学生はプロセスだろ

結果は大事です。
でも
プロセスをモノにしておくべきですよ
というお話しです。

それは
将来結果を出すために
です。

結果はプロセスによって得られます。
プロセスは
考えたり、行動したり
で構成されます。

良い結果が欲しければ
良いプロセスが必要です。

良いプロセスが欲しければ
そのための行動
そのための考え方が必要です。

考え方の大元は
思いです。
パッションです。

で!

学生のうちには
学習のチャンスがあります。

お勉強して知識をたくさん手に入れる
それは大変結構なことです。

しかし知識を得るだけではもったいないのです。

知識を使うプロセスを構築することもできる
というか
社会人になる前に
そういうトレーニングというか
試行錯誤をして
プロセスを構築しておくべきだと思います。

社会に出たら
そんなことをしている余裕は無い
といったら言いすぎですが
学生ほど余裕はありませんから。

なので学生のうちに
高いハードルをセットして
チャレンジしておくべきだと思います。

この時、真面目君は
「じゃぁ、良いプロセスを作ってからチャレンジだ!」
と思うかもしれません。

そうすれば余計な失敗しなくて済むだろうと。

それ、違います。

失敗を回避するのではなく
チャレンジした結果から学んで
プロセスを磨くことが大事なのです。

もちろん「考え無し」は論外ですが。

なので
高いハードルをセットして
そのためのことをやりましょう。

どうしても無理なら
ハードルをちょっと低くしても良いかもしれません。

でも、あまりお勧めしないのは
可能な限り低いハードルから上げていくこと。

よく
「小さな成功体験を積み重ねて」
とか言いますし
それも一理あるとは思いますが…

それやっちゃうと時間がかかるんですよ。
4年間なんて、あっという間ですから。

それに、時間をかけてると冷めるんですよね。
それが一番怖い。

高いハードルでチャレンジすると
きっと失敗します。

でも、チャレンジすれば
多かれ少なかれ失敗するのですよ。

そして、失敗の中には必ず学びがあります。
それを使ってプロセスを構築するのです。

「自分はこうやる」
という。

高いハードルをセットする
↓
限界を超えて失敗する
「ああ、これは限界を超えたんだ」
「一体何が原因なのだ!?」と考え、学ぶ
↓
ハードル下げる
「おお!ここまでなら行けるんだ!」
と限界を認識する

そんなことを繰り返しながら限界を上げていく
これが最短の成長プロセスです。

できるということ

すでにやったことがあること

それは「できる」
と言えますね。

では、やったことがないことに対してどう思うか
そこがポイント。

まだやっていないことに対して
「できる」
と思える人と
そうでない人がいる。

やったことがないことでも
ごく簡単なことであれば
「できる」と思えるでしょうけど。

結局は、自信を持てる「幅」なのでしょうね。

でも
「できる」と思ってやるのと
そうでないのは結果が違うのは事実。

気の持ちようで行動は変わります。
当然、結果も変わります。

「できる」と思っているなら
「できるはずだから試してみよう」
と、チャレンジする動機ができる。

失敗するかもしれないけどやる
その場合、可能性はゼロではありません。

できるかどうかは
やってみないと分からない
けど
やらなければ可能性はゼロです。

失敗の可能性があることはやりたくない
できることしかやりたくない
と思うのは
能力とか知力の問題ではありません。
価値観の問題です。

プライオリティが
失敗しないこと
なのですよね。
そこに価値を置いている。

世の中には色んな人が必要です。
チャレンジする人も
失敗せずにキッチリ仕事をしてくれる人も。

だから
どちらが良いとか悪いとか
そんな話ではありません。

その選択を自分でしているかい?
というのが気になるところだったりするのです。

まあ、自分で選択するまでもなく
環境で決まってしまうのが
ほとんどかもしれませんけどね。

でも、自分で決めて良いんだよ
ということを分かって欲しいですね。

正解が出ればオッケー…はオッケーじゃない

与えられた問題を解いて正解を出す

学校なら、そういう機会が多いでしょう。
というか、ほとんどそんなことばかり?

そんなこと”ばかり”やってるからダメなんじゃないの?
というお話しです。

もちろん、「問題を解く」というスキルは必要でしょう。
そのための知識も大事です。
だから全てを否定するつもりなんて毛頭ありません。

でもね
実社会に出て
「与えられた問題を解いて正解を出す」
によって価値を生成するような仕事って
ほとんど無いのですよ。

まして
それで完結する仕事は聞いたことがない
…と思うのだけど、どうだろう。

開発をはじめとする
ものづくりの仕事の中で
問題を解決するシーンは多いです。

けど、それは
「正解」に向けて問題を解くわけではない。

何と言ったら良いのか…
理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

と言ったら良いのか
そんな感じです。

そもそも「正解」なんて無いのです。

もし、そんなものがあったら
発展は、進歩は無いでしょう。

だって、正解よりも正解な正解って無いでしょう?
正解は正解です。

正解出た。
はいおしまい。
です。

ところが
世の中の「もの」には
終わりがありません。

素晴らしく高性能なクルマが登場して
「もうこれ以上はあり得ないだろう」
と思っても
翌年には、それを上回る性能を持つ新車が登場する。

そんなものです。

「正解」は未来ではない。
そこには未来は無い。

「正解」は過去であり
せいぜい現在だ。
過去に決められたものなのだから当然。

そこにはロマンも無ければ
未来も無い。

だって「正解」を含む理論は
道具であり材料なのだから当然。

でも
それを磨く人も必要なのだろうな
とは思います。

と、正解を出すのが苦手な人が
偉そうに言ってみました。

まぁ今や
「そんなもんAIにやらせとけ」
というご時世ですけどね。

じゃぁ何したら良いのでしょう?

理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

そんなてことを日頃からやってれば
将来効いてくるんじゃないかな
なんて思ってます。