自分のコアがあるか?

今回言いたい「コア」って、「核」というか、この場合は自分の考え方の中心となるものといった感じで

「自分はこうやる」
「自分はこう考える」

そんなことです。

明確ではなくても
自信がなくても
そういうのがあると結構うまくいきます。

どうせそういうものは完璧な形なんて無いのです。
そして、何かしら「基準」を持っていないと、この先どうするべきかが決められませんから。

ポイントは、そういうの、は探して見つけるものではないということ。

親や先生をはじめ、他人には
「こうして欲しい」
「こう考えて欲しい」
というのがあるでしょう。

そういう人達に対して、敬意とか気遣いは必要で、それは大事なことだとは思います。
でも、なんでもかんでもその通りにすると

「自分はこうやる」
「自分はこう考える」

にはなりませんよね。
だって「自分は…」じゃないのだから。

そして、そういうものを見つけようとしてはいけません。
探して見付かるのは
「古いもの」
「そもそも誰かのもの」
だったりしますから。

向き不向きを活せるといいですね

余計なことを考えてないで
余計なことをやっていないで
言われたことをやりなさい!

そんなことを言われた経験ありますか?
私は子供の頃、しょっちゅう言われていましたよ。

そんな風に言われる経験も必要なのかもしれませんけどね。

ただ、余計なことばかりやる経験も必要だと思うのですよ。
その結果、自分にはどういうやり方が向いているのかな?というのが構築できるのではないでしょうか。

何でも自分で決めてやってみたら良いと思うのです。
その結果、何が起きるのかを実感したらいいのです。
そして、「ではどうする?」を考えて、その後のやり方を決めたらいいですよね。

なんでもかんでも言われたとおりに、皆を一つの型にはめる必要は無いでしょう。

と、こんなことを書いていると
なんでもかんでも好き勝手にやったらいいよ!
と聞こえるかもしれませんが、さにあらず。

余計なことに気を取られずに
集中してコツコツやり遂げる人

色々なことに手を出して
色んなことができる人

オーダーに忠実に
キッチリやる人

自由な発想で
勇気を持ってチャレンジする人

色々いてくれないと困ります。
そして、できれば早いうちにそういう経験をして、自分の特性を伸ばす期間を長く取れると良いのですが…。
自分に向いたやり方が構築できれば、パフォーマンスを発揮できるのは当然でしょう。
もちろん、それを見極めてアドバイスするメンター的な存在は必須だと思います。

とか言いながら
何かを型通りにやってみる
という経験も重要だということは一応言っておきます。
そこから分かること、得られることは貴重です。

ポジティブ思考でいこう

人生色々あるのだけど、気を付けなきゃな、と思うことがあります。
一つは

できるだけネガティブな言葉を使わないこと

言葉と思いは直結してます。
悪い意味で使っているつもりは無くても、ネガティブな言葉を使っていると、それは確実に心に影響を及ぼします。
無意識や深層心理を甘く見てはいけません。

とはいえ、必要以上にお上品にとする必要は無いと思いますが。

そして、ポジティブ思考であること。
これは基本中の基本です。

ですが、ポジティブ思考の構造というか、どう考えることを言うのかを、真面目に考える機会って少ないのではないでしょうか。

なんでもかんでもポジティブにとらえる

まぁ、それでも良いのですけど、それ、無理があるでしょう。

例えば
失敗した
とか
怒られた
とか
何でも良いのですけど、それに対して単純にポジティブにとらえるのは無理でしょう。
まして、それを継続するなんて不可能です。
まぁ、なかにはそういったことに直接的な喜びを感じる人もいるでしょうけど、それはレアケース。

失敗とか怒られるとか、そういうことには必ず原因があります。
大抵は、自らの行動です。

そして、失敗とか怒られる、という結果が起きた。

ここで、原因と結果のセットが経験として手に入ったわけです。
それはきっと未来において役に立つ。

良かったじゃん!

ということです。

ここで「良かった」ということになれば、その経験は次のチャレンジに、材料ほ一つとして活かすことができます。
そういうことです。

でも、出来事に対してネガティブな捉え方をしてしまうと、それについては考えたくなかったりするし、ましてその経験の再利用はできません。
なので、時として似たような事が起きたり、全くチャレンジできなくなったりします。

ロジックとしては

  • チャレンジする
  • 何か起きる
  • ほー、なるほど
  • じゃ、次はこうしよう

と、こんな感じで、OKでしょう。
きっと良いこと起きますよ。
簡単ですね。