できるかできないかではない

どうしたいか
どうすべきか
が大事なんです。

崇高で難しいことを言いたいわけではありません。

この時期になると
就職活動が盛り上がってきているわけで
当研究室に所属する学生達の
エントリーシートなんかを見たり
話をしたりするわけです。

夢工房の連中は
当然のように
クルマを作るとか
海外大会に行くとか
そんなことをやっていますが

なにも、それらがそのまま仕事として
通用するわけではありません。

学生の実力なんて
プロから見たらかわいいもんです。

なので
今の自分が何ができるとか
何を知っているとか
そういうことも大事かもしれないけど
本当に大事なのは

自分はどこを向いているか

何のために何をしたいのか

で、そのために今は何をやっているのか。

その辺でしょうね。
そこに新卒の持つ「期待値」があるわけですね。

彼らはコロナ禍で
色々我慢はしたけど
やるだけはやってきました。

あらゆることに対して
「やらない」という選択肢を取ることもできたけど
むやみに自粛していたわけではありません。

何も就活のためにそうしたわけではないけど
今にして思えば良い選択だったと思います。
ネタには困りませんからね(笑)

就活で自分自身に向き合って
今、何ができるか
なんてことをベースに未来を考えると
小さくてつまらないことになりがちです。

なので
どうしたいか
どうすべきか
そんなのをベースに考えて欲しいのです。

理想を実現しようとしなければ
面白くなりませんから。

と、こんなことを書いてみましたが
企業側にいた人間が
今は企業に人材を供給する側にいるわけで
責任感とか使命感とか感じるわけですよ。

そりゃぁもう
社会に対して
学生に対して
両方ですけどね。

どうせなら
面白く仕事をして
皆が喜んでくれるようにしたいのです。

やらせる・やらされる ということ

「やれ!」
と言って
当人の意に関わらず
やらせる

「やってもいいよ」

好きなことを
やらせる

どちらも
「やらせる」
と同じような響きですけど
その中身はずいぶん違いますね。

「やらせる」
と聞くと
どちらを想像しますか?

自分の価値観が求める方を
想像してしまうと思いますが。

それはともかく

2つの「やらせる」を言い分ける
適切な言葉が思い付かないのですが
これ、どうにかなりませんかね。

日本語以外だと
結構、明確に異なる表現になる
のではないかと思うのですが。
日本語にはこれらを
言い分ける表現が無いのかな。

まぁ、それはそれとして
自身が好きなことをやっているはずなのに
いつのまにか外力でやらされる時の
考え方、やり方をしてしまう
なんてことはありませんか?

特に困難にぶち当たると
そうなりがちかな。

そういう時の意識の持ち方が
結果を左右したりするものですが。

オンラインゲームなどに
中毒的にハマっちゃっている状態なんかは
本人は
「好きで、自発的にやっている」
と思っているかもしれませんが

ハマっちゃう仕掛けに
うまいことハマっちゃっているだけで
気持ちいい外力に
やらされている状態だったりします。

そういうのって
人それぞれだけど
皆、何かしら持っていたりしますよね。

自発的に自分の意思でやっているようだけど
実は
うまいこと設計されたシステムにハマっているだけ
みたいな状態。

我々の身の回りには
意外とそういうものが
たくさんあるのではないかな
と思います。

うまく設計されたシステムや
習慣化されたものは
見えないし、存在を感じません。

何でもかんでも疑ってかかって
片っ端からぶっ壊せ!
なんて極端なことを言うつもりはありません。

乗っかるところは乗っかって良いかもしれません。

でも、自分でコントロールしたいところは
意識して、しっかり掴む。

そういうのが
気持ちよく生きて行くためには大事なのかな
と思ったりしてます。

何でもかんでも…
なんてやっていくと疲れちゃいますから。

たまには
肩の力を抜いて
視野を広げて
周囲を見渡してみましょう。
何か気付くかもしれませんよ。

コミュニケーションで思うこと

世では
特に学校では
さらに言うなら、就活前の大学生では特に
コミュニケーション能力がうんぬん
などと言われます。

コミュニケーションは
人相互のやりとりの基本的なところで
一般的には
言う
聞く
など、意思を伝達したり理解したり
といったところを指しますね。

でも、もちろんそれだけではなくて
そのために考える
なんてことも当然ながら重要で

さらに言うなら
ノンバーバルな部分もあるわけで
我々が意識している以上に
結構色々なやりとりをしているわけです。

一方、国家同士のコミュニケーション
なんてのもあるわけで
キナ臭い雰囲気が漂う昨今は
そういうことの重要性をより実感できます。

ここでは
世界情勢について評論したい
わけではないのですけどね。

人対人
人の集合体である
国家対国家
いろんな単位があるけど
結局は
言葉やら物やら対価やら
いろんなもののやりとりをしているわけで

そのやりとりがうまくいかなくなると
それに応じて
よろしくないことが起きるんだなあ
なんて、当たり前のことを
改めて思っていました。

というのも
学生って
言われたことをやる
とか

決められたことをやることが
学校における行動の中心ですよね。
全員ではないでしょうけど。

そんな環境だと
一方的に受け止める立場になりがちです。

それに加えて
我々は基本的に消費者で
売っているものを買ったり
提供された情報を受け止める
そんなことばかりです。

そういうのって
正直、楽ちんで
気持ちよかったりします。

受け止めるばかりだと
最終的には
つまんないことになっちゃうのでしょうけど
楽ちんで気持ちいいことはやめられない。

言葉だったり
表情だったり
ものだったり
対価だったり
相互のやりとりって
ギブ・アンド・テイクが基本ですよね。

一方的に受け止めるだけ
なんてことで完結するような
都合の良いことはないわけで

楽ちんで気持ちよくなりたいなら
それなりに何かを失うのを覚悟すべきですが

それになかなか気付けないってとこが
現代社会の難しいところなんだろうなぁ
なんてことを考えてます。