キミは何とかできるか?

学生達を失敗しないように守ろう

守りすぎると、彼らは失敗に弱くなる。

やるべきことから曖昧さを取り除き、明確化しよう

明確化しすぎると、あいまいな現実に適応できなくなる。

迷走しないように、正しい地図を与えよう

正しい地図があると、自分の足で地形を読む力が育たなくなる。

失敗させたくない
遠回りさせたくない
傷つかせたくない
良い学校に入れて、良い会社に入れて、安定した人生を歩ませたい

そういった外的動機でコントロールしてあげれば
果たして幸福になるのだろうか?
面白い人生になるのだろうか?
そもそも、生きる力が手に入るのだろうか?

まぁ、聞くまでもないでしょう。

失敗しても壊れない
むしろその経験を使って強くなる

正解が無い曖昧な状況でも
仮説を立てて動き出す駆動力

他人の指示ではなく、自分の判断で行動し、修正する力
摩擦の中から、自分の動機を発見して、ゴールを設定する力

そんな力を手に入れて欲しいのです。

難しいのは、そのために
考えてあげて
与えてあげて…
とすることで無いのは当然として

かといって
放任すれば良いということでもない
ということ。

厳然たる正解があるわけでは無いのだけど
魅力ある、本物の目標・目的があり
そのためにリスクをコントロールしながら
本気でチャレンジできること。

その経験が学生達を成長させるのは間違いありません。
そしてそれは、卒業後も数十年に渡って彼らの武器となることも間違い無い。

夢工房で育成すべきなのは
よくできるいわゆる「良い子」
ではなく
「何とかする人」
です。

視野と想像力と行動力だ

大事なのはこれだろう。

もちろん他にもありますが
チャレンジする学生たちが
まず心掛けるべきことは、これらではないか、と。

視野の広さは
広範を見るジェネラリストはもちろん
深掘りするスペシャリストでも
広い視野は必要です。

多くのアイデアを視野に入れて
その上でベストを選ぶために

目に前のことに囚われて
ゴールを見失わないためにも。

想像力
今この時は、未来のためにある。
未来のゴールを想像して設定するために必要。

不確定な未来のためのことは
いくら考えても分からない。
全て想像するしかない。

行動力
どんなにものごとを知っても考えても
行動しない限りは何も起きない。

想像して、決めたら動く。
結果を決めるのは
パワーとスピード。
ついでに言うなら
持続力と継続性か。

この辺を心掛けておけば、きっと大きく成長できる…はず。

波風を立てよう

言いたいことを言って
やりたいことをやる

複数人がそうすれば
つまり、チームでそうすれば

波風が立つ
時には争いが起きる
事によっては喧嘩になる

でもそれは成長するためには必要なこと。
良いものを作るにも欠かせない。

むしろ
それを許さない環境がダメにする。

一切の争いが起きずに
何の困難もなく
洗練された高度なものが生まれるかというと
決してそんなことはない。

皆が従順に何かに従って
一点に向かうだけで良いものが生まれる
というのは幻想。

それぞれが最善とするものを
出して
ぶつけて
磨いて
とするから
良いものが生まれるし
自身も成長する。

組織の中の多くが
「単に従う存在」
となると
彼らを駆動し、導く存在が必要で
そこには負荷が集中する。

そして、従う者は考える必要が無くなる。

そんな状態ではトータルパフォーマンスは低下せざるを得ない。

各人が、自らの正義をアウトプットすると、必ず食い違いが起きる。
そこで、アウトプットされた情報を俯瞰し、最適なものを選ぶ
チームとしてのパフォーマンスを向上するにはこれしかないと思う。

会社組織ではむやみに喧嘩をするわけにはいかないから
上下の区別なく自由に意見を出し合える話し合いの機会を設けていたりする。

波風を立てないよう行動すると、無難なもの
ことによっては、皆にとって「楽なこと」を選択しがち。

特に現代教育ではそうなりがちなのではないだろうか。
「波風立たないように、みんな仲良く」
と育ってきていないか?
その方向性のまま行くのであれば未来は暗い。

かつては
「イエスマンじゃダメだ」
と言われていました。

これは
なんでも言われたとおりにやれば良いわけじゃない
指示待ちになるな
ということ。

学校では、イエスマン以外が得をするようなシステムにはなっていない。
なので、社会もそれに合わせて変わらざるを得ない…
としたら、これはマズイですね。
ひょっとして、すでにそうなってるのだろうか?

争いが目的では困るけど
成長のプロセスとして波風を立てることは必要なのだ。