どうしたいのか?

自分のやりたいことが分からない
自分のやるべきことが分からない

何じゃそりゃ?

と思ってしまうけど、今や意外と普通に見られる光景ではないかな
という気がする。
もちろん、この場合の「やりたいこと」とか「やるべきこと」は、趣味とか内的な満足で終わることではなく、自分の枠の外側と関係することです。
仕事なんかがそうですね。

一体何でそんなことになるのか?

それは簡単で、「やるべきこと」が与えられてきたからです。
なので、それに対して「どうすべきか」を考えてしまう。
「どうしたいか」ではなく。

これ、どう思いますか?

他から与えられる「やるべきこと」
与える方は、相手のためを思って(と思っている)「やるべきこと」を指示します。
そうすれば失敗がないとか、間違えないとか。

もちろんその価値基準は、自分が持っている価値観の物差しです。

その指示に従っている限りは評価されます。
出来が良いとか、真面目とか。
そして、メリットは、「やるべきこと」を考える必要が無いということです。

でも、「自分はこうすべきなのだ」という指針というか哲学を持つことができません。
もちろん、そういう状態だとチャレンジはできません。
他人から言われたことをやるのって、当人にとってはチャレンジだったりすることもありますが、あまりチャレンジっぽくは無いですよね。

で、最近気付いたことがあります。

「自分はこうすべきなのだ」という指針を持たない人って、文句が多くないですか?
まあ、それはそうなのです。
他人が決めた「どうすべきか」が意に沿わなければ、そりゃぁ文句も言いたくなるわけでね。

その辺が
ものごとを
他人ごととしてとらえるか
自分ごととしてとらえるか
で結果が変わってくるとか、そういうことなのでしょうね。

と、そんな偉そうなことを言ってる本人も結果を出さないとね。

今後の教育はどうなるのでしょう

これからの教育は、きっと変わらざるを得ません。
で、ちょっと思ったことをパラパラと書いてみました。

「こうしなさい」と教えたら
言われたことをやる人になる

その「やった結果」がどうであれ
そういう傾向にはなる。

そして「やる」と「やらされる」の違いが曖昧になっていく。

基本的に、言われたことができる人は必要です。
かつては、そういう人が大量に必要な時代でした。

言われたことをやるのは向いてないけど
言われてないことならできる場合もある
得意なこと、好きなことなんてのはそうでしょう。

言われたことができれば、言われてもいないことができる
そういうこともあるだろうけど、そうでもないことも多い。

一度に大人数に同じことを言ってやらせれば、効率は良い。
でも、もうそういう時代ではない。

だって、そもそも人口が減っていて、物価が高くて、人件費だって特別安くはないし
おまけに資源があるわけではない。
なので、発展途上国のような仕事をするわけにはいかない。
より高い価値を生み出す必要がある。

教育で効率を追求すると何を失うのだろう?
逆に、効率を犠牲にすると何を得られるのだろう?

恐らく、これまでのような大量生産方式の教育ではなく
少人数で高付加価値を追求する方向に舵を切る…
というか、色々あって良いので
そういうスタイルも導入して、色んな形の教育を試す時代が来るのではないかな。

これからどうするか

我が国が、これから再度成長路線に乗るとして、そのためにどうすべきか?
なんてことを考えるのは、教員風情には相応ではない…ということはありません。
サラリーマンだろうが、職人さんだろうが、皆が考えて行動すれば、きっとうまくいくからです。

先の見えない不安な環境では
いかに余計なことをせずに、手に入ったものを貯め込むか
といったことになりがちですが、それでは必ず行き詰まります。

不安な環境で、相応の反応をすると、ますます不安な状況になるというのは皮肉なものですが、そんなものです。

大事なのは
価値を生み出し、それを循環させること
です。

そのために必要なことは色々あるでしょう。
けど、組織において必要な力は、学校教育では重視されていないな、とふと思ったのです。

学校では、空くまでも個人の知識を中心に教育します。

反面、チームワークとかコミュニケーション力、独自性とか創造性は、ほとんど重視されません。
テストで100点を取るために、そういった能力は全く必要とされていないでしょう?
自分の頭の中にあるものを、上手にアウトプットすればOKです。
仲間で力を合わせたら、カンニングです。

そういった経験を持った者は、事に当たるときには一人で何とかしようとします。

ものづくりなんかは分かりやすいかもしれません。

一人でできることには限界があります。
どんなに天才君だってしかり。

会社を始め、何で組織があるかというと、一人ではできない規模やレベルの価値を生み出すためです。

対して、学校では、特に大学では、組織が向かう方向性が不明確で、個人主義です。
先生方も、「一国一城の…」といった感じです。

確かに、色々な人が色んなことを学んでいるのだから、統一のゴールは設定しにくいでしょう。
とはいえ、大筋の向かうべき方向性というか、ビジョンは持つべきです。
それがあれば、皆が力を合わせることができる。
知識やスキル、設備や施設などの共有や統合ができて、よりスピーディーに、パワフルに進むことができると思います。

もっとも、そうすることによるデメリットも発生するとは思います。
個人主義で、皆がバラバラでも、メリットがあるからそうしてきたのですけどね。

でも、今はどういう状況なのか
そして、これからはどうすべきなのか

デメリット側を見るのでは無く、欲しいメリットを明確化して、そのために変わるべき時です。

どうせこのまま行ったところでドン詰まりでしょう。

なので、どうすべきかを考えて、適切に変えていく必要がある。
でも、新しい時代に向けては正解なんて無いので、やってみないと分からない。
なので、アイデアを出してチャレンジすべき時なのでしょうね。