信じて繋げる組み立て方

自分を信じられるか?

相手を信じられるか?

今やっていることを信じられるか?

多分、色々と信じられないと続けられないし、成果も出せない。
信じる対象は、それらそれぞれの「先」、つまり未来のことでゴールのこと。
未来のことは不確定で抽象的で、信じるには勇気が要る。こんなご時世ならなおさらかも。
けど、信じないと進めない。

そして、今の状態と未来が同じ線上に乗っていいれば、後はやるだけ!となるのだけど、ハナから乗っているわけは無くて、そもそも繋がってすらいないのが最初の状態。
でも、どうにか繋げたい。
それができればゴールが実現できて、夢が叶う。

やり方は、決して現状から考えないこと。
ゴールから現状に向けて必要なことを入れ込んでいって、現状というか、現在に繋いでいく。
それを実行していけばゴールにたどり着くのは当然。
だって、そうなるように繋いだのだから。

やってみて、うまくいかなければ、工夫したり修正したりすれば良いだけ。
もし、やってみてうまくいかなくても、気付くと実用的な武器が沢山手に入っているはず。
そんなのを使いながら頑張っていれば、結構良い線いくものです。

では、ゴール無しで、現状から積み上げていくとどうなるか?

夢やゴールが無くて、信じるものが無ければ、方向性が定められないのだから、何をすれば良いかが決まらないはず。
そのままでは不安なので、ますます保険的に手を広げて、「選択肢が広がる」みたいな感じでやっていくと、何となく色々できて安心感が得られたりするのかもしれない。
けど、気付くと手に入ったものはどれも中途半端で「これ、一体何に使うんだ?」みたいな感じで武器にならなかったり、気付いたときには時間切れだったり。

未来を信じるなんて、それがそもそも抽象的なことで、何の根拠も確証も無い。
それによって行動するなんて、とても勇気が要ること。

でも、そもそも我々が生きる「今」って、そうやって作られてきたわけです。

うまくいく兆し

失敗して、つまづいて、行き詰まったらどう思うか?
まぁ、うまくいかない時ですが。

恐らく普通、気持ちは下向きになるでしょう。ですよね?

でもそれが、うまくいく兆しだったりする、と思うことがあるのですが、そんなの信じられますか?

こういうことです。

うまくいかないことに遭遇しているということは…

簡単なところでは、何をすると何が起きるかが分かった、ということです。
こうするとうまく行かないことが分かったのです。
それはやらないと分からないことです。

誰でもできる簡単なところを通り抜けたということで、ここから先に進むことができれば、独自性とか優位性とか、何かしらの価値が得られるというサインかもしれません。
多くの人は、そこで諦めますから。

何が難しいか分かった!ということかもしれません。
それは一般的にとか、自分にとってとか、色々だとは思いますが。

何にせよ、それを乗り越えれば成長できるということです。
何にせよ、その「うまくいかないこと」には価値があるのです。リサイクル可能な経験です。

「向いていないからうまくいかない」のではありません。
そこで諦める人が「向いていない人」なのです。
うまくいかなくなるたびに諦めていたら、誰でもできることしかできない人になってしまって、全く面白くありません。
偉人伝を見てみましょう。
成功者達は、あなたよりもっともっと、とんでもない失敗をしています。

うまくいかないことで快感を感じられるようになったら、あなたは立派な変態で、偉人達の仲間入りをする一歩手前かもしれません。
少なくとも、普通なら諦めるところで諦めなければ、それはもう普通ではないのです。

ひっくり返すべきもの

どうしたら物事はうまくいくのだろう?

抽象的ですが、色んなことに対して共通して言えることが欲しいので、むしろ具体的でない方が良いのです。
これ、とても大事で大きなテーマです。

「どうしたら」ってのには、色々含まれます。
もちろん知識やスキルも含まれるのですが、これらの上限はメンタルとかマインドとか、心理的なものによる影響が大きいですよね。

もちろん、知識やスキルが心理面に影響を与えることもあるとは思います。
鶏が先か卵が先かのような話になってしまいますが、以下の状態に対して、「まずは知識を…」のような解決は不可能ではないかと思います。
それが可能なら、自粛下のオンライン授業で何とかなっていて、そもそもこんな問題にはなっていないはずですから。

ここまで発展してきたネット社会の便利さの弊害と、コロナ禍による自粛やオンライン化の影響だろう…なんてことを記事にしましたが、この二つの合わせ技の威力は絶大で、かなりガッチリ「受け身」で「守る」という基本姿勢が定着している感があります。

オンライン化された、動かずに画面を見ていれば良い授業は、基本的に受け身で、アクティブに新しいものを作り出すために必要な資質と全く逆なものが身に付いてしまいます。
と書いて気付きましたが、そもそも多くの授業は受け身ですね。それが強化されたと言うべきかもしれません。

それによってどういう傾向になったかというのを、パッと思い付く範囲で挙げてみましょう。もちろん、左側が理想で、右側が結果です。

積極的・消極的

外向的・内向的

未来を想像する・想像しない

視野が広い・視野が狭い

早い・遅い

オンラインの授業などで数年やって身に付いた姿勢は、そう簡単には変わらないのかもしれません。
何せ、この状態でいることは結構楽なんですよね。
なので、無意識に本能的にそっちに向かっちゃう。

本当にどうしたものかと思ってしまうのですが、これが分かっているならひっくり返すだけなのです。
言うのは簡単ですが、一体どうしたら良いものやら。

やはり本人が「こうありたい」と思わないことには、どうにもこうにもなわけですが、そのためにどうするか。
彼らを強く惹きつける力を持った何かが必要でしょう。絶対に。
無意識に、本能的に動いてしまうのを自ら妨げて、方向転換したくなるほどの力が必要です。

もちろん夢工房にはネタはあります。
それをどう使うかが大事なところでしょうね。