目的は動機であり、行動する上では最も重要なことです。
大事なことだから
間違えてはいけない
失敗してはいけない
だから立派な人が代わりに目的を考えてあげて提供するのだ
という状態になっていたらどうでしょう?
立派な人が考えてくれた、ありがたい目的を授けてもらえるなんて
良かった良かった!
という見方があるでしょう。
一方
最も大事なことを他人に決められてしまったら
そういうことを自分で考えて決める機会が無いじゃないか!
という見方もあります。
まぁ、こういうのって一括りにはできないでしょうし
ものごとにもよるとは思いますけど
自分の志向はどちらか?
というのはありますよね。
目的は他人から与えられるもの
という習慣・環境になっているなら、当然ながら目的を考える必要は無い。
するともちろん、自らゴールをセットすることはできなくなります。
当然です。
これ、「何のためなのか?」が考えられないってことです。
それが考えられないのは致命的ですが
実はこれまた一長一短です。
何のためかが明確でなくてもやることができる
というのは
指示されたことをやる
には向いています。
反面、創造的な仕事には向いていません。
何のためなのかが明確でないとできない
とか
何のためかを自分で決めないと気が済まない
というのは
指示されたとおりにやらない場合があります。
反面、創造的な思考ができる場合が多い。
この二つを比べると
”優劣”で考えてしまうことが多いですが
良いとか悪いとかではなく、単なる資質の違いです。
世の中は、両方以内と回りません。
そして、これら二つの資質は
勉強ができるとかできないとか
そういうものでは決まりません。
自分がどうありたいか
という話であったりするのですが
そもそも、そういう風に考えるか否かは
環境によって決まると思います。
つづく
