日本はどうなる?

高市さんが自民同総裁になって、我が国の新総理になりそうですね。
そんな現状を見ながら思うのは…

いかに今までビジョンが無かったか
「何のため?」が無かったか
ということです。

高市さんは「こういう国にしたい」って言ってますものね。
相対的に、いかに今まで、政治家が大事なことをはぐらかしてきたかというのを感じました。

既得権益を謳歌したい人には厳しい時代になると思いますが、大きな転換点がいよいよやってきた感があります。
私みたいな政治オンチですら、直感的に空気感が変わったのを感じるのですから。

そもそも、一国のリーダーがビジョンを示さないってのはおかしいことです。

ただ、ビジョンを明確化すると反対勢力も活発化するわけで、そのへんをうまく切り盛りするリスクを取らねばなりません。

で、今回言いたかったのは政治そのものの話では無く、やはり国民も国のトップの影響を受けないわけが無いということなのです。
会社だってトップが変われば変わります。

政治家が、国民のためにリスクを取って変えていくということが明らかになれば、国民も変わります。

リスクを取らずに既得権益を守るようなトップであれば、国民は
楽して儲かるようなことばかり考えるでしょうし
自分が儲かれば良いという意識も持つでしょう。
利己的になり、道徳心が低下して、結果として組織(国家)は弱体化します。

新たな政権で、今後が良くなる保証なんてありません。
どうなるかは分かりませんが、少なくとも今までのような、明確なビジョンも無く、道徳心も低下して、迷走するような状態からは脱することができるのではないかと思っています。

仮に成果が出なかったにせよ、そこから学べることはあるはずで、先の見えない停滞した状態よりはマシです。

変化に伴い、皆が考えて、リスクを取って、チャレンジしていく。
そんな世の中になることを願っています。

「違い」を強みに

単に他と異なるだけではあまり意味が無いのですが、価値の根源の一つは「違い」にあります。

自分が何かを選ぶとき、何に着目して、どう考えているかを思い出してみましょう。
特に「良いもの」を選びたいときはどうしていますか?

選択時の前提条件などはあるものの、他とは異なるもの、他より優れたもの、そんなものを選びたくなるでしょう。
差別化とか優位性とかですね。

さて、ここで自分自身のことに戻って…

「やること」を決める。
それはとても大事なこと。

でも、同じように大事なのは
「やらないこと」を決めることだったりします。
断捨離なんてのはそういうことです。

それによって
無駄を省き、リソースを集中投下するポイントを決めるわけです。

やること、やらないことを「決める」とは言っても、それが正解か否かは気になるところでしょう。
でも、そもそも正解なんて無い、というより、やることによって正解になると言えば良いだろうか。

やはり、そんな時に必要なのは勇気ですかね。
そう、断捨離は勇気要りますね。
でもきっと報われるときが来ます。無駄な経験は無いのです。

「失敗」について

何かしらの基準に対して満たなかったり、望まない結果が出ることを「失敗」
…と呼びますよね。

でもね、要は考え方や捉え方次第だと思うのです。

だって、「何かしらの基準」にしても「望まない…」にしても、それは自分で決められること。

やったことに対する結果の評価は自分ですることができるわけで、それを何と呼ぶかという話しであって、それが前述のように「失敗」を呼ばれるだけです。

恐らく、意識しないでいると、自分以外の誰かが決めた評価基準に無意識で従っていることになっていたりしませんか?

ただ、ここで言いたいのは、「どんな結果だっていいじゃん!」という投げやりなことではなく、他人が決めた基準で評価して、その結果が「ダメである」と、終わりにしてしまったらもったいないよね、ということなのです。

どういうことかというと、いわゆる「失敗」がダメな経験にカウントされてしまったら、その経験はいわゆる「引き出し」と呼ばれるリソースとして活用しにくくなってしまうということです。

そもそも、何かをやった上での「失敗」は、大変貴重な「引き出し」なのです。
やった者にしか手に入れることはできませんから。
対して、単なる知識の「引き出し」は、多くが持っているので、有利なリソースにはなりにくい。

というわけで、この「失敗」という呼びかた、なんとかならねぇかな、と思っているのです。