頭が良い人の弱点を突く基本戦略

そもそも、「頭が良い」って何なの?
という話もあるのですが…

いわゆる「頭が良い人」って、色々考えるのが得意な人ですよね。
そんな人には弱点があります。
それは…

チャレンジする際に
リスクについて考えすぎてしまうこと
です。

本人にとって、それは当然のことなのでしょうけど
それはつまり、失敗についてフォーカスするということで
残念なことに
失敗にフォーカスすると、それは
高確率で実現してしまいます。

その理由は、無意識は良いとか悪いとか、損とか得とか
そういうものを判断できないので
ご主人様(本人)が失敗について考えていると

「OK!任せとけ!
オマエ、そこに行きたいんだな!」

と、それを実現するために動き始めるのです。

この一連の流れによって得られた望まない結果によって
リスクのもたらす悪影響に、強力な説得力が付加されます。
「失敗はダメなことだ!」
と強力な印象が得られるから。

すると、ますますリスクを避けたくなって
ますますリスクにフォーカスするようになります。

なので言いたい。

馬鹿になれ
と。

これ、どういうことかというと
勇気を持とうよ
ということなのですが

残念なことに頭の良い人は
「馬鹿」と呼ばれるリスクを嫌います。

そう
馬鹿野郎は、彼らにできないことで勝負できる可能性があるのです。

何も他人の物差しで勝負する必要はありません。
自分の物差しを作れば、それは
個性とか独自性と呼ばれます。

それを優位性にできるかどうかは自分次第。

それはリスクが大きいって?

それは良かったですね。
そこには価値があるかもしれないってことです。

人の死と、それにまつわる諸々

先週の土曜日の未明、父親が死去しました。
以前から寝たきりで覚悟はできていたので、精神的なショックはさほどでもないのですが、いざ亡くなるとなると、やはり色々と大変です。
昨日は通夜を、今日は葬儀を何とか終えることができました。
まだまだ細かいことは残ってはいますが、大きなイベントは終了です。
そこで思ったことを、ちょっとだけ。

この数日、まさにドタバタだったわけですが、一際感銘を受けたのは、葬儀社の方の仕事ぶりです。
心遣いとクオリティ、スピードなど、見習うところが多々ありました。
人の死に関わる、とてもセンシティブでシビアな仕事を、高いレベルでやり遂げることがマストですから。
彼らは常にプロ中のプロでなくてはならないわけです。
この「常に」は24時間体制ということですから恐れ入ります。

そんな学びがあったのは大変な収穫だったわけですが、やはり人はいつ死ぬか分からないわけで、死んでしまえば数日のうちに小さな壺に収まってお終いだ、ということを改めて実感できた、これも大きな収穫でした。
諸行無常のこの世で、どう生きるべきか。

人の死というのは、究極のネガティブなイベントという印象を持たれがちですが、そこから学べることは実に多い。
目を閉じて、耳を塞いで、思考が止まってしまったら、そこから学べることは無くなってしまいます。

何のための学び? 環境が大事

ぶっちゃけ私の大学は、ずば抜けて勉学のレベルが高いわけではありません。
そもそも実践力重視の大学で、「勉強さえできればいいよ」という訳ではありませんから。

その「実践力」は何かというと、細かいところでは色々あるでしょうけど、大事なものの一つが創造性。クリエイティビティでしょう。
そしてもちろんこれは「やる」を含んでいます。
考えているだけでは何も起きませんから。

特に夢工房であれば、彼らのほとんどはエンジニアを目指しているのですから、なおさらです。

では、クリエイティビティを養うためにはどうしたら良いか。
これはもう、日々考えています。
そして機を見て色々試しています。
もちろん試しても外すことは多い、というか、外れる方が多いかもしれませんが、かと言ってやめるわけにはいきません。

とにかく経験の数を増やすことが重要なのですが
その前提として大事なのは…

やらせないことです

別に禁止するってことじゃないですよ。
「やれ」と言うことによって行動を促さないという意味です。

おそらく多くの人が誤解しています。
「やれ」と言われてやらされて、そのやっていることが好きになることなんてほとんど無くて、逆に嫌いになったりすることの方が多いでしょう。
嫌いなものなんてうまくいくわけないのですよ。

嫌いなことばかりやっていたら、そりゃぁ失敗したくありませんよ。
そもそもやりたいことでなくて、さらに失敗したくないということになったら、最高の選択は「やらないこと」です。
ノートライ・ノーエラー
これは最悪です。

じゃぁどうするか?

ここが難しいところです。
が、現状では、夢工房のスタイルは案外理想に近いのではないかと思っています。

授業ではなく、クラブ活動でもない。

これ、何が良いかというと…

もし授業だと、やらないと単位を取れないわけですが
これは、やらされている状態に極めて近い。というか、ほぼイコール。
なので、なんとか単位を取れる最低限を目指すことになるでしょう。
そしてもちろん失敗を恐れる。

クラブ活動だと、一見自由にやれて良さそうですが、やる自由があるけど、やらない自由もあるというか、緩さを許容してしまう。

「好きなことやるのにシビアにやる必要あるの?」
と思う人は、緩いことをやっても、何ら問題ないのですが
夢を実現するとなると話は別です。

やはり本気じゃないとね。
本気でやりたい、と思える環境が重要なのです。
そしてそれは、教員だけで作れるものではありません。