお高いとか
それを供給するためのインフラ(水素ステーション)もお高いとか
金属は水素を吸収するともろくなってしまうとか
水素は分子が小さいので物質を通り抜けてしまうとか
大気中に逃げた水素は成層圏を突き抜けて宇宙に逃げてしまうとか
まぁ大変。

こんなふうに書いてしまうと

水素ダメじゃん!

って見えますが
何ごともメリットとデメリットがあって
それらのトレードオフが必要なのです。
完璧な方法なんてありません。

ガソリンをはじめとする液体燃料は
「採掘」で入手ができて
エネルギー密度が高く
貯めたり移動したりのハンドリングがしやすい
まさに理想的な燃料ですが
反面
埋蔵量の限界とか
環境負荷とか
やはりデメリットがあるわけです。

これは水素はもちろん
原発や太陽光発電、風力発電でも同様です。
あらゆるものにメリットとデメリットがあります。

その時の状況に応じて
何を取るかが大事になるのでしょうね。

どうしてもデメリットを取りたくなければ
メリットもろとも捨て去るしかないでしょう。

先のことなんて
やってみなければ分からないことばかり。
勇気が必要ですね。