ゴールが無ければ疑問も無いよ

将来何をしたら良いか分からない
というのが悩みだったりする人が結構多かったりするのかな?

これ、色んな思惑というか、理由がありますよね。

本当は好きなことをやってみたいけど…

本当にできるかな?
とか
収入はどうかな?
とか
必要な能力は手に入るかな?
とか
色々心配なことがあったりするでしょう。

加えて
周囲の人の評価や反応に左右されたり
そんなこともあるでしょう。

でもね、そんなに色々とバランス良くなんて
そもそも無理ですよ。


ゴールを、目的を決めるから
そのためにどうしたら良いのだろう?
と疑問が生じるわけですが…

多くは逆に考えているのではないかな。

分からないからゴールを設定できない
つまり
疑問があるからゴールを設定できない
と。

これ、逆ですね。

早々にゴールを決めて
一点突破!
くらいのつもりでやってみたら
ものごとシンプルになって
結構うまくいくものです。

強みって、そうやってできていくのではないかな。

自由の話

以前に何度か記事にしましたが
「自由」とは、「自分に由る(よる)」ということ。

つまり
「自分で決める」ということ。
そういう状態であるということですね。

なのですが
どうもこれ、人によってかなり差があるのですね。

自分で「決める」に当たっての基本的なスタンスというか、考え方というか。
ちょっと思い付くところを並べてみましょう。

1.衝動というか、感情というか、生理的で本能的なレベル
楽したい
イヤだ
面白そう
といったもの。

2.他人の目を気にするレベル
評価されたい
普通は…
といった他人の価値観に準じたもの。

3.信念的、内的なもの
自分はこうしたい
これは大事
という意思によるものなど。

4.客観的な、いわゆるメタ認知的なもの
自分は流されているな
これは本当に自分の意思なのか?
といった高い視座によるもの。

ざっとこんなものでしょうか。

人は結構、無意識で色々選択していたりするのですが
意外と「何のために?」が自分でも分かっていなかったりするのですよね。

こんなことを考えてみると
日頃自分はどういう価値観に沿って動いているか
が分かるのではないかと思います。

まぁ、どれが良いとか悪いとかは無いのかもしれませんが
どういうレベルでものごとを判断しているかによって
行動の内容や、得られる結果は変わってくるわけで…

たまには、こういったことを考えて
確認やら点検してみるのも良いのではないかな
と思ったりするのです。

投資だって「保証」は無い

投資の話で思ったのだけど…

これは、そういうセンスが無い私だから思うことなのかもしれませんけどね。

投資の対象は、自らコントロールできませんよね。
予測の付かない未来においては
予想外の事態が起きる可能性があるわけで
それはもう仕方ないことなので
それを恐れても仕方ない気もします。

そうなったら、その時はその時だ!

なのですが
それに賭けるのはどうかな?

というのも
投資に賭けることによって
それ関連の知識や経験は積めると思うのですけど
それで勝負していけるのか?

余裕があって、投資”も”というならそれもアリだとは思うけど
そもそも若いうちにそんなに余裕があるわけ無いでしょうし。

さて、ここまでは前振りみたいなもので
本題はここから。
投資の話ではありません。

世間でよく言われるのは
リスク回避のために分散するとか
色々とあった方が選択肢が広がるとか
ってこと。

確かにそういう考え方もあるでしょうけど
それ、本当か?
と、思っちゃうのです。

色々心配だからと言って
持てるリソースを分散すると
投入先それぞれのパフォーマンスは低下するでしょう。

選択したくない選択肢が増えたところで
それはどうなのでしょうね。

それに、そのやり方が他の多くと一緒ならば
競争力や差別化にはならないよね
ということです。

結局のところ
分散しようが
色々手を出そうが
保証なんて無いのです。

当然
一点集中でやっても同様です。

なのですが
分散すると、対象をコントロールしにくくなる

対して
一点集中なら、対象をコントロールしやすい

そういうのもリスクコントロールであって
その辺を考えるのも大事ではないでしょうか。

まぁ、自分にとってのリスクは何なのだ?
という話でもあるのでしょうけど。

何をどうするかは個人の自由なのですが
限られた自分のリソースをどう使うか
ということ自体を考えるのは大事です
というお話しでした。