得じゃなくて徳が大事

徳のある人になりたいものです。
道のりは遠いですが。

最初に言っておきますが
こう思っているのは
今の自分に徳が無い
少なくとも十分ではない
と思っているからです。

さて、どうやら
得をしながら徳を得るのは無理みたいですよ。

なぜなら向かう方向が逆だから。

得をするというのは
欲得に根ざしています。
我欲ですね。

でも
徳を得るのは
利他の心です。
自己の利益より他の利益です。
徳を積むという表現の方が適切な気がしますが。

得をするというのは
自分が払った以上の何かを得たいということでしょう。
もしくは
払わずに何かを得たい
ということですね。
この場合の「払う」とは
もちろんお金に限りません。

得したい
と思っている人に
得をさせたい
と思う人はいませんし

何かを得たら得たで
もっと欲しくなったり
失うのが怖くなったり

そんなこと考えていても
とてもハッピーにはなれそうもありませんね。

だって、自分が何かを得たとか持ってるとか
そういうことって、もちろん内的なことで
小さな自分の枠の中だけで通用することです。
誰も喜ばないんですね。

実際、周囲を見回していても
そういう価値観を持って
長続きした例は記憶にありません。

対して
徳がある
というのは
内的なことではなく
他に関わることです。

人の役に立つことをして
必要とされる存在になる
ということなのですが

そもそも人の存在意義とか価値って
そういうことなのでしょうけど

人から必要とされる行いをしたり
その行いに感謝したり
その辺が幸福感の源泉でしょうね。

世の中がギスギスしてしまったりするのも
この辺が原因だったりすると思うのです。

もちろん
表面的なところを追求すると
逆に見苦しいことになったりもします。
やっていることが我欲の追求と同じになってしまったら
身も蓋もないですね。

あと
人のためのことをやると損しちゃうんじゃないか?
という恐怖感は手強いかもしれません。
でも、捨てないと得られないものもありますからね。

ちなみに
誰にも見えないところで徳を積むことを
陰徳を積む
と言います。

チームで目標に向かって頑張る
なんてことをしていると
我欲だけではうまくいかないわけで
こういうのを磨くには最適だったりします。



何となく周囲も再起動の気配

ここにきてコロナウイルス感染が急拡大していますが
重症化する事例は少ないのか
以前のような緊張感はありませんね。

ですので、世は再起動に向けて動いている
という感じでしょうか。
もちろん、マスクや消毒などの対策は
しばらく続きそうですね。

こんな感じで、いわゆる集団免疫を獲得して
コロナもかつての風邪やインフルエンザのように
一般化(と言って良いのかな?)していくのでしょう。

過去2年間の諸々の自粛やオンライン化によって
学校において目に見える大きな変化といえば
アウトプットのに関する事でしょうね。

中でもコミュニケーションに関しては
とにかく機会が減ってしまって
経験の数が増やせなかったので
コミュニケーションのみならず
そこから派生するものは
軒並み停滞してしまった勘があります。

当初は

そんな状況に翻弄されてしまった者

そんな期間の中でも
頑張ってやるだけやった者

というように
2分されたように見えましたが

現在はといえば

コロナの緊張感が何となく薄らいだここになって

失ったものを取り返すように
前に進み始めた学生達が
目につくようになってきました。

表情とか挨拶で違いを感じられます。

この調子で行って
うまく再起動ができると良いなぁ
と思っています。

成長のために必要なこと

さんざん
失敗しないと生長しない
なんて言ってますが

そこには何があるのか?
一体どういうことなのか?

理屈はそんなに難しくなくて
ごくシンプルです。

変化です。

今のやり方のままやって
うまくいかないから
その結果として失敗するわけで

同じことをしたら
同じ結果しか出ません。

なので何かを変えなければならないのです。

まぁ大抵はやり方を変えたりしますが
やり方を変えるってことは
考え方を変えていたりするわけで

それって自分が変化しているということでしょう?

逆を言うなら
変化を望まないのであれば
成長は諦めなければならないということです。

皮肉なもので、人は
変化したくない
と
変化(成長)したい
の両方を持っていて
それらがせめぎ合っています。

で、意外とそういう状態に気付いていないもので
自動的に発動する「無意識」に判断を任せていたりします。

でも、もしそうなっていたとしたら
それに気付く事自体難しいのですけどね。
だって無意識だから意識に上ってこないわけで。

自分がどういう状態なのか
自己点検したければ

まずは自分がやったことをひとつ上げてみて
それに対して
「なんでそうした?」
と問うてみて
出てきた理由に対して
「じゃ、それはなんで?」
と繰り返していきます。
まるでタマネギの皮を剥いているようですが。

そうやっていくと
コア(核)に
とてもシンプルな理由が出現します。
タマネギにはコアはありませんが。

それが自分です。

自身を変えたかったり
問題を解決したかったりするなら
そういうふうにして出てきた
シンプルなコアに対して変化を加えるのが良いでしょう。

途中で出てくるものに対して対処したところで
実は、その原因が見えないところに隠れていて
根本的な解決に至らないことが多いものですし
そういったものは複雑で
対応が難しかったりしますので。

そんなことをチマチマやっていれば
きっと成長できると思います。

私みたいな、しょうもない人間が
こんな偉そうなことを言うのは気が引けたりするのですが
極めてしょうもない人間が、しょうもない人間になれたのですから
きっと効果はあるでしょう。