できるということ

すでにやったことがあること

それは「できる」
と言えますね。

では、やったことがないことに対してどう思うか
そこがポイント。

まだやっていないことに対して
「できる」
と思える人と
そうでない人がいる。

やったことがないことでも
ごく簡単なことであれば
「できる」と思えるでしょうけど。

結局は、自信を持てる「幅」なのでしょうね。

でも
「できる」と思ってやるのと
そうでないのは結果が違うのは事実。

気の持ちようで行動は変わります。
当然、結果も変わります。

「できる」と思っているなら
「できるはずだから試してみよう」
と、チャレンジする動機ができる。

失敗するかもしれないけどやる
その場合、可能性はゼロではありません。

できるかどうかは
やってみないと分からない
けど
やらなければ可能性はゼロです。

失敗の可能性があることはやりたくない
できることしかやりたくない
と思うのは
能力とか知力の問題ではありません。
価値観の問題です。

プライオリティが
失敗しないこと
なのですよね。
そこに価値を置いている。

世の中には色んな人が必要です。
チャレンジする人も
失敗せずにキッチリ仕事をしてくれる人も。

だから
どちらが良いとか悪いとか
そんな話ではありません。

その選択を自分でしているかい?
というのが気になるところだったりするのです。

まあ、自分で選択するまでもなく
環境で決まってしまうのが
ほとんどかもしれませんけどね。

でも、自分で決めて良いんだよ
ということを分かって欲しいですね。

正解が出ればオッケー…はオッケーじゃない

与えられた問題を解いて正解を出す

学校なら、そういう機会が多いでしょう。
というか、ほとんどそんなことばかり?

そんなこと”ばかり”やってるからダメなんじゃないの?
というお話しです。

もちろん、「問題を解く」というスキルは必要でしょう。
そのための知識も大事です。
だから全てを否定するつもりなんて毛頭ありません。

でもね
実社会に出て
「与えられた問題を解いて正解を出す」
によって価値を生成するような仕事って
ほとんど無いのですよ。

まして
それで完結する仕事は聞いたことがない
…と思うのだけど、どうだろう。

開発をはじめとする
ものづくりの仕事の中で
問題を解決するシーンは多いです。

けど、それは
「正解」に向けて問題を解くわけではない。

何と言ったら良いのか…
理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

と言ったら良いのか
そんな感じです。

そもそも「正解」なんて無いのです。

もし、そんなものがあったら
発展は、進歩は無いでしょう。

だって、正解よりも正解な正解って無いでしょう?
正解は正解です。

正解出た。
はいおしまい。
です。

ところが
世の中の「もの」には
終わりがありません。

素晴らしく高性能なクルマが登場して
「もうこれ以上はあり得ないだろう」
と思っても
翌年には、それを上回る性能を持つ新車が登場する。

そんなものです。

「正解」は未来ではない。
そこには未来は無い。

「正解」は過去であり
せいぜい現在だ。
過去に決められたものなのだから当然。

そこにはロマンも無ければ
未来も無い。

だって「正解」を含む理論は
道具であり材料なのだから当然。

でも
それを磨く人も必要なのだろうな
とは思います。

と、正解を出すのが苦手な人が
偉そうに言ってみました。

まぁ今や
「そんなもんAIにやらせとけ」
というご時世ですけどね。

じゃぁ何したら良いのでしょう?

理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

そんなてことを日頃からやってれば
将来効いてくるんじゃないかな
なんて思ってます。

「どうしたい」はあるかい?

何をすべきか
どうすべきかは
「どうしたいか」で決まる。

それが無ければ
いわゆる「できなり」で
「こうなっちゃった」
となる。

「どうしたいか」は
言ってみれば夢であり希望です。

というか
夢や希望が「どうしたいか」であるべき
と言った方が良いのかな。
つまりゴールであるべき
ということです。

他人から
「こうすべき」
を与えられて
それに従ってばかりじゃ

「どうしたいか」なんて
どうでも良くなっちゃうよね。
「どうせ…」ってね。

若い世代に「夢がない」と嘆く年長者
でも実は
その年長者が善意で、親切に
「こうすべき」
を与えた結果
「どうすべきか」を
考える必要が無くなって
そんな余地が無くなって
試す必要も無くなって
こうなってるわけで

「どうしたいか」
のおかげで
怒られたり笑われたり失敗したり
そんなことも起きるでしょう。
間違いなく。
それはリスクですね。
ただし他人の価値観に基づく。

でも
リスクを回避すること

自分の「どうしたいか」を実現すること

どっちが欲しい?
どちらかしか選べないよ。

それは極端かもしれないけど
そう思えば話はシンプルになって
どうすべきかは簡単に決まるでしょう。

という話なんですけどね。