良い子の話 4

良い子にするために
良い子になるために

言えば言うほど
従えば従うほど
自分の力ではできなくなる
何という皮肉。

言われたことができたところで、それは最低限。
学校内では、それが最高の評価になりますが、社会に出て、言われたことをやっても
「言われたことしかやらないのか?」
「言われないとやらないのか?」
となるのは明白。
果たしてそれはどれほど価値があるのか。

決して無価値ではないけど、少なくとも付加価値はゼロでしょう。

言われたことをやるだけだと、オリジナリティとかクリエイティビティとか、付加価値の源泉になるものが含まれていないのだから当然です。

それに、言われたことをやるのは楽なのです。
単に労力を払う行動という観点だけで見るならば、ですが。
一番大事な、何をどうしたらいいのかを考えずに済むから。

どうしたら良いか分からない
そんな時に、それを考えるところに価値があるのです。

一応言っておきたいのは、言われたことをやる事自体がダメというわけではありません。
言われたことをやってくれる人は重要です。

ただ、自分の将来ありたい姿に対して、必要な姿勢は何なのか?その辺を考えてチャレンジして、準備しておく必要はあるでしょう。
それが学生の期間にやるべきことの一つだと思います。

良い子の話 3

良い子を取りまく心情は何でしょう?

言ってやらせる
言われたらやる
の組み合わせ

意に沿うように
やって欲しいことを指示する

指示に従って
言われたことをやれば良い

の組み合わせ。

指示する方は、言ったとおりにして欲しいわけで
「相手が自分の言ったとおりになった」
という安心が欲しいのが本質。

従う方は、「言われたとおりにできたな」
という安心が欲しい。

決して悪いことではないのですけどね。

ところが、たまに困ったことも起きます。

指示する方は、相手を自分の言ったとおりにしたいわけで
もちろん思った通りにならないことは望んでいません。

相手が自分の想像の範疇にいて欲しいわけで、その領域から外に出て欲しくなかったりします。

なので仮に、想像の範囲外のことを望んで、凄いチャレンジを希望すると、心配して引き止めたりすることもあります。

まさか?
と思いますか?

想定外の、想像が付かないことをやられたら、それは「安心」の外に行ってしまうわけで、それは不安の元となりえるのです。

チャレンジのように、やってみないとどうなるか分からないものはリスクですからね。

何も言われた事じゃなくても良いのですよ。
というか、言われたことじゃなくて
むしろ思いもよらなかった事で驚かせて欲しい。

皆がそうじゃなくても良いけど、そんなのが沢山いたら面白いのですけどね。

良い子の話 2

果たして言われたからやる、というやり方で期待に応えられるのか?
やり方と言うより、メンタリティと言うべきかもしれませんが。

言われたことをやるのでは、自ずと限界がある。
だって、無難な最低限を目指すようなやり方になるから。
そして、そのやり方でうまくいっても、手に入る感情は安心です。

安心、結構なことじゃないか!?
と思いますか?

最大限うまくいっても安心なので、そうでなければ手に入るのは不安です。いわゆる失敗ですね。
そして、そっちの方が数的には多いでしょう。
そして、不安が手に入るのは嫌なので心配します。

そういう状態だと、成果は出にくいし、やっても手に入るのは不安の方が多いわけで、「どうせやっても…」ということになりやすいでしょう。

というわけで、言われたらやるという良い子のメンタリティだと、こんなことになりがちです。
言われたことをやる聞き分けの良い子は、言われたことをやればやるほど、こうして自力で離陸できなくなったりします。
学生のうちはそれでも良いのでしょうけどね。
もちろん皆では無いですが、結構ありがちな話です。

生産性が云々とか言われる昨今ですが、言われたことを嫌々やっている状態で、どうやって生産性を向上させられるのか。

ワクワクするようなことをやっていかないと無理でしょう。
やらされるのではなく。

もちろん、好きなことをやるのは大事だけど、好きなことだけやれば良い、というのとは違います。
果たすべき義務はあるし、成果が他の役に立つことは重要です。
それらが無いと価値が無いから。
価値が無いことをやったところで継続は難しいです。

なので、自分達はもちろん、皆をワクワクさせることが我々の責務だと思って夢工房はやっていきたい。
全く別の分野の人にも「やればできるんだ」と思って欲しいのです。

そのためには、やらされるものではなく、最低限でもなく、自分達が本当に欲するものに対してチャレンジして成果を出す必要があるのです。